■味の素の牙城「冷凍餃子市場」に起きた異変
「大阪王将」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。
中華料理チェーン「大阪王将」を運営するイートアンドホールディングス(HD)が、日本の冷凍餃子市場のトップに君臨していることを知らない人は多いかもしれない。
冷凍餃子市場を圧倒的な存在感で牽引していたのは味の素冷凍食品(以下、味の素)だった。1972年からいち早く冷凍餃子の販売をはじめ、半世紀以上にわたって不動の地位を築き上げてきた。
しかし、イートアンドHDがその地位を揺るがせることとなる。主力商品の「大阪王将 羽根つき餃子」シリーズの売り上げは、2015年の約27億円から10年間で約183億円まで成長。23年に市販冷凍餃子の市場シェアで初めて1位を獲得し、最新の24年においても連続でトップを維持したのだ。その結果か、味の素はパッケージから「日本一」の表示を外した。
イートアンドHD(大阪王将)が後発ながらトップシェアに躍り出た背景には何があるのか。
■大ヒット誕生のきっかけは「若手社員の一言」
「大阪王将」の冷凍餃子が支持される理由として、仲田氏がまず挙げたのが「油いらず・水いらず・フタいらず」で、調理が簡単なことだ。
冷凍餃子業界でいち早く「油いらず・水いらず」の調理法を実現したのは味の素だったが2018年、大阪王将はさらに一歩進んだ。油も水も使わないだけでなく、フタさえも不要にしたのだ。フライパンで焼く際にフタをしなくてもきれいに焼き上がる独自製法は、特許も取得している。
開発のきっかけは、若い男性社員の何気ない一言だった。仲田氏が振り返る。
「『独身者は家にフタがない』と言うんです」
鍋やフライパンのフタを持っていない一人暮らしの層が多数いることが判明したのだ。さらにアンケート調査を行ったところ、「餃子を料理する上で最も面倒なのはフタを洗うこと」という声が多く寄せられた。そこで、「フタいらず」で焼ける餃子を開発しようという発想が生まれた。
こうしたエピソードは、同社の「風通しのよさ」を象徴している。チーズ餃子やニンニク多めの餃子など、ユニークなヒット商品の数々も若手社員が開発したものだ。
「中途採用の社員はびっくりしますよ。新卒者がいきなり社長室に入ってきて、話しているんですから」(仲田氏)
イートアンドHDで商品開発に携わる社員は20人ほど。同社は後発のため、他社と比べて人数が少なく、年齢層は若い。だが、少数精鋭だからこその“機動力”は武器となっている。
「他の大手メーカーと比べたら、何十分の一の人数しかいない。それでも『フタなし』の餃子を半年で作ってほしいと言ったら、半年でちゃんと作ってくれる」
※2000年10月から冷凍食品事業を分社化して味の素冷凍食品
■最初は「門前払い」の連続だったが…
2つめの理由は、「お店の味がそのまま楽しめること」である。大阪王将の冷凍餃子には、小袋に入った特製のタレが付いている。「うちの餃子が一番グンッと跳ねた瞬間は、タレを付けたときなんですよ」と仲田氏は語る。
もともと大阪王将は関西では知られていたものの、関東での知名度は低く、冷凍餃子メーカーとしてはランキング外の存在。そのため、他のメーカーの冷凍餃子との違いを明確に打ち出すことが課題だった。
「最初は仕入れ先やスーパーから『うちは味の素の商品があるから結構です』と門前払いの連続でした」(仲田氏)
そんな状況を打開すべく開発されたのが、「タレ付」の餃子だ。専門店さながらの餃子のタレが家庭で楽しめることは、大阪王将の冷凍餃子にとって大きな差別化ポイントとなった。
■普通のメーカーと「大阪王将」の決定的な違い
元々、大阪王将の店舗では、醤油ダレと味噌ダレが名物で、「餃子にタレをつけないお客様はまずいない」と仲田社長は言う。にもかかわらず、当時、市販の冷凍餃子にはタレが付いていないのが一般的だった。そこで仲田社長は、「店舗で皆が使うタレをそのまま商品にも付けよう」と考えた。
