テレビやスーパーでよく聞く牛肉の「A5ランク」はどういう意味なのか。焼肉作家の小関尚紀さんは「格付けは味のよし悪しを表しているものではない。
最高級であることには変わりないが、人によってはA3のほうが好みだと感じることもある」という――。
※本稿は、小関尚紀『大人の「牛肉」教養』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■「A5ランク」は牛肉の美味しさの基準ではない
「本日は最高級A5ランクの○○牛を入荷しております!」
スーパーの精肉コーナーで、このようなマイクパフォーマンスを聞いたことはありませんか?
「A5ランク」と聞けば「とんでもなく美味しいお肉に違いない!」と、私たちは反射的に思ってしまいます。
実際、テレビ番組などでも「A5ランクは最高級の味だ」と紹介されることもあり、「A5ランク信仰」は世間にすっかり定着しているようです。
しかし、このA5ランク、じつは「美味しさの基準ではない」という衝撃の事実をご存じでしょうか。
牛肉の格付けはA~Cの3段階のアルファベットと1~5の5段階の数字を組み合わせた15個の区分で評価されます。このシステムは、1960年代前半に社団法人日本食肉協議会が、食肉の流通を合理化する目的で導入したものです。
つまり、A5ランクが流通上の意味合いで「最高級」であることに間違いはありませんが、必ずしも「最高級に美味しいお肉」を意味するわけではないのです。
あくまで流通業者が取引しやすくするための「単位」にすぎないわけですね。
■アルファベットは「無駄なく肉が取れたか」の等級
詳しく見ていきましょう。
まずアルファベットの部分ですが、これを「歩留まり等級」と言います。
牛は、
枝肉:牛から内臓や四肢、頭や尾を取り除いた状態の肉

 ↓

部分肉:枝肉から骨や余分な脂肪を除いた状態の肉

 ↓

精肉:食べやすくカットされた食用の肉
という順序で食肉に加工されていきますが、歩留まり等級は、枝肉量に対する部分肉量の割合によって決定されるのです。

具体的な基準は、72%以上であればA、69%以上で72%未満であればB、69%未満であればCとなります。
つまり、最初のアルファベットは「その牛から無駄なく肉が取れるかどうか」という効率性を示しているだけであり、味の要素は一切加味されていないわけです。
■数字は「霜降りの度合いと見た目の美しさ」
次に数字の部分ですが、これを「肉質等級」と言います。肉質等級は、霜降りの度合い、肉の色、きめ細かさなどを専門家が見た目で評価して決定されるのです。
この評価には「BMS(ビーフ・マーブリング・スタンダード)」という基準が使われます。BMSは1~12までの12段階があり、数字が大きいほど霜降りの状態がいいことを示しています(12が最良)。
そして、このBMSの数値にもとづいて、次のように1~5の肉質等級に分けられます。
・BMS1 → 1等級

・BMS2 → 2等級

・BMS3~4 → 3等級

・BMS5~7 → 4等級

・BMS8~12 → 5等級
つまり、簡潔にまとめると、5等級は見た目が美しく、きめ細かな霜降りがたっぷりの状態の肉であるということになります。一方で、1等級は、霜降りよりも赤身の部分が大半を占めている肉ということです。
■「A5ランク信仰」に踊らされない
ここまで見てきたように、A5ランクなどの牛肉の格付けには、枝肉から取れる部分肉の量を測定した「歩留まり等級」(アルファベット)と、霜降りの度合いなどを見た目で判断する「肉質等級」(数字)しか反映されていません。
そのため、味のよし悪しはまったく関係ないのです。「C」だから、「2」だからといって、その肉の質が悪いということにはなりません。

