健康で長生きするためには、どんなことに気を付けたほうがいいか。産業医の角田拓実さんは「週15時間以上の残業をしている人は突然死のリスクがあがるといわれている。
食習慣や睡眠時間の乱れにつながるので注意してほしい」という――。
※本稿は、角田拓実『40代からはじめるあなたの予防医学 健康診断で「突然死」は9割予測できます!』(自由国民社)の一部を再編集したものです。
■「週15時間以上の残業」は健康リスクがある
残業時間が増えると病気になると言われても「実際にどのくらいから体調が悪くなるのかわからない」と質問を受けることがあります。体調不良と残業時間に関わる指標はいくつかありますが、まずは国が過労死に関して何時間くらいの残業で認定しているかを確認していきましょう。
現在の国のガイドラインでは、いわゆる過労死ラインの基準は80時間とされています。直近3カ月の平均残業時間が80時間以上あるいは1カ月での残業時間が100時間以上の場合に労災認定となる場合があるとされています。さらにガイドラインは徐々に厳しくなってきており、80時間以下の労働でも強いストレスや過酷な労働環境が合わさった場合は過労死の認定を受けることがあるとしています。
公的な線引きはこれでおわかりになったかと思います。実際私が従業員さんにこの話をすると、「じゃあどのくらいの残業時間から体調が悪くなるの?」と聞かれます。
国際的なデータによると、労働時間が週55時間を超えるあたりから徐々に危険性が増えるとされています。日本の週の労働時間は40時間と定められていますので、約15時間以上の残業時間のイメージでしょうか。月に換算すると残業時間が約60時間になります。
このレベルの残業時間が続くと、脳卒中に約1.3倍なりやすくなるといわれています。
さらなる長時間労働が続けば、リスクはさらに上昇していきます。本稿の読者でも、これくらいの残業時間をしている方はいらっしゃると思います。残業時間をまずは減らすことが大切ですが、生活習慣で補うことができる部分もあります。この事実を知ることで、少しずつ予防医学に近づいていきます。
■長時間労働が「食習慣の悪化」をもたらす
「長時間労働が生活習慣病を加速させる」と聞いてイメージが湧く人は、多くはないでしょう。
体を動かす業務であれば、一生懸命働いているのだからいいことじゃないか? と考える方もいるでしょう。しかしながら、多くのビジネスパーソンの健康管理に携わってきた産業医である私からすると、長時間労働による生活習慣の悪化は見過ごせない部分があります。
生活習慣のポイントとしては「食習慣」がキモになります。人は生活習慣が乱れると、必然的に食事習慣も乱れていきます。例えば、朝ご飯は食べずに出社。昼食は疲労を感じスタミナを補うためにミックスフライ定食にご飯を大盛り。
小腹が空いたから定時後にポテトチップスを間食。残業が片付き家に帰って23時からお酒を飲みながら夕食を食べた後はベッドに直行しすぐに睡眠、といった具合です。
中にはファストフードを買ってきて食べる方もいらっしゃるかもしれません。翌日は胃も疲れてしまって朝ご飯はまた抜いてしまいそうですね。極端な例ですが、多忙な方の中には多少なりともドキッとする部分があったのではないでしょうか?
■「塩分・糖質・脂質」を美味しいと感じやすいが…
人間は、忙しくて体力が減った際は生存本能で生命維持に必要である「塩分・糖質・脂質」を特に欲するようになり、おいしく感じるようにできています。
命の危機に瀕しているから、体が求める栄養素を積極的に取り入れてしまうのです。特に「塩分・糖質・脂質」はいわゆるファストフードやジャンクフードに多く含まれています。ラーメン・ハンバーガー・フライドポテト・スナック菓子等です。手間をかけずにすぐに食べることができるのも長時間働く方にとっても便利かもしれません。忙しい合間を縫って食べた瞬間は本能的に「おいしい」と感じるはずです。
しかしながら、毎日このような生活を続けていれば体調を崩していくことはあなたも予想がつくでしょう。「生活習慣病」とはよく言ったもので、残業時間の増加は多くの人の体にとって悪循環に陥っていきます。

大げさではないかと感じる方もいらっしゃると思いますが、実際に長時間労働をする方の食生活が乱れていき、健康診断の結果が悪化し面談をすることはよくあります。長時間労働は多くの働く人々にとって決して他人事ではありません。忙しい時こそ「食生活」に意識を向けていくことが、健康寿命を延ばすために大切です。
■栄養不足ではストレスに打ち勝てない
残業が多すぎると生活習慣病が悪化するのは、食生活の乱れだけが原因ではありません。働くということは体に大きなストレスを与えています。
工場で一生懸命働いたり、オフィスで頭を回転させながら書類を作成したり、営業の外回りなどにストレスを感じない人はなかなかいないのではないでしょうか?
「いやいや自分は気にならないよ」という人でも、実は体はストレスを感じているものです。体や心がストレスを感じると、体はストレスに対して反応を起こします。交感神経と呼ばれる自律神経とコルチゾールと呼ばれるストレスホルモンが活性化されます。
交感神経は心身を活性化させ、外的因子と戦い生き残るための状態を作り出します。コルチゾールも同様に外的要素に負けない体の状態を作っていきます。具体的には血圧や血糖値を上昇させます。血圧を高めることで血流を高めることができます。
血糖値が維持されなければ栄養不足でストレスに打ち勝つことはできません。
交感神経とコルチゾールの働きは命を守るために必要な反応なのです。現代日本人は仕事というストレスに立ち向かうためにこういった反応が常に体に起こっています。しかしながら、日常から長時間労働が続くことは人間にとっては過剰なストレスになってしまいます。
■運動習慣をつけることは、ストレス対策にもなる
本来外的ストレスに打ち勝つための反応が、過重労働者にとっては行きすぎた反応になってしまいます。具体的には高血圧が慢性的になり、持続的に血管に負荷がかかってしまいます。
高血糖も継続するため糖尿病の発症リスクが上昇し、もともと糖尿病がある方は悪化することもしばしばあります。結果として、長時間労働は生活習慣病の悪化を招いていきます。残業や業務量を調整するのは難しいことも多いですが、本稿では生活習慣病の予防対策も紹介します。
リラクゼーション効果のある運動を随時取り入れることもポイントです。自分の健康状態を保つためには、働き方に合わせて体調管理を続けることが大切です。
「血圧が高いから、運動に積極的に取り組みなさい」と病院を受診した際に説明を受けたことはありませんか? 私自身も、血圧が高めの方に対して指導を行う際には、高血圧対策に運動を勧めることが多いです。

