AIが医療現場にもたらす変化とは何か。『AIに看取られる日 2035年の「医療と介護」』(朝日新書)を上梓した奥真也さんは「人間の医師が担ってきた役割の多くはAIに代替され、人間のみで完結する医療行為は、今後限られていくだろう」という――。

■「看取りもAIがやる」のは冒涜か
AIが医療をどこまで担うのか。私は「全部」だと思っています。
ここでいう「医療」そして「医療の全部」は、皆さんの感覚よりも広いものだと思います。人生後半の医療との関わりが増えてくるすべてのシーンを含むのです。
そして、その医療という言葉も、私たちが想像できるすべての範囲を広く含みます。予防から、最期の日まで。当然、看取りも入ってくることになります。
「看取りもAIがやる」──そう聞いたときに感じること。いかがでしょうか? 嫌悪感を覚えますか? それとも恐怖? 冒瀆(ぼうとく)だと感じるでしょうか? あるいは、もはや当たり前のことだと受け止めるでしょうか? 皆さんのそれぞれの思いは、至極当然であると思います。私自身もこの問いに対し、直截な正解を持っているわけではありません。
そもそも、人にできることとAIができることの境目はどこにあるのでしょうか。
このテーゼに答えるため、私はさまざまな書籍やメディアでこれまでも話してきました。
そして、ひとつのまとまった考え、すなわち人間医師が最後まで牙城を譲らない領域、いってみれば「最後の砦(とりで)」と呼べるものは、「患者さんへの寄り添い」「人への寄り添い」だと信じてきました。その思いはいまも変わっていません。
■ますます加速する医療現場のAI化
しかし、AIが長足に進化してきたいまこそ、その「寄り添い」という行為を、もっと細かい要素に分解し、その本質を理解していく必要があります。そしてそれこそが、「AIが人を看取ってよいのか」という本質的な問いへの答えとなるはずなのです。
なんでもAI化という流れは、人間社会が織りなすすべての領域において、今後ますます加速するでしょう。そして医療でも。膨大な医療データを習得したAIは、人間医師を凌駕(りょうが)する診断精度を誇り、患者さん一人ひとりに最適な治療計画を瞬時に立案します。創薬のプロセスは劇的に短縮されます。個人の遺伝子情報に基づいて行われる「精密医療」もAIの力なくしては語れません。
その結果、従来の人間医師が担ってきた多くの役割は、AIによって代替され、あるいはAIに支援されることで、その専門性と守備範囲が本質的な変貌を遂げ、人間のみで完結する行為は限定されていくことになるでしょう。
これまで私たちは「人間の医師にしかできないこと」として、患者さんの感情に「寄り添う」ことや、人生の最終段階においてその命を穏やかに見送る「看取り」を挙げてきました。これらの行為は、論理的な思考やデータ分析だけでは代替できない、共感や倫理観、そして深い人間理解を要する「聖域」であると信じてきたはずです。

