自民党総裁選のさなか、小泉進次郎陣営が動画サイトで自陣をほめ、他陣営をけなす「ステマコメント」を流したことが問題となっている。ネットメディア編集者の城戸譲さんは「今回の問題は自民党全体の問題に波及するだろう。
自作自演コメントでネット世論を操作できると考えているなら、あまりにSNS戦略が遅れていると言わざるを得ない」という――。
■小泉陣営の「ステマ」が自民党に落とす影
自民党総裁選をめぐって、小泉進次郎農林水産相の陣営が、いわゆる「ステマ(ステルスマーケティング)」を試みていたと『週刊文春』が報じて、波紋を呼んでいる。石破茂首相の退任表明を受けた“ポスト石破”争いで、これまで小泉氏は、総理総裁のイスに王手をかけていたが、ここに来て黄信号がともった形だ。
しかし、これまで政治家や企業のSNS戦略を考察してきたネットメディア編集者の筆者からすると、これは「とある政治家の去就」を左右するにとどまらず、「自民党そのものの存在意義」が問われる出来事になると考えている。
■ニコ動に流れた「高市氏ディス」コメント
『週刊文春』電子版は2025年9月24日、小泉陣営において「総務・広報班」の班長を担当する牧島かれん衆院議員の事務所から、「ニコニコ動画でポジティブなコメントを書いてほしい」と呼びかけるメールが出されていたと報じた。
「ニコニコ動画」は、YouTubeと同様の動画配信サービスだが、動画にかぶさる形で閲覧者からの“コメント”が流れるのが特徴になっている。称賛からバッシングまで、思い思いのユーザーコメントがあふれ、独特の生態系を形成している。
文春報道によると、牧島事務所からのメールには、24パターンの「コメント例」が並んでいたという。なかには「ビジネスエセ保守に負けるな」「やっぱり仲間がいないと政策は進まないよ」といったものもあり、高市早苗前経済安保相を想定している、との陣営関係者発言が添えられていた。
なお記事によると、牧島氏は「特定の候補者を意識したものではありません」としつつ、選対本部の正式発足前に、事務所から「参考例」を送ったと認めた。報道を受けて、SNS上では驚きの声が相次いでいる。
当の小泉氏は、9月26日の大臣会見で「最終的に起こってしまったことの責任というのは私にありますので、ご批判はしっかりと私がお受けしたいと思います」と発言。
同日には牧島氏が「総務・広報」班長を辞任したと報じられた。
■組織ぐるみのレッテル貼りはあまりに狡猾
牧島氏の辞任で、ひとまずの幕引きをねらったのであろうが、世間の風当たりは増すばかり。とくに問題視されているのは、高市氏を念頭に置いたとされる発言だ。「誰かを落とすことで、誰かを相対的に上げる」ような座組みは、落とされた側にとっては不快でしかない。
かねて高市氏は、一部ネットユーザーから絶大な支持を集めてきた。前回総裁選においても「ネット応援団」による投稿は、人気の後押しになっている。一連の報道を機に、これらの応援団を中心に、小泉批判は強まっている。
ちなみに、熱烈な支持層の中には「石破首相や、その後継と目される小泉氏らを落として、高市氏を相対的に上げる」ようなSNS投稿をする人物も少なくない。ただ、だからといって牧島事務所の行動を正当化はできない。
そもそも、選対の広報トップが事務所を動員して、組織ぐるみで“レッテル貼り”を行うことと、個人の支持者によるバッシングは同列に扱えない。あまりにフェアプレーから外れていると言えるだろう。
■「党内きってのデジタル通がステマ指示」を世間はどう見るか
――と、ここまでは、あくまで自民党総裁選の話だ。
「選対幹部の任命責任」において小泉氏のリーダーシップが問われることになっても、あくまで5人の総裁候補者の順位が入れ替わるだけの話でしかない。問題は更に大きくなる可能性がある。
それは、新総裁が誰になっても、「自民党はダメだ」と判断されるおそれだ。牧島氏はこれまで、自民党や内閣で「SNS関連の要職」を歴任してきた人物だ。つまり、その党人事・閣僚人事を容認してきた「党の体制そのもの」が、槍玉にあがりかねない。
牧島氏は現在、石破執行部において党ネットメディア局長を務めている。また、第1次・第2次岸田内閣では、デジタル大臣だった。つまり対外的に「自民党内でのデジタル通」と位置づけられている人物である。
問題視されている件については、現状の報道や経緯説明によると、あくまで事務所主導でしかない。本人は関知せず「秘書が」「事務所スタッフが」などと弁明することもできるだろう。しかし、“デジタル通”と認識される立場である以上、周囲を固めるスタッフもまた、それに見合った意識を持っていなければならない。
■論点ずらしで誠実さのかけらもない対応
牧島氏自身の事後対応も、あまりに「ネットメディアのお作法」から外れている。
牧島氏はメールでの“例文”について、「一部いきすぎた表現が含まれてしまった」と謝罪したとされるが、それはあくまで問題視されている一部でしかない。
今回のメール依頼は、誹謗中傷にあたるかに加え、「ステマ」に抵触するか否かも大きな論点だ。しかし、後者に対して、いまのところ牧島氏サイドから納得できる説明ができているようには見えない。
