定年後に収入を得る方法にはどんなものがあるか。東京都立大学准教授の高橋勅徳さんは「たとえ『無能』であっても、勝手に人が集まるモノを用意することで商いが成立するのではないか。
私の場合は、自宅の半分を埋め尽くす『あるモノ』で商売を考えた」という――。(第2回)
※本稿は、高橋勅徳『ライフスタイル起業』(大和書房)の一部分再編集したものです。
■都立大准教授が考えた定年後の起業とは
筆者も含めて私たちは、好きなことや得意なことを仕事にして楽しそうに生活していたり、どうやっているかわからないけれど、どこからか仕事を生み出して気楽に稼いで生きている人たちが「確かに存在している」ことを知っています。
「楽しく、気楽に、ほどよく稼いで生きて行く」生き方を目指す「ライフスタイル起業」という欧州発の起業スタイルがあります。「ライフスタイル起業」の考え方は、彼らがどうやって「楽しく、気楽に、ほどよく稼いで生きて行く」状態を成立させているのかについて、理解する手がかりとして非常に有益なのではないかと思います。
「楽しく、気楽に、ほどよく稼いで生きて行く」という問題は、筆者にとって身に迫った現実的問題になりつつあります。筆者も今年(2025年)で51歳となり、そろそろ定年退職が視野に入り、老後の生活を考えねばならない時期になりました。
筆者が所属する大学業界の状況と、どうにも信頼できない政府の福祉政策を鑑みると、これから定年退職までに「楽しく、気楽に、ほどよく稼いで生きていく」状況を作らないと、安心して楽しめる定年後を迎えられないという危機感に襲われてしまいます。そこでこれまでの考察に基づいて、筆者が「楽しく、気楽に、ほどよく稼ぎながら老後を送る」ためのライフスタイル起業の可能性を、具体的に考えていきたいと思います。
■名作マンガのように「石」を売るはどうか
さて、80歳の筆者でも可能な商いを考えているうちに、筆者の脳裏に浮かんだのが、つげ義春氏の名作『無能の人』でした。漫画家として行きづまった主人公が元手ゼロの商売として手掛けたのが、河原で拾い集めた石の販売でした。主人公は多摩川の河川敷に自作の掘っ建て小屋を作り、「石」と書いた看板を掲げて客を待ち続けます。
もちろん作中で石が売れることはありませんし、主人公への救済らしきものはありません。
確かに河原で石を集めて、並べて「売ります」と看板を掲げていれば、物好きは話しかけてくるかもしれません(もしそのような場面を発見したら、筆者は間違いなく店を覗きます)。しかし、そこから商いを発生させるとなると、かなり厳しいものがあります。というのも、私たちはただそのへんにある「石」を見ても、せいぜい「川に向かって投げよう」くらいしか思いません。そのような動機しか生まない「石」をぽんと置いて、仮に人の集まりを生み出すことができても、商いを発生させることはかなり困難なのです。
だとすれば商いの基準点として設置するモノを、石ではなく「人が集まり、何かしたくなる特性を持つモノ」に変えてしまえば、「無能な私」でも「楽しく、気楽に、ほどよく稼ぎながら老後を送る」道が開かれるのではないでしょうか。
というわけで、筆者も「人が集まり、何かしたくなる特性を持つモノ」が自分の手の届く範囲にないかと、探し始めました。
■レトロゲームで人を集めるのはどうか
筆者が高校時代に通い詰めたゲームセンターの、レトロゲーム筐体を揃えてカップラーメンで稼ぐというビジネスモデルは、年齢を重ねた私でも続けられそうな商売であると思います。
アーケードゲームはお客さまが勝手に遊んで楽しむものであり、店主は店番をしているだけで商売として成立します。しかも筆者は『餓狼伝説』がリリースされた時代からの格闘ゲーム愛好家でもありますので、80歳を過ぎて自分のゲームセンターで大学生と対戦する生活はなかなか胸が躍るものがあります。
難点は、『無能の人』の石屋と異なりゲームセンターを始めるためには、それなりの元手が必要となることです。
レトロゲームのアーケード筐体とゲーム基板は10~25万円です。
さしあたって10台揃えるとして、最低で200万円程度必要となるでしょう。なんとか10台のアーケードゲーム筐体を手に入れたとして、自宅近辺の賃貸店舗で陳列可能な物件を探してみたところ、月15万円前後の家賃であることがわかりました。
この物件を借りるための保証金は6カ月でしたので、店舗を借りるためには手数料を含めて100万円前後必要となります。店内の内装と配線はなんとかDIYで頑張ったとして、お店をスタートするまでに最低で300万円の出費は必要になるでしょう。
毎月15万円の家賃と10台のゲーム筐体が消費する電気代を考えると、この商売がペイするとは思えません。あの時、私が通い詰めていたゲームセンターが商売として成立していたのは、自前の倉庫を改修して、家賃コストが不要であることが最大の要因であったことを、今さらながら思い知らされます。
■自宅にたっぷりあった「人が集まるモノ」
さて、定年退職後の筆者が「楽しく、気楽に、ほどよく稼ぎながら老後を送る」ためには、「自ずと人が集まってしまうモノを起点に商売を組み立てる」ことを前提に、ランニングコストが安く済ませられる職住一致の条件を満たす商売を考えていく必要があります。
改めて、ランニングコストを安く抑えられる商いの起点になる「モノ」探しからスタートです。筆者が用意できるもので、そんな都合の良いものなんてあるのかと考えていたら、たっぷり自宅にストックが用意されていることに気づきました。
それは、筆者の自宅の半分を埋め尽くしている書籍です。
研究者を職業としていますので、大量の書籍を有しているのは当然ですが、問題はその内容です。実は、自宅に所蔵している書籍の7割が漫画の単行本なのです(もちろん、私費で購入しています)。

