「『ギョーザ』がフライパンに張り付いた」。1本のSNSから始まった「冷凍餃子フライパンチャレンジ」。
味の素冷凍食品の「プロフェッショナルパネル」の斎藤大暉さんは「『ギョーザ』を家庭で焼くときの実態を初めて知った。フライパンを当社に送ってくれた方々には感謝しかない」という――。
■人気店の片隅でノートを片手に議論する
「ちょっと、ヘンな人たちだと思われているかもしれません」
斎藤大暉(だいき)さん(31歳)はそう言って肩をすくめた。味の素冷凍食品の開発チームで、おいしい餃子の店をリサーチした際のエピソードである。「ギョーザ」開発陣の中核を担う彼は、「プロフェッショナルパネル」でもある。単なる試食や味見を超えた“プロの味覚師”として、社内の認定資格を持っているのだ。
「ひとりでも食べに行きますが、チームみんなで行くこともあります。『ギョーザ』の開発状況に応じて、大きさや餡(あん)の硬さといったテーマを決め、その参考を求めて食べ歩くことが多いですね」
人気店の餃子はやはりうまい。
ではなぜ、おいしいと感じるのか。
素材の味や皮の弾力を数値化し、メモにしながらそれを基に、店内でディスカッションするという。店の片隅でノートを片手に議論する姿は、周囲から見れば奇異に映るだろう。だが、その“変人ぶり”こそが、日本一の冷凍餃子を進化させてきた原動力である。

