※本稿は、山崎雅弘『ウソが勝者となる時代』(祥伝社)の一部を再編集したものです。
■トランプのSNSを復活させたイーロン・マスク
2024年11月5日に行なわれたアメリカ大統領選挙において、トランプは対立候補のハリスに勝利し、4年間のブランクを経て合衆国大統領の座に返り咲きました。
このトランプ復権で重要な役割を果たしたのが、2022年10月にSNSのツイッターを買収して2023年7月に「X」と名称変更した、イーロン・マスクでした。
電気自動車メーカーのテスラや、宇宙開発企業スペースXなどのCEO(最高経営責任者)を務め、世界で最も裕福な人物(個人資産は2025年3月には約51兆円)としても知られるマスクは、ツイッターを買収したあとの2022年11月18日、凍結されていたトランプのアカウントを復活させるかどうかの「投票」を実施しました。
トランプは、前年1月に起きた合衆国議会議事堂占拠事件に際し、突入した暴徒を賞賛したり、バイデンの大統領就任式に出席しないなどと投稿したために、ツイッターのアカウントを「永久凍結」されていました。投票の結果、凍結解除に賛成の票が反対票をわずかに上回り(52%対48%)、トランプのアカウントは翌日復活しました。
■フェイク動画の拡散は禁止なのに加担
2024年の大統領選が始まると、マスクはトランプに巨額の政治献金(同年だけで2億7400万ドル=約411億円以上を政治献金し、その大部分はトランプ陣営に献金)を行なうと共に、Xを活用してトランプが大統領選で有利になるような「ウソに基づく言いがかり」を拡散する役割も果たしました。
「移民が犬や猫を食べている」というトランプの事実無根の言いがかりも、マスクは積極的に拡散に加担しました。テレビ討論会が行なわれた9月10日に彼が行なった、「かわいい子猫とアヒルのひなの画像」に「彼らを救え!」との言葉を添えた投稿は、同年10月4日までに9400万回以上が閲覧されて、移民問題に関するトランプのウソの拡散に貢献しました。
また、同年7月26日には、何者かが作成したハリス候補の信用を貶める内容のフェイク動画に「これは素晴らしい」とのコメントを添えて自身のXアカウントで拡散し、1億2000万回の再生と92万件以上の「いいね!」という形で、大統領選におけるトランプの対立候補のイメージを失墜させる政治的効果を生み出しました。
Xの「合成または操作されたメディアに関するポリシー」には「利用者を欺いたり、混乱させたりして、損害をもたらす可能性のある、合成または操作されたメディアや、文脈から切り離されたメディア(以下、誤解を招くメディア)を共有することは禁止されている」との文言がありますが、Xのオーナーであるマスク自身がこれを破っていました。
■反移民感情を煽るイーロン・マスク
イギリスの公共放送BBCは、2024年11月1日に公開した記事の中で、同年の米大統領選におけるマスクのX投稿を詳細に分析していました。それによると、マスクの投稿で重点が置かれたのは「移民」と「投票」の2つで、さらに「不法滞在者が大統領選で投票する」や「民主党が同党に投票してくれる移民を『輸入』している」などの事実に基づかない話を繰り返し投稿して、トランプに有利な「反移民感情」を煽りました。
例えば、10月20日には「複数の激戦州では、過去4年間で不法入国者の数が3桁増加した。前例のない規模の『投票者の輸入』が起きている!」と投稿し、2100万回閲覧されましたが、実際にはそれを裏付けるデータは存在しませんでした。また、10月25日の投稿では「彼ら(民主党)が発表した計画は、(不法移民に)できるだけ早く市民権を与え、すべての激戦州を民主党の地盤に変えるためのものだ」と書き、1700万回近く閲覧されましたが、投票や移民の専門家は、マスクの主張は完全な誤りで、非正規の移民が10年以内に大統領選などの投票権を得られることはないと指摘しました。
■SNSが“拡声器”として使われた大統領選
英BBCはその記事の6日後の2024年11月7日には、さまざまな角度からの調査データに基づいて、米大統領選挙で勝敗を分けた要因についての分析を行ないました。
