認知症の人の介護で言うことを聞いてくれないとき、介護のプロはどのように接するのか。現役介護士のたっつんさんによる『認知症の人、その本当の気持ち 意味わからん行動にも理由がある』(KADOKAWA)より、三日三晩暴れ続けた女性(81)の心を開いたエピソードを紹介する――。

■認知症の人の介護は肉体的にも精神的にもつらい
超高齢社会を迎えた日本において、多くの家庭がいつ直面してもおかしくない「介護」という現実。内閣府の発表によれば、日本の65歳以上の高齢者人口は3624万人(2024年時点)。そして、2050年には約600万人が認知症であると推計されています。この数字は、もはや他人事ではないことを物語っています。
介護の現場は、しばしば出口の見えないトンネルに例えられます。特に認知症の方とのコミュニケーションは困難を極め、「どうしてわかってくれないの」「何をしてもダメだ」という無力感や徒労感が、介護する側の心を少しずつ蝕んでいきます。優しくありたいと願う気持ちとは裏腹に、苛立ち、疲れ果て、時には諦めにも似た感情が湧き上がってくる。そんな時に私たちはどう行動したらいいのでしょうか。
たとえば3日間、飲まず食わずで全ての介護を拒絶し続けた81歳の女性。鉄の扉のように固く閉ざされた彼女の心を解くアプローチの仕方を紹介します。
■食事は拒否、ひっかきやかみつきで抵抗する女性
介護施設に新しく入所された松風さん(81歳)は、全身で「拒絶」の意思を表明していました。下半身は麻痺で動かすことができず、その不自由さがいっそう彼女の心を頑なにさせたのかもしれません。
「帰らせてぇぇ!」という悲痛な叫びは、初日から途切れることなく施設内に響き渡ります。
問題は、その拒絶が、彼女自身の生命を脅かすレベルにまで達していたことでした。
食事はもちろん、スプーンを口元に運ぶことすら許さない。喉の渇きを潤すための一杯の水さえ、首を横に振って受け付けない。さらには、更衣、おむつ交換、入浴、そして何気ない会話に至るまで、他者が彼女に触れようとするすべての行為を、まるで敵を追い払うかのように、ひっかき、時にはかみついて抵抗しました。
介護スタッフたちは、あらゆるアプローチを試みます。時間を変え、人を変え、優しい言葉で根気強く語りかけました。しかし、松風さんの心は、まるで分厚い鉄の扉のように固く閉ざされ、どんな言葉も、どんな思いやりも、跳ね返されてしまうのです。
■点滴も拒否で命の危険が迫ってきた
一日が過ぎ、二日が過ぎ…。
そして、飲まず食わずのまま、3日目の夜が更けていきました。脱水症状は深刻化し、体力は目に見えて衰えていく。このままでは命に関わる。
誰もがそう理解していました。事態を重く見たドクターが点滴を試みますが、それすらも激しい抵抗にあい、失敗に終わります。
介護という仕事は、人の命と尊厳を守る仕事です。しかし、目の前で衰弱していく人を助けることができない。その無力感は、どれほどスタッフたちの心を削ったことでしょう。「もう、私たちにできることは何もないのかもしれない」。そんな絶望的な雰囲気が、施設全体を覆い始めていました。
もし、これが自分の親だったら。もし、自分がこの施設のスタッフだったら。あなたなら、この状況で何ができたでしょうか。諦めずに声をかけ続けますか? それとも、なすすべなく時間だけが過ぎていくのを、ただ見守るしかなかったでしょうか。
■介護士がとっさに行った常識外れの行動
絶望的な状況のまま迎えた、4日目の夜。

その日の夜勤担当は、たっつんさんでした。彼は、憔悴しきった様子の松風さんを前に、これまでの介護の「常識」や「セオリー」が通用しないことを痛感していました。そして、腹を括ります。
「よし…一か八かだ」
彼が選んだのは、「説得」でも「強制」でもありませんでした。それは、誰もが意表を突かれる、あまりにもシンプルで、しかし人間の本質を突いたアプローチでした。
たっつんさんは、まず、自分用のスポーツドリンクを取り出しました。そして、固く閉ざされた松風さんの心の扉をノックするかのように、一つの「演技」を始めたのです。
■介護を「する側」「される側」という関係性を壊す必要があった
聞こえてきたのは、ペットボトルのキャップを「キュッ」と開ける、乾いた音。
次に、彼はボトルを傾け、わざとらしく、しかし本当に美味しそうに、「グビッ、グビグビッ」と喉を鳴らして中身を飲み干しました。その音は奇妙なほどはっきりと響き渡ります。
そして、とどめの一言。
「あぁーーー、うまぁ!」
それは、心の底から漏れ出たような、満足感に満ちた声でした。

