プロ野球、阪神タイガースは2年ぶり7回目のセ・リーグ優勝を果たした。1980年代後半から「暗黒時代」と呼ばれた低迷期を過ごした阪神だが、2019年以降は3位以上の順位をキープしている。
なぜ強くなったのか。球団社長の粟井一夫さんに、ジャーナリストの春川正明さんが聞いた――。(第1回)
■なぜ阪神タイガースは圧倒的な強さで優勝したのか
両リーグ史上最速でタイガースはセ・リーグ優勝を決めた。
「みんな、優勝おめでとう。みんなとタイガースで闘えてリーグ優勝できて本当に嬉しいし、みんなを誇りに思います。ありがとう。本当に役割を果たしてくれて選手、監督、コーチ、スタッフの皆さん、みんなありがとう」
祝勝会の挨拶で阪神タイガースの粟井一夫球団社長(61)はこう述べて、選手やスタッフたちの闘いぶりを褒め称えた。
圧倒的な強さでシーズン独走し優勝を決めたタイガース。その強さの秘密について粟井球団社長に聞いた。
「強くなっているのは、2017年ぐらいからこだわってやったフロント主導による育成重視の編成があげられます。
振り返りますと、一度チームを壊してでも編成で強いチームを時間掛けてでも作ろうという転換点があったと思うんですね」(粟井氏、以下すべて)
■育成重視になったきっかけ
「そこからドラフトで獲った選手をできるだけ育成して。それが今本当にうまくいった。
ここまでうまくいくというのは、なかなかないと思いますけど。ドラフト1位がレギュラーに並んでいるようなチームが作れたというのがやっぱり強い理由かなと。あとは怪我人が出ていない、そのあたりが今年の強さだと思います」
タイガースは今年3月、一軍本拠地の甲子園球場のすぐ近くの兵庫県尼崎市に、新しいファーム(二軍)施設「ゼロカーボンベースボールパーク」をオープンさせた。自前での選手育成にも力を入れている。
「地道にドラフトで選手を集めてきて、それを育成する。そういうふうに育成重視に球団全体が変わるきっかけは、やっぱりずっと勝てなかったことでしょうね。2003年、2005年に勝って、次勝てると思って補強してやってきたんですけど、なかなか勝てない」
球団として、育成重視のために具体的などんな手を打っているのだろうか。
「育成会議的なものを作っての情報共有ですね。それに関わっているもちろん選手は中心ですけど、監督、コーチだけじゃなくて、スタッフ、トレーナー、スカウトの全てが情報共有し強化選手を決めて、その育成のシステム作りをずっと一緒にやってきたのです」
■赤字の事業をやっていたから気づいたこと
タイガースの強さを支えるのは、育成重視の選手の編成方針ともう一つ、その編成方針を実現するためのお金を稼いだことだ。そこには事業畑出身の粟井社長が大きくかかわっている。
1964年に大阪の堺で生まれた粟井社長は、金沢大学を卒業後、1988年に阪神電気鉄道に入社した。ビジネスの現場経験が豊富で、レジャー事業部に配属された1998年からは裏方として野球に関わってきた。

