※本稿は、牛田享宏『「痛み」とは何か』(ハヤカワ新書)の一部を抜粋・再編集したものです。
■40歳を超えると肩が痛むのはなぜか
皆さんの中にも四十肩、五十肩になった人がいるのではないでしょうか? 僕も50歳を超えたとたん、お約束のように肩関節周囲炎になりました。なんとか現在は日常生活で困ることないレベルまで改善していますが本当にひどい痛みでした。
ここで、どうして40歳を超えると肩を痛めることになるのかについて考えてみたいと思います。
肩の関節が行なうことができる運動は、①腕を前から挙げる―下ろす(屈曲―伸展)、②腕を横から上げる―下げる(外転―内転)、③腕を内側に回旋させる(内旋)と外に回旋させる(外旋)があります。
※「寛解」とは、症状がなくなり日常生活に支障のない状態をいいます。
一般に筋肉は、重いものなどを持ち上げる際に力を出す役割を果たすアウターマッスルと、姿勢保持などを担うインナーマッスルの二層構造になっています。
しかし、肩関節においてはいろいろな角度や動きを作るため、筋肉システムは非常に複雑に構成されており、インナーマッスルでも時に大きな力を出すことが必要となるなど、それぞれの筋がうまく連動して働いています。
■加齢により断裂するインナーマッスル
このように機構が複雑なので傷めやすいことは容易に推察されますが、なかでも棘上(きょくじょう)筋腱(腱板)と呼ばれるインナーマッスルが図表2のように肩峰(けんぼう)と上腕骨という二つの骨に挟まれて動く仕掛けになっているため、しばしば断裂(腱板断裂)を引き起こします。
この腱板断裂は、野球のピッチングなどの激しい動きやケガなどが原因で、若くても引き起こされることがありますが、多くは加齢により断裂することが知られています。
この断裂が始まるのは50歳くらいからが多いことがわかっており、70歳に至ると人口の3人に1人が完全断裂するとされています。
■甘いものが肩を痛める要因に
最近医学界で興味を集めているのが、老化による組織の劣化のメカニズムと肩痛の関係です。
加齢により腱がどのように変化するのかについてはこれまでに多くの研究があり、なかでも注目されているのが、組織の強靭さと柔軟性を保つ「コラーゲン線維」です。コラーゲン線維の太さや配列の乱れ、そして組織内の水分量の減少などが起こることで、腱の弾力性と強度が減少し、それが損傷することで肩痛が起こりやすくなります。
実は、加齢によるコラーゲンの劣化には、我々が生きるのに必須な糖質が大きくかかわっていることが知られています。
通常の人体の代謝プロセスの一部として、糖分子がタンパク質や脂質と結合すると最終糖化産物(AGEs)と呼ばれる複合体がつくられますが、このAGEsがコラーゲンに結びつくと、コラーゲン線維の結合(架橋)が増加し、その結果、コラーゲンの柔軟性と機能が低下することがわかっています。
■果物の食べ過ぎに注意
そのため、糖尿病などによって高血糖状態が持続するとAGEsの形成が促進され、結果としてコラーゲンの機能障害が悪化し、腱などの軟部組織の劣化だけでなく血管の動脈硬化なども引き起こします。また、たとえ糖尿病でなくても糖の過量摂取はAGEsを通じてコラーゲンなどの変化を生じさせるので注意が必要です。
ある高齢の女性の肩痛患者さんが太っているので「食べ過ぎじゃないの?」と尋ねたら「私はご飯は食べないのに痩せない」というのでおかしいなと思って聞いてみたら、「毎日ビタミンを摂らなきゃ」と考えて果物をものすごい量食べていた、ということがありました。
ブドウ糖と比べて果糖はAGEsを生成させやすいことが研究で明らかになっています。りんごなどは血糖値を急に上げないというメリットもありますが、果糖自体は多く含んでいますから糖化に影響しますし、過剰摂取された糖質は肝臓で中性脂肪に変わるともされていますから、やはり極端な食事パターンには留意が必要と考えられます。
■曲がる腰と痛みの悪循環
腰が曲がっているから腰が痛いのか? 痛いから腰が曲がるのか? 良い姿勢をしていると痛くないのか? など姿勢と腰の痛みに関係する疑問は多いものです。
結論から言うと、いずれも正しい部分もあり、正しくない部分もあるというところでしょうか。
