なぜ若者たちは子どもを産まなくなったのか。『少子化に打ち勝った保育園 熊本「やまなみこども園」で起きた奇跡』(新潮社)を出したノンフィクション作家の石井光太さんは「育児は保育園などに一任するという分業化が進む社会において、若い人たちが子どもを産み育てることに意義を見いだせなくなっているのではないか」という――。

■住宅街にある定員130人の認可外保育園
人口74万人ほどの熊本市にある東区は、豊かな緑と水が印象的な閑静な住宅街だ。
区の南西部には熊本市動植物園が広がり、おおよそ7万点の植物と550頭の動物を生育している。動植物園のすぐ近くには上江津(かみえづ)湖と下(しも)江津湖という二つの湖があり、湖畔の水前寺江津湖公園は芝生に覆われ、いたるところで湧き水が溢れ出ている。
湖畔から目と鼻の先の住宅街の一角に、NPO法人「ひかるつめくさ」が運営する「やまなみこども園」の園舎がある。
認定こども園とは保育園と幼稚園が一体となった子育て支援施設のことをいうが、ここは名称にこども園とつくものの定員130人の認可外保育園であり、0歳~5歳児が日常を過ごす園舎と、2階に学童のための施設を併設した多目的ホールくじらほーる、そして土の園庭からなっている。
クラスは各学年に一つずつだ。0歳児クラスが9名(担任3名)、1歳児が10名(同2名)、2歳児が20名(同3名)、3歳児が30名(同3名)、4歳児と5歳児が各30名(同各2名)。担任の先生以外にも、フリーの先生が数名いる。
■3着分の着替えを持ってくる子どもたち
開園時間の午前7時になると、親に連れられた子どもたちが毎日3着分の着替えを持ってやってくる。夏でも冬でも園舎でじっとしている子どもはほとんどおらず、登園してそのまま裸足で園庭に飛び出して、嬉々として全学年が入り乱れて泥遊びに没頭したり、木によじ登ったりする。
創設者の山並道枝(やまなみみちえ)が園に出勤してくるのは毎朝8時半頃だ。ショートカットで目尻が下がった70代後半の小柄な女性で、日本昔話に登場するおばあちゃんといった風貌だ。
現在は、園長を息子の山並啓(けい)(通称「啓兄(けいにい)」)に譲っているため登園時間は以前より少し遅くなった。
道枝は、私が訪れるたびに大きく手を広げて抱きしめ、こう言う。
「あらー、大好きな光太さん、いらっしゃーい。お待ちしていましたー」
この園にかかわる誰しもがそうなのだろうが、道枝の温和な人柄に接すると不思議と故郷に帰ってきたような気持ちになる。
園を訪れている間、私は子どもたちと過ごす以外の時間は、主に2階の職員室で道枝をはじめとした園の関係者に話を聞いていた。その際、冒頭のように、室内には様々な人が出入りし、その中には保護者の姿も少なくなかった。
■“やまなみロス”になる保護者たち
保護者の平均年齢は、一般的な保育園と同じ30代半ば~40代前半といったところで、多くが仕事を持っていた。つまり20歳前後で初産をして4人、5人と子どもを作っているわけではなく、20代後半~30代前半に結婚してからそれだけの数の子どもを産み育てているのだ。35歳以上が高齢出産であるのを踏まえれば、決して簡単なことではない。
道枝は、保護者が子だくさんになる理由についてこう話していた。
「昔からうちの園の親御さんは『また作っちゃいました』って嬉しそうに言いながら、予定以上に子どもを産んでいましたねぇ。“できちゃった”じゃなく、“作っちゃった”なんです。
いつの間にかどんどん増えていくんですよ。
親御さんの中には、この園と少しでも長くかかわっていたいから、予定以上に子どもを作ることにしたっていう人もたくさんいます。6人とか7人作って、合計20年くらいずっと子どもを園に通わせていた長いお付き合いの親御さんもいます」
保護者の間で、子どもの卒園と同時に園を離れる寂しさは“やまなみロス”と呼ばれているそうだ。
■子育てに感動する環境があるかどうか
園とずっとかかわっていたいというのは、子育てを長くつづけたいということと同義だろう。近年の日本では多くの労力と費用を要する育児は、できることなら避けたいという考えも一部にはあるが、やまなみこども園の保護者があえてそれをつづけたがる背景には何があるのか。
道枝はつづける。
「うちの園の親御さんは子育てを通して毎回異なる感動を得たいと思っているんじゃないでしょうか。子どもとの距離が近ければ近いほど、得られる感動は一人ひとりまったく異なるものです。第一子、第二子、第三子、第四子みんな違うから個別の感動がある。
親御さんたちはやまなみこども園があれば、その感動を他の園に預けるより何倍も得られると語っています。そこに何ものにも代えがたい喜びがあり、子どもだけでなく親としての成長もある、と。だから、みなさん、たくさん子どもを求めるのです。
もっと産みたい、もっと育てたい、もっと通わせたいって。
基本的にはいつの時代も同じなんですよ。国は制度とかお金とかの話ばかりしていますが、そういうことじゃないんです。本来保育園がすべきことかどうかは別にして、親御さんが子育てに感動する環境があるか、その感動を分かち合える仲間がいるかが、もう1人子どもをほしいと思わせる上で重要なことなのです」
