■法律的に無理がある“元弁護士市長”の主張
降って湧いた群馬県前橋市の小川晶市長のスキャンダル。政治家としての危機、時々刻々と選択肢が狭まる中、今できることは何でしょうか。実際に筆者が危機対応に取り組んできた経験も含め、これからの選択肢を考えてみました。
小川市長が、同市職員の既婚男性とホテルに行っていたという報道は、一気にニュースやインターネットで燃え上がりました。NHKはじめ、各メディアでは「ホテル」というワードチョイスをしていますが、写真を見る限り実態はいわゆる「ラブホテル」です。これは、疑惑への反応や流れを決定付けたといえるほど重大です。
小川市長も弁護士なのでご存じでしょうが、民事裁判などで浮気の証拠となるかの判断において、ほとんどの弁護士さんはラブホテルへの出入りは不貞行為として認定されると言っています。それ以外の目的が考えにくい場所ということだと思いますが、小川市長は9月24日の会見で「ホテルに行ったのは事実」と認めました。
「男女関係はない」という説明を繰り返す小川市長ですが、法律的にも無理がある主張であって、燃え上がっている批判を打ち消す説得には全くなっていません。
「行っていない」と否定しようにも、この不倫疑惑を報じたニュースサイトの記事にはバッチリと写真も撮られているわけで、「(ラブ)ホテルには行ったが、話をしただけで男女関係はない」という、さすがに誰一人納得できない主張を、今の時点では押し通しています。
■市長を辞めさせることはできない
政治でも芸能でも、プライベートは別であるという意見もあります。
少なくとも今の日本において、公人たる政治家に求められる価値観や倫理観として、プライベートなことがどうであっても問題ないと認められることはありません。とはいえ、これはあくまで倫理上の問題であって、犯罪ではないため、ただちに解職することもできません。
ちなみに小川市長には、ホテルに行く際に公用車で送迎させたという報道(NEWSポストセブン9月24日)もあり、これが事実であれば法律上、許されるかどうかの問題は確かに検証が必要なことでしょう。ラブホテル不倫が犯罪でない以上、不倫かどうかの真実には関係なく、本人が辞任しない限り、首長を解職することが限りなく難しいと、われわれはこの1年、他の自治体の例でも学びました。もし小川市長が鋼のメンタルで市長職に居座るなら、ただちに引きずり降ろす方法は無いようです。
■伊東市長の事案は「謝れば済む問題」だった
法律に反しなければ、既婚者とのラブホ通いは許されるのかといえば、当然ですがそれは無理でしょう。つまり小川市長が目的は何であれ、ラブホテルに同行した事実を正統化するのは限りなく不可能な話で、それを認めてしまったことで自らの逃げ道を断ったと思いました。
ラブホ通いは謝って済む問題ではないのです。
「謝って済む」かどうかは、やはりその事案の罪深さと、その方の人間性や能力のバランスでしょう。情状酌量は誰にでも働く訳ではなく、そうした同情心を突き動かせる人間性や功績あってこそだと思います。
例えば、大学除籍の学歴を卒業だと偽るという行為は、企業なら解雇されかねない大失態ですが、政治家としての業績や信頼があれば、もしかしたら許された可能性もあります。
静岡県伊東市・田久保真紀市長の学歴詐称問題が報道された際、筆者はネットニュースの記事やテレビ番組のコメントで申し上げましたが、田久保市長への期待と東洋大学卒業はイコールになるわけでもなく、発覚時点で素直に誤りを認めていたら、今のような大混乱にはならなかったのではないでしょうか。
相当昔のことであり、うっかり間違えた事務的なミスだと自分の非を認めていれば、市議会からの不信任決議や議会解散などの大騒動にならずに収束できたことを考えると、田久保市長の事案は「謝れば済む問題」だった可能性が高いと、筆者は思います。
■ホテルには行ったが、質問には答えない
小川市長の話題に話を戻すと、問題発覚後の9月26日、前橋市議会本会議に出席して、経緯やお詫びを述べました。ただ、本会議後は記者団の前での会見は質問を受け付けず、一方的な説明のみで去りました。
このような「言い逃げ」は、炎上時においてきわめて悪手であって、「ホテル通い」を認めたことと、会見での言い逃げにより、対応策が一気に狭まりました。
記者会見やぶら下がり取材のようにきついツッコミを嫌い、質疑を避けることはメディアや世間に対し宣戦布告を意味するようなものです。自らに都合の良いメッセージを発しただけでは、質問から逃げたことへの批判に関心が集中し、小川市長のメッセージはまず顧みられなくなります。