体を動かすことは、高血圧に対して効果が期待できます。運動をすることによって緊張感を緩和する効果を司る副交感神経が活性化されます。副交感神経が優位になることによって、血圧は低下方向に働いていきます。
■まずは家の玄関を出るだけでいい
しかしながら、忙しいビジネスパーソンにとって「運動をしてください」という勧めに従うことはなかなか難しいということも事実です。私が血圧対策の指導を行う際にも、仕事が忙しい時期は運動をする時間が確保できないというご相談を頂きます。
確かに「残業を終えてくたくたで帰宅し食事をとって眠ってしまう生活スタイル」が固定化してしまうと、運動を生活に入れ込んでいくことが難しくなってしまうことは納得できます。習慣とは恐ろしいもので、運動をしない生活が続くと自然とその生活を維持しようとしてしまうことは心理学的にも認められています。
とはいえ、高血圧症をはじめ生活習慣病の兆候がある方は少しずつでも生活改善をしていく必要があります。時間がないようであれば土日の1日だけでも十分意味があります。もちろん最初の一歩を歩み出したタイミングでいきなり血圧が下がるわけではありません。
自分自身の生活を変える第一歩を踏み出すことが非常に大切なのです。医師として生活指導をする際には「まずはスニーカーを履いて、家の玄関を開けるだけでもいいんですよ」と説明をすることもあります。
仕事をしながら行動を変えるには、それくらいハードルを下げていく必要があります。
みなさん忙しい生活だと思われますが、未来の自分のためにまずは一歩踏み出してみましょう。運動を始めることで心身共にリラックス効果を見込めます。
■睡眠時間が6時間未満だと突然死リスクが高まる
「仕事が忙しすぎてほとんど眠れていません」
こういった悩みをご相談いただくことがしばしばあります。残業時間が多い職場や交代勤務がある職場は、睡眠サイクルの乱れが起こりやすい環境になっていると言わざるを得ない状況です。
特に工場などでの勤務では、生活サイクルの乱れは性質上ある程度は仕方がありません。しかしながら、長く健康に仕事を続けていくうえでは、睡眠に関する情報を正しく知っておかねばなりません。近年では睡眠に関わる医学研究が徐々に進んできています。その中でも働く世代の方に関して知っておいていただきたいデータは、睡眠時間に関するとある研究です。
大分大学と日本大学は共同研究により、睡眠時間が6時間未満の方に関して病気の発症率が上昇するという研究結果を公表しています。具体的には、睡眠時間が6時間未満の人は、睡眠時間が7時間以上8時間未満の方に比べて高血圧、心筋梗塞、狭心症といった心血管疾患を発症するリスクが4.95倍になるという内容です。
同様に脳の血管疾患の発症確率が上昇していきます。これらの病気はいったん発症すると、生命や生活に大きな影響を与えるものになっています。
■睡眠不足で死亡リスクに2倍に
また、6時間未満の短時間睡眠は死亡率を高めることも同様にわかっています。
6時間未満の睡眠時間では男性での死亡率の増加は2.14倍になることが自治医科大学の研究によって判明しています。一方、女性に関しては短時間睡眠では死亡率に関する影響はあまりなかったとの結果もわかったそうです。
想像以上に睡眠時間は体への影響があると感じた方もいらっしゃるのではないでしょうか? この話をすると「とはいえ、仕事だから睡眠時間が短くなってしまうのです」とご相談される方もいらっしゃいます。
ご安心ください。情報を知ったことで対策を打てることはたくさんあります。予防医学は、総合力の戦いです。睡眠時間の確保は意識をしつつ、別の分野で補うことも考えながら、食習慣や運動習慣でできることを増やしていきましょう。

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角田 拓実(つのだ・たくみ)

産業医、労働衛生コンサルタント(保健衛生)

日本医師会認定産業医、博士(医学)、健康経営エキスパートアドバイザー 株式会社サンポチャート 代表取締役。愛知県出身。愛知医科大学卒。自らの退職経験を経て「職場での健康」の重要性に気がつき産業医に転向。2019年、「従業員と職場が焦らず安心して復職できる環境作り」を支援するため、合同会社つのだ産業医事務所を設立し独立。著書に『40代からはじめるあなたの予防医学 健康診断で「突然死」は9割予測できます!』(自由国民社)がある。

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(産業医、労働衛生コンサルタント(保健衛生) 角田 拓実)
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