2025年11月に、プレジデントオンラインで反響の大きかった人気記事ベスト3をお送りします。ビジネス部門の第3位は――。

▼第1位 帝国ホテルでも椿山荘でもない…「ミシュランガイド」が太鼓判を押した意外すぎる日本のホテルの名前

▼第2位 日本車メーカーの大逆転がここから始まる…モータージャーナリスト・清水和夫が語る「知られざる切り札」

▼第3位 そりゃポルシェから乗り換えるわけだ…マツダ「761万円のロードスター」に予約殺到競争率48倍"の納得の理由"

2015年に登場したマツダ・ロードスターはいまなお世界的に人気がある。新型モデル「マツダスピリットレーシングロードスター12R」は限定200台の抽選に9500人が殺到した。マーケティング/ブランディングコンサルタントの山崎明さんは「ポルシェ911や現行型フェアレディZからの乗り換えもあるという。狭い公道に適したスポーツカーを求める人が潜在的に増えているのではないか」という――。
■マツダのプレミアムブランド戦略とロードスター
マツダはフォード傘下から独立したあとブランド経営に乗りだし、通常のマスブランドよりプレミアム性のあるブランドとしていく方向を目指している。
これはマツダの規模のブランドがトヨタのような巨大なマスブランドや価格競争力のある中国ブランドに対して生き残っていくための唯一の方向性ともいえる。そのためにはデザインやメカニズムなどで独自性のある車作りが必要不可欠だが、魂動デザインなどでその成果をあげつつある。
そのマツダを象徴するモデルがマツダ・ロードスターである。
現行のND型は2015年5月に発売され、ワールドカーオブザイヤー、ワールドカーデザインオブザイヤーなどを受賞し、世界的な人気車種になっている。
すでに発売から10年以上経過しているが、販売台数は一向に衰えず、2025年も日本では上半期で前年比28.9%増、アメリカでも1~7月で31.7%増と大きく伸ばしている。
このND型ロードスターに、さらに新しい物語を生むモデルがこのたび追加された。それが「マツダスピリットレーシングロードスター」である。

■マツダスピリットレーシングロードスターという挑戦
マツダスピリットレーシングロードスターは、ロードスターをベースとしながら、マツダスピリットレーシングのレース活動で培われたノウハウの注ぎ込んだ高性能スペシャルモデルである。
通常のソフトトップモデルのエンジンは1500cc、136馬力だが、マツダスピリットレーシングロードスターは2000ccエンジンを搭載し、200馬力ないし184馬力と大幅にパワーアップされている。
足回りには世界の一流メーカーのパーツを採用し、特別なものとなっている。またインテリアもフェラーリやポルシェにも使われているイタリアのアルカンターラ(人造スエード)を多用した質感の高い仕上げとなっている。つまり高性能というだけでなく、プレミアム性の高い仕上がりとなっているのだ。
■高価格帯の特別モデル
12Rと呼ばれる200馬力仕様のエンジンは職人の手作業による入念な仕上げが施され、足回りも手作業での綿密な調整が施されており、大量生産車では考えられない手間がかけられている。
そのため200馬力仕様は200台の限定生産だ。コアモデルと呼ばれる184馬力仕様のほうも2200台の限定生産である。
特別感のあるモデルゆえ、価格もかなり高い。通常のロードスターが289万8500円から367万9500円なのに対し、コアモデルが526万5700円、12Rはなんと761万2000円である。
■抽選に希望者殺到…
12Rは200台限定ゆえ、購入希望者はその台数を上回ることが予想されたため抽選となった。
このベーシックグレードのロードスターの2.6倍もする、トヨタ・スープラの3000ccターボモデル(387馬力)とほぼ同価格の12Rにどれほどの購入希望者が現れるのか注目された。
マツダ社内では200人も集まるのかという声もあったそうだ。
しかし、蓋を開けてみればなんと9500件を超える応募があったのだ。競争率は約48倍である。9500という数字は、ND型ロードスターの最も売れた年(2022年と2024年)の年間販売台数とほぼ同じ数字である。
■2026年は「ロードスターが最も売れた年」になる
もちろん多くの人は抽選に外れたわけだが、その中の多くの人がコアモデルに流れたようだ。
そのためコアモデルも発売日当日に予定台数を売り切ったディーラーが続出し、それ以外のディーラーでもほとんどは3~4日で売り切ってしまったらしい。
つまり500万円以上という高価なロードスター2200台を数日でほぼ売り切ってしまったわけだ。
マツダスピリットレーシングロードスターの納車は来年1月からなので、来年は通常のロードスターに加えこの限定車分が上乗せされるのだから、ND型ロードスターとして最も売れた年になる可能性が高い。
■「狭い公道で楽しめる車がほしい」
この高価なロードスター、いったいどんな人が買っているのか。
通常のロードスターと価格帯が大きく違うので、客層はかなり違うと考えられる。私のつきあいのあるディーラーでヒアリングした情報では、より上級のスポーツカーからの乗り換えが目立つという。比較的新しいポルシェ911や現行型フェアレディZからの乗り換えもあるらしい。

