■二極化時代を迎えた暗号資産
中米の小国エルサルバドルは、かつて代表的な暗号資産(仮想通貨)の1つであるビットコイン(BTC)を法定通貨に定めた。しかし今年1月29日、議会がBTCによる決済を任意とするように法律を改正したことで、もはやBTCはエルサルバドルの法定通貨とは言えなくなった。
つまり、エルサルバドルのBTC化は“失敗”したわけだ。
議会が法律を改正した直接の理由は、国際通貨基金(IMF)が融資に際してそれを条件と定めたことにある。IMFは新興国がBTCのようなリスキーな暗号資産を法定通貨とすることを問題視していたが、加えて政府の管理能力の低さや情報公開の遅れなども問題視しており、エルサルバドルに対してBTC化そのものを再考するように求めていた。
IMFによる内政干渉だという印象を持つかもしれないが、物事は費用対効果である。BTC化を推進したナジブ・ブケレ大統領が主張するような効果が望めたなら、IMFから融資を受ける必要はなかったわけだ。それどころか、確たる果実もないままに、費用だけがかさんだからこそ、エルサルバドルは白旗を上げざるを得なかったのである。
■エルサルバドル国民から支持されず
そもそもBTCは、エルサルバドル国民に支持されなかったことが、各種の調査から明らかになっている。一部の若者は利用したようだが、長らくドルを利用してきた“伝統”はそう簡単に打破できるものではない。ブケレ大統領が華々しく打ち上げたビットコイン・シティ構想についても、全く進展を見ることなく風前の灯火といった状況だ。
エルサルバドルのように、自国通貨が事実上、崩壊した国では、貯蓄や決済の手段として他国通貨や実物資産が用いられる。これは通貨代替、あるいはドル化と呼ばれる経済現象だが、そうした国では、なにより価値が安定した資産が貯蓄や決済の手段に好まれる。BTCのようなボラタイルな暗号資産が国民の信頼を得ることなど無理な話だ。

なおエルサルバドルは2021年9月のBTC化以降、BTCを定期的に購入してきた。この間の相場の上昇(図表1)を受けて、同国のBTCはおおよそ7000万ドル(100億円)程度の含み益が生じている模様である。とはいえ利益を確定していないため、歳入にはなっていない。仮に同額の米債を保有していたら、相応の金利収入を得たことになる。
■期待が高まるステーブルコイン
他方で、暗号資産の中でも、ドルに代表されるハードカレンシーとの交換レートを一定に保つステーブルコインへの期待は高まっている。代表的なステーブルコインとしてはテザー社のUSDTとサークル社のUSDCがあり、ともにドルとの交換レートが1:1に定められている。今のところこの両雄が世界のステーブルコイン市場を占めている。
わが国でも、JPYC社が円建てのステーブルコイン(JPYC)を発行する。世界で二番目に交換されている通貨であるユーロと固定レートを設定したステーブルコイン(EURCやEURCVなど)ももちろん存在する。ただし通貨の需給に鑑みれば、ステーブルコインもまたドルが中心となり、ユーロや円が続くという市場シェアになるのだろう。
暗号資産は今や二極化しており、暗号資産のそもそものベネフィットとされた決済や送金の手段としての機能を担うのは、ステーブルコインとなっている。米国からドルの利用を禁じられたロシアは、中国との貿易決済に、人民元のみならずUSDTなどを用いていると言われるが、それは疑似的なドルとして利用できるからこそ成立する取引だ。

対して、BTCのような従来型の暗号資産は、金融商品としての性格を強めている。BTCは強相場が続いているが、マイニングに信用力を依存する以上ボラタイルな価格変動は免れない。むしろ価格変動が激しいからこそ、投資や投機に向いている側面も大きい。ドル化した新興国で法定通貨になりうるのは、BTCよりもステーブルコインである。
■暗号資産への規制を強める主要国
ここで留意すべきは、暗号資産に関して、主要国が規制を強めているという点だ。BTCのような金融商品性を強める暗号資産のみならず、ステーブルコインについても主要国は規制を強めている。実際のところ、決済や送金に向いているステーブルコインのほうが、不正送金や資金洗浄に用いられるリスクは大きく、規制は不可欠となっている。
米国では、GENIUS法と呼ばれる暗号資産の規制法が成立したばかりである。この法律のポイントは、なにより事業者に対して、発行したステーブルコインと同額のドル資産(現預金や短期国債)の保有を義務付けることにある。逆を言えば、十分なドル資産を持たない事業者は、米国内でステーブルコインの発行が許されないことになった。
米国外の事業者がドル建てのステーブルコインを発行したところで、その事業者は、最終的にユーザーに対してドルとの交換を迫られる。それに応じることが出来なければ、その事業者が発行するステーブルコインの価格は暴落し、事業そのものが破たんする可能性がある。
一方で、十分なドル資産を持つ米国内の事業者ならそのリスクは小さい。
それに、米国外の事業者がドルを調達する際、その事業者とやり取りをした銀行を米国の金融市場から締め出す二次制裁を科せば、米国外の事業者がドルを調達することを封じることもできる。このことはつまり、ロシアなどの制裁対象が、第三国で発行されたドル建てのステーブルコインを用いて決済を行う道を封じることにつながるわけだ。
■米ドル紙幣には抗えず
話をエルサルバドルに戻すと、ではBTC化で失敗した同国で、ドル建てのステーブルコインが普及するかというと、それもまた難しいだろう。ステーブルコインであればドルとの間の固定レートが維持されているから信用力が高いといったところで、古老ほどドル紙幣を好むし、若年層も従来型のモバイル決済を使えば十分であるかもしれない。
ステーブルコインだろうと、デジタルであれば、実際に日々の決済を行うならモバイル端末は必要不可欠となる。ユーザーからすれば便利に決済ができればいいわけで、それが従来の決済アプリであろうと、デジタル通貨であろうと、暗号資産であろうと、特に変わりはない。結局のところ、最も使い勝手の良い手段が選択されるだけとなる。
それに、エルサルバドルのようにドル化が進んだ国では、政府や銀行に対する国民の信頼が低いがゆえに、ドル紙幣での決済や貯蓄が好まれる傾向がある。ドル紙幣での取引は匿名性が高く、流動性が高いためだ。長い間ドル紙幣が使われてきた背景を正しく理解すれば、それが技術や教育だけでどうにかなる問題ではないことに気づくだろう。
そもそも、ステーブルコインとデジタル通貨の境界も不明瞭となってきている。
デジタル化の流れが決済そのものの高速化を意味するなら、ステーブルコインもデジタル通貨も同じ流れの中にあるとも言える。BTCのような金融商品はさておき、ステーブルコインもまた決済の高速化の手段の1つとして、徐々に消化されていくのかもしれない。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)

三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員

1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。

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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員 土田 陽介)
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