面倒なことになってしまいましたが、自由民主党の総裁選が行われるのです。告示は9月22日、投開票日は10月4日ということで、ついに始まってしまいました。
そもそも「石破茂政権とは何だったのか」は後半で触れるとしても、やはり心配になるのは当としての支持率が低迷し始めている自民党への有権者からの低い期待感です。石破茂さんを退陣に追い込んだのに、自由民主党自体への評価・支持はそこまで上がってきておらず、総裁選でのまき直しでどこまで新たな自民党を国民有権者にアピールできるのかはまだ分かりません。
日本テレビとJX通信社の調査結果では、序盤に小泉進次郎さんリードとされていたものが、側近の失言もあって急減速。昨年総裁選も大本命と見られていた小泉進次郎さんが墜落して決選投票にも上がれなかった経緯を繰り返し体験しているかのようです。それでも、現段階で議員票ではかなり優位な展開をしていると見られ、いまなお「小泉・本命」「高市・対抗」であることに情勢は変わりません。
現状で、後見役の菅義偉さん、いまや当代の大御所・岸田文雄さん、キングメーカーぶりが健在の麻生太郎さんらから悪くない対応をされ、実務級の中堅政治家が分厚く支持していることを加味すると、告示時点での情勢は小泉進次郎さんが大きく有利な展開になっていると言えましょう。
■忘れてはいけない「少数与党」転落の経緯
勇退した総理・石破茂さんとその陣営の皆さまは今回特定の総裁に肩入れする話も特に出ていない中、告示を迎えて最初の候補者演説があり、それに伴って推薦人も発表されました。他方で、少数与党に転落している自由民主党からしますと、当面の国会運営において、野党のどこかからは協力を得ないと法案を通すことも年度予算を固めることもできません。
また、前回2024年衆院選については、当時発足した石破茂政権の要石である幹事長・森山裕さん就任にあたり、森山さんのたっての希望で「早期の解散総選挙の実施」があったことから、うっかり7条解散やった結果、各支部に2000万払っちゃって寝た子を起こす形で政治とカネの問題が再燃。これが時流で衆院選に惨敗して少数与党に転落した経緯を忘れてはいけません。
■2位から6位の「出直し」総裁選
すなわち、次に誰が総裁になっても、首班指名で総理大臣に選出されさえすれば、最長3年は衆議院選挙をやる必要がありません。
そんな中、自民党の総裁選出馬では大変な人間関係のドラマがありました。なんだよ結局去年総裁選出馬した9人のうち2位から6位がまた出てきているだけじゃねえかよ、という批判もありつつ、出馬した5人の立候補者のうち、大本命・小泉進次郎さんをめぐる駆け引きが重要になってきます。
■小泉進次郎氏の「横綱相撲」
というのも、前回よりも議員数が減った自民党において、5人の候補者が各20人の推薦人を擁することで、一回目投票はどうしても議員と同数の票数を持つ党員・党友の皆さまの得票動向が大きく状況を左右します。裏を返せば、総裁選に出馬していかに優れた仕事をしていようと、党員・党友の皆さんが「こいつ誰やねん」というレベルの知名度や好感度しか確保していない政治家は、いくら議員票を積んでも勝てないことを意味します。
さっそく小泉進次郎さんが「一生活躍の機会がないのはいいのか」という表現で不記載議員の要職起用を検討する旨の議員票目配せ記事が出ていました。その甲斐もあったのか、党員・党友の皆さんの得票ではトップになっている小泉さんは、出陣式においても他候補を引き離す90人以上の議員・代理の出席を集め、いきなり横綱相撲となっています。あくまで総裁選で勝ち切るための発言であって、国民有権者からすれば小泉さんでも自民党の古い政治は変わらないのではないかと残念がらせる内容になりかねません。
■高市早苗氏は「支持者」のハシゴを外すのか
かたや、高市早苗さんについては安倍晋三さんの後継として旧清和政策研究会(安倍派)議員からの熱い期待を背に受け、ネットでのいわゆる岩盤支持層も含めた保守派への配慮を欠かさず前回の雪辱を果たそうとされておられるようです。出馬記者会見では司会を務めた黄川田仁志さんによる「顔が濃い」発言で物議を醸しつつも、消費税減税や靖国参拝問題などでは微妙な軌道修正もしてきています。
ネットで熱い支持を受けてきた高市さんが、その支持者のハシゴを外して現実的な政治が敷けるのかどうか、極めて重要な局面になってきています。なぜか候補者討論会ではいきなり奈良県名物シカと外国人旅行者の話をし始め、一部では「鹿市早苗かよ」などの揶揄も飛び出し、高市さん自身がスマホ中毒をこじらせてしまい、ネットミームにどっぷりハマっているのではないかという心配すら感じます。陣営も一刻も早く誰か高市さんのスマホを取り上げるべきだと思うのですが。
