不法移民の大量強制送還を主要政策に掲げるトランプ政権は発足直後から、容赦のない残酷で非人道的な移民摘発や強制送還を行っている。
そのため移民の多くは逮捕を恐れて外出や仕事に行くのを控えるようになり、移民人口の多いカリフォルニア州ロサンゼルスなどでは繁華街の人通りが減り、店は閉店し、生活が「麻痺」するような所も出てきた。
地元のロサンゼルス・タイムズ紙は次のように報じている。
「7番街プロデュース・マーケットは普段は朝から野菜や果物をビニール袋に詰め込む客で賑わっていたが、店の間を歩く人影は普段よりはるかに少なかった。マーケットの駐車場は空きが多く、普段は営業している店のいくつかは閉まっていた」と(2025年6月18日)。
加えてSNSにはショッピングセンター、スワップミート(古物市)、洗車場などで、ICE(Immigration and Customs Enforcement:米移民関税執行局)捜査官が移民たちを逮捕する場面を撮影した動画があふれ、人々の不安と恐怖を煽っている。
ロサンゼルスの大司教ホセ・ゴメス氏は6月17日、ラテン系教区民が深刻なパニックを引き起こしていることに「不安」を感じていると述べた。
「人々はミサや仕事へ行かず家にとどまり、公園や家は閑散とし、多くの通りは静まり返っています。家族は恐怖から、カギのかかったドアの向こうに閉じこもっています。このような状況は偉大な国にふさわしくありません」
■人気レストランの売上が激減
移民コミュニティがトランプ大統領の大量強制送還をいかに恐れているかを具体的に示す事例がある。
ロサンゼルスのダウンタウンやハリウッド、ベニスビーチなどラテン系移民の多い地域に10店舗を持つ人気メキシコ料理店「テディーズ・レッド・タコス」(TRT)では、トランプ大統領が1月21日に就任し、一連の移民政策を発表した翌日に全ての店舗で売上が激減したという。
TRTはメキシコの伝統料理のビリア(やわらかいヤギ肉をスパイシーなスープでじっくり煮込んだシチュー)が人気で、通常1月と2月は繁忙期だが、今年はいつもと異なり、売上が例年1月の半分にまで落ち込んだという。
オーナーのテディ・バスケス氏はロサンゼルス・タイムズ紙にその原因をこう説明した。
「人々は外出を恐れています。
■そして閉店へ…
続けてバスケス氏は店で雇用している移民従業員の安全と事業の衰退を心配していると述べた。
「もしこの状態が続けば、残念ながら、従業員の勤務時間を減らし、場合によっては店舗をいくつか閉店せざるを得なくなるでしょう。そうしないと家賃を払えなくなってしまうでしょう」(同)
バスケス氏の心配は現実となったようだ。筆者が8月末にTRTのホームページをチェックすると、アナハイム、イーストロサンゼルス、ベニスビーチの3店舗に「Temporarily closed(一時閉店)」と書かれてあった。
バスケス氏はトランプ政権の移民政策によって打撃を受けている飲食業界関係者の1人だが、約100万人の不法移民を雇用しているこの業界は顧客の減少に加え、ICE捜査官の強制捜査を恐れての従業員の欠勤などで閉店に追い込まれる店も相次いでいるのである。
■移民労働者の依存度が高い農業、建設業も大打撃
米国では約830万人の不法移民が働いており、労働力人口の約5%を占める。そんななか、トランプ大統領が選挙公約通り、不法移民の大量送還を実行すれば、飲食業と並んで移民労働者の依存度が高い農業や建設業などは深刻な人手不足に陥り、大きな打撃を受けることになるだろう。
まずは農業分野の状況を見てみよう。米国の農業労働者(約220万人)の半数近くの約100万人は不法移民だというが、彼らの多くは農作物の栽培や家畜の飼育など肉体労働が基本で体力が必要な職場で働いている。
日陰のない農場で長時間トマトやいちご、キャベツなどを収穫する仕事に連邦最低賃金の時給7.25ドルしか支払われないこともよくあると聞く。それでも彼らは本国のメキシコや中南米諸国などと比べればマシと考えるのか、一生懸命に働く。
しかし、ICEの強制捜査は真面目に働いている不法移民たちに極度の不安と混乱をもたらしている。逮捕者が増えているだけでなく、逮捕を恐れて仕事に行くのをやめる人が増えて人手不足を助長しているのだ。
特に作物の収穫時期に人手不足になると被害は甚大で、野菜や果物を収穫できずに廃棄しなければならなくなる。この状況が続くと、スーパーの棚に商品が並ばなくなったり、食料品価格が急騰したりする。農業分野で働く不法移民の多くがいなくなれば、全米の家庭の食卓に食品を届けるのは難しくなるだろう。
■建設現場の人手不足で着工が遅れ、住宅価格が高騰
国内総生産(GDP)の4.5%を牽引している主要産業の建設業界も移民労働者に大きく依存している。
全米建設業協会(AGCA)によれば、建設業界の労働力の34%は移民だが、その割合はカリフォルニア、テキサス、ニューヨーク、フロリダなどの州ではもっと高く約半数に上る。移民労働者の大多数は不法滞在者と思われるが、一方で難民や仮釈放者として合法的に働いている人や裁判を待つ亡命希望者、建設労働者として一時的な滞在ビザを取得している人も存在するという。
