スーパーやコンビニの売り場では、高カカオチョコレートが主流になりつつある。「甘くないチョコレート」は、なぜ支持されるようになったのか。
チョコレートジャーナリストの市川歩美さんの著書『チョコレートと日本人』(ハヤカワ新書)から紹介する――。
※本稿は、市川歩美『チョコレートと日本人』(ハヤカワ新書)の一部を抜粋・再編集したものです。
■スーパーもコンビニも「高カカオチョコレート」ばかり
「カカオ分の高いチョコレートが体に良い」というようなことを、耳にしたことがある方が多いのではないでしょうか。
日本でチョコレートは長い間、甘くて美味しいお菓子として親しまれてきましたが、近年は、チョコレートの健康効果が広く知られるようになりました。日本で、健康のために日常生活にチョコレートを取り入れる人が増えています。
注目されているのは、カカオ分70%以上の「ハイカカオチョコレート」「高カカオチョコレート」と呼ばれるタイプです。カカオ含有量が多いチョコレートの人気は2015年から徐々に高まり、今や年間約280億円もの市場規模に成長しました。
日本人の健康志向の高まりが表れていますが、データを検証するまでもなく動向はコンビニエンスストアやスーパーマーケットの棚を眺めれば一目瞭然です。
チョコレート売り場を眺めてみてください。かつてはミルクチョコレートが主流だった売り場に、カカオ分70%以上のダークチョコレートが必ず、といっていいほど並んでいるのがわかるはずです
■14年間で14倍に急成長、発端は「チョコレート効果」
高カカオチョコレート人気の発端となったのは、2014年に行われた明治、蒲郡(がまごおり)市、愛知学院大学による共同研究です。
この研究では、カカオ含有量72%のチョコレートを継続的に摂取することで得られる多くの健康効果が示され、その研究結果がメディアで広く報じられました。このことからカカオ分の高いチョコレートの人気が急速に高まったのです。

特に注目を集めたのは明治の「チョコレート効果 カカオ72%」でした。2015年には「チョコレート効果」が大ヒットして人気が急上昇、2024年には高カカオチョコレート市場全体の約65%を占めるまでに成長しています(インテージSRI+Ⓡ/高カカオチョコレート市場/2023年4月~2024年3月/累計ブランド別販売金額)。
健康を意識してチョコレートを食べるという新しいスタイルは日本に広がり、2010年に約20億円だった高カカオチョコレート市場は、2024年には約280億円にまで成長しました。14年間で14倍に急成長しているとは驚くべき現象です。これまで存在しなかった市場が生まれ、拡大を続けています。
■研究で明らかになった「カカオの健康効果」
高カカオチョコレートの健康効果は、日本のみならず世界中で知られています。チョコレートに含まれるカカオが私たちの健康に多くのメリットをもたらすという研究結果が、世界中で発表されているからです。
注目されているのは、カカオに含まれるポリフェノールです。ポリフェノールには抗酸化作用があり、さまざまな病気の原因となる活性酸素と戦ってくれます。これによって老化を防ぎ、さまざまな疾患のリスクを減らすことが期待されます。
また、ポリフェノールは血管を健全にすることから、血圧を下げる効果も確認され、高血圧の予防や改善、心血管疾患のリスク低減にも寄与するとされています。
カカオに含まれる食物繊維は腸内環境を整えますので、便秘の改善も期待できます。
また、カカオに含まれるテオブロミンというアルカロイドは、私たちの気持ちをリラックスさせ、緊張をほぐしてくれる作用があるとされています。
ほかにも多くの研究が行われ、カカオの健康効果が明らかになっています。カカオの健康効果が広く知られるにつれ、日本では美容と健康を意識する人や、仕事や勉強の前にコンディションを整えたいと考える人たちが、カカオ分の高いチョコレートに注目するようになりました。
■「ギルティフリー」が新しい市場を作り出した
ほとんどの製品パッケージにはポリフェノールの含有量が記載されているため、カカオ分だけでなくポリフェノールの含有量を確認する消費者が増えています。かつては「食べすぎると太る」「美容に良くない」とまで言われていたチョコレートが、今ではサプリメントのように扱われるようになりました。
高カカオチョコレートの人気は、日本の豊かな食生活が背景にあります。時代とともに飽食の国とされるようになった日本では「せっかくなら体に良いおやつを食べたい」「ギルティフリーな(罪悪感のない)チョコレートがほしい」という消費者のニーズが生まれました。国内のメーカーやスーパーマーケットのプライベートブランドからも、カカオ含有量の高いチョコレートが続々と登場しています。
■とはいえ万能薬ではない
高カカオチョコレートが人気を集める中で、消費者が気をつけるべき点もあります。「チョコレートが健康に良い」という情報をよく見かけますが、具体的な説明が不足していたり、誤解を招く表現も見られます。特に意識したいのは、適量であれば健康維持に役立つことがあるものの、チョコレートがすべての人にとって万能な健康食品ではないということです。
適量のカカオ分の高いチョコレートを摂取すれば、健康効果は期待できます。
しかし、一般のチョコレートには砂糖や油脂が含まれているので、過剰に摂取すると体重増加の原因となります。高カカオチョコレートであっても、糖分は少ないものの油脂分はあり、一般のチョコレートと比べてカロリーが高いものがあることも覚えておきましょう。チョコレートから得られる健康効果は、人それぞれの体質や食生活全体のバランスによって異なります。ある人には有益でも、別の人には望ましくない結果をもたらすかもしれません。
チョコレートはあくまでも美味しく健康をサポートするものとして楽しんで、運動やバランスの良い食生活を心がけることが大切です。
■企業努力で「苦くて美味しい」に
高カカオ市場は急成長し、日本人にとって「苦いチョコレート」が身近になりました。
健康効果を求める人が増えたことが大きな理由ではありますが、味わい続ける人が多いのは、日本のチョコレートメーカーが努力し、高カカオチョコレートをより日本人に食べやすい味に改良してきた結果であると私は実感しています。
10年前には苦味や渋みが際立っていたチョコレートが、今では「かなり美味しくなった」と感じることがあります。メーカーは、日本の消費者の嗜好に合わせ、常に美味しさを追求しているのです。
しかしそうはいっても、私はテレビなどのメディアに出演して、タレントさんとお話しするとよく思います。高カカオがトレンドとはいえ「苦いチョコは苦手」「やっぱり甘くて美味しいミルクチョコレートが好き」という方が、まだまだ多いです。それもそのはず、私たち日本人は長年、甘くて美味しいチョコレートに慣れ親しんできた国民だからです。