2005年に発売された「大阪王将 たれ付餃子」は、専門店の味そのままのタレが評判を呼び、同社の冷凍餃子事業の出発点にして大ヒット商品となった。
タレを付けることにはコスト面のハードルがある。仲田氏は、「タレ1袋あたり数円、2袋で4~5円はかかりますし、タレの中身よりパッケージの袋代のほうが高いくらいです」と明かす。また食品メーカーにとっては、生産工程の効率化する上で冷凍餃子を作る以外のものを生産ラインに組み入れたくないという事情もある。
「外食発の当社だからこそ思いついた発想です。他社にはなかなか無いリソースを持っていた」
外食事業で培ったノウハウを食品事業の商品開発に活かすという独自のビジネスモデルと、仲田社長の“現場主義”の精神が、このタレ付餃子を生み出したのだ。
■「外食×冷凍食品」のユニークな経営戦略
ここまで見てきたように、大阪王将の冷凍餃子が成功した背景には、同社独自のビジネスモデルがある。大阪王将を運営するイートアンドHDは、全国に外食チェーンを展開しながら、自社工場で冷凍食品を製造し、スーパーなどに向けて販売している。外食と食品という2つの事業を両立させ、売上高の比率は45:55と、業界でもユニークな存在だ。
外食で培ったブランド力を活かして商品を開発し、ブランド認知を獲得。自社工場で製造して外食・冷凍食品の両チャネルに供給するこの効率的なモデルは、同社ならではの両輪両利きの経営である。外食発のアイデアを商品に活かせるシナジーが最大の強みだ。人気の店舗メニューを冷凍食品化することで、スーパーでも「大阪王将」の看板を活用できる。逆に、冷凍食品部門で開発した新商品が、店舗メニューにフィードバックされることもあるという。
では、そもそも中華料理チェーンの大阪王将が、なぜ冷凍食品に進出したのか。
■仲田社長の原点は「スーパーの魚売り場」
そのはじまりには、同社の創業家で現会長の文野直樹氏の存在があった。仲田氏は「会長(※当時社長)から『外食以外の柱を作ってほしい』と言われたんです」と語る。1969年の創業から外食一本でやってきた同社にとって、これは新規事業への挑戦だった。当時、同社は生協での販売が始まっていたものの、それ以外の販路拡大には苦戦していた。
そこで白羽の矢が立ったのが仲田氏だ。流通業界(スーパー)出身の同氏は、食品メーカーでも外食企業でもない“新たな視点”で事業を牽引することになる。
仲田氏は、もともと大手スーパーで食品の流通に長年携わってきた人物である。入社当初は鮮魚売り場で長靴を履いて魚をさばいていたという異色の経歴を持つ。やがて店舗全体のマネジメントを任され、売り場責任者として培ったのが、「値頃」に対する感覚であった。
「良い商品だから高く売れるわけではない」と仲田氏は語る。スーパーで買い物をするとき、買い物カゴ1杯の合計金額、いわゆる「バスケット単価」は、今も昔も2000~2400円前後で大きく変わらない。多くの消費者は10品前後の食品をまとめて買うため、1品あたり200円から240円という「適正価格帯」が見えてくるのだという。
■大阪王将に持ち込んだ「逆算」の発想
この経験を活かし、仲田氏は大阪王将の冷凍食品開発においても、「売価ありきの逆算」という発想を持ち込んだ。外食産業が食品事業に参入する際、ブランドイメージや味にこだわり、“作りたい商品”を先に決め、原価を積み上げて最終的な売価を設定しがちである。しかし、この方法では値段が高くなりすぎることが多い。
「外食の会社がこだわって作る食品は、おいしい。けれども、普通の生活者が求める価格からは外れているように感じた。スーパーの売り場で働いていた経験から考えると、“値頃”は絶対に外せない」
