発達障害の診断を受けている部下に、上司はどんな接し方をすればいいのか。大手外資系企業を中心に年間1000件以上の面談を行っている産業医の武神健之さんは「発達障害を打ち明けられることや、発達障害の部下にどう接するといいのかといった相談をされる機会が10年前よりも増えていると感じる」という――。

■発達障害と打ち明けられることが増えた
こんにちは。産業医の武神です。産業医の現場では、「実は私、発達障害なんです」と打ち明けられることがたまにあります。発達障害(正式には神経発達症)という言葉が普及してきたこともあり、10年前よりもこのような機会は増えていると感じます。同時に、彼・彼女らの上司とも、発達障害の部下にどう接するといいのかといった、相談を受ける機会も増えてきました。
そこで今月は、部下に発達障害の方がいたときに、どのように向き合えばいいのか。実際に私が経験した症例とともにお話しさせていただこうと思います。
最初は営業部に新卒入社した男性社員Aさんの話です。入社4カ月目頃、仕事がなかなか覚えられない、電話の内容を先輩に伝えたり、複数の訪問予定を管理するような基本的なことすら覚えられないと、過重労働面談で教えてくれました。涙目になっており、かなり精神的に追い詰められているようで、さらに聞いてみると睡眠障害の他に、出社がつらいとも教えてくれました。産業医として彼には、メンタルクリニックの受診を勧め、翌月にも産業医面談をしました。
■部署異動により活躍できたAさん
Aさんは精神科を受診したところ、適応障害と診断されたのですが、その後の検査で発達障害であることが判明しました。
彼の抱えていた困りごとはまさに、マルチタスクの苦手さ、コミュニケーションの苦手さという、彼の“特性”に起因すると思われました。
主治医の勧めもあり休職となりましたが、休職中に主治医や産業医と面談を重ねるうちに、与えられた課題を深掘りすることや集中力に強みがありそうなことが見えてきました。
Aさんは、休職という“間”をとれたこと、主治医や産業医との対話を通じて、自分の得意不得意を把握できたこと、それを会社に伝えることができたことなどが功を奏しました。会社側が、Aさんの“得意(強み)”に合わせて復職時に部署異動をしてくれたのです。
私のクライエントの多くの外資系企業では、社員はその部署で働くことを前提として雇われており、労働契約にはどのような業務(Job Description)をやるかが明記されています。従って、簡単に部署移動はできないのです。なので、Aさんはとても幸運だったと思います。そして、Aさんは現在、その才能を存分に発揮し、活躍しています。
■大学生の時に発達障害と診断された女性
次の症例は中途入社後に発達障害を打ち明けた20代後半の女性社員Bさんです。
Bさんは、入社後の業務や上司との関係に困難を感じ、自ら産業医面談に来ました。そこで、「実は大学生の時に発達障害と診断されていたが、未治療である」と打ち明けてくれました。Bさんは明るい人柄で、人とのコミュニケーション能力が非常に高そうなのは、産業医面談でも感じました。
しかし、聞いてみると、時間を守ることや、細かい手順を守る業務が極端に苦手とのことでした。一方、多数のデータを分析したり、そこから新しいアイデアを生み出すことは得意でした。
前職はそのような仕事であり、そこでの業務評価がよく、ステップアップしたいと思って転職してきたそうです。しかし、入社すると全く異なるタイプの業務が割り当てられてしまい、最初はできると思っていたものの、今は戸惑いの方が大きいとのことでした。
■通院を始め、仕事を継続できるように
私は産業医として、発達障害の方は、適切な治療で症状が緩和され、普通に働けるようになる人たちもそれなりに存在することを伝えた上で、診断が出ていて未治療ならば、まずは専門の医師に受診し、内服治療やカウンセリングを受けてみることを提案しました。Bさんも承諾してくれ、通院が始まりました。
Bさんは特に休職を考えなくてはいけないほどの症状はありませんでしたので、会社への報告はせず、産業医面談でしばらくフォローしました。結果として、Bさんは、業務上の大きな問題を起こすことなく、就労を継続できています。
Bさんはたまに産業医面談にきてくれます。以前のような困難は感じないが、今の業務は前職ほど楽しくないこと、現在、転職活動をしていることを話してくれています。
■チーム長となって発覚した発達障害
3番目の症例は、昇級しチームをまとめるようになってから発達障害が発覚した経理部の30代男性社員Cさんです。
Cさんはこれまで、コツコツと日々のルーチン業務をこなす仕事をしていて、在籍6~7年目でした。
