パンを美味しく焼ける高級トースターが注目を集めている。普通のトースターと何が違うのか。
トースター市場で約20%のシェアを持つ株式会社千石の大ヒット商品「アラジン グラファイトトースター」の製造現場を取材した――。(第1回/全2回)
■「1万円超の高級トースター」先駆けた2社
もともと、オーブントースターは1万円以下の低価格な製品が中心だった。しかし、2015年に、BALMUDAの「BALMUDA The Toaster」と、千石の「アラジン グラファイトトースター」が、約2万円という価格設定で登場。新たに高級トースター市場を生み出した。
発売直後は、「トースターに2万円?」という声もあったが、先行した2台で焼いたトーストの美味しさの認知が広がっていった。
その後、パナソニックやシャープ、ツインバードなども続々と高級トースター市場に参入、1万円を切る従来型のオーブントースターと比較して、より美味しくトーストが焼ける、お惣菜パンを焼きたてのようにリベイクできるといった点が支持を集め、市場を拡大している。
■暖房機器で成長した老舗メーカー
今回、トースター市場で約20%のシェアを持ち(千石調べ)、高級市場をけん引する千石の高橋弘真さんに、「アラジン グラファイトトースター」シリーズがヒットした理由を聞いた。
千石は、1953年に創業した老舗メーカーだ。70年代より家電やストーブなど暖房機器のOEM製造によって成長した。そして、2005年には、英アラジン社のブランド使用権を獲得し、レトロデザインが特徴の石油ストーブ「ブルーフレーム」の製造と販売を行っている。
自社ブランドのトースターの開発が始まったのは2012年だ。前年に発生した東日本大震災と、それに伴う省エネ需要の高まりによって、同社のビジネスに変化をもたらした。

■「通年で売れる製品を開発しよう」
「2012~2013年ごろから高性能エアコンの普及が普及し始めて、石油ストーブの売り上げが下がってきました。弊社では石油ストーブも自社工場で作っていたのですが、暖房機器だけでは1年を通して生産ができず、工場を最適に稼働できません。そこで通年で売れる製品を開発しよう、ということになりました」(高橋さん)
候補に挙がったのが、オーブントースターだった。もともと、大手メーカー向けのOEM製品としてオーブントースターの製造をしていたため、経験があったこと。さらにプレス成形によるモノ作りが得意だったことで現場から声が上がったそうだ。
さらに時を同じくして2012年、パナソニックの事業再編により、開発、所有していた「グラファイトヒータ」の特許と製造設備の売却の提案が来た。千石はこれを受けて、四国にあった製造設備を一式引き取ることにしたという。
■グラファイトヒータの仕組みとは?
現在、同社の電気ヒーターやオーブントースターに欠かせないグラファイトヒータの製造ラインは、兵庫県加西市の本社工場に設置されている。実際にグラファイトヒータを製造している現場を見せてもらった。
そもそもグラファイトとはカーボン(黒鉛)のこと。0.2秒で発熱する速暖性が特徴で、多くのトースターで採用されている、ガラス管に発熱体を封入した一般的な石英管ヒーターと比べて短時間で高温になる。
「グラファイトヒータには、小型惑星探査機はやぶさの表面をおおっているのと同じ特殊シートを熱加工したグラファイトシートが入っています。
このシートに傷を付けることで、発熱する仕組みです」
■トースターの開発には約3年要した
グラファイトシートをガラス管に入れてガスを封入することでヒーターが作られている。最後に全製品の発熱と消費電力が設計値になっているか検査をしたうえで、トースターや電気ストーブの製造工場に運ばれていく。
このグラファイトヒータの製造設備の移管には約半年かかったそうだ。製造実績がすでにあった電気ストーブにグラファイトヒータはすぐに採用されたが、このとき同時に検討されたトースターにはすぐには採用できず、開発に約3年かかった。
■熱のパワーが強すぎて開発は難航
「グラファイトヒータは0.2秒で発熱する特性を持っています。この熱のパワーが強すぎて開発は難航しました。最初の担当者はグラファイトヒータの熱をうまくコントロールできなかったそうです。2代目の担当者は、コントロールできてパンを美味しく焼けたのですが、ヒーターを4本使う構造になってしまい、市場に出せる価格になりませんでした。
そして私が3代目の担当者となり、グラファイトヒータの取り付け位置や角度、パンとの距離を調整したり、その上に配置している反射板の形状を見直したりすることで、なんとか熱量をチューニングしていって完成にこぎ着けました。1日約60枚、半年で食パンを1万枚以上焼きましたね(笑)」(高橋さん)
グラファイトヒータの性能を最大限に生かして一気に焼き上げることで、水分を残したまま外はカリカリ、中はモチモチな仕上がりを実現した。
現在、グラファイトトースターは2023年より稼働した加西IC近くの千石アラジン工場で製造されている。日によって生産する製品は変わるそうだが、トースターは1日約2000台のペースで生産されているそうだ。

