※本稿は、伊庭正康『リーダーの「任せ方」の順番 部下を持ったら知りたい3つのセオリー』(明日香出版社)の一部を再編集したものです。
■1日8時間働くなら、自分の業務は2~3時間で
“頑張ることが美徳”ではない
私たちは、いつからか“頑張ることが美徳”だと教わってきました。
「人に任せるより、自分でやるほうが早い」
「責任ある立場なら、背負うのが当然だ」
そうやって、毎日を駆け抜けてきた人は多いでしょう。
でも、ちょっと立ち止まってほしいのです。
リクルートワークス研究所の調査によると、個人業務の比率が3割程度におさえるマネジャーが率いる組織は、パフォーマンスが高い、という結果が出ています。逆に5割を超えると、組織の成果は急降下。
つまり、自分で頑張りすぎることが、結果的にチームの足を引っ張ってしまう可能性がある、ということなのです。
誰よりも頑張っているなら、あえて自分に言い聞かせてください。
「自分でやらないほうがいいよ」と。任せることは、手放すことではありません。
育てること、信じること、そして、未来を託すことです。
だから、覚えていてください。
「個人業務は3割まで」
1日8時間働くなら、自分の業務は2~3時間。
残りの5~6時間は、部下との対話、困っている人へのサポート、チームの未来をつくるプロジェクトに時間を使ってください。
■リーダーは「余白」が必要
リーダーが1人で背負いすぎてしまうと、部下は遠慮します。
あなたが忙しそうにパソコンに向かっているその姿が、「話しかけちゃいけない空気」を生み出しているかもしれません。
でも逆に、あなたに余白があれば、部下は話しかけやすくなります。
相談が生まれ、対話が生まれ、チームは動き出します。
組織の成果とは、個人の“頑張り”の総和ではなく、「関係性の質」や「信頼の循環」がつくり出すものなのです。
リーダーであるあなたが、
“話しかけやすい人”であること。
“見守ってくれる人”であること。
“チームの未来を語る人”であること。
その姿が、組織の可能性を広げていくのです。
■成長の芽を静かに詰んでいる行為
「部下も忙しいので頼めない」の副作用
「部下にもっと任せましょう」
そう伝えると、返ってくるのはこんな声です。
「いや、部下も忙しいので、とても頼めない」
「部下が嫌がるくらいなら、自分でやったほうが早いですよね」
でも、ここで1つ、大切な問いを投げかけさせてください。
「それって、本当にやさしさでしょうか?」
人は、ちょうどいい負荷の中でしか成長できません。
毎日が“同じ仕事の繰り返し”では、やる気も成長も、どこかで止まってしまう。
「部下が忙しそうだから……」と遠慮して任せないことが、
実は、部下の成長の芽を静かに摘んでしまっている。
しかも、それだけではありません。
信頼関係すら、崩れていく危険があるのです。
■上司の約半数が「部下を信頼していない」
「子供は親を信頼している。でも、親は子供を信頼していない」、
こんな悲しい片想いは、あってはいけない悲劇でしょう。
パーソル総合研究所の興味深い調査結果を紹介します。
上司・部下の関係の52.4%が、この“悲しい片想い”の状態というのです。
部下は、上司を信頼している(部下→上司 信頼○)。
しかし、上司が部下を信頼していない(上司→部下 信頼×)。
この状態が52.4%ということです。
でも、これは“愛情の副作用”とも言えること。
「忙しいので、任せるとかわいそう」
「まだ、○年目なので、ちゃんとできるのか心配」
部下のことを「うちの子が……」と表現する上司、たまにいますよね。
大事に思うあまりに、心配になってしまう。
でも、それこそが、愛情の副作用。
この調査はこのように続きます。
部下が「信頼されている」と強く感じる瞬間は「仕事を任せられた時」と。
■愛情は「守る」ことだけではなく「経験」させること
私が管理職をしていた時のこと、自転車に乗れない新人の部下がいました。
自転車に乗れないと営業活動に支障が出ます。
さすがに、面接で自転車に乗れるかどうかまでは確認しませんでした。
不思議に思い彼女と会話をすると、乗れない理由がわかりました。
裕福な家庭で育ち、車でずっと送り迎えをしてもらっていたと言います。
