※本稿は、詠月『「品のいい人」が大切にしている「和」の習慣』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。
■言葉の順番を意識する
「同じことを言っているのに、なぜあの人の言葉はこんなにも美しく響くのだろう」と感じたことはありませんか。
その違いは、言葉の内容そのものよりも実は「順番」にあるのかもしれません。
言葉の並び方には、人柄や品格までもが映し出されます。
日本語は、世界でも稀に見るほど、言葉の順番に心が宿る言語です。
たとえば「ありがとう」ひとつをとっても、「本日はお越しいただき、ありがとうございます」と言うのか、「ありがとうございます、本日はお越しいただいて」と言うのかで、受ける印象はずいぶん違います。
前置きに敬意を込め、感謝を結びに置く。それは、相手を思いやる日本人特有の奥ゆかしさの表れなのです。
日本語は、終わりの言葉に気持ちをこめることができます。
「~かもしれません」「~していただけるとうれしいです」「~させていただきます」など、丁寧さや控えめな気持ちを最後に添えることで、言葉に丸みが生まれます。
手紙やメールでも同じようなことが言えます。
まず時候の挨拶、次に近況、そして本題へ、感謝をこめた結びで終えるという順序の流れを守ることで、言葉に“調べ”が生まれます。
この最初と最後を丁寧に整えることが言葉全体の印象を決定づけるのです。
急ぐあまり、本題だけを簡潔に伝えると、どこか機械的でそっけない印象になるものです。言葉の順番を整えることは、相手との関係にひとつ“温度”を加えることに似ています。また、年齢を重ねるごとに大切になるのが「聞き方」の順です。
相手の話を最後まで聞く。
反論の言葉の前に、まず共感を伝える。
その言葉の順番が、人間関係を円滑にしてくれます。話す内容ももちろんですが、言葉を「どのような順に届けるか」によって、信頼や安心感が育まれるのです。
言葉の順番は、ただの並びではないのです。それは相手を思いやる「心の順番」、美しく生きるための作法でもあります。まず、言葉の順を意識する。
あなたの“品”は、きっとそこから育っていくのです。
■良い言葉を使う習慣を
柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)の和歌に、「磯城島(しきしま)の 大和(やまと)の国は言霊(ことだま)の助くる国ぞ ま幸(さき)くありこそ」というのがあります。
「日本の国は、言霊の力によって幸いのもたらされている国なのです。ですから、どうぞ御無事に、幸いでおいでください」(高木博『万葉一首一話』双文社出版)といった意味になります。
日本では古くから「言霊」といって、「言葉には霊が宿る」と考えられてきました。「口に出すとそのとおりになる」ということが信じられてきたのですね。
良いことを言えば良いことが現れる。
悪いことを言えば、悪いことを引き寄せる。
だから「口にする言葉」を慎重に大事に考えていたのです。
こんなにもたくさんの言葉を発していても、良い言葉は、はたしてどれほど使っているのでしょう。なるべく良い言葉を使う習慣をつけましょう。
良い言葉は、良い考え方、良い思い方を引き寄せます。
ただ、悪い言葉、人を傷つける言葉は使って良いことなんてひとつもないのはわかっていても、つい使ってしまい、あとで反省することもあります。もし、選択を間違えて悪い言葉を使ってしまったら、言葉に霊が宿ることを思い出し、良い言葉に切り替えて口にするようにしてください。「悪い言葉」を「良い言葉」で打ち消すのです。
では「良い言葉」にはどういうものがあるのでしょう。以前にNHKが実施した美しい日本語についてのあるアンケートでは、一位は「ありがとう」だったそうです。
あるとき、ふと、「そういえば、『ありがとう』の気持ちがあふれているときは、不平不満は存在しない。不平不満があるときには、『ありがとう』の気持ちは存在しない」ということに気づきました。「ありがとう」は負の存在をすべて消してしまうほど力のある魔法の言葉ですね。