「これまで(球団・球場の)事業系を今まで27年ぐらいやってきました。その前の10年間ぐらいは、社内にある“ほとんど赤字の事業”をずっとやってきたのです。遊園地であったりレストランであったりとか。まあ後で閉めたり壊したりしたものばっかりなのですけど。
BtoCの仕事で、マーケティングをやっていました。その時に結局一番大事だと思ったのは、お客さんに何をいくらでお出ししたら、それに価値あると思って買っていただけるかと。そのためにそれを提供するためのコストコントロールするのはどうしたらいいのかと。
遊園地とかレストランをやっていたので、「繁閑差(はんかんさ)」(業務量が繁忙期と閑散期に大きく変動すること)がすごくあったので。例えば土日だと満員になるけど、平日ガラガラだと。これに対してスタッフをどう配置するかとか、そういうことをずっと10年間考えていたんですよ」
■強くなるために必要だった売り上げの平準化
「野球の仕事は、もうまさにその典型的で、当時は今のように球場が満員なんて普通はないので、ガラガラの日もあれば満員の日もあると。そしたらそれをどんなふうにコントロールしていくかというと、昔の経験がすごく役立ちました。
売り上げを最大化するとともに平準化しないといけない。
勝ったら観客が入る、負けたら入らないというのは昔の野球界じゃないですか。今、他の球団さんもみんなやられているのは、勝っても負けても満員にしようと。だから野球以外の楽しさをご提供して、イベントを提供したりとか、おいしいビールとかおいしい食べ物を提供したりとか。
もう一つの平準化の形としては基本的には年間契約のスポンサーをいただくこと。お客さんでいうと、シーズンシートや前売りで早期に売り切ってしまうこと。そういう平準化をどんどん進めてきたのがこの二十数年間です。全ての試合を完全に満員にするということは2023年途中まではできなかった」
そうした安定した稼ぐ力をつけ、得た資金を編成に回したのだ。
「成績にかかわらず安定した収益を確保しておくことで、編成しやすくなりますよね。どうしても今みたいないい状態は続かない。外国人とかFAで補強しないといけない場面というのは、今後も毎年のように絶対来るわけでして、その時にお金が無かったら補強できないですから。
資金的な余力というのを持つためには収益を最大化して平準化して安定させることが大事。それが強さに直接繋がるのです」
■FAでの補強に感じた限界
「振り返りますと、暗黒時代の特に一番お客さんが入らなかった、1998年ぐらいのことです。
あの頃ずっと勝てなかったのは、1995年に阪神淡路大震災があって阪神グループとして野球にヒト、モノ、カネを回せていなかったのですよ。これは本当に間違いないです。
だからあの頃は補強もままならない。その後少し余裕が出て星野さんが監督で来られた時に、FAと外国人でお金を使ってでも勝ちにいったわけで、結果勝てました。その後また岡田監督の時もそのメンバーが残っていたのですけど、どちらかというと年俸は高騰した状態ですし、さらなる投資は出来なかった。だからその後、少し低迷してずっと勝てなかったのです」
収益を平準化してお金を稼いで、それを育成に使った結果チームが強くなって、また観客が増えて収益が増えるという好循環を目指しているのだ。
「今は好循環のピークの状態なので、これを続けるというのはなかなか難しい。値上げをしてお客さんからさらにお金をいただくのではなくて、もっとお客さんに価値を感じてもらえるものをもっと売っていかなあかんなと」
■今も新しい価値を探し続ける
「例えばグッズでも今までとまた違うグッズを開発するとかそういう工夫を積み重ねていって、付加価値をご提供することで、たくさんお金を頂戴する。いま社員に言っているのは、そういう価値をみんなで探そうと。
もう見えている価値は全部売り尽くしている状態なので、まだまだお客さんにとって価値があるものがあるんちゃうかと。それは個人だけではなくて、法人のお客さんもそうですけど、そういうものを根こそぎまだ探そうやというのを今やっています。それで安定化させる。