1年前に昇級し、5人の部下をもつチーム長となりました。もともと対人関係は得意でないと自覚はしていましたが、部下たちと定期的にミーティングを持ったり、部下同士の不平不満を聞いて仲裁したりする機会が増え、仕事がだんだん楽しくなくなり、朝の出社がつらくなっていきました。そのタイミングで、奥様に、「最近笑顔が全くない」と指摘され、自らメンタルクリニックを受診しました。
Cさんはそこで発達障害の診断を受け、カウンセリングを受け始めました。部下たちとのコミュニケーションのコツや自分のメンタルの保ち方など、新たな知識は得られたようですが、やはりマネージャー職は自分に合わないとの結論に達しました。そこで自ら上長に、自分はチームリーダーには向いていないこと、このままではメンタル不調になりそうなこと、できれば元のポジションに戻してほしいことを伝えました。
■降格はせずに専門性の高い役割を担当
最初は戸惑った上長でしたが、診断名を彼から聞いた後は理解を示してくれ、降格はせずに、チーム内でより専門性の高い役割を彼にお願いしました。
このケースは、Cさんが自分の向き不向きを理解していたこと、それを上長に説明できたこと、そして上長の理解とたまたまCさん向きの業務があったという幸運などが絡み、うまくいったと考えます。初めから診断名ありきではなく、具体的に自分の向き不向きを上長にしっかり説明できたことで、上長もサポートしやすかったと思います(後にこれはカウンセラーからのアドバイスだったと判明しました)。
Cさんは今もカウンセリングを続けており、同じ部署で就業できています。
発達障害のある社員の就業は、全てのケースがこのようにうまくいくわけではなく、適応障害などでメンタル休職になったり、会社には自らの発達障害を開示せずに退職していくケースもあります。会社が理解を示し、適性のありそうな業務を探しても、本人の特性に合うものがなく、退職するケースなども多くあります。
各々の特性に合った業務があるか否かは、その時の運、ご縁としか言いようがありません。Aさん、Cさんのようなケースは少ないと感じます。
■物事は明確に、具体的に伝えること
私は、産業医として発達障害の社員とも上長とも面談をすることがあります。そのようなとき、私は以下2つを両者に伝えています。
1つめは、発達障害の人は、人それぞれの得意不得意がある。不得意なことはめっきりダメな場合も多いが、得意なことにはまれば、かなり優秀な結果を出せる。だからこそ、強みがあることを信じて探すことが大切であること、部署移動や転職をポジティブに考えてほしいということです。
2つめは、大切なのは、この診断名を重視するのではなく、より具体的な会話をすること。本人は、発達障害という診断名よりも、得意不得意やどのようなサポートがあるとやりやすいかなどを具体的に周囲に伝えられるようになること。その方が、会社側も判断しやすいし、サポートしやすいからです。
会社(上長)側には、曖昧な表現は避け、物事は明確に具体的に伝えること。人によっては聴覚情報が不得意なこともあるため、ミーティングの後にその内容をメールや議事録でも共有すると誤解が減る場合もあることを伝えています。

発達障害の社員の働き方、会社の対応には、いろいろな意見があると思います。考えてもなかなか答えは出ませんが、日々の現場の中でひとりひとりとしっかり向き合うことが、産業医の私のできることと思い、私は取り組んでいます。

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武神 健之(たけがみ・けんじ)

医師

医学博士、日本医師会認定産業医。一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。ドイツ銀行グループ、バンク・オブ・アメリカ、BNPパリバ、ムーディーズ、フォルクスワーゲングループ、BMWグループ、エリクソンジャパン、テンプル大学日本校、アドビージャパン、テスラ、S&Pといった大手外資系企業を中心に、年間1000件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を実施。働く人の「こころとからだ」の健康管理を手伝う。2014年6月には、一般社団法人日本ストレスチェック協会を設立し、「不安とストレスに上手に対処するための技術」、「落ち込まないための手法」などを説いている。著書に、『職場のストレスが消える コミュニケーションの教科書』や『不安やストレスに悩まされない人が身につけている7つの習慣』『外資系エリート1万人をみてきた産業医が教える メンタルが強い人の習慣』などがある。働く人のココロとカラダをサポートする無料AIチャット相談サービス「産業医DrT」を運営。

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(医師 武神 健之)
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