「悪い言葉」を使ってしまったと思ったら、「ありがとう」の言葉をつぶやいてみる。言霊の怖さと恵みを知り、良い言葉を使いながら暮らしていきたいものです。
■大和言葉でゆったりと話す
「ごゆるりとお寛ぎください」
旅館などで、こうした声をかけていただくことがあります。
この言葉をかけられると、「時間も空間も両方ゆったりしてくださいね」という気づかいを感じます。
「ごゆるりと」とは、「ゆるり」に、「ご」と「と」が合わさって丁寧な表現になった「大和言葉(やまとことば)」です。
この大和言葉は響きが優美で余韻が心に沁み入るので、私は好んでよくこの言葉を用いるようにしています。
耳に心地よく、知的で品のあるこの「大和言葉」とは、遠い昔、中国大陸から入ってきた漢語の前から日本人が話していた、生粋の日本語です。
漢字には、中国伝来の「音読み」と、日本固有の「訓読み」があり、基本的には「訓読み」でできている言葉が大和言葉というとわかりやすいでしょうか。
「大和言葉(訓読み)」と「漢語(音読み)」の違いの例を左に記しますね。
大和言葉:敬う 漢語:尊敬
大和言葉:ありがとう 漢語:感謝
大和言葉:始まる 漢語:開始
漢語にすると少し硬い印象がありますよね。
大和言葉にすると柔らかさを感じませんか。
柔らかな大和言葉は、優しく細やかな感情を表現できます。
会話のなかで大和言葉を使われる方にお会いすると、「なんてしなやかで素敵な方なのでしょう!」とハッとする美しさを感じます。大和言葉はたくさんありますので、なかでも日常で使えたら素敵だと思った大和言葉を厳選してご紹介します。
いつもの言い回しを少し置き換えることができたら、あなたも大和撫子(やまとなでしこ)です。
心待ちにする(待望)
思いのほか(案外)
このうえなく(最上級)
願わくば(希望)
日常でのご挨拶や会話のなかでも、ほんの一文を置き換えただけで、魅力が増します。
「ご配慮くださりありがとうございます」
↓
「お心づかいいただきありがとうございます」
ビジネスシーンでは大和言葉に置き換えることで、硬くなりすぎず、お相手にとって印象に残る機会になることでしょう。
「平素より格別なご愛顧を賜り、厚く御礼申しあげます」
↓
「ひとかたならぬお引き立てをいただき、心からお礼を申しあげます」 「残念ながら欠席いたします」
↓
「やむなく欠席いたします」 「ご協力お願いいたします」
↓
「お力添えをお願いいたします」
遠い祖おやたちが美しい風土のなかで紡いできた日本固有の言葉、大和言葉。
この大和言葉を日常の会話や文章にそっと忍ばせることで品格が増し、心の奥深くに優しく響き、ほのかな余韻を残してくれるのではないでしょうか。
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詠月(えいげつ)
書道家、一般社団法人リボーンアカデミー代表理事
二〇一〇年に「和文化教室」を開講し、二〇一六年に一般社団法人リボーンアカデミーを設立。詠月流書道「新やまと文字®」や「和文化アンバサダー®」を通じ、国内外で六千人以上を指導。講師育成にも力を入れ、育成した講師陣は国内外で講座や文化活動を展開している。書道家としては、宇佐神宮、上賀茂神社、豊昇龍 横綱昇進祝賀会などの式典にて、これまでに70回以上の席上揮毫を実施。作品は清水寺、国立新美術館、虎屋 京都ギャラリーなどで展示される。海外にて、パリ日本文化会館での個展・講座(外務省後援)、ワルシャワ宮殿での国交樹立100周年式典など、これまでに二十三カ国で国際交流を推進。書を通じて、和の精神を発信し続けている。
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(書道家、一般社団法人リボーンアカデミー代表理事 詠月)