今回の自民党総裁選で懸念となるのは、四半世紀にわたり連立政権を維持してきた公明党さんとの関係です。公明党もまた、石破茂政権下での選挙で24衆院選、今年の都議選、参院選と、自民党に足を引っ張られる形で三連敗させられており、党勢の衰亡から「公明党の考え方からすれば、国政はもう諦めて地域政党として生活に密着する政治活動に集中したほうがいいのではないか」という声が大きくなってきています。
■公明の周辺に「不穏な動き」
支援団体である創価学会が中心となって選挙活動を行って確保する、いわゆるF票(フレンド)は参院選でも大変な失調をきたしており、党勢を表す比例得票数では前回参院選比で97万票以上の喪失という惨憺たる状況となっているのは無視できません。
誰が総裁選に就任しても、挙党一致で担げる体制にならない限り、首班指名での波乱があり得ることは一番警戒されるべきことと思います。これは、自民党の復調を目指して行う総裁選において、むしろ党運営に関する路線対立が露呈し、自民党下野論や首班指名での造反を企図する動きも出ないとも限りません。
本来なら、支持率低迷に喘ぐ自民党は不人気であった石破政権を退陣させたのち、新総裁選で挙党一致で党勢を回復させるべきところが、実際には新総裁への不満から造反や離党の動きが出てもおかしくないぐらい、選挙互助会たる自民党自身の「引力」が弱まっているようにすら思うのです。
また、総裁選の進展によっては、公明党が連立離脱の動きをとる可能性も残されており、支援団体からは「菅義偉さんの言われるように公明党が都合よく利用されるような形で良いのか」とか「(小泉さんの番頭に収まっている)木原誠二さんが(公明党副会長の)佐藤浩さんと握っているとしても、中身次第では断るべきだ」などという対自民強硬論のようなものも噴出してしまっています。
■維新は「連立入り」するのか
その背景には、少数与党の自公連立において、新たな連立政権の枠組みとして日本維新の会と手を結ぶことへの忌避感が挙げられます。維新も党勢が衰亡しつつありますが、関西を基盤とする公明党が長らく確保してきた大阪府小選挙区の4議席を維新が実質的に奪ってしまった問題について納得のいく処理がされなければ、公明党は維新との連立については極めて厳しい反応をとる可能性もあります。
同様に、維新も「人気のある切り札と思っていた吉村洋文さんを新代表に選出して、起爆剤として大阪万博を成功に導きつつあるのに、さっぱり国政での人気が上がらない」問題を抱えています。これは、勢いのあったころの維新が大阪・近畿以外の地方議員を積極的に擁立し当選させてみたものの、現在ものすごい勢いで離党ラッシュが進んでしまい「大阪とそれ以外」や「国会議員と旧大阪維新」という維新独特の対立軸が鮮明になってきてしまっているのです。
幹事長の藤田文武さんが「連立参加で党消滅も(あり得る)」と記者会見で語ったのは、非常に正直に維新がいま置かれている状態を示すもので、非常に厳しいかじ取りに迫られているのでしょう。同時に、大阪選出ではない国会議員の複数は、はっきりと「次の選挙で議席を確保することを目標とするならば、自分は維新の非大阪議員や地方議員は自民党への合流も道筋にせざるを得ないと考えている」と説明するほど追い込まれているとも言えます。
■「まだマシな」国民民主
維新が万博に続く新たな起爆剤と考えている「副首都構想」も、概要としてはすばらしいと思える面もある一方で、それはどこまでいっても大阪ローカルの話であって国政政党日本維新の会が他地域から選出されている国会議員や現場で頑張る地方議員に力を与えるテーマではないのが難点です。裏を返せば、いみじくも岸田政権下で茂木敏充さんが幹事長だったころに苦慮していた維新の勢いは、そのまま国民民主党や参政党に乗ってしまったとも言えます。
国民有権者からの支持率が一服した国民民主党も、玉木雄一郎、榛葉賀津也、伊藤孝恵各氏を中心とした執行部は引き続き強気で、早期解散総選挙があっても多くの小選挙区に候補者を擁立し勝ち切る拡大戦略に打って出る方針と見て取れます。地方議会補選においても国民民主党の勢いは一定程度残っており、世論調査や地方選挙出口の趨勢を見ても積極的な国民民主党支持は伸び悩みつつあっても「まだマシな、自民党でも共産党でもない、きちんとしてそうな政党」として消去法で国民民主党が残り得票を積み増す、という傾向が顕著になっています。
■「野田と書くか」「玉木と書くか」
問題は支持団体の連合の要望を受けた立憲民主党との関係で、首班指名において「野田佳彦と書くか」「玉木雄一郎と書くか」という一本化の話も中途半端に終わっています。野田さんはともかく、玉木さんは野田さんの名前を書くつもりは毛頭ないのではないでしょうか。他方で、前述の公明党の連立離脱や、あるいは逆に少数与党の新総裁自民党の首班指名と政策協定などで国民民主党側に寄る動きも顕在化してくるでしょう。