筆者は釣りに筋トレにバイクと趣味多き人間ですが、実は研究仲間の間では「漫画読み」としても少しばかり有名な存在です。話題作は一通り目を通すのは当たり前で、一部のマニアの間だけで話題になるような作品も丁寧に追いかけています。
もはや漫画を読むことは生活の一部になっていますので蔵書は増える一方、自宅はさながら漫画喫茶のような状態になっています。そんな状態ですので、東京出張の際に漫画の続きを読むために私の自宅に宿泊する友人がいたりするぐらいです。
■「漫画喫茶」は儲かるのか
よくよく考えれば、紙の書籍というものは、そこにあるだけで人を集めてしまいます。私が所有している専門書が惹きつける人間は同業者(経営学者)に限られますが、漫画であればより幅広く、「読みたい」というニーズを掘り起こしてくれることは容易に想像できます。
それこそ、私の自宅近辺には大学がありますので、『キングダム』(集英社刊)が全巻揃っている場所があれば、とりあえず読んでみようと思う人間が一定数出てくるのは容易に想像できます。だとすれば、「漫画を読める場」を提供し、利用者から利用料を取る形にするのはどうでしょうか?
これならば80歳でも問題なく続けられる商いですし、これから購読する漫画はすべて将来の資産=商いの種になるわけですから、一石二鳥です。そこで、もう少し具体的に考えてみましょう。
まずこの手の商売としてすぐに思いつくのが、漫画喫茶です。漫画喫茶を始めるなら店舗を借りる必要が出てきますので調べてみると家賃は13~20万円/月、保証金は6カ月となります。
これでは初期投資もランニングコストもかかりすぎます。
さらに飲み物や軽食を提供するのであれば、飲食店として営業許可が必要ですし、深夜営業を行う場合は風営法に基づく許可も取らねばなりません。普通に漫画喫茶を始めようとすると、コストが嵩む一方です。
■時間つぶしの「私設漫画図書館」案
ならば、コンセプトを「漫画が読める私設図書館」に変えて、利用料金を収益源にするプランに変えてみましょう。
単に漫画を読める場所にするとしても、筆者の狭い自宅を開放することはできません。とりあえず、自宅近辺で借りられそうな倉庫を探し始めます。ちょっと探してみると、ちょうど私の自宅から徒歩5分(最寄り駅から徒歩10分)のところに、自宅と同じ広さの倉庫が貸し出されていました。
家賃は月5万円で、保証金は0円で借りられます。間取り図を確認して設置できる本棚の数を計算し、最低限の内装をDIYで整えるとして必要となる費用が、多く見積もって56万5000円程というところでした。
この「私設漫画図書館」の料金設定の参考に、近辺の漫画喫茶の料金を確認してみると30分500円、3時間1500円が相場のようです。もちろん、漫画喫茶はドリンクバーやソファ、個室などが設備として用意されており、手掛けたコストを回収するために設定された金額となります。
私が手掛ける「私設漫画図書館」はあくまで時間つぶしの場所ですので、初期投資は本棚と椅子とテーブルですから、より安く価格を設定することができます。
■老後の収入としてはまずまず
近辺の大学生が駅前のマクドナルドスターバックスでドリンクを注文して、スマホで漫画を読んで時間を潰しているのをよく見ます。