そして初代モデルとなる「グラファイト グリル&トースター(4枚焼き)」(1万9800円・当時)が2015年9月に登場。当初はトースター機能だけで2万円では売れないのではないかと考え、グリルパンやグリルネットを付属し、オーブン調理やグリル調理にも対応。現在、人気を集めているノンフライ調理機能も搭載していた。
■「ふるさと納税」の後押しで400万台に迫る
翌2016年にはコンパクトサイズでより購入しやすい価格に設定した2枚焼きモデルを発売。発売後半年で当初目標としていた1万台を達成する大ヒットとなった。
その後、炊飯釜が付属し、ごはんも炊けるようになった「グラファイト グリル&トースター」のリニューアルモデルやポップアップトースターなどもラインナップ。トースターシリーズの累計販売台数は400万台を突破したという(2025年9月時点)。同社ではSNS上で「アラジン グラファイトトースター 400万台突破記念キャンペーン」も開催している。
大ヒットを支えている要素の1つがふるさと納税だ。例えば、2枚焼きのエントリーモデルなら3万3000円の寄付で入手できる。このふるさと納税による出荷台数が相当な割合を占めているそうだ。
■猛追するシャープとツインバード
高橋さんによると、トースター市場全体におけるアラジンのシェアは約20%だという。
さらに1万円以上の高額モデルに限定するとさらにシェアは高くなると予想できる。
バルミューダとアラジンによる高級トースターの登場から10年。現在多くの高性能トースターが登場している。2強を猛追するのが、シャープの「ヘルシオ トースター AX-WT1」(実勢価格3万3000円)だ。3万円を超える高価格ながら過熱水蒸気により「ふわふわ度」を選んで焼くことが可能。調理にも対応している。
また、9月1日に発売されたツインバードの新モデル「匠ブランジェトースター PLUS」(実勢価格2万9800円)にも注目だ。冷凍した惣菜パンの焼き直しの美味しさに加えて、4枚焼きモデルとなり、ファミリー層からの支持も得られそうだ。
高級トースターが登場して10年。トーストが美味しく焼けることはもはや当たり前になった。さらに現在は惣菜パンや揚げ物の温め直しなど、リベイク機能を追求するモデルが増えている。昨今、パンの家庭消費量が増え続けているだけに、千石が切り開いた高級トースター市場はこれからも拡大していきそうだ。


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コヤマ タカヒロ(こやま・たかひろ)

デジタル&家電ライター

1973年生まれのデジタル&家電ライター。家電総合研究所「カデスタ」を主宰。大学在学中にファッション誌でライターデビューしてから約30年以上、パソコンやデジタルガジェット、生活家電を専門分野として情報を発信。家電のテストと撮影のための空間「コヤマキッチン」も構える。企業の製品開発やPR戦略、人材育成に関するコンサルティング業務も務める。

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(デジタル&家電ライター コヤマ タカヒロ)
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