さて、この姿勢を考える上で重要な概念を一つここで紹介しておきましょう。それは「アライメント(配置)」、つまり、骨格を形成する骨同士の位置関係という概念です。
悪いアライメントの代表例が背中や腰の曲がり(いわゆる後弯(こうわん))です。図表4のように、腰が曲がれば曲がるほど上半身の重量による負荷は大きくかかるようになり、それを支えるためには腰の背筋が非常に強くないと困ることになります。しかし、ここで問題となるのが「筋疲労」と「筋の脂肪化」です。
我々の筋肉はずっと引き伸ばされ負荷を受けていると、当たり前ですが疲れてきます。腰の筋肉は負荷、そして血流が足りない状況に悲鳴を上げ、痛みを生じることになります。また持続的に引き伸ばされることで、張力低下と筋萎縮、さらには筋肉が脂肪に置き換わることが進んでいくので、非常にまずいことになる可能性があります。
■腰が曲がってしまうのは「楽だから」
近年の脊椎外科医療ではこの脊椎の姿勢にフォーカスが当てられ、金属のスクリュー(ねじ)とロッド(棒)を用いて姿勢矯正する手術が行なわれるようになっています。
この手術自体にはまだ課題も多いのですが、頭の重心、頸椎、骨盤の位置関係が一直線に保たれるよう、アライメントを正すことが重要であることが明らかにされてきています。
一方で、歳をとるとどうして腰は曲がっていくのか? ということを考えてみましょう。
我々は実際のところ、先に示したような「正しい」アライメントをずっと続けていることはなかなか困難なものです。楽な状態でいるためには、①少し背中を曲げて脊椎のところに荷重をかけて背中などの筋肉をリラックスさせる、あるいは②ソファーでくつろいだり、ベッドで横になったりしてリラックスさせる……という感じになるのは皆さんも日常的に行なっていることでしょう。
その他に③背中や腰を後弯した姿勢のほうが腰の神経への機械的ストレスが減る、ということがあり、たとえば腰部脊柱管狭窄症(ようぶせきちゅうかんきょうさくしょう)のような持病をもつ人などでは、実は腰を曲げたほうが歩くのが楽になったりすることもあります。
■デスクワークの「座りっぱなし」に注意
これらを考えると、脊椎を反らしていわゆる「いい姿勢」を保つよりも、曲げて後弯傾向でいることによるメリットはそれなりに多く、腰が曲がることの根本要因になっている可能性があることは知っておく必要があります。
では、実際のところ、どのような姿勢をとっているのが腰にとって一番良いのでしょうか。考え方としては、少なくとも良い姿勢を心がけるにしても極端に同じポジションでいることは望ましくないと言えるでしょう。
僕がかつて診療を行なった患者さんの中に、某有名デパートのブティックの店員さんがいらっしゃいました。彼女はピシッとした姿勢で長くいると背中や腰が痛くなるので、動いたほうが楽であって、お客さんに出した服などを自分で片付けてもらわないほうがありがたいと言っていました。
この話からわかる重要な示唆は、良い姿勢を保つことよりも、いろいろな姿勢をとって動いていることの方が大事だということです。腰痛で苦しむ患者さんには、実はデスクワークで動かない人のほうが農作業従事者よりも多いのです。
なお、極端に背中や腰が曲がった人は、骨も周囲の筋肉もその姿勢に悪いなりに適応しているので、これを急に正してしまうと痛みがかえって悪化することもあります。
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牛田 享宏(うしだ・たかひろ)
愛知医科大学医学部教授
愛知医科大学医学部教授。慢性痛に対し集学的な治療・研究を行なう日本初の施設「愛知医科大学疼痛緩和外科・いたみセンター」で陣頭指揮を執る。1966年生まれ。高知医科大学(現高知大学医学部)を卒業後、テキサス大学客員研究員、ノースウエスタン大学客員研究員などを経て現職。国際疼痛学会の痛みの定義作成メンバーであり、厚生労働研究班の班長として「慢性疼痛治療ガイドライン」を作成するなど日本の痛み治療をリードする存在である。
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( 愛知医科大学医学部教授 牛田 享宏)