新規事業に取り組むうえではどんなことに気を付けるべきか。税理士の菅原由一さんは「どんな市場で、どれくらいの収益を得られるかが重要だ。
その点では、コンビニの出店戦略が参考になる。同じチェーンのコンビニが目と鼻の先に建っているのは、『競合店との物理的な距離』よりも『商圏の境界線』を見て新規の出店を決めているからだ」という――。
※本稿は、菅原由一『タピオカ屋はどこへいったのか? 商売の始め方と儲け方がわかるビジネスのカラクリ』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■まずは商圏内に自社チェーン店を増やす
新規事業を考える際に重要なのは、どんな市場で、どれくらいの収益を得られるかです。競合の多い市場はレッドオーシャンであり、シェアの奪い合いや価格競争が起きます。かといって競合が少ない市場は需要も小さい可能性が高く、事業として成立するかどうか不安です。

その点で参考になるのがコンビニの出店戦略です。街を歩いていると、同じチェーンのコンビニが目と鼻の先に建っているのを見かけます。これはドミナント戦略とよばれるものです。ドミナントは「支配的」や「優勢」という意味の言葉で、商圏内にチェーン店を増やすことにより、他のチェーンが出店しづらい支配的な状況をつくることができます。
具体的な効果としては、まず商圏内に自社チェーン店を増やすことで、自社チェーン店を利用する人を増やし、認知度も高められます。コンビニは最近、プライベートブランドをつくって差別化を図っています。
ナショナルブランドの飲み物やお菓子などはどのチェーンで買っても大きな差はなく、そのような需要を取り込むために、商圏内にチェーン店舗が多い方が有利なのです。
また、同チェーンが近くにあることで商品の搬入が物理的に効率化できます。人手が足りないときに店舗間での人の調達もしやすくなります。
■物理的に近い場所にあっても、商圏が同じとは限らない
個別店舗の収益で考えると、同チェーンとはいえ、目と鼻の先にコンビニができるのは不利といえます。商圏内のコンビニ利用者は一定ですから、限られたシェアを奪い合うことになります。
じつはここにポイントがあります。
コンビニ同士が物理的に近い場所にあっても、商圏が同じとは限りません。例えば、国道には上りと下りがあり、これらの商圏は別です。わざわざ車をUターンして反対車線のコンビニに行こうと考える人は少ないからです。
新規出店を考える際に重要なのは、競合店との物理的な距離よりも、商圏の境界線を見ることなのです。
■なぜ零細企業なのに家賃が高い場所に本社を構えるのか
事業を成功させるためには、取引先、顧客、仕入れ先、金融機関などからの信用を獲得することが大事です。信用は実績の積み重ねですから一朝一夕では築けません。

