※本稿は、橋本淳司『あなたの街の上下水道が危ない!』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
■全国平均は3317円から4895円に上昇
水道料金の値上げは、今後ますます全国的に広がる見通しです。EY Japanと一般社団法人水の安全保障戦略機構が公表した2024年版報告書「人口減少時代の水道料金はどうなるのか?」によれば、2046年度までに全国1243の水道事業体のうち、96%にあたる1199事業体が水道料金の引き上げを必要とする見通しとなっています。
とくに小規模な水道事業体ほど、値上げ幅が大きくなる傾向があります。
報告書によると、給水人口が5万人未満の事業体では、約6割が30%以上の料金引き上げを見込んでいます。これは、利用者が減少しても施設の維持管理にかかる固定費は大きく変わらないという水道事業の特性を反映したものです。
水道料金の全国平均は、2021年度の3317円(1カ月20立方メートル使用時)から、2046年度には4895円まで上昇すると推計されています。これは約1.5倍の増加であり、生活コストへの影響も無視できません。
■最高予測は2万5837円、最安とは20倍の差
さらに注目すべきは、自治体間の水道料金の格差が拡大していることです。
2024年度の推計では、最も高い水道料金を設定しているのは福島県鏡石町で2万5837円、最も安いのは静岡県長泉町の1266円とされ、その差は約20.4倍に達しています。2021年時点では格差は約8倍でしたから、地域間での負担の不均衡が急速に進むことがわかります。
このような状況は、今後水道インフラの維持・更新が進められる中で、さらに顕在化するでしょう。
料金引き上げを単なる「値上げ」として受け止めるのではなく、水道事業の持続可能性や地域の公共性にどう向き合うかという視点で考えていくことが求められています。
■収入が減り、支出が増える自治体は値上げへ
このように、水道料金の引き上げは避けられない現実となりつつあります。しかし、料金の多寡だけに注目していては本質を見誤ります。水道は地域の暮らしと命を支える基盤であり、その持続可能性をどう守っていくかが、いま私たちに問われているのです。
水道料金が上昇している背景には、構造的かつ制度的な要因があります。
まず、水道事業は大きな固定費を伴うインフラ事業です。浄水場や水道管、配水池といった設備は、一度整備すれば何十年も使われますが、その維持・更新には多額の費用が必要です。とくに日本の水道管の多くは高度経済成長期に整備されており、現在その多くが更新時期を迎えています。
また、水道事業は「地方公営企業」という位置づけで、自治体が運営しています。法律上、収支を均衡させることが求められており、利用者から得た料金で経費を賄う「独立採算制」が基本です。そのため、人口減少や節水機器の普及によって水の使用量が減ると、利用者からの収入も減ってしまいます。
さらに、気候変動や災害リスクの増大、PFAS(有機フッ素化合物)などの有害物質への対応といった新たな課題も、水道事業に重くのしかかっています。安全で安定した水を供給し続けるには、こうしたリスクに備える体制づくりが不可欠であり、それにも相応の費用がかかります。
国も水道法の改正を通じて、事業の広域化や官民連携などによる効率化を促していますが、それでも料金の上昇を抑えるのは難しいです。水道は「公共財」でありながらも、その維持には現実的なコストがかかるという事実を、私たち一人ひとりが理解することが求められています。
■江戸時代から水はタダではなかった
イザヤ・ベンダサン著『日本人とユダヤ人』(山本書店)には、「日本人は水と空気と安全はタダだと思っている」との記述がありますが、現実には、水道水もペットボトルの水も無料ではありません。
江戸時代、すでに「水銀」と呼ばれる水道料金が存在しました。武士は石高(こくだか)に応じて、町民は家の間口の広さに基づいて料金を支払いました。たとえば、間口一間(約180センチ)当たり月16文から20文の料金が課せられていました。当時のそば一杯の値段が16文程度だったことを考えると、現在の価値で約700円(総務省統計局小売物価統計調査2024年12月)相当です。
■生命線である水道が絶たれると…
現代でも、前述した通り水道料金には地域ごとに大きな差があるものの、水は決してタダではありません。さらに水道料金の地域格差は今後ますます広がる可能性があります。
