■『ドールハウス』『近畿地方』に続きヒット
8月29日に公開された二宮和也主演の映画『8番出口』が、2025年の実写映画No.1の公開3日間興収(9.5億円)となる大ヒットスタートを切った。本作は、脱出ホラー系の同名インディゲームを原作にする、サイコスリラー的な要素が強いホラー作品だ。観客を選びそうなタイトルであるにもかかわらず、若い世代を中心に幅広い層が映画館に足を運んでいる。
振り返ると、ここ最近では6月公開のミステリーホラー『ドールハウス』が20億円に迫るヒットになっており、8月公開のオカルトホラー『近畿地方のある場所について』も15億円が目前。また、2024年のサスペンスホラー『変な家』が50億円超えの大ヒット(年間8位)を記録したのも記憶に新しい。
さかのぼれば、ホラーはコアファンのいる鉄板人気ジャンルであり、かつてのJホラーの先駆けとなる『リング』『呪怨』から近年の『事故物件 恐い間取り』『ぼぎわんが、来る』、洋画でも定番の『エクソシスト』や『死霊館』のほか、直近でも『ゲット・アウト』や『ミッドサマー』、『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』など、多彩なストーリー性の幅広いホラーテイストの話題作が生まれている。
そうしたなか、ここ最近のトレンドになっているのが、『8番出口』や『ドールハウス』『近畿地方のある場所について』『変な家』といったホラーアトラクション系映画だ。従来のホラー映画とは異なり、観客がコア層だけでなく、若い世代の一般層に広がっていることで、ヒット規模が大きくなっている。
■ひたすら出口を目指すシンプルなゲームが原作
『8番出口』は、インディゲームクリエイターのKOTAKE CREATE氏が2023年に制作し、全世界累計170万ダウンロードを突破した同名ヒットゲームが原作。ゲームファンから圧倒的に知名度の高いタイトルを、映画プロデューサーであり、小説家、映画監督としても活動する川村元気氏が監督と脚本を手がけて実写映画化した。
本作は、地下鉄駅の無機質な地下通路の無限ループに閉じ込められたプレイヤーが、さまざまな“異変”を正確に察知することで、そこから脱出できる唯一の出口となる「8番出口」に向かってさまよう姿を描く。
もともとは、物語のないゲームだ。プレイヤーは地下通路の異変を探して、その有無によって進む道を選択する。それがあっていれば次に進み、間違えていれば振り出しに戻る。その繰り返しで8番出口を目指す。そんなただひたすら出口に向かうゲームの映画化においては、その空間に宿るプレイヤーにとっての恐怖がストーリー化されていった。
■リアルと非日常がリンク、恐怖に襲われる映画
舞台になる地下鉄駅の地下通路は、どこにでもある何の変哲もない通路。その白い壁もポスターも、スチールのドアも証明写真機も既視感がある。誰もが日常のなかで通っている地下通路だ。そこにゲームでおなじみの「歩く男」が現れる。主人公たちに「オジサン」と呼ばれる謎の男は、シェイクスピア俳優でありドラマ『VIVANT』でも注目された河内(こうち)大和(やまと)が怪演。
リアルと非日常が背中合わせのその空間で、規則正しい動作をひたすら繰り返す彼の存在が、もともと地下通路にある内在的な不安や恐怖を顕在化していく。
そんな本作には、さまざまなテーマが埋め込まれている。まず、歩く男が怖いおじさんに見えるホラー映画的なシンプルな演出もあるだろう。同時に、王道の古典的ホラー『シャイニング』のオマージュがあったり、名作『2001年宇宙の旅』のHALのような神となる存在の投影もある。
また、地下空間そのものに、マウリッツ・エッシャーのだまし絵や、ダンテ・アリギエーリの戯曲『神曲 煉獄篇』の要素を感じて、自分への問いかけとして捉える観客もいるかもしれない。
本作には、世代や属性を問わない、観る人それぞれの観方と楽しみ方がある。
■若い世代のニーズと合致する多様な楽しみ方
もともとストーリーのないゲームのシンプルな白い空間だからこそ、そこにあるテーマの見立ても解釈もより広がっていく。それが若い世代の感性や多様な楽しみ方へのニーズと合致しているのかもしれない。
本作が若い世代に支持される理由を掘り下げていくと、そもそも原作ゲームが「生まれたときからスマホがあった」彼らZ世代(14~30歳)に人気があり、その興味をそのまま映画につなげていることがひとつ挙げられる。
加えて、世界共通の普遍的な景観になるであろう地下鉄駅の地下通路が舞台になるホラー体験への純粋な興味と、そこに金字塔的ホラー映画や名作映画のオマージュなどさまざまな要素が埋め込まれることのおもしろさに惹かれるのかもしれない。そしてそこには、さまざまな仕掛けを考察して、SNSで発信する楽しみも生まれる。
そんなテイストが若年層のツボを押さえているのではないだろうか。
■ガチゲーマーの二宮和也主演という説得力
異例の大ヒットの要因には、こうした内容面だけではなく、ゲーム好きで知られる二宮和也がプレイヤーに相当する主人公を演じる、という説得力の高いキャスティングが若い世代に響いていることもある。加えて、かつての『電車男』『モテキ』から、近年は『君の名は。』『すずめの戸締まり』などアニメの大ヒット作を企画・プロデュースしてきた川村元気監督による、ホラー映画の枠に留まらない主人公の成長物語になった手腕もある。
