7月に行われた参議院選挙では、自民・公明の連立与党が議席を大きく減らし、非改選分を含めても過半数割れとなる大敗を喫した。これにより、1955年の結党以来初めて、自民党が政権についている間に与党勢が衆参両院で過半数を割り込むこととなった。
大きく議席数を伸ばした野党勢のなかでも躍進が目立ったのは、参政党だ。参政党は、「日本人ファースト」を掲げるなど保守・ナショナリズム路線を強調することで、若い男性層を中心に支持を拡大。14議席を獲得し、非改選の1議席と合わせて15議席と、立憲民主党、国民民主党に次ぐ野党第3党になった。
また、選挙戦の最中、参政党の支持拡大が報じられたことなどから、「外国人政策」が今選挙の争点の一つとして浮上。他政党も相次いで対策を表明するなど選挙戦のトレンドを作り大きな注目を浴びた。
参政党躍進の原動力の一つとなった外国人政策への関心の高まりの背景には、日本を訪れる外国人が急激に増えていることが存在する。日本政府観光局によれば、日本を訪れる外国人観光客は2010年代に入り急速に増加し始めている(図表1)。
■背景となった訪日外国人の急増・近隣トラブル
2020~22年にはコロナ禍の影響で大きく落ち込んだものの、その後は円安による割安感を追い風に急速に回復し、2024年には3600万人以上の外国人が日本を訪れた。今年に入ってもその勢いは衰えておらず、2025年1月から7月までの7か月間の累計訪日外客数は、2024年の同期間対比で+18.4%と大幅に増加している。
観光客だけでなく、日本で暮らす外国人の数も増加傾向にある。総務省の人口推計によれば、2012年以降は増加ペースが加速しており、2024年時点では約350万人の外国人が日本で暮らしているとされる。
このような訪日外国人の急増により、日常的に外国人と触れ合う機会が大幅に増えたことに加え、地域社会における外国人とのトラブルなどが生じていることも、外国人政策への関心を高める要因となっていると考えられる。
最近では、埼玉県南部の川口市・蕨市における「クルド人問題」に関するニュースを様々なメディアで見聞きしたことがある読者も多いのではないだろうか。
それでも、現時点では、日本人の外国人に対する否定的な感情が大きく高まっているとまでは言えない。法務省出入国在留管理庁が2023年に日本人を対象に実施したアンケート調査によれば、「地域社会に外国人が増えること」に対して否定的な感情を持つと答えた人の割合は4分の1以下であり、肯定的な感情を持つ人の割合を下回っている(図表2)。
■一過性では終わらない
とはいえ、今回の参院選で見られた外国人政策への関心の高まりは一過性のものではなく、今後もさらに高まっていく可能性が高い。日本で暮らす外国人の増加傾向は今後も続くことが見込まれるためだ。
既に人口減少社会である日本では、総人口における外国人の比率は急速なペースで高まっていくだろう。2024年時点の日本の外国人比率は2.6%に過ぎないが、国立社会保障・人口問題研究所による将来人口推計では、2050年には7%、2066年には10%まで上昇すると予測されている(図表3)。
また、8月29日に公表された、鈴木馨祐法務大臣による外国人の受け入れに関する論点を整理した私的勉強会の中間報告書では、外国人比率が10%台に到達する時期は、これまでの政府想定より早まる可能性があるとされている。
日本が2050年までに迎えるとされる外国人比率7%という水準は、2024年時点のフランスやイタリア並み、10%だとドイツ並みである。日本は先進国の中でも移民(外国人人口)の少ない国として知られているが、あと25年程度で日本も欧州並みの「移民国家」になることが見込まれているのである。
そのため、外国人比率の上昇が今後引き起こしうる弊害を考える上で、日本の20年以上先のステージにある欧州の事例が参考になるだろう。現在、欧州の多くの国で、「反移民」を掲げる極右政党が多くの国民の支持を集めている。
■欧州では移民を巡り国民が分断
ドイツのAfDは、2013年に「反ユーロ・EU懐疑派」路線の中道右派政党として設立された後、2015年の難民危機を経て「反移民」を前面に押し出した極右ナショナリズム路線へとシフト。旧東ドイツ地域を中心に徐々に支持を拡大し、2025年2月の総選挙では20.8%の得票率で第2党の座を獲得した。
フランスのRNは、1972年にジャン=マリー・ル・ペン氏によって結党された(当初の党名は「国民戦線」)。当初は人種主義を掲げるネオファシズム政党としての色が強く、支持層は限られていたが、2011年に党首についた三女のマリーヌ・ル・ペン氏が「脱悪魔化」と呼ばれるイメージ刷新に成功。
反移民や反グローバリズムの姿勢を維持しつつ、大衆に寄り添うポピュリズム政党として支持を大きく拡大し、2024年6月~7月に行われた国民議会(下院)の総選挙では単独で最大の議席数を持つ政党へと躍進した。
