■前橋市長の「ラブホ密会」は長引く予感
政治家の性的スキャンダルは極めて稀ということはなく、といって芸能人のそれのようにしょっちゅうニュースや噂になるものでもない。
「前のアレが忘れかけられた頃、新しいのが来た」という感覚、間隔だ。
しかし今回の前橋市長の騒動は、思いのほか長引くかもしれない。
すでに辞職した女性国会議員の場合、不倫相手との逢瀬に使っていた自家用車が目立ちすぎ、「赤ベンツ不倫」と称された。ある男性党首は、不倫相手の「ぴちぴちタイトな服装にミニスカ」も揶揄されることとなった。アイドルから国会議員になった女性は、不倫相手の市議とあからさまな雰囲気の手つなぎ場面を撮られても、「一線は越えていない」と釈明した。今回、前橋市長もその言葉を使ったが、元祖は元アイドルの議員なのだ。
いったん風化しかけても、新たな政治家スキャンダルが出ると蒸し返され比較されるのは、赤ベンツやぴちぴちミニスカ、一線越えといった、インパクトあるビジュアルや発言があった場合だ。今回も、かなりその要素に満ちている。
NEWSポストセブンによれば、部下に当たる市役所の男性職員と、2カ月に9回もラブホに行っていた。
■恐怖すら感じる釈明会見
ほぼ毎週ではないか。
国会議員の方は、男と会っていたのが普通のホテルや自宅なので、状況としては真っ黒でも、打ち合わせだ相談だと頑張れば通らなくはない。しかしラブホテルで何もしてないは、絶対に通用しないし誰も信じない。
シティホテルやビジネスホテルと違い、ラブホはまさに一線を越える、その用途以外にないのだ。出入りしているところを撮られただけで、離婚裁判では決定的な証拠とされる。
そもそも市長は弁護士でもあるのだから、そんなの百も承知のはず。あの言い訳が通ると本気で思っているのかと、驚きあきれるのを通り越し、何やらこちらは恐怖すら覚えてしまう。あんな公の場で、堂々と嘘をつけるのかと。
私も物書きで、コメンテーターなどもしているので、政治家スキャンダルについてはけっこう書いたり、発言もしている。仕事でなくても、単に興味での検索もした。
■岡山のことわざ「大人しい者ほど屁が臭い」
ところが今回の前橋市長に関しては、わりと自分の中でも長引く予感がある。元アイドルと赤ベンツは、わりとセクシー系だ。失礼ながら、いかにもそういう方面がお盛んな雰囲気を醸し出しているのに対し、市長は四十路ながらも清純派といっていいのか、ほんわか童顔のおぼこい空気感に包まれているのも、ゲスな好奇心を煽った。
我が故郷の岡山県には、「大人しい者ほど屁が臭い」という諺を超えた格言がある。市長を見ていると、岡山県の先人は市長みたいな人こそが、やさぐれた悪女より怖いのを身に染みて知っていたんだと戦慄する。
実は今回、私個人としては奇妙な点と線というか、こじつけといわれればそれまでだが、市長と強く結びつく別の女がいた。政治家ではない。そこまで有名人でもない。個人を特定されるのは私の本意ではない。登場人物はみな仮名か匿名にし、背景などにも若干の脚色や変更をさせてもらうのを先におことわりしておく。
■誹謗中傷をしてきた人物の正体
私はときおり、YouTube番組や動画配信サイトにも出させてもらっている。
ほぼ好意的なそれが並んでいたが、もちろん発言に対する批判や反論も書き込まれる。書いている人の真剣な思いや考えがあり、なるほどと頷かされたり、そういう意見もありかと納得させられれば、批判も反論もありがたいし勉強になる。
だが、ハンドルネームhaseはいきなり私の年齢や容姿を罵倒してきた。「差別主義者」「名誉男性」といった、かなり強い言葉も入れていた。私の発言のどれを指すのか正直よくわからなかったが、それ自体が取り扱い注意、使用する側にも覚悟を求められる言葉ではないか。
さらに驚かされたのは、ハンドルネームに自身のSNSを紐づけていたことだ。開示請求など、要らなかった。あっさり、本名は判明した。馳。つまりハンドルネームは、本名をアルファベット表記にしただけだったのだ。