ここからは私の想像となるのだが、最近の高性能スポーツカーは高価なだけでなくボディサイズが大きく馬力も強烈なため、狭い日本の公道では十分楽しめないと感じている人が増えているのではないか。
だから高性能スポーツカーを買えるだけの経済力があっても、もっと小型で運転が楽しめるスポーツカーを欲しがっている人は潜在的に増えているのではと思われるのだ。
■世界的にも貴重な小型スポーツカーのポジション
小型スポーツカーでも高価でマニアックなものは存在するが、マニアックすぎて快適性がほとんどないなど一般的な用途には向かないものがほとんどで、ロードスターは世界的にも貴重な小型スポーツカーなのだ。
しかしロードスターは300万円以下から買えるという手頃さゆえにステータス性、所有の満足感がないというのが(そのような人にとっては)ネックになっていたのではと思われる。
性能的にもポルシェなどと比べると136馬力の通常モデルでは物足りなく感じるのは当然ではある。
■ステータス感と所有の満足感も重要
このような人にとって今回のマツダスピリットレーシングロードスターがぴったりはまったのではと想像する。
200馬力前後あれば小型軽量なロードスターなら十分以上の性能を発揮してくれるだろうし、通常のマツダではない「マツダスピリットレーシング」という特別なブランドを冠しており、一目でそうとわかるエアロパーツやエンブレムも付いている。内装の質感も通常モデルより高く仕上げられている。
限定車で高価なことは、少なくとも車好きの間では話題になっているので、単なるマツダとは違うステータス感も所有の満足感も満たしてくれる。公道で乗る限り大型スポーツカーより運転して楽しいことは間違いない。
そう考えると500万円超の価格もまったく問題とはならない。
■プレミアム性の高いサブブランドへの道
これは視点を変えて考えると、マツダは今まで以上の高価格で売ることのできる、よりプレミアム性の高いサブブランドを作ることに成功したともいえるだろう。

すでにマツダスピリットレーシングを冠したロードスターの第2弾も検討されているようだ。ロードスター以外の車種でも、マツダ3をベースとしたプロトタイプがすでに発表されている。
マツダスピリットレーシングの代表である前田育男氏は「将来的にはBMWのMブランドのようなものに育てていきたい」とコメントしている。
乗り味もサーキットでのラップタイムだけでなく日常走行時の快適性にも十分配慮したという。つまり、単なる高性能ブランドに留まらずステータス性も併せ持ったプレミアムブランドとしていくことが念頭にあるのだ。これはマツダ全体が目指す方向とも一致し、マツダを象徴するサブブランドとなる可能性も高い。
■今後の動向は要注目だ
もちろん、商品に魅力がなければブランド化は達成できないので、マツダスピリットレーシングが真のブランドとなるためには魅力的なモデルを続けていく必要がある。そのためには綿密な商品計画が必要で、様々な困難もあるだろう。
販売量のコントロールも重要だ(ここがマスブランドとプレミアムブランドの大きな違いだ)。売れるから、お客様の要望が多いからといって量産してしまってはプレミアム性を育てることができないからだ。
慎重かつ大胆なブランド運営となることを期待しつつ、今後のマツダスピリットレーシングブランドに注目したいと思う。
(初公開日:2025年11月16日)

----------

山崎 明(やまざき・あきら)

マーケティング/ブランディングコンサルタント

1960年、東京・新橋生まれ。
1984年慶應義塾大学経済学部卒業、同年電通入社。戦略プランナーとして30年以上にわたってトヨタ、レクサスソニー、BMW、MINIのマーケティング戦略やコミュニケーション戦略などに深く関わる。1988~89年、スイスのIMI(現IMD)のMBAコースに留学。フロンテッジ(ソニーと電通の合弁会社)出向を経て2017年独立。プライベートでは生粋の自動車マニアであり、保有した車は30台以上で、ドイツ車とフランス車が大半を占める。40代から子供の頃から憧れだったポルシェオーナーになり、911カレラ3.2からボクスターGTSまで保有した。しかしながら最近は、マツダのパワーに頼らずに運転の楽しさを追求する車作りに共感し、マツダオーナーに転じる。現在は最新のマツダ・ロードスターとホンダ・フィットe:HEVを愛用中。著書には『マツダがBMWを超える日』(講談社+α新書)がある。日本自動車ジャーナリスト協会会員。

----------

(マーケティング/ブランディングコンサルタント 山崎 明)
編集部おすすめ