■中道大敗の原因は「高市批判」に集中したこと
高市早苗首相が勝負に出た解散総選挙は歴史的な大勝利で幕を閉じた。自民党単独で議席の3分の2を占め、すべての委員会で委員長を出しても過半数を得られる「絶対多数」を大きく上回ったほか、参議院で否決された法案も再可決して成立させることが可能になった。
日本維新の会との連立継続で、憲法改正発議も視野に入る。かつてないほどの強大な権限を得た。
大勝の要因は、国民の多くが高市首相に「現状打破」を期待したからに違いない。台湾発言を巡る中国の過剰なまでの反発に毅然とした姿勢で臨んだことで、これまでの「弱腰外交」が変化したと溜飲を下げた人が多かったのだろう。歯切れの良い物言いは、若年層世代の有権者にも響いたと思われる。高市首相ならば、閉塞感を打ち破ってくれるのではないか、という期待が盛り上がったわけだ。
選挙戦で高市氏は具体性があるかはともかく、日本の「明るい未来」を語り続けた一方、中道改革連合は高市批判に重点を置いた。この国をどんな方向に導こうとしているのか、という国民の聞きたいことに、まったく答えられなかったのが大敗の原因だろう。
■いわゆるリフレ派の主張に沿った政策
国民の多くが感じている閉塞感は、景気の低迷によって生活が困窮し始めていることにある。確かに表面上の賃金は上昇しているが、それ以上に物価が上昇していて、一向に生活が豊かになる実感がない。このままでは日本はジリ貧に陥ってしまうのではないか、という漠然とした閉塞感が国民を覆っている。
筆者が講義を持つ千葉商科大学の1つのクラス118人を対象に「あなたは人生で、両親の世代に比べて、豊かな生活が送れると思いますか」とアンケートで聞いてみた。
昨年末のことだ。回答した109人のうち、「親世代よりかなり豊かになると思う」と答えたのが7人(6%)、「やや豊かになると思う」が32人(29%)だったのに対して、「やや貧しくなる」が43人(39%)、「かなり貧しくなる」が11人(10%)だった。「同程度の豊かさを維持できる」は15人(14%)で「分からない」が1人(1%)だった。
「やや貧しくなる」が回答としては最も多く、「かなり貧しくなる」と合わせるとほぼ半数になった。将来を悲観するというほどではないにせよ、漠然とした不安を抱えていることが分かる。そんな若年層の票を確実に吸い寄せていた。
「日本列島を、強く豊かに。」というのが今回の選挙での高市自民党のキャッチフレーズだった。「豊かにする」という言葉に多くの有権者が反応したのだ。では、どうやってそれを実現するのか。高市首相は「責任ある積極財政」でそれを実現するとしている。安倍晋三内閣の際にアベノミクスの3本の矢の2本目として掲げた「機動的な財政政策」の復活とも言え、アベノミクス時代に影響力を持った、いわゆるリフレ派の主張に沿った政策である。
■今度こそ「経済好循環」を実現できるか
アベノミクスの際には1本目の矢として「大胆な金融政策」が掲げられ、2本目の大幅な財政出動と共にデフレ脱却を目指した。
量的緩和の金融政策によって円高が修正され、企業業績が上向いたほか、公共事業のカンフル注射もあって、デフレから脱却するかに見えた。だが、1本目と2本目の矢ではエンジンをかけるスターターの役割は担えても、本格的な経済成長には繋がらなかった。
海外投資家は3本目の矢である「民間投資を喚起する成長戦略」に期待し、日本株を大幅に買い越したが、「1丁目1番地」とされた規制改革は遅々として進まず、本格的な経済成長にはつながらなかった。アベノミクスは失敗だったと言われる所以だ。
高市氏は17の重点投資対象分野に政府主導で多額の財政を投入し、経済成長に火をつける、としている。それが企業の利益を増やし、賃金の上昇となって国民を潤し、それが消費を盛り上げて、さらに企業収益を押し上げる。安倍首相以降、歴代首相が言い続けてきた「経済好循環」を実現できるかどうかだ。
■株価急騰の理由は「期待」だけではない
積極財政を掲げる高市氏が自民党総裁に選ばれて以降、株価が大幅に上昇している。総裁に就任した2025年10月4日の前日の日経平均株価の終値は4万5769円だった。その後、株価は急上昇を始め、10月27日には5万512円と終値で初めて5万円台に乗せた。