「A5ランク」とは「1頭の牛から取れる肉の量が多く、霜降りが美しくて見た目がいい肉」という意味です。脂身が苦手な方であれば、A5ランクよりも、A3ランクやA2ランクの赤身が多い肉のほうが、口に合うこともあるでしょう。
「A5ランクだから美味しいに決まっている」という信仰に振り回されることなく、この格付けの意味を理解した上で、ぜひ自分の好みに合った牛肉を見つけてみてください。
格付けは「効率性」と「見た目」の評価にすぎません。
「A5ランク信仰」から解放されましょう。
A5ランクは霜降りが多くて美しい、くらいに覚えておくのが賢明です。
■牛肉の美味しさを決める「脂質」
A5、B3といった牛肉のランクが味のよし悪しと関係ないのであれば、では、本当の意味での牛肉の「美味しさ」は何で決まるのでしょうか。
「脂質」と「肉質」の二つの切り口から解説していきましょう。
まずは、「脂質」について。
やっぱり、脂の乗っているお肉って美味しいですよね。
この脂質に関して、特に注目するべきは、脂肪中に含まれる一価不飽和脂肪酸(MUFA)の値です。この値が高いほど、口の中でさらっと溶ける、口どけのいい牛肉になると考えられています。
一価不飽和脂肪酸(MUFA)とは、融点が低い脂肪酸のことで、オリーブオイルの主成分であるオレイン酸などが代表的です。
2025年5月、兵庫県新温泉町にある日本国内でも希少な牛の博物館「但馬牛博物館」を訪問した際、野田昌伸副館長はこう語っていました。
「神戸ビーフの美味しさにおいて注目するべき値は、A5じゃなくて一価不飽和脂肪酸(MUFA)です。神戸ビーフはこの含有量が多いので、脂肪の質がよく、口どけもよくて、甘くさらりとしています」
まさに、野田副館長は「牛肉の脂質の美味しさは一価不飽和脂肪酸の値で決まる」と断言しているのです。
■数値が高いほど美味しいわけでもない奥深さ
この一価不飽和脂肪酸、特にオレイン酸の重要性は、すでに広く認知されてきています。その代表例が、鳥取県のブランド牛「鳥取和牛オレイン55」です。
その名の通り、「鳥取和牛オレイン55」は、脂肪中にオレイン酸を55%以上も含有しているブランド牛です。脂がしつこくなく、さらっと溶ける口どけが特徴で、一価不飽和脂肪酸の代表とも言えるオレイン酸を銘打ったブランド牛まで登場していることからも、その重要性がうかがえます。
ただ、オレイン酸が55%を超えるほうがいいのは確かですが、じつは高ければ高いほど美味しくなるというわけではありません。ここが牛肉の奥深さであり、難しい点です。
■「きめ細かさ」を決める「筋線維」
次に「肉質」について掘り下げていきましょう。
グルメ番組の食レポで「このお肉、きめが細かくて柔らかい!」という表現をよく耳にするかと思います。

そもそも、この「きめ」とは一体なんなのでしょうか。
きめの正体。それは「筋線維(きんせんい)の細さ」です。
私たちが食べているお肉は、基本的にすべて筋肉です。つまり、お肉には必ず筋線維の束が存在します。この筋線維の束が細いと「きめが細かい」と表現され、反対に束が太いと「きめが粗い」と表現されます。
そして、この筋線維の束の細さが、肉の柔らかさに直結するのです。筋線維の束が細いと、加熱した際に肉がほぐれやすくなるのに対し、きめが粗い肉は加熱しても硬いままになってしまうわけです。
ぜひ牛肉を食べる際は、今回ご紹介した「一価不飽和脂肪酸(MUFA)」と「きめの細かさ」にも注目してみてください。
「一価不飽和脂肪酸(MUFA)」の値は、ある程度高いほうがいい。
「きめが細かい」と加熱でほぐれるので、とろけるような食感になる。
この二つが、絶品牛肉を見つけるための最大の条件なのです。


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小関 尚紀(こせき・なおき)

焼肉作家、お肉博士1級、MBA

大阪府生まれ。お肉博士1級。早稲田大学大学院でMBAを取得し、筑波大学大学院博士課程後期を中退。現在は企業に勤務しながら、独自の「牛肉道」を極める。2005年に本格的に焼肉にハマって以来、年間100店舗以上もの焼肉店を巡るだけでなく、生産現場にまで足を運び、牛や餌に関する知見を深め、肉の焼き方や部位の特性を独自に研究・分析するほど。特に、焼き方のユニークなネーミングにはセンスが光る。2016年に東洋経済オンラインで連載した『意外と知らない「焼き肉」の新常識』はたちまち人気を博し、2018年には著書『焼肉の達人』(ダイヤモンド社)を刊行。BS朝日『美女と焼肉』の初期レギュラーを務めたほか、NHK、民放キー局など焼肉関連番組やラジオ番組の出演も多数。ダイヤモンドオンライン、Retty、favy、日刊ゲンダイ、食べログマガジンでも連載実績があり、多くの読者から支持される。

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(焼肉作家、お肉博士1級、MBA 小関 尚紀)
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