※本稿は、井上治代『おひとりさま時代の死に方』(講談社+α新書)の一部を再編集したものです。
■81歳女性が心臓発作、危険な状態に
日本では、入院に際して保証人が求められている。2016年のこと、首都圏にある医療機関のソーシャルワーカーから、エンディングセンターに電話が入った。
心臓発作で緊急入院した患者の皆川和子さん(仮名・81歳・未婚)が、「エンディングセンターの人に来てほしい」と言っていると。しかし、死後のことや入院時の身元保証の契約を結んでいなかった。それでも緊急入院だったので、私ともうひとりのスタッフが病院に向かった。
駆けつけてみると、皆川さんは集中治療室に入っていた。体調が悪かったので病院で検査を受けたら、そのまま入院になったという。皆川さんを見ると、毅然とし、集中治療室にいる患者には見えない。しかし心臓が悪く、血管がふさがってしまえば死に至る危ない状態であるという説明があった。そこで保証人が必要になったというわけである。
■相続人になった甥は何もしてくれなった
私は病院のソーシャルワーカーに、「保証人というのは、本人が治療費を払えなかったときの金銭的な保証なのか、それとも亡くなったときのご遺体の引き取りですか」と聞くと、後者だという。
実は皆川さんは、数年前にエンディングセンターと「死後サポート委任契約」を結んだ。しかし「甥が面倒を見てくれると言ってくれた」というので、契約を解除した。うれしかったのだろうか、未婚で子どものいない皆川さんは、甥を相続人にした遺言書を書いた。ところが、甥は子どもの行事で忙しいからと、何もやってくれなかった。
そのような事情をエンディングセンターに相談したいと考えていた矢先に、緊急入院となってしまった、というわけである。甥は皆川さんの入院に際しても関わろうという意志はみられなかったと、皆川さんが入居している高級高齢者施設の担当者が教えてくれた。
■「保証人」になった人が背負う義務
本来ならば委任契約を結んでいないので、エンディングセンターは保証人を引き受けられない。エンディングセンターが医療費の返済義務や死後の遺体の移送の義務を負うことになるので、そのお金の出所が保証されていないことになる。
契約なしにお亡くなりになれば、死後のことは手を出せないが、ご本人が存命であって判断能力があれば、そして双方が承諾すれば、保証人になることができる。
なぜ決断したのかというと、解約したけれどかつての契約書類があったのですぐに再契約すればいいと考えたことと、皆川さんが入居している施設がエンディングセンターと連絡を取り合って事情などを話してくれていたからだ。
皆川さんは、このあと無事退院することができて、エンディングセンターと死後事務委任の契約を済ませた。
■死後のもろもろの手続きを託す「委任契約」
死後にしなくてはならない死亡届の提出や火葬・埋葬、ライフラインの使用停止、年金受給の停止などもろもろの手続きを親族以外にやってもらうとき、民法の「委任」の条文を使う。民法第643条「委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる」に基づいて、委任契約をしていく。
民法では、委任契約の委任者が死亡した場合、委任契約は終了するとされているが、委任者が受任者との間で締結した自己の死後の事務を含めた法律行為などの委任契約については、委任者が死亡しても終了しないという判例(1992年)がある。
しかし、最近まで国や士業の人たちは死後事務に注目していなかったので、「死後事務委任契約」という言葉はなく、死後の「生前契約」などと言っていた。
2000年から委任契約をおこなっているエンディングセンターでは、これらの事業の総称を「エンディングサポート」といい、「死後サポート」と「生前サポート」に分けている。「死後サポート」は、「死後事務委任契約」と同じものである。国や士業の人たちが「死後事務委任契約」と称して社会に広めているので、これからはその言葉が流布していくだろう。
■SNSやスマホ、PCの「後始末」も重要
