自分は騙されないと思っている人でも騙されるのはなぜか。犯罪ジャーナリストの多田文明さんは「相手が自己開示してくると、『返報性の法則』がはたらきやすくなり、親近感を持ってしまいやすいから要注意だ。
株式投資をやっていて利益を出していたある50代女性は、SNSのたわいもないメッセージから詐欺師を信頼して資産情報や個人情報を話し、1億7000万円を超える金額を騙し取られた」という――。
※本稿は、多田文明『人の心を操る 悪の心理テクニック』(イースト・プレス)の一部を再編集したものです。
■詐欺師が「警察官をかたり、現金をだまし取る」手法
不安をあおり自ら情報を開示させる×直接聞きたい情報を聞き出す
○相手の不安をあおり、解決策に協力させる形で聞き出す

詐欺師の手口には、相手の不安につけ込み情報を自ら開示させる事例があります。
警察官をかたり、現金をだまし取る事例では、偽の警察官が電話で「詐欺グループが摘発された際に、あなたのキャッシュカードが出てきたため、詐欺の容疑がかかっている」と伝え、LINEなどのメッセージアプリに誘導します。そこでビデオ通話をさせながら、警察官の姿や警察手帳を見せ、本当に犯罪に巻き込まれていると信じさせるのです。
ここでは、警察手帳などのようなものを実際に見せるという視覚に訴えるテクニックが使われています。警察手帳などは偽物ですが、実物を見たことがある人が少ないため、細部の違いなどには気づけず信じてしまう人が多いのです。
そして、なにより見逃せないのは、そこで使われている話の流れです。無実の犯罪に巻き込まれたと思う人は「私はやっていません」「身に覚えがありません」と必死に自らの潔白を証明しようとする心理が働きます。実はそこが詐欺グループの狙いなのです。
そこで、このようなやり取りが行われます。
詐欺師「あなたが犯罪に加担していないことを証明するために、次の指示に従ってもらえますか?」

被害者「はい」

詐欺師「まず、スマホのカメラを360度回してください」

被害者(カメラで周囲を360度撮影する)

詐欺師「次に犯罪グループからの入金がないかを確認するために、すべての通帳を出してカメラで見せてください」
このように、相手の不安な心理を巧みに誘導し、情報を引き出していきます。

■無実を証明したい心理で、すべての情報をさらけ出す
はじめの「360度撮影」で周りに相談できる環境がないことを確認し、相手の人物がこの話を信じきって、指示通りに動く人物であることの確証を得ます。
次に「通帳をカメラで見せる」誘導で、銀行の通帳やキャッシュカードの情報や、現在の残高などを、すべて把握していきます。
さらに、警察官が事情聴取をするように家族構成や仕事の状況などを聞かれれば、無実を証明したい心理で、すべての情報をさらけ出してしまうのです。
そして詐欺師たちは入手した情報をもとに、金をだまし取るための一押しで、「逮捕状が出ている」とビデオ通話で逮捕状を見せつけます。
この逮捕状ももちろん偽物ですが、そこには聞き出した相手の本名が書かれてあり、電話を受けた人は信じきってしまいます。当然、相手は「私は知らない」と容疑を否定します。
そこで詐欺師はこのように切り出すのです。
「わかりました。無実を証明するためにも、まずは容疑者として逮捕されないために、保釈保証金を払ってください」

「保証金なので、無実が証明されれば、お金は戻ってくるので安心してください」

「あなたが無実であるならば、詐欺グループの摘発に向けて、力を貸してくれませんか?」
■購買行動を起こさせる「不安マーケティング」
このように詐欺師は、寄り添うような姿勢をみせながら語りかけてきます。「お金は戻ってきます」というセリフも詐欺でよく使われる常套句です。
詐欺師を警察官だと信じ込み、助かりたいと思う心理をつかまれた結果、多額のお金を振り込んでしまうことになってしまうのです。
「助かりたい」「疑いを晴らしたい」という恐怖や不安な心理は、「解消させたい」「回避したい」という行動につながり、詐欺師の巧みな誘導もあって、自ら情報を開示してしまいます。