一方、賞賛一辺倒ではない。事前告知がなかったことがSNSやネットニュースで話題になった自然災害の描写(現在は告知あり)や、主人公のぜんそく発作の演出が「リアル過ぎてつらい」というネガティブな声もある。
話題作に賛否はつきものだ。それらも含めて本作の魅力であり、その結果がいまの興行に示されている。
■伝統的なホラー映画とは異なるアプローチの2作
『8番出口』のように、ホラー系でありながら、伝統的な恐怖映画とは異なるアプローチのアトラクション的な要素のある映画が、いま若い世代にウケている。
そのひとつが長澤まさみ主演の『ドールハウス』。オリジナル脚本と監督を務めたのは、『ウォーターボーイズ』『スウィングガールズ』などハートフルな人間ドラマの名手として知られる矢口史靖監督。幼い娘を事故で亡くした家族が、ある人形を中心に不可解な出来事に巻き込まれていくサスペンスホラーとなり、矢口監督の巧みな心理的ホラー演出が光る。
ドール系のホラーでは、髪の毛が伸びる日本人形や、名作ホラー『チャイルド・プレイ』のサイコパス人形・チャッキーを思い浮かべるかもしれないが、本作の人形・アヤは本物の子どものようなあどけない顔立ちで、憎悪に表情を歪めることも、歩くこともない。
いわゆるホラーっぽくない新鮮味のあるミステリーホラーだ。長澤まさみの怪演も話題になり、コア層向けの作品性ながら異例のヒット規模になっている。
昨年の間宮祥太朗主演の『変な家』も、ホラー系譜の異例の大ヒット作。YouTuberでありオカルトクリエイターの「雨穴(うけつ)」によるYouTube動画から火が付き、その後ミステリー小説化もされた元ネタの映画化作品だ。
■間宮祥太朗主演『変な家』はなぜヒットした?
主人公がある中古一軒家の間取り図に奇妙な違和感を覚えることから物語が始まり、謎空間の意味をはじめ、その家に秘められた恐ろしい事実を解き明かしていく。サスペンスとオカルト要素を併せ持つホラー映画になる。
「家の間取り」を題材にする斬新な設定と、ストーリー後半の思いのほか濃いホラーテイストが話題になり、「怖いけれどおもしろい変な映画」となって若い世代を引きつけた。
また、ホラー小説を原作にする『近畿地方のある場所について』は、近畿地方の怪奇現象や都市伝説の真相を追う物語だが、紙、WEB、映画などメディアによって異なる物語構造が新しい切り口になっている。
映画版では、張り巡らされた巧妙な伏線と一度の鑑賞では気づかないであろう複数の謎が考察好きの映画ファンや原作読者の間で話題になり、リピーターが続出するヒットになっている。
■話題性でライト層を巻き込みヒット規模を拡大
従来のホラー映画のヒット作は、5~10億円ほどがほとんどだった。
そういう作品には、一般的なホラー要素に加えて、視覚的な刺激や、驚きと恐怖を共感や体感させる仕掛けで観客を楽しませるアトラクション的な要素がふんだんに盛り込まれている。
それが、『8番出口』では、ゲーム的なハプニングやトラブルの出現によるアクション的な要素であり、『ドールハウス』では家族ドラマのなかにじわじわとにじみ出る恐怖を、登場人物を通して共感させるサスペンススリラー要素になる。
『近畿地方のある場所について』は、原作ほかメディアを超えた物語のリンクと地域をフィーチャーした謎解き考察要素の多さがそれに当たる。そして、『変な家』は、家の間取りを題材にする謎解きオカルトスリラーという斬新なフックからのホラー展開が、“怖いけど楽しい”という新しい要素となった。
加えて、これらの作品に共通するのは、定番の人気漫画や小説を原作にする映画やドラマ映画とは異なり、それぞれインディゲーム、YouTube動画など多彩な種が映画の元ネタになっていること。
それらはSNSでの知名度が大きく、ネットとの親和性も高い。もともと若い世代にとって親近感のあるコンテンツであることに加えて、そこ発の予定調和ではない物語が、若い世代の感性に刺さっているようだ。
■「非日常体験」となるホラーで得られるもの
常に映画に求められるのは新規性だ。前述のような定番映画のヒット方程式が通用しない時代には、新規性こそが観客の興味・関心に刺さる。そして、そこからヒットが生まれる。
昨今のホラーアトラクション系映画には、元ネタや題材、ストーリーなど作品性を総合的に含めてそれがあるから、ヒット作が続いている。
タイパ、コスパを求める世代にとって、わざわざ映画館に行って、安くないチケットを購入する映画鑑賞は、決してハードルが低くない。それでも行く価値を感じる若い世代が増えている。
その価値のひとつは、非日常の体験だろう。ここ最近では、美術館やプラネタリウムなどでも没入型のホラー系イベントがブームになっているが、とくにホラー映画には、リアルでは体験できないような感情に襲われることへの興奮や快楽がある。そこにプラスアルファのアトラクション的な要素が加わることで、より幅広い層のツボに刺さる。そんなヒットが続いているのではないだろうか。
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武井 保之(たけい・やすゆき)
ライター
エンターテインメントビジネス・ライター、編集者。音楽ビジネス週刊誌、芸能ニュースWEBメディア、米映画専門紙日本版WEBメディア、通信ネットワーク専門誌などの編集者を経てフリーランスで活動中。映画、テレビ、音楽、お笑いを中心にエンタテインメントシーンのトレンドを分析や考察する。
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(ライター 武井 保之)