※本稿は、平井宏治『国民搾取』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
■中国が世界に売り込むEVの意外な売れ行き
電気を使ってモーターを駆動させる自動車のことをEV(Electric Vehicle)というが、EVには4種類ある。
まず、動力源は電気だけでエンジンは搭載していない①BEV(Battery Electric Vehicle、バッテリー式電気自動車)である。一般的にEVといった場合にはこれを指す。本章のEVもこのバッテリー式電気自動車のことを指す。
②HEV(Hybrid Electric Vehicle、ハイブリッド車)は、エンジンとモーターの両方を搭載して、エンジンで発電した電気をモーターに供給する。外部電源からの充電はしない仕組みだ。
その他に、外部電源からの充電が可能なハイブリッド車である③PHEV(Plug-in Hybrid Electric Vehicle、プラグインハイブリッド車)、水素による燃料電池で発電した電力でモーターを回す④FCEV(Fuel Cell Electric Vehicle、燃料電池自動車)がある。
中国が躍起になって生産し、世界に売り込んでいるのは、①バッテリー式電気自動車と③プラグインハイブリッド車である。
■欧州で進むハイブリッド車へ乗り換え
国際エネルギー機関(IEA)の発表によれば、世界のEVおよびPHEVの普及率(新車販売台数に占める比率)は2020年以降に特に上昇し、2020年4.2%、2021年9%、2022年14%、2023年18%と上昇を続けている。ところがこの上昇傾向が2024年、特にヨーロッパにおいて変化を見せた。
ACEA(European Automobile Manufacturers' Association、欧州自動車工業会)が公表しているデータによれば、2023年7月~12月の新車登録台数実績は、EVが108万625台、PHEVが50万9,623台の計159万248台だったが、2024年7月~12月の新車登録台数実績は、EVが103万8,846台(グラフ1参照)、PHEVが46万4808台の計150万3654台に減少した。
2024年のEU内の全新車登録台数は約1060万台で前年度比0.8%増加した。新車登録台数が増えるなか、EV・PHEVは、逆に200万台の大台を切り、199万3102台に留まった。2023年度のEV・PHEV新車登録台数は、200万の大台を超えていたので、1.3%の減少だ。ガソリン車の新車登録台数は合計427万3672台で前年度から6.8%の減少。ハイブリッド車の新車登録台数は406万8308台で、前年度比19.6%増加した。
動力別のシェアでは、ガソリン車が33.3%、ハイブリッド車が30.9%に対し、EV・PHEVは13.6%となった。2025年度以降は、ハイブリッド車がガソリン車を追い抜くだろうと予測されている。ガソリン車のシェアが大きく減りつつあり、ハイブリッド車のシェアが増加しつつあることから、ヨーロッパではハイブリッド車への乗り換えが起きているということがわかる。きわめて興味深い動向だ。
■米国でも日本でも売れていない
アメリカもまた、EVについて興味深い動きを見せている。
アメリカの車両評価および自動車調査組織であるケリー・ブルー・ブック(Kelley Blue Book)社によると、2024年のアメリカにおけるEV・PHEVの販売台数は130万1411台で、前年比で約1.1%伸びている。
また、アメリカにおける新規販売台数におけるEV・PHEVのシェアは約8%である。アメリカではEVは売れていないのだ(グラフ1参照)。
日本市場はどうか。日本自動車販売協会連合会のデータによれば、EV・PHEVの2023年の販売台数は4万6014台だったが、2024年には3万4057台に減少した。約25%減である。2024年の日本国内販売台数総計は、442万1494台となり、前年比7.5%減。EV・PHEVの減少率は全販売台数の減少率よりも大きい。全販売台数におけるEV・PHEVの販売台数シェアは1%に満たない。これらの数字から、EV・PHEVは、日本ではほとんど売れていないことが明らかだ(グラフ1参照)。
■中古車に値段がつかない
電気ステーションが整備されればEVは伸びる、EVはこれからの成長分野である、などとよく言われるが、数字は正直である。
特にハイブリッド車がシェアを伸ばしているという点に注目する必要がある。電気ステーションが整備されなければ話にならないEVよりもハイブリッド車を選択する消費者が増えている。
EVはモーターを搭載しているために車体重量が重い。そのためタイヤの寿命がガソリン車の半分だと言われている。また、寒冷地では、電池性能が落ちる。つまり、ヨーロッパのような緯度の高い地域、寒冷な風土にEVは適さない。