死後事務委任の具体的な内容を、東京弁護士会では、次のように紹介している。
(1)葬儀に関するもの
・葬儀方式の指定
・埋葬方法の指定
・供養方法の指定
(2)行政手続きに関するもの
・死亡届の提出
・運転免許証や健康保険証の返還
・年金の受給資格の抹消
・固定資産税等税金の支払い
(3)生活に関するもの
・生前利用したサービス(病院・介護施設)に関する料金の精算
・居住する賃貸不動産の契約の解除や明渡し手続き
・水道光熱費等公共料金の支払いと解約手続き
・SNS等のアカウント削除
・パソコン、携帯電話の個人情報の抹消処理
・残されたペットを施設に入れるなどペットの環境整備
以上の項目は、どこでもすべてやっているわけではないので、よく確認したほうがいいだろう。このほか賃貸住宅に住んでいる場合は、何もない状態で部屋を明け渡すので、部屋の片づけ、遺品整理などが必要になる。遺族や知人への死亡の連絡や挨拶状送付などを依頼する人もいる。
また、受任者や団体によって対応が同じではないことも付け加えておきたい。士業の人には、契約書をつくるといった法律行為はするがあとの実務は別の人に依頼して自身はおこなわない人もいれば、とても熱心に実務までおこなっている人もいる。どちらもその人や事務所の方針であるから正しいことではある。
■年末は「お休み」で対応は年明けに
エンディングセンターの会員で、弁護士に「遺言作成」を依頼し、「死後事務委任契約」はエンディングセンターでと考えていた人がいた。先に遺言作成をしているうちに、弁護士から「死後事務委任」も一緒にやりましょうと言われ、エンディングセンターと進みかけていた死後サポートの話は白紙に戻した。
その人は、年の瀬の押し迫った12月28日にお亡くなりになった。弁護士事務所は年末年始の休みに入っていて連絡が取れなかった。そこでご遺体は警察の霊安室に運ばれた。
弁護士と連絡が取れたのが1月5日。どうなったかというと、弁護士からエンディングセンターに電話が入り、葬儀から埋葬までエンディングセンターに依頼があった。私たちは、その方の希望をお聞きしていたので、心を込めて実行した。家族の代わりなので、火葬場にも行き、骨上げをし、遺骨を持ち帰って安置、のちに「桜葬」墓地にスタッフが参列して埋葬した。
■「葬儀をしなければ無料」と勘違いする人も
同じ12月28日に、別の会員でお亡くなりになった方がいた。年間でお亡くなりになる方はゼロか多くて3人ぐらいだったが、この日はお二人の会員が亡くなった。エンディングセンターは、死後事務委任契約の受任者となっている団体なので、年末年始や一般の休日でも、「緊急電話」を持って対応しているため、休み中でもすぐに対応ができた。
いろいろな受任者や受任団体があるということを、エンディングセンターも学んでいるところである。
最近でこそ、身元保証や死後事務委任が少しは知られるようになってきたが、まだまだ知らない人は多い。よくあるパターンは、一つの契約で自分の老後から死後までのことを委任できると考えていたり、お金はそんなにかからないと思ったりしていることだ。
エンディングサポート希望者が相談にみえたときのこと。
葬儀の見積もりを見せて、「このくらいかかります」と言うと、「えっ、私は葬儀をしなくていいんですよ!」と焦ったような、少々きつい返事がくる。「何でそんなに高いのですか」という気持ちが込められていることがわかる。
「これは、葬送儀礼はおこなわないという直葬で見積もった料金です。葬儀をしないからといってお金がかからないというわけではありません。病院にご遺体をお迎えに行く寝台車や移送料、柩(ひつぎ)代、ドライアイスや火葬までのご安置の代金、その他、供花代等、それに人件費がかかります」と言うと、納得された。
安い葬儀料をうたって宣伝しているところの提示金額ぐらいでできると考えている人がいる。その安い葬儀社も、実際はそれ以上の費用がかかることがほとんどだろう。
■家族だと「無償」、他人がすると「有償」
