※本稿は、和田秀樹『70歳からの老けないボケない記憶術』(ワン・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■70代に一気に老け込む人の典型例
要介護となる時期をなるべく遅らせて、80代以降も元気に過ごすためには、最後の活動期である70代の過ごし方がカギになります。では、どのような生活を心がければいいのでしょうか。
定年延長や定年後の再雇用など、高齢になっても働く環境が整理されつつありますが、それでも、70代ともなれば、今まで勤めていた会社を退職している人が多いのではないでしょうか。
70代に一気に老け込む人の典型は、仕事をリタイアしたときから、一切の活動をいっぺんにやめてしまうというケースです。これまで懸命に働いてきたのだから、退職したらもう何もせずに家でゴロゴロ過ごしたいと、退職の日を指折り待っている人もいます。
しかし、70歳まで現役で仕事をしてきた人が、退職後の生活に何をやるのかを考えることもなくリタイアすると、一気に老け込んでしまうことが多いのです。
働いているときは、デスクワークのような仕事であっても、通勤などで思っている以上に体を使っているものです。それなのに、退職してから家にこもりがちになってしまうと、70代の人なら1カ月もすれば、運動機能はずいぶんと落ちてしまいます。
また、脳機能の面でも、働いていれば、日々それなりの知的活動や他者とのコミュニケーションがあり、さまざまな出来事にも遭遇することになりますが、ただ家で過ごしているだけでは、そういった脳の活動はなくなり、認知症のリスクが高まっていきます。
■70歳前後から“隠遁生活”に入ってしまうリスク
とくに、前頭葉の老化が一気に進んでしまいます。前頭葉は、創造性や他者への共感、想定外のことに対処するといった機能を持つ部分です。
ここが老化していくと、何事にも意欲がなくなり、活動することが億劫になって、運動機能の低下と脳の老化にさらに拍車がかかります。見た目の印象でも、溌剌としたところが失われた、元気のない老人に変貌してしまうのです。
そうならないためにも、退職を迎える前から、これまでの仕事のかわりに次に何をやるのか、準備をしておくことが大切です。退職して、しばらくゆっくりしてから次のことを考えようなどと思っていると、いつの間にか、ダラダラと過ごす生活に流されて、それが習慣になってしまうこともあります。
70代は元気とはいえ、前頭葉の老化はすでに40代から始まっています。年を重ねるほどに意欲が低下していくのは自然なことで、そもそも70代になれば、意欲が若い頃より低下しているのが普通です。
家にこもるような不活発な生活スタイルを自然にしがちな年齢でもありますので、意識して退職後の活動をどうするか決めておくことが大切です。
現在は年金も少ないですから、何か新しい仕事を始めるというのも、ひとつの選択肢でしょう。金銭的な面だけではなく、老化を遅らせるという面から見ても、退職後にまた新たな職場で働き始めるというのはとてもいいことです。
70歳前後から“隠遁生活”に入ってしまうと、一気に脳機能、運動機能を老化させてしまうリスクがあることを十分に理解しておいてください。
寿命が延びて、90歳、100歳まで生きるようなこれからの時代は、「年をとったので引退する」という考え方自体が老後生活のリスクになります。引退などと考えず、いつまでも現役の市民であろうとすることが、老化を遅らせ、長い晩年を元気に過ごす秘訣です。
■「○歳を機に仕事を辞める」は得策ではない
たとえば、何かの商店主をやっている人、スナックのママを務めている人、建築士や税理士など資格を持って70代まで仕事をやってきたような人が、「○歳を機に仕事を辞める」といったことがありますが、そうした選択はけっして得策ではありません。
農業や漁業、接客業のような仕事もそうですが、自分が辞めると決めない限り、続けられるような仕事であるなら、体がもつ限り、できる範囲で一生続けることが老化を遅らせるいい方法です。
勤め人であっても、役職からは年齢によって外されることもあるかもしれませんが、「働く」ということからは、引退する必要などありません。
アルバイトや契約社員など、どのような形態であっても、「仕事」を通して社会との関わりを持ち続けることが、活動レベルを落とさず、若々しくいる秘訣だと私は思います。
退職後も社会と関わっていくという意味では、もちろん「仕事」がすべてではありません。町内会の役員やマンションの管理組合の役員、趣味の集まりの役職などでもいいのです。ボランティア活動も、退職後の社会参加としてはひとつの選択肢です。
誰かと協働し、誰かの役に立ったり、誰かに必要とされていると感じることは、いつまでも現役意識を維持することに大いに役立つはずです。
70代になったら、ことさら「引退」などということは考えず、現役の意識を維持することが大切です。それが、一気に老け込むことを防いでくれます。
■長野県が長寿県になった「食」「土地」以外の理由
働き続けることが、私たちの老化を遅らせ、いつまでも若々しくいさせてくれることは前項でお話ししましたが、そのことはデータでも裏づけられています。