長年にわたって、企業や公人らの“炎上対応”を見てきた筆者からすると、謝罪や弁明をめぐり「論点がズレている」もしくは、「すべての論点に向き合っていない」と思わせてしまう反応は、悪手でしかない。
また「牧島氏が謝罪コメントを出した」と報じられてから、2日以上が経過しても、公式サイトやSNS上に、その文章が掲載されていない点も「誠実ではない」と感じさせる。あくまでマスコミ対応だけで収拾を図ろうとするのだとすれば、自民党における「ネットメディア戦略の責任者」は、その程度の感覚なのかと印象づけるだけだ。
■自民党のSNS戦略は致命的にセンスがない
もし政権与党が“ネットメディア”およびネット世論を軽んじていると認識されれば、有権者から見限られるのも時間の問題となる。先の参院選では、新興政党が「ネットとの親和性」を燃料にして、勢力を拡大した。2024年の東京都知事選や兵庫県知事選も、「SNS応援団」を味方に付けた候補が躍進したのが、記憶に新しい。
筆者はこれらの政党・政治家の政策や主義主張、言動に賛同する立場ではないが、ことSNS戦略に限れば、まったく自民党とは比較にならないくらい現状把握ができていると感じる。私情を抜きにすれば、「勝つべくして勝った」と納得できるのだ。
一方、自民党に目を向けると、SNSにおいて「負けるべくして負けた」ようにしか見えない。
それは、牧島事務所が「ニコニコ動画」でのステマを試みたことからも明らかだ。たしかに、一定の存在感と影響力を持つプラットフォームではある。しかし、近年ではXやInstagram、TikTokで影響力を増した政治家や政党が、知名度と人気を高めている。SNSによる“攻略”を目指す点において、なぜニコ動を選んだのか、そのセンスが不可解だ。
ひとつ考えられるのは、かつてのニコ動において、保守色の強いコンテンツが好まれていたこと。とはいえ、すでに支持先を決めている有権者を引き剥がし、限られた「保守票」「リベラル票」を奪い合うよりも、新興政党のように「新たな無党派層の発掘」に目を向けた方が、ネット戦略という意味においては重要となる。
■プロパガンダにもなりうる重大な行為だった
当然ながら、全国民が対象となる国政・地方選挙と、投票権が党員に限られている総裁選では、ターゲットも手法も異なってくる。かと言って、もしどこかに「保守的なユーザーが多いニコ動を統制できれば、高市票が小泉票に寝返るかもしれない」といった意識があったのであれば、あまりに現実が見えていないように思える。
加えて、事後対応を見ても、あまり問題意識が高まっているとは感じられない。その理由には、文春報道をはじめ「ステマ」という比較的ソフト、かつ近年生まれた言葉で表現されていることとも、関係するのかもしれない。
そもそも商業と政治は異なる。マーケティング手法を“応用”することはできても、受け手の印象まで、完全一致させることはできない。
あえて強い言葉で表現すれば、今回のコメント依頼は「政府与党の情報統制によるプロパガンダ」になりかねないほど、大変重みのある行為なのだが、それを当事者たちは理解しているのだろうか。
■自民党はまだ平和ボケしている
高市氏やその支持者には申し訳ないが、「対立候補に誹謗中傷したか、どうか」という論点は、自民党という“ひとつの国政政党”の中での争いに他ならない。にもかかわらず、牧島氏側が「表現」を中心に謝罪したのは、そこを最大の争点だと認識しているのではないか。しかしそれは、党内の勢力争いにおいては“最大”かもしれないが、責任与党としては“二の次”でない。
民主主義社会において、もっとも問題視されるべきは「ネット世論をコントロールしようとしたこと」だろう。しかも、それを大臣経験者かつ、現役の与党におけるネット戦略責任者(の事務所)が行った。ここまで書いてもなお、問題ないと考えるのであれば、あまりに平和ボケしているとしか言えない。
今回の総裁選に際して、自民党は「#変われ自民党」を掲げている。このキャッチフレーズを発表した人物こそ、他ならぬ牧島氏と、その前任である平井卓也初代デジタル相(現在は党広報本部長)だった。SNS戦略を意識してか、「#(ハッシュタグ)」を冠しているわけだが、もし本気で自民党が変わろうとしているのであれば、いますぐやることがあるのではないだろうか。

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城戸 譲(きど・ゆずる)

ネットメディア研究家

1988年、東京都杉並区生まれ。日本大学法学部新聞学科を卒業後、ニュース配信会社ジェイ・キャストへ入社。
地域情報サイト「Jタウンネット」編集長、総合ニュースサイト「J-CASTニュース」副編集長、収益担当の部長職などを歴任し、2022年秋に独立。現在は「ネットメディア研究家」「炎上ウォッチャー」として、フリーランスでコラムなどを執筆。政治経済からエンタメ、炎上ネタまで、幅広くネットウォッチしている。

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(ネットメディア研究家 城戸 譲)
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