※本稿は、精神科医さわ『児童精神科医が子どもに関わるすべての人に伝えたい「発達ユニークな子」が思っていること』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。
■おもちゃの位置がズレただけでパニックになる理由
ASDの特性を持つ子に、よく見られる傾向として「特定のものごとに強くとらわれる」「一度決めたルールや行動にこだわる」「いつもとちがうことに不安が強い」などがあります。
こだわりの対象となるものは、その子ごとに異なり、たとえば、おもちゃをきれいに並べることにこだわり、それが少しでもズレると大騒ぎになってしまう子もいます。ASDの特性を持つ子は、変化や新しいものごとに対して不安や恐怖を感じることも多く、いつもとちがうことが起こると、癇癪やパニック状態になるケースもあります。
子どもにかぎらず、クリニックに来られる大人の患者さんのなかにも、仕事場で物の配置がいつもとちがうだけで気になって作業が進まない人や、文字の大きさなどにこだわりが強すぎて課題の提出期限をすぎてしまう人、いつもの通勤の経路とちがう道を通るだけで体調が悪くなってしまう人もいます。
その人なりのこだわりがあって、それが少しでも崩れるのが受け入れにくいのですね。
とくに、人生経験のまだ少ない子どもにとっては、いつもとちがうことは大きな不安や緊張感を引き起こすことがあります。
■臨機応変に対応するのが苦手なASD特性の子
あるお子さんには、「毎朝7時からのニュース番組を見ながら、目玉焼きとトーストの朝食を食べる」というルールがあり、それが1分でもずれたり、メニューが少しでもちがったりすると、パニックになってしまうそうです。
はじめて行く場所や、いつもとちがう道を通るなどのささいな変化でも、固まってしまって動けなくなる子や泣き叫ぶ子もいます。
ほかの子にとっては、単にいつもとはちがう公園に行くだけのことでも、こだわりの強い子どもにとっては「まったくちがう世界」に足を踏み入れるような感覚なのかもしれません。
不安や恐怖を感じたときにとる行動も、その子によってさまざまです。
「こわいと言って泣きわめく」「その場に固まって動けなくなる」「癇癪やパニックを起こしてしまう」、ひどい場合にはさらにエスカレートして「自傷行為をしてしまう」などもあります。
外の世界では自分が知らない新しい刺激が次々と入ってくるので、それが大きなストレスになることもあります。
変化に対する不安が強く、臨機応変に対応することが苦手なため、自分の家のようによく知っている場所がいちばん安心できると感じる子も多いです。
このような傾向は、ASDが「自閉」という言葉で表現されるゆえんのひとつかもしれません。
■ルールを遵守するのは変化への不安が強いせい
ASDの特性を持つ人のなかには、「ルールを守らないといけない」という気持ちが強い人も多く、マニュアルやルールが明確に定められている仕事が向いている人もいます。
じつは、わが家の長女も交通ルールにはとても厳格で、まるで私の指導係のような存在になっています。
たとえば、私が車を運転しているときに黄色の信号で止まれずに通過すると、「今、黄色だったよ。信号無視になっちゃうからダメ!」と鋭く指摘されます。
また、赤信号で私がよそ見をしていると、「はい、青になったから出発」とタイミングを教えてくれるなど、私の運転をいつも厳しく見守ってくれていて、とても助かっています。
なぜ、ASDの特性を持つ人がルールやマニュアルを遵守する傾向が強いかと言えば、やはり「変化に対する不安が強い」ということだと思います。
私たちの日常生活では、基本的には決められたルールを守っているものの、ときには、まわりの人の様子を見ながら行動することを求められる場面もありますよね。
その場その場で、自分の行動や対応をまわりに合わせられる子もいますが、ASDの特性を持つ子は、まわりの状況を見て行動することが苦手です。
まわりの状況が変わるたびに、それに応じて臨機応変に自分の対応を変えることが難しく、不安になったりパニックの原因になることもあります。
「その場の空気を見て、臨機応変に動くこと」が苦手だからこそ、ASDの人は社会のなかで生きづらいのですね。
■周囲に合わせて変わることを求めすぎない
ここでみなさんに知っておいていただきたいのは、こういった発達障害の特性というのは、「多数派の人から見れば」それが少数派の人たちの特性として扱われてしまうという視点です。
そもそも「社会生活に支障をきたす」というのが診断基準であったりするため、どうしても、その社会生活というのは多数派の人たちに合うか合わないかという基準になってしまうのです。
「こだわり」は見方を変えれば、「ものごとに真剣に向き合う力」とも言えます。
大切なのは、それを無理に変えようとするのではなく、その子が安心できるかたちで社会とつながれる方法を探すことです。
ですから、まわりの大人はまずはそのことを理解して、「まわりに合わせて変わることを求めすぎない」という姿勢でいてくださいね。