■AIの介入を後押しする少子高齢化
しかし、本書のタイトル『AIに看取られる日』は、その「聖域」にさえもAIが容赦なく踏み込んでいく未来を示唆しています。医療の現場だけでなく、私たちの最も身近な生活を支える介護の領域、そして人生の終焉(しゅうえん)という極めて個人的で神聖な局面である看取りにおいてさえ、AIはこれまで想像もしなかった形で深く関与するようになるでしょう。
「AIが人を看取る」という言葉は、私たちの感情を揺さぶり、不安や抵抗感を覚えるかもしれません。それは、私たちの持つ人間性や尊厳──これらの根源的な概念を問い直すことにつながります。AIは感情を持たない。AIは倫理を理解できるのか。AIに共感は可能なのか──。
しかし、そうした問いを投げかけながらも、私たちを取り巻く社会構造の変化、特に少子高齢化という避けられない現実が、AIの介入を「必然」として後押ししています。本書は、この「AIに看取られる日」が単なる未来予測ではなく、すでに進行しつつある現実であることを示すと同時に、その日がもたらす光と影、そして私たちがどう向き合うべきかを深く掘り下げていきます。
■認知症のリスクを早期発見するAI
「看取り」という言葉を聞くと、終末期の患者さんを家族や医療者が手厚くケアし、最期まで寄り添う姿を思い浮かべるでしょう。しかし、この介護や看取りの領域こそ、人手不足と高齢化の波に最もさらされている現場であり、AIやDX(デジタルトランスフォーメーション)の導入が急速に進んでいます。
現在、すでにさまざまなAIやDXの部品が介護の現場に導入され始めています。
たとえば介護ロボットは重労働である身体介助の負担を軽減し、見守りセンサーは高齢者の転倒や異変をリアルタイムで検知して事故を未然に防ぎます。AIは蓄積されたデータから高齢者の行動パターンを分析し、認知症の兆候を早期に発見したり、転倒のリスクを予測したりすることも可能というわけです。
遠隔医療やオンライン診療もまた、過疎地や離島における医療格差を解消する手段として、(医療がもともと目指していた)非接触型診療として普及が進んでいます。これらは単に効率化を図るという意味だけでなく、介護者の負担を減らし、より多くの人々が適切なケアを受けられる環境を整備するための重要な手段と考えられています。
■人間よりも正確な介護現場のAIシステム
さらに進んだ例としては、AIを活用した高齢者のQOL(生活の質)の維持や向上に対する支援があります。
個人の趣味や興味、過去の行動履歴を学習したAIが、適切なレクリエーション活動を提案したり、会話の相手になったりすることで、高齢者の孤独感を和らげ、精神的な健康をサポートする試みも始まっています。実務的な領域でも、介護記録の自動化や、多職種間の情報共有を効率化するDXツールは、個別ケアプランの作成をよりパーソナライズし、介護現場全体の質を高めています。
では、たとえば10年後の2035年、この流れはどこまで進むのでしょうか。私たちの想像を超えるレベルで、AIが介護や看取りの現場に深く浸透している可能性は高いと思うのです。
2035年には、AIは日常的な介護業務の大部分を人間よりも正確かつ効率的に担うようになると思われます。食事の準備、服薬管理、排泄の手伝い、そして夜間の見守り。現在、多くの人手を要しているタスクが、自律型ロボットやAIシステムによって行われます。

AIは狭義のバイタルデータ(体温、脈拍、血圧など)だけでなく、顔の表情や声のトーン、身体の微細な動きから、利用者の感情や精神状態を読み取り、適切なタイミングで声かけをしたり、サポートを提供したりできるようになるのです。
■最善の看取りをサポートするAIアバター
特に「看取り」の局面では、AIが多岐にわたる役割を果たす可能性があります。AIは、患者さんの過去の医療記録、生活習慣、心理状態、そして家族との関係性などの膨大なデータを解析し、残された時間をより豊かに過ごすための最善のサポートを提案するでしょう。
たとえば、AIアバターが患者さんの傾聴相手となり、心理的サポートを提供したり、望む死生観や価値観を理解したりし、さらにはリビングウィル(事前指示書)の作成支援を行うことも考えられます。
そうなると当然ながら、倫理的な課題が大きく浮上します。AIが看取りに介入するとは、どのような意味を持つのか。人間の感情の機微をAIはどこまで理解し、寄り添うことができるのか、それはキビしいのか。AIが収集したデータに基づいて死期を予測したとき、その情報は患者さんや家族にどのように伝えられるべきなのか。こうした根源的な問いは、私たちの社会が直面する新たな倫理的ジレンマに成長していきます。
しかし、悪いことばかりではないと思うのです。
AIは介護者である人間の負担を劇的に軽減し、人間がより「人間らしい」ケアに集中できる時間と精神的余裕をもたらす大きな可能性を提供します。AIが人に代わってルーティンワークの大部分を担うことで、人間の介護者は利用者の心の声に耳を傾け、個人的な対話を通じて深い関係性を築くことに、これまでより多くの時間を費やせることはとてもよいことだと思われます。

DXは情報共有のあり方をシームレスに変え、医師、看護師、介護士、理学療法士……そして傍らにいる家族との関係を含めた多職種連携を効率化し、患者さん中心のケアをさらに深化し、改善することでしょう。

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奥 真也(おく・しんや)

医師・医療未来学者

1962年、大阪府生まれ。医師、医学博士。経営学修士(MBA)。大阪府立北野高校、東京大学医学部医学科卒。英レスター大学経営大学院修了。専門は、医療未来学、放射線医学、核医学、医療情報学。東京大学医学部22世紀医療センター准教授、会津大学教授などを歴任した後、製薬会社や薬事コンサルティング会社、医療機器企業に勤務。著書に『Die革命』(大和書房)、『未来の医療年表』(講談社現代新書)、『未来の医療で働くあなたへ』(河出書房新社)、『人は死ねない』(晶文社)、『医療貧国ニッポン』(PHP新書)など。

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(医師・医療未来学者 奥 真也)
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