水道料金を滞納し続けると、最終的には水道が止まります。映画『渇水』(高橋正弥監督/2023年)では、給水停止を業務とする水道局職員の姿が描かれています。とくに印象的なのは、料金滞納者の水道が「停水、お願いします」という声とともに、無機質に停止していく場面です。幼い姉妹は、母親に見捨てられ、カネもなく、ガスも電気も止められた家で、唯一の生命線である水道をも絶たれるシーンでは、多くの人が「命と水」の関係を考えたでしょう。
気候変動の影響からか長期にわたって降雨がなく、水道局は節水を求め、公共プールからも水が抜かれています。幼い姉妹が近所の家の水道から水を盗んだり、スーパーからペットボトル水を万引きしたり姿を見ると、こんな状況を現実にしてはならないと思います。
■東京都では「水50リットル=12円」
水資源が豊富だと多くの人が思う日本に住んでいると、水が生活の中でどれほど貴重であるかを忘れがちです。しかし、世界に目を向けると、水の価格が生活を圧迫し、人々の生活に深刻な影響を与えている国々が多く存在します。これは、日本と比べものにならないほどの重い負担です。
国際NGOウォーターエイドは、各国の水価格に関するリポート「水はいくら?~世界の水の状況~」(2016年)を発表しています。このリポートでは、50リットルの水が1日の収入に対してどれほどの割合を占めるかを示しています。
50リットルは、2リットルのペットボトルで25本分、シャワー5分間、トイレ4回分に相当します。
では、日本における50リットルの水の価格はどれくらいでしょうか。
東京都の場合、1リットルの水の価格は0.24円。50リットルの水は12円になります(東京都水道局)。日本人の平均年収が約311万8000円(厚生労働省/令和4年賃金構造基本統計調査)であり、1日の収入は約8542円です。これを基に計算すると、1日の収入に対する50リットルの水価格の割合はわずか0.1%にすぎません。
■収入の25%を水に費やしている国も
一方、世界にはこの割合が極めて高い国や地域があります。たとえば、モザンビークのマプト州に住むある女性の1日の収入が約50メティカル(約116円/レポートは発表当時・以下同)である一方、50リットルの水の価格は6.25メティカル(約15円)です。この割合は収入の12.5%に相当します。これを日本に置き換えると、50リットルの水が1068円ということになります。
パプアニューギニアの首都ポートモレスビーに住む女性の日収は14キナ(約558円)で、50リットルの水の価格は7.5キナ(約299円)です。この状況を日本に当てはめると、50リットルの水に4613円を支払うことになります。
さらに、こうした国々では不正な水商売が横行し、質の悪い水が高額で販売されることも珍しくありません。たとえば、ペットボトルに詰められた水が雨水や川の水であったというケースもあります。このような環境では、消費者は目の前にある無色透明な水を信用するしかなく、その品質は提供者の倫理に委ねられてしまうのです。
先進国では、1日の収入に対する50リットルの水価格の割合はおおむね0.1%程度ですが、これは整備された水道インフラによる恩恵です。
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橋本 淳司(はしもと・じゅんじ)
水ジャーナリスト
1967年群馬県生まれ。アクアスフィア・水教育研究所代表、武蔵野大学工学部サステナビリティ学科客員教授。出版社勤務を経て、水ジャーナリストとして独立。国内外の水問題を調査し、その解決策を多岐にわたるメディアで発信している。「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」や「東洋経済オンライン2021 ニューウェーブ賞」など。著書に『水辺のワンダー ~世界を旅して未来を考えた~』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなるのか』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る~水ジャーナリストの20年~』(文研出版)、『2040 水の未来予測』(産業編集センター)など多数。
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(水ジャーナリスト 橋本 淳司)