坂道が危ないから、自転車に乗せてもらえなかったというのです。
でも、彼女は自転車に乗って営業をしたいと言いました。
練習をしたのでしょう。気が付けば、普通に自転車で営業をしていました。
愛情は「守る」ことだけではなく、大事なことは「経験」させることだな、とつくづく思った出来事でした。
自転車も仕事も一緒。「経験」が「成長」を加速させます。
■「人が財産」の本質
「教えれば育つ」は思い込み
人材のことを「人的資産」とも言います。
育成の本質を整理してみましょう。
部下は、会社の大切な「資産」。
会社は、部下という資産を持つ「投資家」。
管理職は、その資産を託された「運用者」。
A課長に部下を託せば、成長率は2倍。
でも、B課長に部下を託せば、5倍にしてくれる。
この場合、当然ですがB課長のほうが、評価は高くなります。
「教えれば育つ」
――これは、育成の幻想です。
「修羅場体験を与える」
――これが正解。
私自身、研修講師として年間200回の研修をしています。
研修をするだけで変われる人は、多くて1割。
ほとんどは、「わかる」けど、「できない」「しない」のまま。
ところが、研修の後、きちんと課題を課すと、ほとんどが「できる」に変わります。
つまり、本当に人が育つ条件は、うまくいかずに悩み、自分で考え、動き、試して、そしてやっと突破したという“体験”なのです。
育成のカギは、教えることではなく、ラーニングゾーンといわれる、部下を飛躍させる機会をつくること。
リクルートマネジメントソリューションズの論をはじめ、早稲田ビジネススクールの入山章栄教授はじめ多くの識者も、ラーニングゾーンのことを「修羅場体験」と呼び、その重要性を提唱しています。
■任せることでしか、力はつかない
だから、育成とは――
本人にとって「難易度の高い仕事」を任せ、成功体験を積ませることなのです。
目標を伝え、期待をかけて、
少し背伸びが必要な仕事を渡し、
「できるようになったから任せる」のではなく、
「任せるから、できるようになる」
その発想の転換こそが、資産価値を高めるマネジメントなのです。
どんな部下も、最初は未完成な資産です。
でも、任せて、磨いて、支えることで、
会社にとって、かけがえのない「価値」に変わる。
育成は投資です。
“放っておいて増える資産”など、ありません。
“リスクを取って運用した資産”だけが、跳ね上がる。
それこそが、「任せてみる」という選択なのです。
■ニトリの管理職に受け継がれるマインド
リーダーの本当の仕事は「変える」こと
リーダーの仕事は、「頑張る」ことでも、「頑張らせる」ことでもありません。「変える」ことです。
これができないと、あなたのキャリアアップも難しくなります。
疲れ切っているのに、それでも手を動かし続ける。
ミスが起きたら「気をつけよう」と言う。
人手不足で業務が忙しくても「耐える」ことでしか解決しようとしない。
それでは問題の先送りでしかありません。むしろ、回らなくなるでしょう。
リーダーは、ルールを守る人ではなく、ルールを見直し、変える人。
「もっと、ラクに、確実に、成果を出せないか」
この問いを、常に持ち続ける人です。
今のやり方を踏襲するだけでは、変わりません。
未来を切り開くには、「新しい方法」を変えること。
それが、リーダーに求められる本当の力です。
トヨタ自動車元副社長・河合満氏の言葉が刺さります。
「今よりもっといいものを、ラクに早くつくることを考え、余裕のある仕事をしろ」
「場の組長には、定期的におまえが入ってやってみろと。上の人が現地現物で細部を見ないと、カイゼンは浮かんでこない」
ニトリの管理職にも、こんなマインドが受け継がれています。
「前任者を超えよ」
ルールを守るだけでは、超えられない。変えるしかないのです。
やり方を引き継ぐことは簡単ですが、「このやり方、本当に必要か?」と問い直せる勇気が、成長を生むのです。
成果に影響のないタスク。
意味のない報告資料。
毎週の定例会議で話される誰も聞いていない話。
そういうものに、どんどんメスを入れられる人こそ、次のステージに進める人です。
■プレイングマネジャーの強みは“なくす力”