そこで仲田氏は、まず「この商品をいくらなら消費者が買うか」を起点に考え、その設定売価から逆算して原価を決める手法を徹底した。
この戦略により、大阪王将の冷凍餃子は、消費者が手に取りやすい200円前後という価格帯を実現した。他社の冷凍食品が値上がり傾向にあるなかでも、200円程度で12個入りというコストパフォーマンスは際立っている。こうした「値頃感」への努力が、幅広い層から支持を集めた一因と言えるだろう。
■最後に人を動かすのは「熱意」
もっとも、「逆算」の発想を実現するためには、生産体制の整備が不可欠であった。当初、市販向け冷凍餃子は他社への委託生産に頼っていたが、目標とする原価を達成するには、自社工場での大量生産が必須だった。そこで、大阪王将の外食工場の一角に、冷凍食品専用のラインを新設することを決断する。しかし、ライン増設には数十億円規模の投資が伴うため、社内からは「本当に採算が合うのか」と反対意見も出たという。
それでも仲田氏は「熱意で押し切った」と笑う。当時の社長(現会長)に対し、「必ず成長させる」と覚悟を決め、直談判して投資の了承を取り付けたのだ。仲田氏は「冷凍餃子市場には当時、大手が一社もなかったから、参入する価値は十分あると確信していた」と振り返る。その後はタレ付餃子のヒットもあって売り上げは急増し、事業は軌道に乗りはじめた。
■「味の素さんの餃子が一番」
こうして業界トップの座を獲得した大阪王将の冷凍餃子だが、仲田氏は現状に満足していない。「冷凍食品を『日常的に購入しない』層がまだ約4割いる。だからこの市場はもっともっと大きくなる」と、冷凍食品市場全体のポテンシャルを強調する。今後さらに市場が拡大することを見据え、同社では「餃子以外も含めた中華カテゴリー全体でNo.1を目指す」という。
今春、約21億円の設備投資で、関東第一工場の冷凍餃子の生産能力を約25%引き上げた。さらに、ごはんとおかずを一食分セットにした「ワンプレート型」の冷凍食品など総菜の製造ラインも新設。仲田氏は「今後は餃子チャーハンセットのような商品にも挑戦してみたい」と意気込む。
さらなる成長を遂げるため、社長自身も日々研究を続ける。仲田氏は、他社の商品も実際に食べているという。「お世辞抜きで味の素さんの餃子が一番」とまで公言し、社内でも「うちはまだ負けている」と毎週のように口にしているのだ。
「競合の良いところは素直に認めて取り入れたい。その上で負けている点をどう克服するか考える」と、現状に慢心せず前を向く姿勢がうかがえる。仲田氏は「技術的な課題もまだある。負けてる、負けてる言うてね、もう毎週言うてますわ」と笑った。
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タケムラ ダイ(タケムラ ダイ)
冷凍食品マイスター
20年以上にわたって冷凍食品を食べ続ける筋金入りの冷凍食品マニア。現在は通算2万食以上の冷凍食品を食べた経験を活かし、冷凍食品のプロデュースやアレンジレシピの考案、食品メーカーや飲食店などのメニュー開発を手掛けるなど、料理研究家としての活動も多岐に及んでいる。テレビやラジオ、雑誌など多数のメディアに出演。著書は『レンジがあればなんでもできる! 早ワザ・神ワザ・絶品レンチンごはん』『1万食の冷凍食品を食べつくしたプロが考えた‼ プラス1食材でバリエーション無限大! 冷凍食品アレンジ神レシピ大全』(ともに宝島社)。2024年2月より、自ら開発した『TOKYO FROZEN CURRY(トーキョー・フローズン・カレー)』をECサイト『タケムラダイ セレクトショップ SELECT 010(セレクト・レイトウ)』にて販売中。
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(冷凍食品マイスター タケムラ ダイ)