この客単価を考慮に入れれば1時間500円であれば「安い」と判断してもらえそうです。ひとまずこの金額をベースに、どの程度の売上が可能になるのか考えていきたいと思います。
仮に1時間500円の価格設定で、来客数が一日10人、各1時間ずつ利用したとします。この場合なら5000円/日、月25日営業で12万5000円/月の売上になります。家賃と光熱費を差し引いて、7万円程度の黒字になるでしょうか。
これを年金にプラスアルファの収入として考えると、老後の一人暮らしに少しばかり彩りを添える収入としては、ひとまず十分な金額ではないでしょうか。なにより、好きな漫画を中心に読書を楽しみつつ、たまに大学生を相手にオタク話を楽しむ老後生活は、なかなかに魅力的です。
■本を持っているだけなら月5万のマイナス
もちろん、筆者が高校時代に通い詰めたゲームセンターに倣って、電気ポットを設置し駄菓子とカップラーメンを置いたりしたら、客単価を上げていくことも夢ではないでしょう。
仮に一日の来客数が20人、駄菓子・カップラーメンなどの購入を含めて客単価が800円になれば、月の売上は40万円に届くことになります。
ここで問題となるのは、飲食店の営業許可を取る必要があるかです。関連法令を確認したところ、調理するのであれば(ドリップコーヒーを提供するレベルであっても)飲食店の営業許可が必要です。しかしカップラーメンや駄菓子のようにパッケージ化された商品を販売する際には、特に許可を取る必要はありません。
お店に設置している電気ポットから、お客さまが購入したカップラーメンに自分でお湯を注ぐ限りは、ギリギリ問題はなさそうです。
よくよく考えれば、日々蔵書が増え続けているため、筆者はリアルに足の踏み場がなくなりそうな自宅で生活しています。実際問題として、そろそろ書籍を収める倉庫を借りることを考え始めています。
蔵書を収めているだけなら、毎月5万円の出費です。しかし、「私設漫画図書館」を始めてしまえば、毎月数万円の収入が期待できます。倉庫を借りるための家賃や漫画の購入代金を、確定申告時に経費として計上できる可能性も出てくるでしょう。
素行不良の大学教員として最悪リストラされても、当面の食い扶持は確保できる可能性を手に入れるために、「私設漫画図書館」は老後と言わずに、今すぐに計画を始めても大きな損はないと思うのですが、いかがでしょうか?

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高橋 勅徳(たかはし・みさのり)

東京都立大学准教授

東京都立大学大学院経営学研究科准教授。神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了。2002年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。専攻は企業家研究、ソーシャル・イノベーション論。主な著書に『婚活戦略 商品化する男女と市場の力学』(中央経済社)などがある。

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(東京都立大学准教授 高橋 勅徳)
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