ものすごい高学歴の専門職で、かなりの社会的地位もある女性だったのだ。
■決してしくじらないという過信
「こんないい大学を出た人が、本名をアルファベット表記しただけで正体を隠せたと高を括り、名誉毀損リスクのある発言をしてしまったのか」とも考え込んだが、私より少しだけ年下の女性が、しかも男女雇用機会均等法やら男女共同参画やらに関わる人が、ちゃんとした反論ではなく、年上の同性に向かって「醜いババア」なんていっちゃうんだと、遣る瀬無い気持ちにもなった。
とはいえ私は、馳に興味津々になってしまった。悪口は自己紹介だという。自分がいわれて傷つくことを、嫌いな相手にぶつけるのだ。さらに、私に「モテなかっただろう」とも書いている。確かにモテたことはないが、強がりではなくそれを劣等感にしていないので、ほぼダメージはない。
馳の私への罵倒は、馳自身の劣等感や欲望や現在の境遇への不満といったものが露わに、ダダ洩れになっているのではないか。私は確かな悲哀と連帯感を覚えた。
そんな最中に、市長のスキャンダルが報道された。本来は無関係で何も具体的な共通点のない馳と、まさに紐づけられてしまった。
市長も眼鏡とマスクくらいで完璧に変装でき、ラブホ通いができると思ったのか。馳も本名をアルファベット表記しただけで、完璧に正体を隠せたつもりになったように。高学歴の人がすべてそうとはいわないが、ずっと優等生でい続け、頭がいいと自他ともに認め、順風満帆に生きてきた人は、自分は決してしくじらない、世の中はイージーと信じ込んでいるのかもしれない。あるいは、一般大衆の知能を甘く見積もっていたのか。
■「彼を好きだったから」と言えたら…
だから市長の方は、ラブホに入っても男女関係はない、そんなのを信じてもらえると疑わなかったのだ。馳も、バカな癖に思いあがった岩井が自分の鋭いコメントを読んで傷つき、正しい御意見に頭を垂れて反省しろ、くらいの上から目線だったんだろう。
いやしかし、ネットで誹謗中傷して訴えられたりする人は、みんな「匿名にすればバレない」と考える人ばかりではない。そもそも誹謗中傷とも認識しておらず、自分は正義の人、正しいことをいっているだけ、という信念で、堂々と名乗りを上げる人もいる。
もしかしたら馳も、誹謗中傷ではなく「差別主義者の名誉男性に説教してやった」つもりなので、最初から堂々と名前を出して挑んできたのかもしれないと考え直す。
市長は、さすがに不倫は良くない、バレたら困るとは頭の隅でわかっていても、好きな男との愛欲に一直線、私が好きなんだから私と会うのは当然、彼は妻がいても私に惚れられれば光栄なはずよ、と後ろめたさはなかったんじゃないか。と、ここまで書いて馳のコメントを再確認しようとしたら、なんと消していた。
私が書いた何かを読んで自分のことと勘づいたか、共通の知人に何かいわれたか。
馳の場合、喧嘩を売った相手に変な愛着すら持たれたことだ。私も、誰にも信じてもらえないことをいってしまう。私は私を誹謗中傷してきた馳が好きだ。市長も、「彼を好きだったから一線を越えました」といっていたら、非難はやまず辞職も迫られるかもだが、少なくとも嘘つきとはいわれない。
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岩井 志麻子(いわい・しまこ)
作家
1964年、岡山生まれ。少女小説家としてデビュー後、1999(平成11)年「ぼっけえ、きょうてえ」で日本ホラー小説大賞受賞。翌年、作品集『ぼっけえ、きょうてえ』で山本周五郎賞受賞。2002年『チャイ・コイ』で婦人公論文芸賞、『自由戀愛』で島清恋愛文学賞を受賞。近著に『でえれえ、やっちもねえ』(角川ホラー文庫)がある。
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(作家 岩井 志麻子)