特に移民が多い職種は左官・漆喰職人(全体の61%)、乾式壁工事職人(61%)、屋根職人(52%)などで、規制が厳しく免許が必要な電気工や配管工などは比較的少ないという。
ICEの強制捜査は建設現場の隅々まで徹底して行われるため、不法滞在者だけでなく合法的に働いている移民も恐怖から仕事に来ない人が増えている。それによって作業員が大幅に減り、工事の着工遅れや住宅価格の上昇などを引き起こしている。
トランプ政権は、「米国民の雇用を増やし、住宅費を削減する手段として不法移民の大量強制送還を推進する」と主張している。
しかし、ユタ大学経営学部の研究者が共同執筆した新たな研究では、「こうした政策は建設業の労働力を枯渇させ、すでに低迷している新規住宅建設のペースを大幅に鈍化させ、逆効果になる可能性が高い」と結論付けている。
■強制送還が米国人の雇用も奪う結果に
共同執筆者で経営学部准教授のトゥループ・ハワード氏は、「こうした労働力の減少は住宅建設の大幅な減少と関連していることを示しています」と述べている。
その結果、既存の住宅ストックであっても住宅価格が上昇し、住宅危機(住宅費用負担能力の危機)がさらに深刻化する可能性があるという。
つまり、不法移民の大量送還は建設業界に深刻な人手不足と住宅建設ペースの鈍化をもたらし、結果的に住宅価格は上昇し、人々は住宅を購入しにくくなるということである。
このように強制送還によって移民依存度が高い業者は大打撃を受けるが、影響はそれだけにとどまらない。
非営利・無党派のシンクタンク「経済政策研究所」(EPI)が7月に発表した研究調査では、「移民の強制送還を急激に増やすと、移民だけでなく米国生まれの労働者の雇用も大量に失われることが明確に示された」というのである。
具体的には、「もしトランプ政権が4年間で400万人を強制送還するという目標を実行に移せば、その期間の終わりには就労している移民は330万人減少し、就労している米国生まれの労働者は260万人減少することになる」という。
■アメリカ経済が足下から崩れていく…
それはなぜか。その大きな理由は、移民労働力の供給が急激に減少すると、雇用主の収益創出力が低下し、結果的に全体の雇用が縮小するからだという。
この研究調査は、4年間で移民と米国人合わせて計590万人の雇用が失われることについて、「米国史上最悪の不況を除けば前例のない、歴史的に大規模かつ持続的な雇用減少となるだろう」と述べている。
これまで不法移民の強制送還によって米国人の雇用も失われることについてはあまりよく知られていなかったので、この調査は非常に重要な意味を持つ。「不法移民を大量に国外追放すれば、米国人の雇用は魔法のように増える」というトランプ大統領の主張を覆すことになるかもしれない。
実は、不法移民は米国経済の屋台骨を支えているのである。
たとえば、カリフォルニア州には228万人の不法移民が居住し、州内の労働力の8%を占めている。彼らは古くからのルーツを持ち、人口の約3分の2は10年以上州内に住んでいる。税収にも貢献し、彼らが地方税・州税・連邦税に納める税金は年間230億ドル(約3兆3810億円)に上る。
もし彼らが州の経済から排除されたら、同州の農業は14%、建設業は16%近く縮小するとの試算も出ている(ロサンゼルス・タイムズ、2025年7月30日)。
■「日本人ファースト」の未来
トランプ大統領は米国経済を再び偉大にしたいのであれば、移民の大量強制送還を見直し、重要犯罪歴のない移民には合法的に就労・滞在できる資格を与える方法をさぐるべきではないか。
翻って日本でも最近、外国人を排除しようというムードが高まっているように思える。7月の参議院選挙では、「日本人ファースト」のキャッチコピーを掲げた参政党が大幅に議席を増やした。
しかし、外国人を排除して日本人を最優先に扱うことが本当に日本の経済や社会にとって良いことなのか、日本人はもう一度よく考えた方がよいのではないか。
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矢部 武(やべ・たけし)
国際ジャーナリスト
1954年生まれ。埼玉県出身。70年代半ばに渡米し、アームストロング大学で修士号取得。帰国後、ロサンゼルス・タイムズ東京支局記者を経てフリーに。人種差別、銃社会、麻薬など米国深部に潜むテーマを抉り出す一方、政治・社会問題などを比較文化的に分析し、解決策を探る。著書に『アメリカ白人が少数派になる日』(かもがわ出版)、『大統領を裁く国 アメリカ』(集英社新書)、『アメリカ病』(新潮新書)、『人種差別の帝国』(光文社)、『大麻解禁の真実』(宝島社)、『医療マリファナの奇跡』(亜紀書房)、『日本より幸せなアメリカの下流老人』(朝日新書)、『世界大麻経済戦争』(集英社新書)などがある。
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(国際ジャーナリスト 矢部 武)