長野県はかつて、全国都道府県の中でも平均寿命のデータは下位に位置していましたが、1975年に男性が全国第4位となり、その後上昇し始め、1990年以降、全国1位を何度も記録しています。
女性においても、2010年の調査で第1位となり、男女共に平均寿命の都道府県ナンバーワンになりました。厚生労働省の最新の発表である2020年の調査結果でも、男性が82.68歳で全国第2位、女性が88.23歳で第4位です。
なぜ長野県が長寿県なのか、さまざまな推測がなされました。
長野県には、イナゴや蜂の子などの昆虫を食べる習慣があるからだとか、地形的に山間部が多く、山道をよく歩いて足腰が鍛えられているからだといった理由が挙げられたこともあります。
しかし、近年では昆虫を食べることも減ってきていますし、自動車の普及が進み、山道を歩くことも少なくなってきているので、この仮説にはあまり説得力がありません。
私は、本当の理由は長野県の高齢者の就業率にあるのではないかと考えています。
長野県はこれまで、高齢者就業率において都道府県ナンバーワンを何度も記録しています。
総務省統計局の最新データ(平成24年10月公表)で見ても、高齢者の有業率は長野県が男性=38.5%、女性=19.7%でともに第1位です。
私は「仕事をしていること」が平均寿命の高さに影響していると考えています。家にこもることなく、働くことが運動機能、脳機能の老化を遅らせ、高齢者の寿命を延ばしていると見ています。
■高齢でも活動レベルを落とさない手っ取り早い方法
このことは、沖縄の平均寿命と有業率の関係からも見てとれます。
沖縄県には長寿県のようなイメージがありますが、実際は、女性は長寿なものの、男性の平均寿命は全国都道府県中30位以降にあり、全国平均を下回っています。先ほどの厚生労働省の2020年の調査でも、全国43位と下位に位置しています。一方、女性のほうは全国16位です。
なぜ、沖縄の男性と女性は、ほぼ同じような遺伝子を持ち、同様の気候風土の中で生活しているにもかかわらず、平均寿命のランキングがこれほど違うのでしょうか。
私は、その理由も有業率に隠されているのではないかと考えています。
沖縄県の男性高齢者の有業率は、全国で下から3番目なのです。このことが男性の平均寿命を下げている要因のひとつではないかと見ています。
女性の場合は、若いときから専業主婦の人もいますし、高齢になっても、家事を一手に担っている場合もあるので、有業率自体が男性ほど寿命に影響を及ぼさないのかもしれません。
長野県では高齢者の一人当たりの医療費が全国最低レベルという調査結果もあります。つまり、年をとっても元気な人が多いのです。
働き続けるということが、高齢になっても活動レベルを落とさない手っ取り早い方法なのです。
■企業は「本当に相談のできる相談役」の設置を
ただし、年をとってからの働き方は、若いときのものとは変えるべきでしょう。お金や効率だけを求めるような働き方から、自分の経験や知識を生かして、誰かを助け、社会の役に立つということに価値を置いてもいいのではないでしょうか。
失敗学を提唱する東大名誉教授の畑村洋太郎さんは、今後は定年退職した人が就ける本当の意味での「相談役」というポストを企業はつくったらいいと言っていました。
現在、相談役というと、取締役を退任した人のポストであり、偉そうにしているだけで、本当の相談相手にはなっていません。そうではなく、本当に相談のできる相談役をつくったらどうかという提案です。
定年退職した人がそのポストに就き、仕事上の悩み事、人間関係の悩み、モラハラ、パワハラ、セクハラ問題などを抱えた社員の相談相手になるのです。定年退職した人ですから、社内の利害関係もありませんし、自分の経験を踏まえて、若い人たちに有益なアドバイスを贈ることもできます。
場合によっては、「部長にはこういう伝え方がいいですよ」などと、これまでの人間関係を生かして、問題を丸く収めることもできるかもしれません。これは働く人たちのメンタルヘルス的にも、とてもいいアイデアだと思いました。
■「稼ぐか」「成果を挙げるか」が全てではない
高齢になれば、自分の経験や知識を誰かのために生かすという働き方もあるのです。お金ばかり求めていても、年をとれば若い頃のような成果を得ることはだんだん難しくなっていきます。
しかし、どれくらい稼ぐかとか、どれくらいの成果を挙げるかといったことは、働くということのある一面にしかすぎません。どれくらい社会の役に立っているのかといった視点があってもいいし、高齢になったら、そういった価値観に軸足を移して働いてもいいと思います。
どんなことでもいいので、ほんの少しでも社会に関わったり、何かの役に立ったりすることは、誰にでもできるはずです。そのことに価値観を見出し、高齢になっても働き続けることが、老化防止の最良の薬になるのではないかと、私は考えています。
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和田 秀樹(わだ・ひでき)
精神科医
1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。
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(精神科医 和田 秀樹)