しかし、ある方法によって短期間で信用を築くこともできます。それは、立地の良い場所に本社や拠点を構えることです。
それを実践しているのが大手企業です。大手企業の本社は都市部に集中しています。また、ほとんどの企業がターミナル駅に近いアクセスが良い場所にオフィスを構えています。
利便性と家賃は比例するためコスト(固定費)は増えます。
しかし、その見返りの1つとして信用を獲得しているのです。
高い家賃を払っているという事実は、収益が安定していることを間接的に示し、取引先にとっての安心材料になります。就職や転職を考えている人にとっても、都心部に本社がある会社は印象が良く、入社したいという気持ちが高まります。
■スタートアップの70%は「都心4区」に集中している
信用獲得以外の実質的なメリットとしては、複数の電車が乗り入れている駅や、駅から近いオフィスは通いやすく、働く条件が良いほど応募者が増え、優秀な人を採用しやすくなります。
また、都市部やターミナル駅の周辺には大手企業が集まっているため取引先との行き来も便利です。
他社との接点が増え、それが新たな事業機会になることもあります。
例えば、丸の内や霞が関などの都市部では、その地域に拠点を持つ企業の交流会などがあり、そのような場に参加することで接点が生まれやすくなります。また、大手企業との接点を求めるスタートアップも都市部に集まりやすく、資料(帝国データバンク調べ)によると、東京都内にあるスタートアップの7割は、港区、渋谷区、千代田区、中央区に集中しています。
都市部はスタートアップ同士の横の人脈づくりにも有利ですし、そのような点でも都市部にオフィスを構える(高い家賃を払う)価値は大きいといえます。
■なぜ「田舎の定食屋」は混んでいるのか
新規事業というと、大きな需要を掘り起こし、全国展開するビッグビジネスをイメージする人も多いかもしれません。しかし、現実にはそのような事業を生み出せる可能性は大きくありません。むしろ小さな市場に目を向け、安定的な需要を獲得することも成功の道です。それを体現しているのが、地方にある定食店です。
失礼な言い方ですが、地方の定食店は、これといった特徴がなく、味もサービスも普通の店がほとんどです。都市部のチェーン店のほうが味も店内の雰囲気も良いかもしれません。
しかし、それでも常連らしき人たちで賑わっています。重要なのはこの事実です。
地方の定食店が賑わっている理由の1つは、周辺に競合となる店が少ないからです。
市場動向を見ると、地方は市場が縮小傾向です。人口が減っていますし、若い人を中心に都市部に人が流出していますので、大きな需要の獲得を目指すうえでは条件が悪いといえます。
ただ、地方は人や企業が少ない分だけ都市部よりも競合が少なくなります。市場が縮小しても、飲食のように生活と密着する需要がゼロになることもありません。
そのため、定食店のような生活密着型の小規模な事業は成り立ちます。地方に行くほど店が減り、中食ニーズに応えるコンビニの数も減るため、商圏内の飲食市場がブルーオーシャンになりやすいのです。
■地の利を活かす低コスト運営
経営面では、店の運営コストが低いことがポイントです。小さな市場は収益が少なくなるため、その中で生き残っていくためには店舗のランニングコストを抑えることが重要です。
例えば、人件費や家賃などのコストをいかに安くできるかが重要で、それらが安いほど利益は残りやすくなります。
定食店は、だいたい2、3人の店員で切り盛りしていますので人件費の総額は安いはずです。労働単価についても、各都道府県の最低賃金(厚生労働省)を見ると、東京周辺、大阪、愛知などでは1000円を超えていますが、地方は1割ほど安い900円前後が中心です。
店舗の賃料も都市部と比べて大幅に安いですし、店舗兼住宅の持ち家である場合はさらにコストが安くできます。これらは地方の店の優位性です。
さらに、近隣に競合が少なければ店舗改装の必要性も低くなり、そのための費用も最低限に抑えられるでしょう。
■リピーターが維持され、収益が安定する仕組み
集客の面では、地方は人が少ないわけですので、新規の利用者を増やすのは難しいといえます。そのため、いかにリピーターを増やすかが重要です。
駅前の店なら会社員や学生、住宅街の店なら近隣住民、街道沿いならトラックやタクシーのドライバーなどを囲い込むことによって収益が安定します。
また、飲食店が豊富にある都市部と比べると、地方はリピーター獲得の競争が緩くなります。飲食できる店が少ない、またはその店しかないため、食べたい人はそこに通うしかなく、必然的にリピーターになるのです。
これも地の利であり、飲食店以外にも同じことがいえます。地域に病院が1つしかなければ、住民はその病院に通います。車の修理工場もスーパーマーケットもあらゆる業種において、消費者にとって「ここに頼むしかない」という状況であれば、リピーターを維持でき、収益が安定します。
新たな市場への進出を目指す事業者側から見ると、そのようなブルーオーシャンを見つけられるかどうかが重要です。
日本全体の人口は今後も減少しますし、地方から都市部への人口流入も続くでしょう。
しかし、人が多ければ事業が成功するわけではありません。重要なのは市場で勝ち残ることで、中長期で安定的に事業を続けていくためには、競合が少なく、価格競争が起きにくい地方に目を向けてみるのも1つの手です。
猛者がシェアを奪い合う都市部の市場よりも、競合が少ない地方のほうが新規参入に有利な場合もあるのです。

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菅原 由一(すがわら・ゆういち)

税理士

1975年三重県生まれ。東京・名古屋・大阪・三重に拠点を置き、中小企業の財務コンサルタントとして活躍。YouTubeチャンネル「脱・税理士スガワラくん」は開設1年で登録者数38万人を突破する。著書に『会社の運命を変える究極の資金繰り』(幻冬舎)、『激レア 資金繰りテクニック50』(幻冬舎)がある。

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(税理士 菅原 由一)