■大学院では大豆研究のプロフェッショナル
誰が焼いても油も水も使わずに羽根が広がり、パリッと仕上がる「ギョーザ」――まさに家庭に革命をもたらした味だ。そのさらなる改良を任されているのが斎藤さんたちであり、使命はただ一つ、「もっとおいしくすること」に尽きる。
斎藤さんは2019年に入社した。大学院まで進み、農学部農学研究科では、大豆を研究していた。
「もともと食品に興味がありました。中でも冷凍食品はこれから伸びる領域で、未来があるな、と。共働き、核家族が拡大していく今後は、さらに求められていくに違いないと思いました」
冷凍食品の未来に賭けて、食品会社に飛び込んだ。入社後4年間は研究所の商品評価グループで舌を鍛え抜き、食べれば数値がわかるまでに特殊技能を磨いた。そして2023年、ついに「ギョーザ」の開発チームに異動する。そこで彼を待ち受けていたのが、想像を超えた挑戦――「冷凍餃子フライパンチャレンジ」だった。
「SNSでお客様から思わぬ声が聞こえてきたんです」
もとよりユーザーの声を重用するのが社是である。調理動画を送ってもらったり、インタビューを重ねたりしながら「永久改良」を続けてきた。
しかし、誰でもうまく焼けるはずの「ギョーザ」がフライパンに張り付いた、という1本の投稿。即座に、SNS担当のスタッフが返信した。その一言がすべてを動かすことになる。
「よろしければ、そのフライパンを送っていただけませんか」
■課題はフライパンが教えてくれた
まさかの呼びかけに応じて、全国からフライパンが集まり始めた。だが、続々と送られてくるフライパンに、開発陣は驚愕することになる。
焦げがびっしりこびりついた古参の鉄鍋。底が歪んだアルミ製。驚くべき姿のフライパンが次々と届く。斎藤さんたちは息をのんだ。これが現実か。まさか、こうしたフライパンで「ギョーザ」が焼かれていたとは――。
「一つひとつ見ていくと、自分たちがまったく予想していなかったフライパンばかりでした。
ですが、現実がすべてです。『ギョーザ』を家庭で焼くのに、このような状態の調理器具が使われているのを初めて知りました。言ってみれば、一気に道が開けたんです。送ってくれた方々には感謝しかなかったです。もっと言えば、“生活者の本当の使用実態”が、課題を見つける1つのヒントになるということも教わりました」
約2週間で集まった数、実に3520個。研究所の一室は山積みのフライパンで埋まったという。だが、開発陣は怯まない。500個ほどを“リアルフライパン”の代表格として選別し、ただひたすらそれで焼き続けた。最終的に検証に用いたフライパンの数は800個に及ぶ。
「本当に張り付くのか、張り付かないのか。それを確かめるだけです」
■「ギョーザ」の鍵はここにアリ
来る日も来る日も、送られてきたフライパンを使って、「ギョーザ」を焼く。結果は明らかだった。
フライパンは変えられない。ならば、“焼くもの自体”を変えましょう。それが答えだった。
「実際に試してみると、張り付かないで焼けるフライパンもありました。でも“魚拓”みたいに底面がすべて張り付いてしまうフライパンも数知れず。それならば『ギョーザ』本体を変えればいい。すべてを張り付かない『ギョーザ』にしようじゃないか。目標がそこに決まりました」
まさに熱き冷凍戦が始まった。
鍵を握ったのは、餃子の羽根だった。水と油で組成されている羽根のもとに注目し、原料を何度も入れ替え、配合を変え、ひたすら実験を重ねた。古びたフライパンに新しい試作品を載せ、結果を検証する。張り付いたらやり直し。
張り付かなければ次のフライパンへ。検証、また検証。連日連夜、フライパンとの一騎打ちが続いた。
「羽根のもとの原料に、ベストな解があると賭けました。混ぜる原料の種類を変えてみたり、原料の機能性を試してみたり。焼けば、答えが出ますから」
■どんなフライパンでも成功する奇跡
半年後の2024年春、古いフライパンの7割で張り付かなくなった。そして2025年春、ついに9割のフライパンで張り付きを改善できたギョーザが「AJINOMOTO BRANDギョーザ」として完成、リニューアル発売された。
「約800個のフライパンで、来る日も来る日も『ギョーザ』を焼く。計2000回以上は焼いたと思います」
気が遠くなる数字である。「実際、大変でした」と斎藤さんは破顔する。
しかしその執念が、「どんなフライパンでも成功するギョーザ」という奇跡を呼び込む。さらに驚くことには、3520個のフライパンは3Dデータ化され、次なる改良の礎となっているという。
そこまでやるのか――。
「現状維持は衰退だというマインドが、社内にはあるんです。常に新たなチャレンジをするのは、当たり前のことですから。『フライパンチャレンジ』の売り上げ成果が出るのはこれからですが、研究を進める中で、調理器具の状態やメンテナンスが料理の仕上がりにどれほど影響するかを再認識しました」
挑戦に終わりはない。現在、冷凍食品の餃子市場レースでは、強力なライバルが背後から猛追し、「ギョーザ」の王座を脅かしている。しかしこれも、斎藤さんにとっては大きな刺激になるという。
「競争相手がいるからこそ自分たちも走れますし、ライバルがいることは、いいことです。1社でやっていると、自分たちの考えしかお客様には届きません。でも、競合他社からは違う視点をもらえます。勉強になりますし、お互いに切磋琢磨していけたらと思っています」
■餃子のプロより“なりたいもの”
餃子の冷凍市場には、実はまだ余白がある。年に一度でも冷凍餃子を買う人は、まだ約2割に過ぎないのだという。伸びしろは大きいのだ。
「目指すテーマはまだまだある。そして譲れないのは、お客様視点の開発です。健康・栄養、食物アレルギー配慮、減塩、タンパク強化など、いろんな新しい切り口がありますが、リアルな生活者のニーズを捉えながら、未知の領域に挑戦していきたいです」
現在、斎藤さんは、2026年春の開発品に取り組んでいる。
「開発の難しさは、生産ライン上との差異にあるんですね。ラボでは成功しても、大量生産では崩れることがある。レシピの微細な変化で、商品化が急にうまくいかなくなったりするんです」
だが、彼の信念は揺るがない。興味深い一言があった。「プロが作る餃子の味を目指しているわけではない」というのだ。そうではなく、生活者目線でプロフェッショナルなものを開発することこそが、自分たちの務めだと。
「プロの餃子屋さんというより、“冷凍餃子のプロ”になりたいです」
これが本当に冷凍食品なのか。こんなに簡単にできてしまうのか――そう人々を唸らせる逸品は、こうした熱狂スピリッツからしか生まれない。

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上阪 徹(うえさか・とおる)

ブックライター

1966年、兵庫県生まれ。89年、早稲田大学商学部卒。アパレルメーカーのワールド、リクルート・グループを経て、94年よりフリーランス。広告、記事、広報物、書籍などを手がける。インタビュー集として、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)、『外資系トップの仕事力』シリーズ(ダイヤモンド社)などがある。2011年より宣伝会議「編集・ライター養成講座」講師。2013年、「上阪徹のブックライター塾」開講。日本文藝家協会会員。

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(ブックライター 上阪 徹)
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