※本稿は、妄想する決算「7つのステップでビジネスモデルを可視化する決算分析の技術」(フォレスト出版)の一部を再編集したものです。
■数字に出てこない「積み上がり」に着目する――オリエンタルランド
さて、企業が成長するかどうかを判断するには、「積み上がるもの」を見つけることが重要だと触れました。もちろん積み上がるものには、数字や決算書には載っていないものもあります。
ここでは、決算書には直接的な数値として表れにくいものの、コロナ禍で新たな価値を「積み上げた」企業として、オリエンタルランドを取り上げていきます。
■ステップ1 企業を分解して事業内容を把握する
それではまずは、オリエンタルランドを分解していきましょう。
事業セグメントは以下の3つがあります。
① テーマパーク事業
ディズニーランド・ディズニーシーの運営
② ホテル事業
ディズニーホテルを中心としたホテル運営
③ その他事業
商業施設「イクスピアリ」の運営や、ディズニーリゾート内のモノレールの運営など
テーマパークを起点として、ホテルやその周辺施設の運営も行っています。
2025年3月期の事業セグメント別の構成は以下の通りです。
【売上高】
テーマパーク事業 81%
ホテル事業 16%
その他事業 3%
【営業利益】
テーマパーク事業 82%
ホテル事業 18%
その他事業 0%
売上・利益ともにテーマパーク事業が8割以上を占める主力の事業となっています。
ホテル事業も一定の規模を持っていますが、オリエンタルランドのホテルはテーマパークに隣接しているため、その業績もテーマパーク事業に連動します。つまり、会社の業績はテーマパークの動向に大きく左右されます。
■ステップ2 業績の推移を見てみる
それでは、続いて近年の業績の推移を見ていきましょう。
まず売上高の推移を見ていくと、やはりコロナ禍では大きく業績を落としており、入場制限などもあった2021年3月期にはコロナ以前の3分の1ほどまで落ち込んでいます。
しかし、売上は回復傾向が続き、2024年3月期にはコロナ以前のピークであった2019年3月期を上回り、過去最高を達成しています。
利益面も同様に2021年3月期には大きな赤字となるほど苦戦していますが、それ以降は回復が続き、2024年3月期にはコロナ以前を上回る状況で過去最高益となりました。
2019年3月期→2025年3月期のセグメント別の業績の推移は以下の通りです。
【売上高】
テーマパーク事業 4374億円→5521億円
ホテル事業 724億円→1104億円
その他事業 156億円→167億円
【営業利益】
テーマパーク事業 1072億円→1404億円
ホテル事業 192億円→304億円
その他事業 25億円→6億円
テーマパークやホテル事業が増収増益で成長したため、近年の業績が好調だったことが分かります。
■ステップ3 業績の推移の理由を考えて疑問点をあぶり出す
こういった業績の推移を見てみるとやはり、次のような疑問点が生まれます。
「なぜコロナ以前を上回る水準となったのか?」
■ステップ4 疑問点について調べてみる
オリエンタルランドはホームページ上で「来場者数」と「1人当たり売上」を開示しています。これを補助輪としてテーマパークの売上を分解してみると、「来場者数×1人当たり売上」となります。
来園者数の推移を見てみると、売上がコロナ以前を上回った2024年3月期以降も来園者数はコロナ以前を下回って推移しています。
来園者のピークだった2019年3月期は3256万人となっていますが、2024年3月期は2751万人、2025年3月期は2756万人という状況です。コロナ禍以降は一定の入場者数の制限を行っていることもあり、来園者数はコロナ以前に及ばない状況が続いています。
一方、1人当たり売上の推移(図表5)を見ていくと、こちらは大きく成長しており、2019年度が1万1606円だったのに対して、2023年度は1万6644円と大幅な増加をみせています。
客単価の増加によって、来園者1人あたりの収益性が高まっていたことが分かります。
1人当たり売上をもう少し詳しく分解していきましょう。
チケット収入/アトラクション・ショー収入 8229円(49%)
商品販売収入 5157円(31%)
飲食販売収入 3258円(20%)
チケットと商品・飲食で5:3:2といった構成になっています。
■18歳~39歳の客は減ったが、40歳以上が増えた
では、2019年度→2023年度ではどの収入が増加していたのでしょうか?