そのほか、エンディングセンターのスタッフが家族の代わりとなってさまざまに動くことに対する人件費(工程管理費)がかかることを想定していなかった人がいるようだ。そこで、儀式をおこなわないという直葬でも、「ご遺体の引き取り、安置、柩、供花等、そして遺骨の持ち帰りの交通費等がかかります」と説明している。
「かつて、妻が病気になって1カ月も入院することになり、その間、子どもも小さかったので家政婦さんを頼んだら、家事だけで1カ月35万円もかかったと、驚いた夫がいました」という話をし、「家族が無償でやってきたことを、家族以外の者がおこなうと、それだけお金がかかります」と伝えている。
さらに「待機も仕事」という話もする。契約作業が終わると、お亡くなりになるまでの間、見えないところで維持・管理費がかかっている。
契約をした人たちのデータは、エンディングセンターのコンピュータのサーバーに保存されている。夜に緊急電話に死亡の知らせが入ると、勤務時間外でも、担当者の自宅から契約内容を確認できるようになっている。当然、緊急電話代やコンピュータでのシステム構築にもお金がかかっている。
■後見人だけでなく後見監督人にも報酬がいる
ここで何が言いたいかというと、現代の高齢者にとって、これまでの社会では想定してこなかったことが起こっていて、家族が無償でやっていた時代と違って、老後資金がますます必要になっているということである。
死後事務委任契約だけではない。
親族が後見人になる場合等は、親族以外の第三者が後見監督人になる。成年後見監督人は自由に解任できないし、また基本的には被後見人が生存中、ずっと報酬の支払いが必要となる。任意後見契約は任意後見監督人が選任されたときから効力が生じるため、必ず任意後見監督人が選任される。
管理財産額が5000万円以下の場合、裁判所が公表している任意後見監督人の報酬相場は月額1万~2万円。5000万円を超えると、任意後見監督人の報酬相場は月額2.5万~3万円、年間で30万~36万円が相場である。このほかに後見人の報酬も必要になる。
■お金がなくて「死後のこと」が託せない
エンディングセンターに近県から相談にやってきた女性がいた。夫とは離婚している。娘さんがいたが先に亡くなってしまい、すでに「桜葬」墓地に埋葬されている。ご自分のお墓も確保しているが、家族のいない自分の死後をどうするか。誰も頼める人がいない。「死後のことを託すといくらぐらいかかりますか」と心配そうに聞いた。
「このくらいはかかります」と話すと、「これからも生活していかなければならないので、お金がありません。そういう場合、どうなってしまうのでしょうか」と。「亡くなられてご遺体の引き取り手がない場合は、ご遺体があった自治体の長が火葬し、お骨を安置した後、無縁塔、無縁塚などと言われるところに納骨してくれます」と最悪の状況を話すと、「それでいいです。安心しました」と言い残して帰って行った。
いま生活するだけのお金は何とかある。だから生活保護は受けられない。生活保護受給者なら、葬祭扶助制度を使って申請すれば、自治体によって異なるが、一般的には20万6000円ぐらい給付され葬儀者に支払われるので、最低限の葬儀をおこなってもらえる。
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井上 治代(いのうえ・はるよ)
NPO法人エンディングセンター理事長
社会学博士。東洋大学教授を経て、同大・現代社会総合研究所客員研究員、エンディングデザイン研究所代表。研究成果の社会還元・実践の場として、尊厳ある死と葬送の実現をめざした認定NPO法人エンディングセンターで、「桜葬」墓地と、墓を核とした「墓友活動を展開している。著書に『現代お墓事情 ゆれる家族の中で』、『いま葬儀・お墓が変わる』、『最期まで自分らしく』、『墓をめぐる家族論 誰と入るか、誰が守るか』、『墓と家族の変容』、『子の世話にならずに死にたい 変貌する親子関係』、『より良く死ぬ日のために』、『桜葬 桜の下で眠りたい』ほか多数。
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(NPO法人エンディングセンター理事長 井上 治代)