小川市長の対応が行き当たりばったりに感じたのは、特にこの26日の議会後、言い逃げがあったためです。ホテルには行ったが、質問には答えないという、状況証拠を自らそろえてしまったこととなります。「ラブホテルに行った」ことを認めたことは、つまり「男女関係はない」ことの証明が不可能になったことを意味します。真実がさておき、関係があったという推認は、裁判でも認められてしまうほど強固なものであり、これを突き崩すことは不可能でしょう。
■市長に居座り続けることは破滅を意味する
今できることは何か、筆者は2つあると考えます。
1つは、このまま男女関係を否定し続け、市長職をリコールされない限り居座ること。少なくとも伊東市・田久保市長などの例を見る限り、現行法では本人が辞職しない以上、市長から引きずり降ろすことは簡単ではありません。リコールのプロセスも手間とお金がかかります。
ただ、このまま市長の地位に居座ることはイバラの道で、破滅に向かいかねない選択肢だと思います。居座ることによって被る市役所など行政機関の迷惑、無駄な予算支出といった、本事案のせいで増大した行政混乱や人的コスト、そして税金の無駄遣いを自ら生み出したことは、将来まで禍根を残すことになるでしょう。およそ得のある選択肢には思えません。
もう一つは事態収拾です。
不倫は犯罪ではなくプライバシーの問題であり、被害を受けるのは不倫された家族です。芸能人でも例がありますが、最大の被害者である相手の配偶者が事態を受け入れて許すならば、「誤解を招く行動」が受け入れられたことになり得ます。
「無いこと」を証明するのは悪魔の証明であり、現実的にはありえない選択肢ですが、相手のご家族が許したら、事態が収束に向かう可能性はあります。
■政治家にとっての最大の切り札とは
筆者は著名人の方々からもさまざまなご相談を受け、危機への対応を一緒に考えたことが何度もあります。政治家は選挙に落ちればただの人ともいわれるので、政治家にとって最大、最後の切り札は「辞任」だと思います。
辞めてしまうことで事業は継続できなくなりますが、「次」につながるかもしれない可能性に賭けるのは、選択の一つかもしれません。今までの支持や業績、能力評価がある場合、「身を引く」ことが次を生む可能性になり得ます。
「辞職を避けたくて対策を探しているのに辞めるのでは意味がない」と思われるかもしれません。しかし、ここまで不利な状況から事態を反転させることはほぼ不可能です。
ノーダメージなどあり得ないのですから、自ら身を捨てることを素早く決断して、無駄な時間と経費(税金)支出を止めることは、「次」の目を生むという数少ないポジティブな可能性を持つ選択ではないでしょうか。
国民民主党の総選挙勝利直後に不倫スキャンダルに見舞われた玉木雄一郎代表は、素早く事実を認め、党の役職停止処分も受け入れました。その後国民民主党は、次の参院選でも勝利を収めています。お亡くなりになった六代目三遊亭円楽さんは不倫騒動会見の冒頭から「浮気をした」ことを認め、拍手で会見は終わりました。自らの身を切ること、身を捨てることは、再起のためのチャンスになる乾坤一擲(けんこんいってき)の選択になる可能性があります。
■今のままでは再起の可能性すら無くなる
小川市長に時間はあまりありません。辞めるのであれば「素早く決断」することに意味があります。辞めないのであれば不利な条件しかない現状で、正当性を証明する手段もないまま、針のむしろの中、判断力の無さや危機管理能力への疑義、そして税金の無駄遣い、市や行政への迷惑といったすべての批判を一身に浴び続けることになるでしょう。
自らの行政手腕や実績に自信があるのであれば、居座りは再起の可能性すら潰す悪手でしかありません。説得力のない自己弁護の発言の先に未来はありません。いったんは身を引くことで、復活の目を残す道が生まれます。その実現の可能性に賭けることは、一つの判断力だと思います。
謝罪は負け戦であって、大逆転での勝利などありません。事態が自然に好転することもありません。1秒でも早く決断し、事態好転は自らの手で進めるのです。それができて初めて、浮かぶ瀬もあるのではないでしょうか。
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増沢 隆太(ますざわ・りゅうた)
東北大学特任教授/危機管理コミュニケーション専門家
東北大学特任教授、人事コンサルタント、産業カウンセラー。
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(東北大学特任教授/危機管理コミュニケーション専門家 増沢 隆太)