この一連の行動は何を意味するのでしょうか。これは、介護の専門家が編み出した高度なテクニックではありません。むしろ、人間が誰しも持つ、原始的な感覚に訴えかける試みです。
介護の現場では、無意識のうちに「介護する側」と「される側」という非対称な関係性が生まれます。しかし、たっつんさんは、その関係性を一度壊しました。「あなたのために」と差し出すのではなく、まず自分が「美味しい」という快楽を独り占めしてみせたのです。それは、「あなたを管理します」というメッセージではなく、「ほら、なんだか楽しそうだろ?」という、対等な人間からのささやかな誘いでした。
その時、奇跡が起こります。
3日間、飲まず食わずだった松風さん、たっつんさんの行動に五感が刺激されたのか、体は正直でした。
「グゥゥ~」
思わず腹の虫が鳴きます。
たっつんさんは、心の中で叫びます。「チャンス!」と。

「ん⁉ 今のは…なんの音ですか?」
■女性は「意地張ってごめんな」と手を合わせた
「スポーツドリンクですよ。飲みますか?」
たっつんさんの問いかけに、松風さんは、ほんの少しの間を置いて、小さく「うん」と頷きました。それは、拒絶を続けた3日間とは明らかに違う、肯定の意思表示でした。
差し出されたストローに、松風さんが口をつける。その一口が、彼女の身体に染み渡ると、たっつんさんに「意地張ってごめんな、ありがとう」と手を合わせました。
■「選択」は人間の持つ根源的な欲求
なぜ、松風さんは心を開いたのでしょうか。
おそらく彼女は、「介護されること」の屈辱や、「自分の身体が思い通りにならないこと」への怒りと戦っていたのです。「食べさせられる」「飲ませられる」という受動的な行為は、彼女のプライドを深く傷つけたのかもしれません。
しかし、たっつんさんのアプローチは違いました。彼は、松風さんの「興味」を引き出し、最終的に「飲む」という行為を彼女自身に“選択”させたのです。それは、人間が持つ根源的な欲求であると同時に、失いかけていた彼女の「尊厳」を回復させる、何よりの特効薬となったのでしょう。
認知症を患っていると、正論や説得が全く通じないことがあります。

こんな時には相手の理性に訴えかけるのではなく、五感や感情に直接働きかけるアプローチが、突破口を開くことがあるのです。
そして、相手を「変えよう」とするのではなく、こちらの世界に「興味を持たせる」という発想の転換が、膠着した関係性を動かすことにつながるのです。
何より「ダメでもともと」。常識を疑い、試してみる勇気が、絶望を希望へと変える力を持っているのです。
介護は、終わりが見えない「お世話」ではありません。
もし、あなたが介護という深い森の中で道に迷い、孤独を感じているのなら、ぜひ試してみてください。一杯のスポーツドリンクが起こした小さな奇跡は、あなたの日常にもきっと起こせるものですから。

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たっつん
介護福祉士

介護の仕事を18年以上続けている現役の介護福祉士。主に、在宅での生活が困難とされる方が入居する特別養護老人ホームでの入居者の方々との印象深いエピソードをSNSにて発信し、多くの共感を得て人気となった。介護の仕事の面白さを伝えるために日々発信を続けている。

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北川 なつ(きたがわ・なつ)

漫画家、介護福祉士

漫画家で、ケアマネジャー、介護福祉士、ホームヘルパーの資格も持つ。介護施設での勤務経験をきっかけに、認知症のある人やケアをする家族・周囲の人たちの日常を漫画やエッセイで描き続けている。著書に『親のパンツに名前を書くとき』(実業之日本社)、『新装版 認知症のある人って、なぜ、よく怒られるんだろう?』(実業之日本社)、『犬がとなりにいるだけで』(実業之日本社)などがある。

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(介護福祉士 たっつん、漫画家、介護福祉士 北川 なつ)
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