この不安な心理を巧みに使った誘導は、一般的にもよくみられるものです。健康やお金の不安で、食品や商材を購入した覚えのある方も多いと思います。
このような「不安マーケティング」と呼ばれている手法も、不安や恐怖を解消したいという思いが、購買行動を起こさせるモチベーションになっているのです。
POINT:不安な気持ちを起こさせ、それを解消させるための行動を引き出す
■2週間のやり取り後「仮想通貨やったことある?」
返報性の法則で情報を引き出す×「資産運用はしていますか?」
○「最近、株をはじめたんですが、あなたは資産運用をしていますか?」

私の知る事例では、50代女性がSNSで知り合った男性から1億7千万円を超えるお金をだまし取られるという事件がありました。この詐欺事件には相手から個人情報を引き出すための術が潜んでいました。
詐欺師の男性と接触したきっかけは、女性がインスタグラムにアップしていたスイス旅行の写真に、40代の韓国人男性から関心を寄せるようなメッセージがきたことでした。「この場所はどちらですか?」「自分も旅行が好きなんです。スイスにも行ってみたいです」と会話が弾み、だんだんと気を許すようになっていきました。
その後LINEでのやり取りに移行し、「なんの仕事をしているの?」などの、たわいもない話をするようになったそうです。
そんなやり取りが2週間ほど続き、ふと男性が「仮想通貨やったことある?」と尋ねてきました。女性は正直に「やったことない」と答えると男性は「興味があれば教えてあげます」といってきたというのです。
女性は株式投資の経験があり、耳にしたことのある仮想通過に興味を持っていたので、詳しく話を聞くことにし、その結果多額のお金をだまし取られてしまうのです。

詐欺師は女性との雑談から「株式投資をやっていて利益が出ていること」や「大手の会社を辞めて退職金があったこと」などを聞き出して、どこかに詐欺ができる穴がないかを探っていたと考えられます。その上で、仮想通貨に対しての知識がないことを知り、攻めてきたわけです。
■「最近、株をはじめたんですが心配で」は要注意
女性も、自分は投資の知識がある方だと思い、過信していたといいます。しかし、詐欺師にはそうした性格も見抜かれていた可能性があります。成功体験がある人ほど、新しい知識を得たいという意欲に駆られ、未経験の分野での詐欺にあうことがよくあるのです。
詐欺師は、SNSのメッセージで趣味が合うようにみせかけて親密になり、信頼させて得た資産情報や個人情報から、多額の金額をだまし取るシナリオを作り上げたのです。
会話を弾ませたり、知りたい情報を引き出したりするテクニックに、自分の情報を開示しながら会話をする方法があります。
例えば「資産運用はしていますか?」といきなり尋ねるよりも、「このところ株価の上がり下がりが激しいですね。最近、株をはじめたんですが心配で……。あなたは資産運用をしていますか?」と聞いた方が、相手から情報を引き出しやすくなります。
これは「返報性の法則」といい、相手が自己開示してくれた分、自分も自己開示しなければならないという心理が働き、警戒心を弱め親近感を持つきっかけとなり、話が引き出しやすくなるのです。
POINT:「返報性の法則」で自己開示し、警戒心を弱めて情報を引き出す

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多田 文明(ただ・ふみあき)

ルポライター

詐欺・悪質商法に詳しい犯罪ジャーナリスト、キャッチセールス評論家。
1965年北海道生まれ、仙台市出身。日本大学法学部卒業。雑誌「ダ・カーポ」にて『誘われてフラフラ』の連載を担当。2週間に一度は勧誘されるという経験を生かしてキャッチセールス評論家になる。キャッチセールス、アポイントメントセールスなどへの潜入は100カ所以上。悪質商法や詐欺などの犯罪にも精通する。著書に『ワルに学ぶ黒すぎる交渉術』(プレジデント社)、『信じる者は、ダマされる。元統一教会信者だから書けた「マインドコントロール」の手口』(清談社Publico)などがある。

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(ルポライター 多田 文明)
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