現状で国民民主党は103万円の壁や手取りを増やす政策主張が国民有権者に受け入れられ、安定した支持基盤と組織運営が可能になる手前のところにあり、むしろ立憲民主党に無駄に配慮したり妥協したりすることで失うもののほうが多いことは間違いありません。
■立憲民主は「野党第三党」に転落
その立憲民主党は、前回参院選でも、比例代表での獲得票数では国民民主党はおろか参政党にも劣る野党第三党に転落してしまいました。実は、石破茂政権末期の早期解散論でもっとも党内組織がビビっていたのは立憲民主党であり、候補者選定もままならない状態で右往左往していたようにも見受けられます。
しかも、この支持率低迷が深刻になるあいだ、党代表である野田佳彦さんや立憲民主党が特に何か大きな問題を起こしたわけでもないというのがポイントです。実際、石破政権成立後の通常国会では、103万円の壁やガソリン税制ほか各政策議論では、立憲民主党からの政策提案は非常に充実していました。なんとなれば、自民党内や公明党から官邸に上がってくる政策案よりも、与野党協議の中で立憲民主党から提案されている内容のほうがはるかに出来が良かったりするのです。
立憲議員が吐露する「なんで票が取れないのか分からない」という嘆きそのままに、参院選で本来得意とするはずの都市型選挙である東京選挙区において、6年任期の6議席に辞職した音喜多駿さんの椅子3年をめぐる選挙で厳しい状態となって、強いと見られていた立憲・塩村あやかさんが7位ギリ当選という決着となってしまいました。出口調査でも本来は候補者が国民有権者の皆さんに浸透していく選挙戦になるべきところ、あろうことか参政党にさえ評価負けして接戦を落とす選挙区が相次いで、非常に厳しい状態となったのは特筆されるべきことかと思います。
■「勤労層の閉塞感」とどう向き合うか
この中で、立憲民主党支持層の高齢化も指摘される一方、そもそも石破茂政権は自民党支持層でも無党派層でも50代以上女性・地方在住を中心とした厚い支持基盤で短いながらも政権を維持してきました。シルバー民主主義というよりは、社会保険料負担の重さから生活に展望を開けない勤労層の閉塞感がキーワードになりつつあります。今回の総裁選も、憲法改正や外国人問題、靖国神社参拝、トランプ関税などの争点で多くの候補者対談が仕込まれる方向です。
しかしながら、実際の国民有権者の関心や必要とされる政策論は、結局は社会保険料・年金などをめぐる社会保障をどうするのかという国内・財政問題が焦眉の急であると言えます。
■政治の世界は、好事魔多し
蛇足ながら、今回は大本命とされる小泉進次郎さんで決まりという見通しもかなり強くなってきています。これだけ声望が集まると小泉さんも大変だなと思いますし、見ようによっては小泉さんの「神輿の軽さ」を見込んで人気者の小泉さんの下でうまいように動かしてやろうという野心を抱いた人たちも少なくないように感じられるのは気になるところです。
また、勝ったも同然と見られていた政治家が勝負どころでたった一つの失言をキッカケに天下を取り逃すのもまたこのような政治の転換点で怖いところです。思い返せば、旧民進党を巻き込んで一大政治勢力となってトップを狙った都知事・小池百合子さんの「排除いたします」発言からの崩壊や、昨年総裁選も阪神優勝Vやねん状態から決選投票に残れなかった小泉進次郎さんのテレビ討論会でのイケてなさなんてのもあります。好事魔多し、失速の原因はスキャンダルではなく本人の心構えと油断から来る舌禍に拠る場合も多くありますから、油断なく最後まで各候補がんばっていってほしいと思います。
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山本 一郎(やまもと・いちろう)
情報法制研究所 事務局次長・上席研究員
1973年、東京都生まれ。96年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。東京大学政策ビジョン研究センター(現・未来ビジョン研究センター)客員研究員を経て、一般財団法人情報法制研究所 事務局次長・上席研究員。著書に『読書で賢く生きる。』(ベスト新書、共著)、『ニッポンの個人情報』(翔泳社、共著)などがある。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。
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(情報法制研究所 事務局次長・上席研究員 山本 一郎)