■「転職するなら30代まで」が常識ではなくなったワケ
2000年代初頭まで転職市場では、「転職するなら30代まで」と言われましたが、近年こうした年齢の壁はすっかりなくなりました。これは、次のような背景によるものです。
①リストラ・早期希望退職の増加
中高年層を対象にしたリストラや早期退職募集が増えている。会社からリストラされたり、会社の将来を悲観した中高年層が早期退職に応募したりして、転職するケースが増えた。
②キャリア意識の変化
新卒で入った会社に定年まで勤め上げるという昭和の価値観がなくなった。「自分らしく働く」「スキル・経験を活かす」「社会に貢献する」といった価値観が台頭し、中高年の転職意欲が高まっている。
③マネジャー層の補充・即戦力への期待
多くの企業が就職氷河期(1993~2004年頃)に採用を絞ったことから、現在マネジャー層が手薄になっている。近年の若手人材の採用難も相まって、即戦力の中高年を採用しようという意欲が高まっている。
他にも、転職による人材流動化を促す国の政策支援や転職を支援する民間の人材サービスの普及も、中高年の転職を後押ししています。
こうして、ひと昔前と比べて中高年の転職が格段に容易になり、年収が大幅にアップするというキャリアアップ型の転職が増えているようです。
とはいえ、転職して年収が激減してしまったり、これまで築いてきたキャリアが断絶してしまったりするという失敗ケースも多々あります。
一口に転職といっても、①リストラ・早期希望退職という場合と②のキャリアチェンジや③のキャリアアップを目指す場合とでは、状況や転職の目的が大きく異なります。
そこで、①の後ろ向きの転職と②③の前向きの転職に分けて考えてみましょう。
■勤務条件をしっかり確認しなかった人の後悔
まず、会社からリストラされたり、早期退職制度に応募したりして転職するという後ろ向きの場合について、今回、40代・50代で転職を経験したビジネスパーソンを取材しました。
多くの転職経験者が強調していたのが、「慌てて次の会社を決めない方がいい」ということです。次の会社を決めて後悔したという体験談を聞かせてくれました。
「早期退職に応募して退職してから、次を探しました。失業手当を受け取りながらゆっくり探そうと思っていたんですが、家でゴロゴロしていたら家内の風当たりが強くなり、2カ月でさっさと今の会社に決めました。今の会社は、勤務条件や職場の人間関係などまったく酷くて、非常に戸惑っています。もう無理という感じです」(40代男性)
入社後の条件をしっかり確認しないと、前職よりも条件を下げて安売りしてしまうということになりがちです。転職経験者からは、「これだけは譲れないという条件を明確にしておくべき」とのことです。
■まさかの転職2年目で大幅減俸
「前の会社の経営が悪化し、取引先だった今の会社の社長から勧誘されて『まあいいかな』と転職しました。年収を下げないという約束だったのですが、下がらなかったのは最初の1年だけ。
また、事前に転職先について十分に調査・検討をしない結果、どうしても入社後に想定外だと感じることが多くあります。それに対して転職経験者から、「郷に入っては郷に従え」というアドバイスがありました。
「2年前に転職しました。今の会社は入ってみてビックリ、というより想定外だらけです。ただ、想定外の大半は、何とか我慢し、対応できるレベルのもの。転職では想定外を当然のことと思って慣れるように努めることが、結果的に満足いく会社生活に繋がると思います」(40代女性)
■40・50代が転職の際にするべきこと
一方、②と③のキャリアチェンジやキャリアアップを目指す前向きな転職の場合はどうでしょうか。40代や50代の人が転職を考える場合には、「自分の市場価値を見極めておくべき」と多くの転職経験者が指摘していました。
「企業が見ているのは、応募者がこれまでどういう経験をし、どういう専門スキルを培ってきたのか。これが自分の中で明確になっていないと、話になりません。複数のエージェントに登録して自分の市場価値を見極めておくことが、とくにエグゼクティブ層の転職では必須だと思います」(50代男性)
採用面接では前向きな転職の場合、自分のやりたいことを前面に出しがちですが、「自分の経験・スキルがなぜその会社で有用なのかを説明すると良い」というアドバイスがありました。
「40代以上だと、やはり即戦力が求められます。自分のやりたいことよりも、まず応募企業のこと、業界のことをしっかり調べて、『私はこういう場面でこういう貢献ができます』とアピールする方が、受けが良いように思います」(40代男性)
転職先でやりたいことを実現できない、大きな貢献をできない、というケースも多々あり、「ワーストシナリオを想定しておくことも大切だ」という意見もありました。
「達成したいことよりも、最悪の状況でどうなってしまうのかをシミュレーションしておくと、精神衛生上も良く、結果的に成功確率が高まると思います。70歳まで働くことを考え、収入や家計支出のことも考えておくことをお勧めします」(40代男性)