チームの成績が悪くなったら少しお客さんが減ることもあり得るでしょう。その時にスポンサーさんや、違う価値でお客さんからお金を頂戴していたら、その分支えられますよね。それを徹底してやっています」
プロ野球の球団社長のやりがいについても聞いてみた。
「普通の事業よりも、平準化が難しいです。非常に安定しませんよね。勝った負けたが、ある程度提供する商品サービスのクオリティに大きく関係します。必ず勝てるわけではない、勝ったからといってお客さんが入らないことも過去にはあります。
普通は提供している商品サービスの中で、いいものを安く提供すれば必ず売れるというのがあると思いますが、球団経営はいろんな要素があって、そうではない」
■生え抜き選手に賭けるリスク
「例えばいま人気があるのは、生え抜きの主力選手が活躍してくれているのが一つの大きな理由ですよね。それを導いたのは企業でいうと研究開発なのか、リクルートなのか。どっちかというと、うちの場合はリクルートが多い。
一般の企業と違って人を採るのは、確率論でいうと割と高いリスクを負った投資が必要であって。もちろんリターンの方も、どちらかというと、いろんな要素に左右される」
タイガースの親会社である阪神電鉄は、2006年に阪急ホールディングスと経営統合した。
阪急と一緒になったということが、お金を稼ぐことや球団経営などのビジネスにも影響しているのだろうか。
「いや、阪急と一緒になったからというのはあんまり感じないですかね。阪急からはかつて杉山オーナーが来ただけであって、あとは基本的には任されているので。阪急阪神でも一緒に採用し始めているので、将来的には阪神系とか阪急系というのはなくなるはずなんですけど」
■「最大の目標は連覇ですね」
最後に今後の課題や、球団社長としてこれをやりたいというのを聞いた。
「現場の監督以下には“育てながら勝つ”という難しいことをお願いした中で、藤川監督には本当によくやっていただいています。我々(フロント)が目指すのは“稼ぎながら勝つ”ということです。
“育てながら勝つ”と“稼ぎながら勝つ”が融合すると今の状態なので。今一番大事なのは、この今のいい状態を続けていくこと。
これを今後続けるためには、やっぱり勝ってもらわなあかんし、稼がなあかんし、そのどっちかが崩れたらいったん崩れるはずなんですよ。それはあると思うんですよ。崩れてもまた盛り返して……。
目標はいっぱいあるんですけど、やっぱり最大の目標は連覇ですね」

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春川 正明(はるかわ・まさあき)

ジャーナリスト・関西大学客員教授

関西大学野球部で外野手として関西学生野球6大学リーグ戦で活躍。大阪生まれ、1985年読売テレビ入社。報道局撮影編集部を経て、「ベルリンの壁崩壊」取材をきっかけに報道記者に。神戸支局長、司法キャップ、大阪府警キャップを歴任し「甲山事件」「西成暴動」など数々の事件、事故、裁判などを取材。阪神大震災発生時の泊りデスク。1997~2001年NNNロサンゼルス支局長。「ペルーの日本大使公邸人質事件」「スペースシャトル打ち上げ」「イチローのメジャーキャンプ」「コロンバイン高校銃乱射事件」「ガラパゴス諸島タンカー油漏れ事故」「ハワイ潜水艦とえひめ丸衝突事故」などを取材。帰国後はチーフプロデューサー、報道部長、執行役員待遇解説委員長を歴任。2007~19年「情報ライブ ミヤネ屋」でニュース解説としてレギュラー出演。米大統領選挙(4回)、米同時多発テロ、米朝首脳会談、東日本大震災など国内外で現場取材。読売巨人軍・編成本部次長兼国際部長を経て2022月からフリーで活動。ジャーナリストとしてテレビ・ラジオ出演、執筆、講演など幅広く活動。関西大学客員教授。現在の出演番組はRSK山陽放送テレビ「イブニングニュース」、東京MXテレビ「堀潤Live Junction」、RSK山陽放送ラジオ「春川正明のニュース直球解説」など。「LINEジャーナリズム賞 24年5月~7月期」受賞。著書『「ミヤネ屋」の秘密 ~大阪発の報道番組が全国人気になった理由~』(講談社+α新書)趣味はメジャーリーグ観戦と宝塚歌劇鑑賞。

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粟井 一夫(あわい・かずお)

阪神タイガース 代表取締役・社長

1964年堺市生まれ。金沢大卒業後、88年阪神電気鉄道入社。甲子園球場の大規模リニューアル工事に関わり、2009年から球場長も務めた。17年から阪神電鉄本社執行役員、22年球団副社長となり、24年1月から現職。

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(ジャーナリスト・関西大学客員教授 春川 正明、阪神タイガース 代表取締役・社長 粟井 一夫)
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