■「学校がこわい」は単なるわがままではない
ASDの特性を持つ子どもは、なにが起こるかわからないシチュエーションをとてもこわがります。
なかには「今日はなにをするの?」「このあと、どうするの?」と頻繁に予定を確認したがる子もいます。先の見通しが立たないことが不安なのです。
こうした特性が強い子にとって、学校という場所はまさに予測できない世界と言えます。
学校は、予想外の出来事やイレギュラーなことが頻繁に起こる可能性が高い環境です。
毎日の授業の内容が異なるのはもちろん、先生がどんな指示を出すのか、同級生がどんな行動をとるのかを予測するのは難しいですよね。
休み時間には子どもたちの声や足音が響き渡り、なかには大声で騒いでいる子やとても活発で一見すると乱暴に見える子もいます。
ASDの子が「学校がこわい」と口にするのは単なるわがままではなく、こうした環境に対する不安のあらわれでもあるのです。
実際、「教室のガヤガヤした雰囲気自体が耐えられないから学校に行けない」と訴える子もいます。
その不安の根底には、「なにが起こるかわからない」という恐怖と、予測できないことに対するストレスがあります。
とくにASDの特性を持つ子にとって、学校というのは安心感を得るのが難しい場所であることがあります。
■リズムが崩れる学校行事は大きなストレス
毎日の学校生活に加えて、運動会や音楽会、遠足など、通常の生活パターンにはない行事も、発達ユニークな子にとっては大きな不安や恐怖を感じさせることがあります。
運動会はいつもの授業とはまったくちがいますし、大音量の音楽、子どもたちや保護者たちの歓声、徒競走のピストルの音などにびっくりして、パニックになってしまう子もいます。
また、運動会の前の数週間は、練習のために時間割が変則的になることがありますが、それによって心身ともに疲弊してしまう子も少なくありません。
いつもの時間割に代わって、変則的にダンスや競技の練習に費やされるスケジュールが組まれることがあり、こうした変化がASDの子どもたちにとっては非常に大きなストレスになるのです。
その結果、運動会の練習がある日はお腹が痛くなってしまうことや、練習期間中に学校へ行けなくなってしまうこともあります。
一般的に楽しいイベントと思われそうな行事も、ASDの子どもたちにとっては日常生活のリズムが崩れることで安心感を失い、不安が大きく増幅するきっかけとなります。
こうした行事を不安に思う子どもを抱え、その対応について悩んでいる親御さんも少なくありません。
私も診察室で相談を受けることがあり、「その子にとってあまりにもストレスになっているなら、無理をしないほうがいいですよ」とお話ししています。
学校と相談して、当日は保健室や別室から見学する、耳栓をつけて練習に参加する、練習の回数を調整してもらうなど、本人が安心して挑戦できる環境を一緒につくっていくことも大切です。
■そんなにつらいなら休ませたっていい
「それほどつらいと言うなら、休ませてあげもいいんじゃないですか」と私が言うこともあります。
すると、「えっ、そんなことしていいんですか!」と驚かれる親御さんも多いのですが、やはりお子さんが感じている不安をまずは受け入れてあげてください。
「休むこと」は逃げではなく、「整えること」。その子が本来の力を発揮できるタイミングを待つというのも大事な準備期間だと私は思っています。
少なくとも別の選択肢もあるということを伝えると、それだけで子どもの不安がやわらぎ、参加できるということもあります。
まずは、子どもの負担を軽減する方法を考えて、その子ができそうなことから少しずつ参加していきましょう。
最後に、親が悩んだり不安になったり、「どう対応したらいいの?」と困惑してしまうのも当然だと思っています。
私たちは子育てを習わないし、ましてや特性のある子どもの子育てはなおさらかもしれません。でも、目の前の子どもを信じて、ゆっくり親も親として成長していけばそれでいい、と私は考えています。
なんだか偉そうに書いているように思われるかもしれませんが、私自身、最初からおだやかに対応ができていたわけではありません。発達ユニークな娘たちのおかげで、しだいにそんなふうに思えるようになってきたのです。
----------
精神科医さわ(せいしんかいさわ)
精神科専門医/精神保健指定医/公認心理師
医療法人「霜月之会」理事長。藤田医科大学医学部を卒業後、精神科の勤務医として、アルコール依存症をはじめ多くの患者と向き合う。発達障害の娘の育児に苦労しながらも、シングルマザーとして2人の娘を育てる。長女が不登校となり、発達障害と診断されたことで「自分と同じような子どもの発達特性や不登校に悩む親御さんの支えになりたい」と勤務していた精神病院を辞め、2021年3月名古屋市に「塩釜口こころクリニック」を開業。これまで延べ3万人以上の診察に携わっている。著書に『子どもが本当に思っていること』(日本実業出版社)がある。
----------
(精神科専門医/精神保健指定医/公認心理師 精神科医さわ)