■「エージェントは役に立たない」
ところで、中高年に限らず転職する際には、転職エージェントを利用するケースが多いと思います。今回の取材で、転職エージェントへの評価は大きく分かれました。
〈高評価〉
「初めての転職で右も左も分からなかったので、転職エージェントの担当者に親身に対応していただいて、本当に助かりました」(40代女性)
「転職エージェントの担当者には、私の強み・弱みや市場価値を冷静に分析してもらえました。転職エージェントを抜きに納得のいく転職はありえません」(50代・男性)
転職エージェントを利用したことで納得のいく転職ができたという声があがります。自身では思いもよらない強みなどは第三者の目から見てもらうことで気づけることがありそうです。一方でこのような評価もありました。
〈低評価〉
「下手な鉄砲という感じで、手当たり次第に色んな会社を紹介してきました。自分たちの手数料稼ぎを優先しているのは明らかで、不信感を持ちました」(40代男性)
「表面的な情報しかもらえず、あまり役に立ちませんでした。登録した転職エージェントが力不足だっただけかもしれませんが。
■競争が激しい転職エージェント
転職エージェントも色々で、玉石混交というところですが、ここで心に留めておきたいのが、転職エージェントのビジネスモデルです。
転職エージェントは、依頼を受けた企業に登録した人材を紹介し、入社が決まったら企業から報酬を受け取る、というビジネスモデルです。完全に成功報酬で、報酬額は紹介した人材の初年度年収の3~4割です。DXなど希少性の高い職種の場合、10割に達することもあるようです。
転職エージェントは、年収1000万円の人材の紹介に成功したら、4割なら400万円の報酬が得られます。失敗したら、タダ働きです。そのため、転職希望者の適性・希望・相性などよりも、とにかくマッチングすることを優先します。
転職活動では、信頼できる転職エージェントを選び、手数料稼ぎを優先しやすいという限界を知って、主体的に活用するようにすると良いでしょう。
また、最近では転職エージェントのCMをよく見るようになった人も多いのでは。その背景には年代を問わず転職が増えていること、企業が多数の中途採用をするために転職エージェントを利用するようになったことによります。転職エージェントは新規参入が容易で競争が激しく、登録者数を増やすことが重要なため、各社はCMで知名度やブランド力を上げようとしてるのです。
このように企業同士の競争が激しいことから、手数料稼ぎを優先することが転職エージェントにとっていかに重要か、理解できるでしょう。
■「直接採用」がトレンドになるかもしれない
ここで、企業のコンサルティングをしているある40代男性から、「本当に納得いく転職をしたいなら、転職エージェントを通さず、自分で行きたい企業を探して、直接応募してみてはどうか」という提案がありました。
その40代男性は、新卒で金融機関に入社し、人材サービス会社、機械メーカー、素材メーカー、コンサルティング会社と4度転職し、キャリアアップしてきました。人材サービス会社から機械メーカーでは採用担当者から直接一本釣りされ、その経験から「エージェントが適切な案件を紹介してくれるとは限らない」と考えたそうです。情報収集のために転職エージェントに登録していますが、自分で業界や企業研究しながら転職先は自力で探し、700万円ほど年収が上がりました。
その男性曰く、中途採用の募集をしていない会社でも直接アプローチすると「意欲的な人だ。会ってみようか」となることが多いとのことです。
いま、多くの企業は、雨後の筍のように増えた転職エージェントに対し、「本当にわが社に合った適切な人材を紹介してくれるのか」と不信感を持っています。また、中途採用の増加で転職エージェントに支払う手数料が重荷になっています。
そのため、一部の企業では、本当に必要な人材については、転職エージェントを通さず、リファラル採用など自社で直接採用しようという動きを始めています。
というと新しいトレンドと思われるかもしれませんが、そうでもありません。アメリカで「幹部社員の最大の仕事は自分の後任を探すこと」と言われる通り、海外では一般的なことです。
いま日本では、企業も転職希望者も転職エージェントにおんぶにだっこの状態です。
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日沖 健(ひおき・たけし)
経営コンサルタント
日沖コンサルティング事務所代表。1965年、愛知県生まれ。慶應義塾大学商学部卒業。日本石油(現・ENEOS)で社長室、財務部、シンガポール現地法人、IR室などに勤務し、2002年より現職。著書に『変革するマネジメント』(千倉書房)、『歴史でわかるリーダーの器』(産業能率大学出版部)など多数。
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(経営コンサルタント 日沖 健)