このように「反移民」を掲げる極右政党への支持が高まる欧州では、様々な弊害も発生している。とりわけ、移民賛成派と反対派での対立激化が深刻だ。
ドイツでは、AfDが支持を拡大する一方で、排外主義的な主張を掲げる同党をかつてのナチスと重ね、忌避する国民も少なくない。
■中道政党への支持低下、政局は不安定化
2025年1月に、当時の最大野党(現与党)会派の「キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)」が移民規制の厳格化を求める決議案を可決させるためにAfDの協力を得た際には、「タブーを破った」として批判が噴出。各地で抗議デモが相次ぐ事態となり、首都ベルリンで行われたデモには16万人もの人々が参加するなど、波紋を呼んだ。
中道政党への支持が低下し、政局が不安定化することで、必要な政策や改革が進まなくなるという問題も発生している。
深刻な財政悪化に直面しているフランスでは、手厚い年金制度を中心とした社会保障の見直しが急務とされているが、少なくとも2つの目指す方向性の異なる勢力が合意しなければ政策が進まない議会では痛みを伴う改革を実行することは困難だ。
また、野党勢力が団結すれば容易に内閣不信任決議を可決することができるため、政権は極めて不安定になる。
実際、選挙後の2024年9月に発足したバルニエ内閣はわずか3カ月で総辞職に追い込まれたほか、その後発足したバイル内閣も2025年9月8日に実施された信任投票が否決されたことで、就任から約9カ月で辞任に至るなど、政局の混乱が続いている。
■欧州の失敗が分断回避のヒントになる
移民や外国人を巡る様々な問題が取り沙汰されている一方で、マクロ経済の観点からは、訪日外国人の増加には多数のメリットも存在する。
観光客によるインバウンド消費の拡大はもちろんのこと、少子高齢化・人口減少が急速に進む日本では、外国人労働者の受け入れが人手不足の緩和に大きく貢献している。日本で雇用されている労働者に占める外国人の割合は、2024年時点で3%を上回っている(図表4)。
特に、労働集約型の産業である宿泊業・飲食サービス業や、多数の労働者を必要とする製造業は外国人労働者への依存度が高く、その割合は製造業では6%弱、宿泊・飲食では7%弱となっている。
もっとも、欧州の事例でみたように、国民の分断が深まり、政局が混乱するといったデメリットがそうしたメリットを打ち消してしまえば元も子もない。国民の対立を激化させないために、日本が欧州の失敗から学べることは多いと筆者は考えている。特にカギとなるのは、「社会への統合政策」と「受け入れペース」の2点だろう。
「社会への統合政策」とは、外国人が移住先の社会の一員として馴染むための支援策のことだ。
フランスなどでは、言語教育の遅れや文化摩擦によって移民コミュニティが孤立し、雇用や住環境などで現地社会との格差が拡大。移民2世・3世などを中心に社会不満が高まり、一部では暴動の原因にもなっているほか、そうした治安の悪化によって国民の反移民感情がさらに高まるという悪循環に陥っている。
■欧州と同じ失敗をしないために
社会統合を推進すると同時に考慮すべきなのは、移民の「受け入れペース」だ。ドイツでは、ドイツ語やドイツの歴史・文化を学ぶ統合コースが移民に対して安価に(難民などには無償で)提供されるなど、欧州の中でも充実した移民受け入れ態勢が取られている。
しかし、シリア紛争などを発端とした2015年の難民危機時には、100万人以上もの難民申請者がドイツに押し寄せたことで、管理体制は一時的に機能不全に陥った。同年大晦日の夜に発生した、外国人がドイツ人女性を襲う「ケルン集団暴力事件」も相まって、ドイツ国民の反移民感情を大きく高めるきっかけとなった。
これらの先例を踏まえると、日本で外国人労働者を受け入れつつ国民の分断を避けるためには、日本で暮らす外国人に対する日本語や日本文化の教育体制といった社会統合政策を早急に整備しつつ、制度や日本社会の許容度を超えないように受け入れペースを慎重に管理することが望まれる。
外国人政策への関心の高まりが、国民の分断を助長するのではなく、受け入れ制度や管理体制に関する議論の深化という方向で進んでいくことを期待したい。
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高野 蒼太(たかの・そうた)
伊藤忠総研副主任研究員
2019年4月日本総合研究所入社、欧米マクロ経済調査・分析に従事。20年4月経済社会システム総合研究所にて客員研究員(兼任)。23年9月三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、日中欧マクロ経済調査・分析に従事。
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(伊藤忠総研副主任研究員 高野 蒼太)