食パンをカリっと美味しく焼くといったらトースターだ。しかし、近年はオーブンレンジと一体になった商品が登場している。
株式会社千石は企画から約7年かけて「アラジン グラファイト オーブンレンジ」の発売にこぎつけた。開発するうえで何が壁になったのか。開発担当者の高橋弘真さんに話を聞いた――。
■レンジなのに両面カリカリに焼ける
まずは7月に発売された「アラジン グラファイト オーブンレンジ AEM-G14A」(販売元は子会社の日本エー・アイ・シー、実勢価格6万6000円前後)の基本機能について解説しよう。
これは独自の「グラファイトレンジ加熱」技術を搭載したオーブンレンジで、付属のヒートトレイに食パンを並べることで、天井からはグラファイトヒータで加熱、底面はレンジのマイクロ波がヒートトレイを加熱してトーストを焼くことができる。
容量は22Lサイズ、最大1000Wのレンジ出力に対応しており、オーブンの温度調節は80~250℃となっている。
■安いトースターに美味しさで負けてきた
一番の魅力は、トーストが美味しく、すばやく焼けることにある。そもそも既存のオーブンレンジは、庫内の温度を上げ、熱風で加熱調理する。このため、温度上昇に時間がかかり、さらに熱風によりパンが乾燥するため、低価格のオーブントースターと比べても、美味しく焼くことができなかった。
しかし、グラファイト オーブンレンジでは、庫内天井にグラファイトヒータを配置。さらにヒートトレイをマイクロ波で温めて裏面を焼くことで、トーストを追求したのだ。
「2015年にトースターを発売し、その後順番にシリーズを増やして、2017年にホットプレートのような卓上調理器『グラファイトグリラー』を発売しました。
キッチン家電メーカーとしての認知度が上がってきたので、次のステップとして考えたのがオーブンレンジでした。2018年ごろから社内で次はレンジをやりたいねと話して企画を進めていました」(高橋さん)
■美味しいトーストを焼くための課題が続出
もちろん、一般的なオーブンレンジのトースト性能の低さは理解していた。しかし、グラファイトヒータがあれば何とかできると考えていたが、難航した。
最初は上下に2本ずつのグラファイトヒータを搭載することを考えていた。オーブンレンジはトースターと比べて庫内が広いため、ヒーター管の数を増やすことで必要な熱量を確保する形だ。
「しかしこれでは、底部にヒーターとマイクロ波を出すマグネトロンを重ねることになり、本体下部が大きくなってしまいます。さらに本体サイズが大きいのに庫内サイズは15L前後にとどまり、色々と支障が出ました」(高橋さん)
そこで採用したのが、マイクロ波で発熱するフェライトを配合したヒートトレイでパンの底面を焼く方法だ。当初は180℃まで加熱できなかったが、素材を特殊配合することで、約2分で250℃まで加熱できるようになった。
これは市販のレンジで魚が焼けるお皿や、パナソニックのスチームオーブンレンジ「ビストロ」シリーズでも採用されている技術で、フェライトがマイクロ波によって高温になることで食材の裏面が焼けるのだ。
■今度はマイクロ波のせいでパサパサに…
「フェライトを使えば、パンを裏返すことなく裏面が焼けます。しかし、別の問題が発生しました。マイクロ波は庫内の底部から上向きに放射されるのですが、ヒートトレイのすき間から回り込んでパンに直接当たってしまっていました。
するとパンが乾燥してしまってパサパサになります。目的は美味しいパンを焼くことなので、この課題はどうしてもクリアする必要がありました」(高橋さん)
このマイクロ波が回り込んでしまう課題を解決するため、開発メンバーでさまざまなアイデアを持ち寄り、試していった。その結果たどり着いたのがヒートトレイの縁の構造だった。
さらにマイクロ波とグラファイトヒータの干渉も発生した。レンジ加熱時にマイクロ波がグラファイトヒータに当たると発熱して、放電現象が起きてしまう。するとヒーターが断線して使えなくなる可能性もある。これは、穴の開いたパンチング材をグラファイトヒータの保護のために配置することで回避した。マイクロ波の波長にあわせて、穴の位置やサイズを微調整し、直径6ミリの穴がベストだとわかった。
■パンチング材で覆うと100%の熱が伝わらない
オーブントースターはヒーターがむき出しになっているため、熱が効率的に伝えられる。しかし、グラファイト オーブンレンジではパンチング材で覆うことになるため、100%の熱が伝わらなくなる。
「パンチング材を挟む以上、そのままでは熱の伝わり方は落ちてしまいます。そこで、レンジでは上ヒーターを2本にして1400Wで焼くようにしました。
トースターは700W1本だったので出力は倍ですね」
こうしてトーストを美味しく焼けるようになった「グラファイト オーブンレンジ」。
トースト1枚はレンジでは最速となる約3分40秒で焼ける(トースト4枚の場合は約4分50秒)。
さらにグラファイト オーブンレンジでは、予熱不要のグリル調理や、食材の内部をレンジ加熱で温めたあと、グラファイトヒータで表面をカリッと焼きあげるリベイク機能などを搭載。リベイク、オーブン調理に最適な格子状の「マジックラック」も用意している。
■優秀なトースター機能搭載がレンジのスタンダードに
今年7月の発売後、グラファイト オーブンレンジは、大手メーカー製品に次ぐ売り上げとなっており、担当の高橋さんはほっと胸をなで下ろしているそうだ。
現在、グラファイト オーブンレンジと同様に、20L前後の中型サイズのオーブンレンジに、優秀なトースト機能を備えたモデルが増えている。それが象印マホービンの「オーブンレンジEVERINO ES-KA18」(実勢価格4万4000円前後)や、日立GLSの「2in1トースターレンジ MRT-F100」(実勢価格5万円前後)などだ。
住居によっては電子レンジとトースターを両方置くスペースがないこともある。グラファイト オーブンレンジなど、トーストが美味しく焼けるオーブンレンジは、スペパ(スペースパフォーマンス)が重視される時代のスタンダードになりそうだ。

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コヤマ タカヒロ(こやま・たかひろ)

デジタル&家電ライター

1973年生まれのデジタル&家電ライター。家電総合研究所「カデスタ」を主宰。大学在学中にファッション誌でライターデビューしてから約30年以上、パソコンやデジタルガジェット、生活家電を専門分野として情報を発信。
家電のテストと撮影のための空間「コヤマキッチン」も構える。企業の製品開発やPR戦略、人材育成に関するコンサルティング業務も務める。

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(デジタル&家電ライター コヤマ タカヒロ)
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