5600人以上が回答した全国出口調査の結果によれば、移民・経済・外交・中絶・民主主義の状態という5つのテーマのうち、一番重要なのは移民問題と答えた有権者の9割がトランプに投票し、経済問題を挙げた有権者の8割もトランプへの投票者でした。これに対し、民主主義の状態が一番重要だと答えた有権者の8割は、ハリスに投票しました。
この結果を見ても、移民問題に選挙戦略の重点を置いたトランプ陣営とその支援者たちの思惑が的中したことがわかります。トランプとマスクをはじめとする彼の支持者が、メディアやSNSを拡声器のように使い、移民問題やその他の問題についてのウソや言いがかりをアメリカ国内に拡散し続けるという手法が、アメリカ大統領選という重要な選挙においてもきわめて有効だと、改めて証明された形となりました。
■大量のウソで“強さ”を見せつけたトランプ
これまで見てきたように、ドナルド・トランプは大統領になるまでの過程でも、大統領になったあとも、自らの政治的野心に立ちはだかる人間をすべて「敵」と見なし、排除あるいは服従させるために、ウソに基づく言いがかりを繰り返してきました。
過去の歴史や伝統に一定の敬意を払ってきた歴代の大統領とは異なり、彼は自分の力を見せつけるために、敢えて伝統的な慣例を破るような態度をとることもあります。
例えば、彼は2期目の大統領就任式で宣誓を行なう際、聖書に手を置きませんでした。
自分が子どもの頃から持っている聖書と、エイブラハム・リンカーン元大統領が使っていた歴史的な聖書を2冊重ねて妻のメラニアに持たせながら、「左手を聖書に置きながら右手を挙げて宣誓する」という大統領就任式で前任者たちが守ってきた慣例を敢えて破り、最後まで聖書に「手を置かない」という行動をとりました。
また、トランプは憲法や裁判所の判断を軽視し、自分の権力はそれを超越しているかのような態度をしばしば見せますが、現在のアメリカ国内では、その振る舞いを逆に「指導者としての強さ」の証しだと、肯定的に評価するトランプ支持者が少なくありません。
人間を「敵か味方か」で区別する思考形態のトランプは、敵と見なす者を視界から排除するため、あるいは自分に屈服させ黙らせ、従わせるために、まるで機関銃のように「ウソの弾丸」を発射し続け、標的となった相手に連続的な打撃を与えてきました。
ウソには本来、物事を動かす力はない。一般にそう信じられてきましたが、ネットの普及とSNSや動画投稿サイトの大衆化により、大量のウソを同時に発射すれば、その勢いで物事を動かすことができると、トランプの大統領返り咲きは証明したと言えます。
■トランプのウソと言いがかりが有効な理由
そして彼は、アメリカという国を「自分の好み」に合致する形へと作り替えるために、大統領という国の最高の地位に付随する権力をフルに行使しています。
ただ、ここで注意すべきなのは、これがトランプ個人のキャラクターに限定された問題ではない、ということです。トランプが大統領に返り咲くことができたのは、イーロン・マスクをはじめ「トランプ的な世界観」に共鳴したり、それに何らかの魅力を感じたりするアメリカ人が大勢存在しているからです。
彼らは誇らしげに、「MAGA」または「Make America Great Again(アメリカを再び偉大に)」と書かれた赤いキャップを被り、トランプが自国を偉大にしてくれると信じて彼の言うことに従い、彼が「敵だ」と指し示した相手を集団で攻撃します。トランプ親衛隊のようなMAGAの大衆も、敵に打撃を与えるために、ウソや言いがかりを駆使します。
つまり、トランプが「ウソと言いがかりの帝王」のような存在として君臨できるのは、彼一人の力ではなく、彼の言動や思想に共感する大衆によって支えられているからです。
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山崎 雅弘(やまざき・まさひろ)
戦史・紛争史研究家
1967年大阪府生まれ。軍事面に加えて政治や民族、文化、宗教など、様々な角度から過去の戦争や紛争を分析・執筆。同様の手法で現代日本の政治問題を分析する原稿を、新聞、雑誌、ネット媒体に寄稿。著書に『[新版]中東戦争全史』『1937年の日本人』『中国共産党と人民解放軍』『「天皇機関説」事件』『歴史戦と思想戦』『沈黙の子どもたち』など多数。
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(戦史・紛争史研究家 山崎 雅弘)