チケット収入/アトラクション・ショー収入 5297円→8229円
商品販売収入 3877円→5157円
飲食販売収入 2437円→3258円
最も増加したのはチケットやアトラクション収入ですが、全体的に増加していることが分かります。
では、チケット収入/アトラクション・ショー収入がなぜ増加したのかと言えば、値上げを行ったことに加えて、需要に応じて価格変動を自動化する「ダイナミックプライシング」、アトラクション予約制の有料サービス「プレミアアクセス」の導入が主要因です。
値上げの取り組みによって客単価が増加していたわけです。
加えて、商品販売収入や飲食販売収入も増加していました。これは値上げをしたことが一因ではありますが、それだけではありません。以前はパークの混雑や待ち時間から、ゲストは十分に買い物や食事の時間を取れていませんでした。
しかし、一定の入場制限を設けることで時間の余裕が増え、それが商品販売や飲食販売収入の増加につながっています。
実際に、飲食収入はコロナ禍で大規模な入場制限が行われた2021年3月期に大幅増加しています(図表5参照)。
ということで、値上げや入場制限によって客数は以前を下回って推移しているものの、それを上回る単価の上昇が続き、業績が好調だと分かりました。
また、開示しているデータから分かる客層の変化にも少し触れていきましょう。
まず男女比を見ていくと、コロナ以前は女性が7割ほどで推移していましたが、コロナ禍以降では70%代後半で推移しており、女性比率の増加が見られます。
さらに、年齢層も以前は18~39歳が5割ほどで推移していましたが、2022年度以降ではその層は減少傾向となり、2023年度では18歳~39歳が41%、40歳以上が33.2%となっています。
つまり、傾向として40歳以上の女性層が増えているのです、チケット単価の上昇などが進む中で、女性のよりコアなファンや金銭的に余裕のある40歳以上の層が増えていると言えます。
■コロナ禍を通じて積み上がった「データ」という金脈
さらに地域別の来園者比率の推移を見てみると、コロナ以前は首都圏が60%以上で推移していましたが、2023年度には53.3%まで減少しています。
近隣からの来園が大半というのは変わっていませんが、単価が上昇する中で近隣の方が「頻繁に行く場所」から「特別な体験を求めていく場所」へと化したことがうかがえます。
顧客層にも一定の変化が見られており、体験価値を高め、顧客満足度と単価の上昇を進めていくことがテーマパークにとって重要であることが分かります。
さて、オリエンタルランドにとって、コロナ禍を通じて「積み上がったもの」とは何だったのでしょうか?
それは「データ」です。
コロナ禍によって強制的に人数制限がされたことで、オリエンタルランドは入場者数ごとの顧客の行動データや満足度など、これまで取得が困難だった多くのデータを得ることができました。大規模な人数制限は、コロナ禍という特殊な要因がなければ、確実に取得できなかったデータと言えるでしょう。
こうしたデータが得られた結果、オリエンタルランドはコロナ以前に目指していた入園者数の増加による成長から、体験価値の向上とそれに伴う客単価向上による収益性重視の方針へと転換しました。
つまり、データの積み上がりが戦略の転換、そして好業績につながったということです。現在もまだ検証を続けているようですし、今後もこうしたデータを活用できることは、オリエンタルランドの大きな武器となるでしょう。
まさに、データの積み上がりによって、コロナ以前と比べて取れる選択肢の幅が広がった企業がオリエンタルランドだと言えます。
■ステップ5 今後の施策を確認する
さて、オリエンタルランドは今後どのような施策を取っていくのでしょうか。
決算説明会資料にある2026年3月期の入園者数目標を見ても「2800万人」となっており、これは2019年3月期の3255万人から減少した水準が続く見通しであることを示しています。
決算説明会資料によれば、引き続き顧客の体験価値や満足度を重視しており、入園者数の上限の引き上げは慎重に精査していくとしていますから、今後も体験価値や単価重視の施策を取っていくのでしょう。
また、積極的に進めているのが集客の平準化です。