■「こんな苦いの売れへんで」と言われ続けた
カカオ分の高いチョコレートはかつて日本では好まれず、コロンバンの担当者によれば、コロンバンはいち早く1990年代にヴァローナ社の「グアナラ」(カカオ分70%)の板チョコレートを店頭販売しましたが、当時はカカオの苦みが影響したせいかあまり売れませんでした。
明治の「チョコレート効果」をかつて取材した際に知ったのは、1998年の発売当初から17年間は不遇の時代が続き、終売が危ぶまれていたことです。大阪工場では、「こんなに苦いの売れへんで」と囁く声すら聞こえたそうです。
「チョコレートは甘くて美味しいものがいい」という方は、その喜びを大切にしていただきたいと思います。私もそういうチョコレートを大切に味わっています。昔から好きなチョコレートの味は、誰にとってもかけがえのないものでしょう。自分好みのチョコレートを味わうひとときは心の健康に良く、心を癒し、元気を取り戻す助けにもなります。
チョコレートには、単に栄養成分だけの問題でなく、私たちの気持ちを前向きにしてくれる力があると思うのです。
■きっかけは「おもいッきりテレビ」
カカオの健康効果といえば、1995年に起こった「ココアブーム」を覚えている方がいらっしゃるかもしれません。同年12月、日本テレビの「午後は○○おもいッきりテレビ」でココアの健康効果が紹介され、瞬く間に全国的なブームとなりました。放送当日から、全国のスーパーマーケットや店舗でココアが売り切れ、翌年まで品薄状態が続いていました。
実はこのブームには前段階があります。
同じ年の9月に開催された「第1回チョコレート・ココア国際栄養シンポジウム」で、名古屋大学の大澤俊彦教授が「チョコレート・ココアに含まれるポリフェノール類の抗酸化作用について」の講演を行いました。
この内容が新聞で報じられたことから日本全体がカカオやココアの健康効果に注目し始め、テレビの人気番組でも取り上げられたことから「どの店に行ってもココアが見つからない」という事態が巻き起こったのです。
実は、このココアブームが、明治の「健康コンセプトのチョコレート」開発のきっかけになりました。ココアブームは、消費者にカカオの魅力を再認識させ、健康志向の商品開発にも大きな影響を与えたのです。

〈参考文献〉

日本チョコレート・ココア協会公式サイト

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市川 歩美(いちかわ・あゆみ)

チョコレートジャーナリスト

大学卒業後、民間放送局に入社し、長年ラジオディレクターとして多数の番組企画・制作を行う。5歳頃から筋金入りのチョコレート好き。90年代にフランス・パリのチョコレートの美味しさに衝撃を受け、本格的なチョコレート愛好家となる。放送局の仕事を離れた後、メディアや企業のオファーをきっかけにチョコレート関連のコーディネーター、ジャーナリストとしての活動をスタート。現在は、日本唯一のプロのチョコレートを主なテーマに掲げるジャーナリスト・コーディネーターとして各種メディアに情報を発信。チョコレートのトレンドと情報の源流を作っている。著書に『チョコレートと日本人』(早川書房)など。

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(チョコレートジャーナリスト 市川 歩美)

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