いつまでも若々しい脳を維持するにはどうすればいいか。脳神経外科医の東島威史氏は「積極的に運動するといい。
脳を鍛える効果のあるたんぱく質やホルモンが活性化するかどうかは、運動の種類によって異なる」という――。
※本稿は、東島威史『不夜脳 脳がほしがる本当の休息』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■脳は「筋肉」によって鍛えられる
脳と筋肉は「使うほど鍛えられる」という共通点がある。そして体の筋肉を使ってトレーニングをすることで、脳を鍛える効果もあるのだ。その鍵を握るのは、「BDNF(脳由来神経栄養因子)」というたんぱく質だ。
BDNFは、深いノンレム睡眠中(徐波睡眠)に活性化することがわかっている。
BDNFは神経細胞の成長やシナプスの可塑性を促し、記憶力や学習能力の維持に欠かせない。神経保護作用もあり、睡眠中の修復作業やメンテナンスも行う。つまり、このBDNFこそ、「脳のためにはぐっすり眠らないといけない」という根拠ともなる重要なたんぱく質だ。
ノンレム睡眠中に活性化すると言われているBDNFだが、活躍の場は睡眠中「だけ」ではない。覚醒中にもBDNFは登場する。
たとえば知的刺激(読書・語学の習得)を受けると、シナプスの新たなネットワークづくりが促進され、海馬や前頭前野という脳の一部分でBDNFが増加する。

また、のちに紹介する断続的断食など軽度なストレスでも活性化するし、日光浴でも効果があると言われている。
■有酸素運動やリズミカルな全身運動が効果的
そして特に効果的なのは、有酸素運動やリズミカルな全身運動だ。
認知症などのない男女120人(平均67歳くらい)を2つのグループに分け、運動効果を調べた2011年のアメリカ・ラシュ大学の研究がある。
グループA:ウォーキングなどの有酸素運動

グループB:ストレッチなど、筋トレではない筋持久系の運動
12カ月後の脳を比較したところ、有酸素運動をしたグループAの海馬はわずかに体積が増え、血中のBDNF濃度は上昇し、記憶力も改善されていた。ストレッチをしたグループBは、特に変わらない、もしくは年相応に記憶力がやや衰えていた。
高齢者であっても、有酸素運動で物理的に脳は鍛えられていたのだ。
■注目したいホルモン「オステオカルシン」
もう一つ、「オステオカルシン」というホルモンも、脳機能に良い影響を与えることがわかってきた。
オステオカルシンは骨から血中に放出されるホルモンだ。単純に「骨をつくる役割」とされていたが、近年の研究で「骨が脳や代謝とやりとりできるようにつなぐ、神経伝達物質をアシストする役割」もあるとわかってきて注目されている。
最高司令塔である脳には、怪しいものを寄せ付けないよう、「血液脳関門」というチェックがとても厳しい関所がある。オステオカルシンはここを「毎度どうも!」と顔パスのように難なく通過して脳内に入り、記憶力や感情の調整、代謝に関わると考えられているのだ。
■骨を刺激する「ジャンプ」で記憶力が改善
生後16カ月(人間でいえば60歳前後)の「最近、なんだか忘れっぽいんだよね」というお年頃のマウスの脳にオステオカルシンを注入したところ、記憶力が回復したというアメリカ・コロンビア大学の研究もある。