その後も株価は堅調で、特に解散総選挙が報じられた1月中旬以降は再び騰勢を強め、自民党圧勝という見通しが報じられると2月3日には5万4720円の史上最高値を付けた。総裁就任時を100とすると最高値を付けた2月3日は119.6。
わずか4カ月で2割という凄まじい上昇である。
総選挙で高市自民党が圧勝すると、株高は勢いを増した。投票日翌日の2月9日には一時3000円高と急騰。翌10日も1286円高の5万7650円と連日の史上最高値更新となった。
こうした株価の急騰は「責任ある積極財政」によって停滞してきた経済が今度こそ成長軌道に乗るという期待が背景にあると見ることもできる。だが、それだけが理由ではない。過大な財政支出によって「円通貨の劣化」が進み、日本円建てで見た場合の資産価格が大きく上がっていると見ることもできるのだ。
■「日本の株価は上がっていない」と見ることもできる
こんな見方もできる。「金(ゴールド)の小売り価格」で日経平均株価を割って、「金建て」の日経平均を計算してみるのだ。アナリストなどはよく「ドル建て」の日経平均を使って日本株を見ているが、ドル自身も劣化している。また、米国政府はドル安政策をとっているので、円ドル為替レートは円の実力を表していることにはならない。
「金建て」の日経平均は、高市総裁の就任時を100とすると、2月6日は87.7である。
円建てでは2割上がっているのに、金を基軸に見ると、1割以上下がっている事になる。
総選挙後の株価を反映して計算しても、2月10日現在で円建て日経平均126.0に対して金建て日経平均は91.8でまだ総裁就任時に達していない。実態価値として日本の株価は上がっていないと見ることもできるわけだ。
もうひとつ、円の実力を示す指標がある。日本銀行が毎月発表している実質実効為替レートだ。1970年の数値公表以来、過去最弱だった2024年7月の水準に近づいている。2020年を100とした指数で、最も円が強かったのが1995年4月の193.95で、2024年7月は68.28、最新の2025年12月は68.82だ。この指数で見ても、円が劣化しているから、株もマンションも宝石も、円建ての資産価格は爆上がりしていることが分かる。
■格差がどんどん大きくなっていく
もちろん、こうした資産価格の上昇が消費に結びつき、経済の好循環を巻き起こす可能性もある。一方で、円の劣化が続けば、物価が上昇するほか、信用の毀損から日本国債の信用劣化につながり、金利が上昇する。すでに自民党大勝後、新発10年物国債の利回りは前週末比0.045高い2.270%に上昇している。
さらに資産価格の上昇は、株式やマンションを持つ「持てる層」には円建て資産を増やすという効果がある。
一方で「持たざる層」にはその恩恵がないどころか、不動産価格の上昇で家賃が上がるなど物価上昇の影響を大きく受ける。実質賃金のマイナスが続けばなおさら生活は困窮する。「持てる層」と「持たざる層」の格差がどんどん大きくなっていくわけだ。これは決して良い社会とは言えない。
生活困窮を救うために、言われている「消費減税」を実行に移せば、さらなる財政悪化が懸念され、円の劣化に拍車をかけかねない。
高市首相が目指すように、積極財政によって経済成長に火が点くのが先なのか、円の劣化によって物価上昇が続き、国民生活が一段と困窮することが先なのか。サナエノミクスの壮大な実験が始まろうとしている。

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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)

経済ジャーナリスト

千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。


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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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