EVは中古車に値段がつかないという問題もある。EVはバッテリーが基本部品であり、バッテリーが寿命を迎えたら終わりだからだ。修理代も高額である。各国がEV普及のためにかなりの購入補助金を付けても販売実績が公表データの通りに留まっているのにはこのような理由がある。
そして、2024年からヨーロッパでEVが失速した大きな原因は、EV購入補助金の廃止にある。
■補助金がなければ売れない
ドイツの事例では、2022年時点での電気自動車購入に対する補助金と自動車メーカーの値引きの合計金額は、個人・法人を問わず、車体価格が4万ユーロ(約620万円)以下のEVに対して9000ユーロ(約140万円)、4万ユーロ超のEVに対しては1500ユーロ(約23万円)、PHEVが価格4万ユーロ以下に対して6750ユーロ(約105万円)、4万ユーロ超に対して5625ユーロ(約87万円)だった。
それがまず、2023年9月に法人による購入が補助金の適用外となった。さらに、2024年12月末に終了予定と発表されていた補助金が一年前倒しされて、2023年12月に終わった。新型コロナウイルス対策で使わなかった過去の予算の電気自動車購入補助金への転用が憲法違反だとされたからである。
その結果、ドイツにおける電気自動車の販売台数は激減した。ACEA調べで、2023年の12月に5万4654台売れていたEVが、2024年一月には2万2474台に減り(59%減)、2023年の12月に6万9801台売れていたPHEVが2024年一月には8853台に減った(87%減)。
そもそも電気自動車の需要と供給の間に大きな価格ギャップがあった。言い換えると、販売価格が高過ぎるのだ。だから購入補助金をつけて、消費者が買いやすくしていたが、購入補助金がなくなり、消費者が支出する金額が上がった途端、需要が大きく減ったのだ。
■中国に追加関税を課したEU
「中国製造2025」には、2015年の時点で世界のトップに立つべき重点分野の一つにEVを掲げていた。
国家資本主義の中国は、EUの「ブリュッセル効果」のルールに則り、産業補助金を中国の自動車メーカーに支給してダンピング輸出を開始した。
EUは、中国製EVが不当な補助金を受けているとの調査結果に基づき、2024年十月、中国製EVに最大35.3%の追加関税を課すことを決定した。EUがすでに輸入車に課している10%の関税に加えられるため、最大45.3%の関税が課されることになる。
中国依存度の高いドイツの自動車工業会は関税措置に反対声明を発表し、「中国による報復関税のリスクはドイツの国内産業に大きな打撃を与える」と主張した。2023年のドイツから中国への乗用車輸出額は中国からの輸入額の3倍以上で、部品サプライヤーによる輸出額は輸入額の4倍に上ると試算されている。
一方、フランスは、国内産業保護などの観点から追加関税に賛成した。ロイター通信は、欧州委員会が行なった採決で、EU加盟国のうち10カ国が賛成し、5カ国が反対票を投じた。棄権が12カ国だったと報じている(2024年10月5日)。
■各国が神経質になる中国製電気自動車
これらを受けて中国は現地生産にシフトし始めた。フォルクスワーゲンなどの工場を買収し、ヨーロッパでEVを作り始めている。
アメリカは、2024年9月から、中国製EVに課す関税を25%から100%に引き上げた。EV用のリチウムイオンバッテリーと関連部品に対する関税も、7.5%から25%へ引き上げられた。
EVはアメリカではそれほど売れてはいないものの、アメリカは懸念の対象を当然、中国に置いている。バイデン政権は、EVの購入者に対して7500ドルの税優遇措置を設けた。ただし、北米3カ国で製造や組み立てが行われたEVであることが条件とされ、中国やロシアなどの資本が25%以上を占める企業やグループが生産した蓄電池が使われている場合には優遇対象から外されることになった。
2025年以降は、リチウムなどの重要鉱物についても同資本状況にある企業が抽出や加工・リサイクルを行っている場合には優遇対象から外されることになった。アメリカの自動車産業を守るためだ。このように、世界各国は中国製電気自動車に関しては神経質になっている。
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平井 宏治(ひらい・こうじ)
経済安全保障アナリスト
1958年神奈川県生まれ。電機メーカーやM&A助言、事業再生支援会社などを経て、2016年から経済安全保障に関するコンサル業務を行うアシスト社長。M&Aや事業再生の助言支援を行う傍ら、メディアに寄稿や講演会を行う。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。著書に『経済安全保障のジレンマ』(扶桑社)などがある。
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(経済安全保障アナリスト 平井 宏治)