どんなに大変な仕事であっても、本人がそこにやりがいを見出し、成長と感動を仲間と共有できれば、ポジティブに取り組めるようになる。出産や子育てにおいてもそれは同じだというのだ。
■育児にかかわる時間は減っているのか
これを聞いた時、道枝の考えの対極にあるのが、子育てに関する最近の風潮だと思った。
やまなみこども園の取材をはじめる少し前、私は現代の子どもたちの生育環境についてのノンフィクションを執筆するために、全国の保育現場に足を運んで話を聞いて回った。それらの園の管理職の8割以上が異口同音に語っていたのが、現在の保護者の育児にかかわる時間がかつてと比べて大幅に減っているという実態だった。
日本で合計特殊出生率が低下の一途をたどるようになったのは、1970年代の第二次ベビーブームが終わってからだ。
女性の社会進出が進む一方で、職場環境が整っていなかったり、晩婚化が進んだり、ライフスタイルが変化したりするなど数多(あまた)の要因から、少子化に歯止めがかからなくなっていった。そのため、厚生労働省によれば、1970年には2.13だった合計特殊出生率は、2024年には1.15にまで下がっている。
こうした社会では夫婦がせっかく子どもを授かっても、世間から歓迎してもらえるとは言い難い。
子どものいる社員に対して“子持ち様”“育休様”と揶揄(やゆ)する声が上がって出産前と同等の仕事量をこなすよう圧力がかかったり、外出先、あるいは公園ですら親の監督責任が厳しく問われたりするのはその端的な例だろう。
■育児の「分業化」が進んだ理由
しかしどんな保護者であっても初めは子育ての素人であり、仕事と家事の両立はもちろん、育児を完璧にこなすことなどできるわけがない。そこで保護者たちの間で子育てを園に任せる傾向が強まっていったそうだ。園の力を借りながら共に子育てをするというより、保護者はプライベートとキャリアを優先し、育児は園に一任するという「分業化」が進んでいったのだ。
事実、園に対する保護者からの要求は年々大きくなっており、休日保育、手ぶら登園(着替えなどすべてを園に用意させる)、朝昼晩の三食提供などが当たり前の地域もある。また、平日は園、休日は習い事など常に子どもをどこかに預けようとする家庭も増加しているらしい。
ある保育関連の全国組織の理事は、次のように話していた。
「十数年前まではまだ親の方にも園や習い事に子どもを預けることへの引け目みたいなものがあり、せめて朝夕の食事の時間くらいは、あるいは休日くらいは家族水入らずで過ごそうという空気がありました。
しかし近年、特にコロナ禍以降は、そういう風潮が少なくなりました。保育園が終わって帰宅しても、親と子どもがそれぞれ寝るまで別々のスマホを見て無言で過ごすのはもはや当たり前ですし、休日も託児施設や習い事に預ける家庭が珍しくありません」
■子どもを産み育てる意義の変化
理事は続ける。
「うちの園では、5歳児の8割が休日も習い事に通っています。定番のスイミングなどに加え、駆けっこや柔軟体操まで習い事で身につけさせようとする。
これまで親子が公園で当たり前のように行っていたことが、お金を払って外部委託するものになっているのです。
そのため、親子のかかわりは年々希薄になっていて、親に絵本の読み聞かせをしてもらったことがないという園児は今や普通、最近では朝どころか休日でも家族がそろって食事をすることがなくなりつつあります。もちろん、それでも子どもは育つには育つのですが、家族の絆(きずな)というか、関係性が変わってきている印象があります」
今の保護者が多忙さから育児に関する労力を極力減らしたいと願う気持ちはわかる一方で、ベテラン保育士がそうした現代的な潮流に苦言を呈したくなる気持ちも理解できる。
どちらが良いか悪いかではなく、こうした傾向が極端に強まった社会において、若い人たちが子どもを産み育てることに意義を見出せなくなっているのではないか。
ライフイベントにおける出産や子育ての優先順位が下がれば、夫婦にいくら経済力があったとしても、出産は後回しにされるし、子どもの数も抑えた方が賢明という判断になる。

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石井 光太(いしい・こうた)

ノンフィクション作家

1977年東京生まれ。作家。国内外の貧困、災害、事件などをテーマに取材・執筆活動をおこなう。著書に『物乞う仏陀』(文春文庫)、『神の棄てた裸体 イスラームの夜を歩く』『遺体 震災、津波の果てに』(いずれも新潮文庫)など多数。2021年『こどもホスピスの奇跡』(新潮社)で新潮ドキュメント賞を受賞。

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(ノンフィクション作家 石井 光太)
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