日本中の観光地はどこもそうですが、連休など休みに合わせて集客が偏ります。オリエンタルランドでも平日では入場制限の上限に達しない日が多く、集客の平準化が進めば、1日当たりの上限を下げたとしても入場者数の増加が期待できます。
加えて、開業は少し先の2028年度になりますが、クルーズ事業への参入も発表し、開業数年後で売上1000億円、営業利益率は20%ほどの事業となると見込んでいます。
パークへの投資や拡張も進めていますが、顧客体験価値を重視した取り組みが中心になる中で、パークの外側でも新たな収益源を獲得する方向にも動いています。
■ステップ6 知っている知識や知見も活用して今後について考える
さて、それでは今後のオリエンタルランドはどのようになっていくのか。
体験価値を重視しつつ、集客の平準化によって顧客数を増やしていくのが現在のオリエンタルランドにとっての重要なミッションでした。
そもそも平準化が進むかどうかですが、これには期待できる側面があります。それが「インバウンド」と「ダイナミックプライシング」による影響です。
改めて地域別の来園者の推移(図表8)を見てみると、活況なインバウンドの後押しもあり、海外からの来園者比率はコロナ以前が10%弱で推移していたのが、2023年度には12.7%まで増加しています。
インバウンドは日本の休日には関係のない集客が期待できますので、集客平準化にとって後押しとなるでしょう。
また、需要に応じた価格変動を自動化するダイナミックプライシングの導入による平準化も進むことが期待されます。
直近でも2023年10月1日からは、従来よりさらに高価格帯のチケットを導入し、これによって夏休み期間などは平日への来園日変更が見られたとしていますので、ダイナミックプライシング導入による集客の平準化は一定の成果を見せ始めています。
とはいえ、その一方でイメージ悪化の懸念があります。
企業の業績には「企業イメージ」も大きな影響を与えます。周りと同じ日にしか休みを取りづらい日本の現状を考えると、集客の平準化はまだまだ時間を要しそうですし、ダイナミックプライシングは多くの顧客にとって実質的な値上げと受け取られるでしょう。
日本市場は値上げによるイメージ悪化が起きやすい国でもありますので、ダイナミックプライシングによる収益の最大化と企業イメージのバランスを取った舵取りには難しさがありますから、その点は注意が必要でしょう。
実質的な値上げによってSNSなどでディズニーランドがどのようなイメージで語られているかといった情報も、オリエンタルランドを考える際には役立ちます。そういった情報も活用しつつ、多角的に考えていきましょう。
■ステップ7 自分なりの総括をする
それではオリエンタルランドに関して総括をしていきます。
● オリエンタルランドはテーマパーク事業が重要
● 2024~2025年3月期の業績はコロナ以前を上回り過去最高を更新
● 好調の要因は客単価の増加で来園者数はコロナ以前から減少が続く
● コロナ禍で平時では取れないような多くのデータが積み上がり、戦略転換と好業績につながっている
● データが積み上がった強みや集客の平準化による堅調な業績が今後も期待される
● 企業イメージとプライシングのバランスを取る難しさはあるため、企業イメージの悪化には注意が必要
このように、決算書には数字としては直接表れにくいデータでも、企業の戦略を大きく転換させるような影響を与えることがあります。
企業の決算を読み解く際は、数字に残るものだけでなく、数字には残らないけれども企業にとってどのようなものが積み上がっているのか……という視点も持って考えていきましょう。
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妄想する決算(もうそうするけっさん)
コンテンツクリエイター
1990年福島県生まれ。「Forbes JAPAN クリエイター100」に選出。
独自の視点を交えて企業の決算書を解説。国内外の企業の決算報告書を基に情報発信している。ユニークなキャラクターで雑談のコーナーも人気。Voicyパーソナリティとして、「10分で決算が分かるラジオ」を放送中。
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(コンテンツクリエイター 妄想する決算)