ここで、プレイングマネジャーの強みが活きてきます。
現場にいて、仕事をしているからこそ、「これはムダだ」「これはもっとシンプルにできる」と肌感でわかります。
上司でありながら、現場に触れているからこそ、“なくす力”を発揮できるのです。
頑張るのは、最初のうちだけでいい。
でも、ずっと頑張っていたら、部下は育ちません。
そして、部下は疲弊します。
リーダーとは、頑張らずに成果を出す道を見つける人。
そうすることで、部下に仕事を任せていけるようになるわけです。
頑張らせないリーダーほど、実は強いです。
「今、何を変えるべきか」を冷静に見極められるから。
部下に任せるためにも、まずすべきことは、
「任せ方」を覚えるだけではなく、
「何を捨てるのか」を同時にやることなのです。
■失敗はむしろチャンス
部下のミスを恐れないリーダーになるために
部下が失敗すると、つい怒りや不安が先に立ってしまう。そんな気持ち、わかります。
でも、ここで一度立ち止まって考えてみてほしいのです。
「本当に、失敗は悪いことなのか?」
実は、そうではありません。
むしろ、失敗はチャンスです。
強いチーム、強い人材を育てる上で、“失敗からのサーチ行動”こそが、もっとも価値のある「学びの通過点」なのです。
アメリカのピーター・マドセンとヴィニット・デサイという研究者が、世界的な経営学術誌『アカデミー・オブ・マネジメント・ジャーナル』に発表した論文があります。
この研究は、なんとロケットの打ち上げを題材にしたもの。
成功か失敗かが明確に分かれる宇宙ロケットは、組織学習を研究する上で、絶好の素材です。
分析されたのは、世界9カ国、30の宇宙機関による4646回もの打ち上げデータ。
驚くことに、その中で426回、約1割は失敗していたというのです。
そしてここから導かれた結果は、実に興味深いものでした。
■成功ばかりでは「乗り越える力」が育たない
発見① 成功体験は、確かに成功率を高める
確かに、過去に成功していると、その後の成功率も高まります。
組織は成功から学び、洗練されていく。それは当然のことです。
でも――。
発見② それ以上に、失敗体験のほうが学習効果は大きい
実は、失敗体験のある組織のほうが、次に成功する確率はぐんと高くなります。
たとえば、成功体験のパフォーマンス改善効果が「-0.02」とすると、失敗体験は「-0.08」。つまり、失敗のほうが、4倍も学びが深いという結果になったのです。
なぜでしょうか?
答えは、「サーチ行動」にあります。
サーチ行動とは、「新しい情報や視点、方法を自ら探す行為」のこと。
失敗を経験した時、人も組織も、「何がダメだったのか」「何を変えるべきか」と、自ら問いを持ち、探索をはじめます。
その“問い”こそが、学習の入口なのです。
さらに、こんなデータもあります。
発見③ 失敗経験が少ないまま成功すると、その後はむしろ失敗しやすくなる
なんとも皮肉な結果です。
「成功ばかり」だと、実は危うい。
なぜなら、失敗に慣れておらず、失敗を乗り越える力を育んでこなかった代償が、のちに表れるからです。
部下の失敗を責めるのではなく、失敗から何を学んだかを問うこと。
そして、失敗をきっかけにサーチ行動を促すこと。
もう、おわかりですよね。
もし、あなたが部下の失敗に対して、ネガティブな印象を持っているなら、その考えは捨ててみてください。
強い組織、強い人材を育てるためには、仕事をどんどん任せ、時には失敗を経験させ、検証をさせることが、もっとも効果的なのです。
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伊庭 正康(いば・まさやす)
らしさラボ代表
1991年、リクルートグループ入社。営業部長、フロムエーキャリア代表取締役を歴任後、2011年に研修会社らしさラボを設立。YouTubeチャンネルでも営業のノウハウを配信中。近著に『超効率的に結果を出す テレアポ&リモート営業の基本』(日本実業出版社)がある。
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(らしさラボ代表 伊庭 正康)