この頼もしいオステオカルシンを分泌させる方法はシンプルで、骨に刺激を与えればいい。早足でウォーキングし、たまにジャンプし、できれば筋トレをすることで、記憶力に良い影響を与えられる。
まだ研究段階だが、オステオカルシンはストレス耐性を高め、不安や抑うつを軽減すると考えられているし、テストステロンを高めるという発表もある。
テストステロンは、筋肉や骨の健康、集中力や意欲、性欲を支える「若々しさの鍵」のホルモンだ。男女問わず存在するものの、オステオカルシンで分泌が促進されるのは精巣のテストステロンだから、特に男性にメリットがあると言えるかもしれない。
だが、男女を問わず、骨に刺激を与えれば、「記憶力の改善」というオステオカルシンのメリットは十分に得られる。
■ヘトヘトな脳は「自分を食べて」再生する
物忘れなどが重なると、つい、脳の機能低下を心配してしまう人もいるかもしれない。
だが、眠らない脳はいつもあなたの味方だ。頑張りすぎて、擦り切れそうになった脳は、あなたを助けるかのように、「自分で自分を助ける」働きをしている。
スペイン・バスク大学が、極限状態になった脳は「自分を食べて再生する」という画期的な研究を発表した。
僕たちの脳や脊髄には、神経細胞(ニューロン)がある。神経細胞から出ている「軸索」という長いコードで脳は電気信号を送り、体とコミュニケーションをとっている。

スマホの充電ケーブルがむき出しではないように、軸索も「ミエリン」という脂質でできた膜で包まれている。ミエリンがあるおかげで、電気信号が漏れずに、素早く、遠くまで届く。
ミエリンはまた、不必要なところに電気信号を伝えてショートさせないための「絶縁体」としての役割を果たしている。
「ミエリン=絶縁体」というのが、これまでの脳科学の主たる理解だった。
ところが、Nature Metabolismに掲載されたバスク大学の研究では、「ミエリンが非常時にはエネルギー源として使われる可能性」が示されている。
研究チームは、マラソンを走る前後にランナーの脳をMRIで観察し、ミエリンの量を間接的に測定した。
その結果、マラソン直後には、特に脳の白質領域――運動や感情に関わる――でミエリンが一時的に減っていることがわかった。2カ月後にはその量が元に戻っており、この変化は一時的かつ可逆的(元に戻る)だと確認されている。
■ミエリンは「アンパンマン」のような存在か
この結果から、研究者たちは「脳が極端なエネルギー不足に陥ったとき、ミエリンに含まれる脂肪を燃料として使っているのではないか」と述べている。
つまり、ミエリンは単なる絶縁体ではなく、脳の「予備のエネルギータンク」かもしれない。
「本当にへとへとのとき」、脳は自らの脳にあるミエリンを食べて回復する。そのミエリンは、2週間から2カ月で復活する……。

ミエリンとは、まるで困った人を助けるために、自分の顔を差し出すアンパンマンのような健気な存在かもしれない。
自分で自分を食べているところがアンパンマンとは異なるが、脳のことばかり考えている医師としては「いじらしい」と思えてならない。
まだ研究段階なので決定的な情報ではないが、ミエリンの働きは今後の脳研究や神経疾患の理解に大きな影響を与える可能性がある。
■脳が疲れたら体を動かそう
そしてこの実験がさらに素晴らしいのは、実験に協力したマラソンランナーが、40代から70代であり、どの年齢の人にも同じ変化が見られたことだ。
年齢を問わず、極端にへとへとになったときには脳はミエリンを食べて回復するし、食べたミエリンはまた復活する。とても希望が持てる研究だと思う。
脳が疲れたら、どんどん歩いて、ジャンプをし、マラソンをしよう。

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東島 威史(ひがしじま・たけふみ)

脳神経外科医

医学博士。専門は機能脳神経外科(脳神経外科専門医・指導医、てんかん専門医)。トゥレット症候群やイップスなどの希少疾患をはじめ、パーキンソン病やてんかんに対する脳手術を多数経験。実際に脳に触れ、切除し、電気刺激をする経験から脳機能を学ぶ。臨床の傍ら研究費を取得し、大学の研究員として脳機能研究も精力的に行う。
2019年から横浜市立大学附属市民総合医療センター助教、2025年より横須賀市立総合医療センターに「ふるえ治療センター」を設立、センター長を務める。また、プロ麻雀士の顔ももち、脳の機能と活性化について臨床研究にいそしむ。2020年から子ども麻雀教室で行った研究で「子どもが麻雀をすると知能指数が上昇する」ことを示し、心理学のジャーナルに論文を発表した。著書に『頭がよくなる!子ども麻雀』(世界文化社)がある。

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(脳神経外科医 東島 威史)
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