■「新NISA増税」が議論されている?
つい先日、自民党のプロジェクトチームが「保険料の算定に金融所得を反映する」検討を始めたと報じられました。
株の取引などで利益を得た場合、その分社会保険料を上げようというわけですが、これが「新NISA」を標的にした新たな増税ではないかと、ネットで不安視する声もあります。

これについて、私のYouTubeチャンネルでもご説明しましたが、プレジデントオンラインでもあらためて取り上げてみたいと思います。
まず最初に、金融所得にはどのように課税されるのかを整理しておきましょう。
投資で得た利益にも税金がかかりますが、確定申告をする場合と、しない場合で処理の仕方が違ってきます。
■確定申告は必ずしも必要ない
投資をするには、まず証券会社に口座を開く必要がありますが、その口座を「特定口座・源泉徴収あり」にしておくと、所得税(15.315%)と住民税(5%)は源泉徴収されるため、確定申告は不要になります。
株・投資信託などを売却すると、損失が出ることもあります。その際は「損益通算」、つまり同一年度で出た他の投資利益と相殺したり、「繰越控除」すなわち次年度以降に損失を繰り越して、将来の利益と相殺することもできます。
これをする場合は、「特定口座・源泉徴収あり」にしていても確定申告をする必要があります。
■自営業・フリーランスは保険料が高くなるケースも
このように本来、投資で得た利益や損失については確定申告をしないことも可能です。
しかし、確定申告すると、所得に応じて正しい税率が適用され、所得税・住民税が安くなる場合があります。
ただ、自営業・フリーランスなど、国民健康保険に加入している方の場合、投資の利益を確定申告すると、国保の保険料の算出にも影響し、高くなるケースが多いです。
具体的には、国民健康保険料、介護保険料、後期高齢者医療保険料などが高くなってしまうのです。
なので、自営業・フリーランスの場合、確定申告をしたほうが得かどうか、保険料を計算しないと分からないのです。

■増え続ける高齢者医療費問題が発端
これを改革しよう、というのが今回報じられたプロジェクトチームの検討内容です。
つまり、現状、確定申告をした場合としない場合、また会社員か自営業・フリーランスかで、得になるケース・損になるケースがあるので、もっと公平な制度にしたいので、そのための議論が始まっているということです。
その結果、これまで投資で利益を得ていて、申告不要だった人の中には、保険料が値上げされて損になるケースも出てきます。
そもそもなぜこれが議論されているかというと、もともとは高齢者の医療費問題が発端です。
高齢者の医療費が莫大な額にのぼり、国民健康保険や社会保険でカバーしきれなくなっています。政府としてはできるだけ保険料を上げたいので、どこからどうやって取るかが議論されているのです。

■75歳以上の医療費の約8割を税金と現役世代が負担
75歳以上の方は「後期高齢者医療制度」に加入していますが、1人あたりの医療費は約100万円、全体では約20兆円という莫大な金額にのぼっていて、しかも年々増加傾向にあります。
後期高齢者の医療費は現役世代の医療費の約4倍にも達していますが、現状その約8割は税金と現役世代の支援金でまかなわれています。
お年寄りは収入もないし、生活に困っている人が多いので、その医療費を現役世代が負担するのは仕方がない、という考え方も当然あると思います。
■「お金持ち高齢者」を「現役世代の借金」で支えている
ただ、今問題になっているのは、「生活に困っているお年寄りばかりではない」という事実です。
以下の図表3は貯蓄額から負債額を引いた額を世代別に表したものです。
これによると、70歳以上の世帯はおよそ20年ほど前からずっと2000万円以上をキープしています。

一方、30代を示す緑の棒を見ると、年々借金が増えています。
つまり、現役世代が年々資産を減らす一方、高齢世代はずっと財産をキープしていると言えるのです。
まさに「お金持ちの高齢者」の医療費を「借金を抱えている現役世代」がまかなっているわけです。
■高齢者の約3割は2000万円以上持っている
次の図表4は金融資産の額の世帯割合を世代別に示したものですが、これによると、70歳以上の27.8%、80歳以上の26.1%と、高齢者の約3割は2000万円以上の資産を持っています。
また、次の図表5は75歳以上の世帯の収支を現したものですが、夫婦2人世帯、つまり国が年金制度を検討するベースとしている「モデル世帯」で見ても、家計の収支は黒字、つまり収入が支出を上回っている状態なのが分かります。
■本当に現役世代が負担すべきなのか
もちろん、それぞれの世帯が支出を減らす努力をしている、という面もあります。

また、すべての高齢者世帯が裕福なわけではなく、生活に困っている高齢者も年々増加していると言われています。
とはいえ、全体で見ると「現役世代は借金が増えている」「高齢者世帯は黒字で、金額資産も多い」のが現状です。
そのため、現役世代が高齢者の医療費の約8割も負担する必要があるのか、議論が起こっているわけです。
■若い世代の保険料まで上がってしまう
そこで現在検討されているのが、年齢ではなく支払い能力に応じて保険料を決めよう、という方向性です。
その際、支払い能力を考えるにあたって、金融資産の額や、金融所得も、負担を決める要素に入れていこう、と議論されているのです。
「そもそも高齢者が得をしているのが問題なのに、若い世代の保険料まで上がるのはおかしい」という意見もあるかもしれません。

まだ議論の途中ですので、今後、その点を考慮して年齢制限を設ける可能性もあります。ただ、そもそも公平性を確保する目的で議論されているので、特定の年齢だけを狙い撃ちに制度設計する方向には行かないようにも思います。
■「新NISA増税」はなし
さて、金融所得に応じて保険料が上がるとなると、いわゆる「NISA制度」にも適用されるかどうか気になる方も多いと思います。
特に2024年1月から上限1800万円の「新NISA制度」もスタートし、これを期に投資を始めた方も多く、「せっかく新NISAを始めたのに、その利益によって増税されるのか」と不安な方もいるでしょう。
今のところ政府側の資料では「NISAは適用外」とされています。
「新NISA」は非課税枠が売りであり、それに課税するとなると金融庁なども猛反対するでしょうし、今のところ「新NISA増税」は心配しなくてよさそうです。
また、会社員の場合も、それぞれの会社で社員の金融資産を把握し、それを基に保険料を計算する処理が事実上困難であり、やはり適用外となりそうです。
■「FIREで左うちわ」の人が一番危ない
最も影響が大きそうなのが、配当金収入で生活している人、いわゆる「FIRE」をした人です。
政府の資料によれば、「マイナンバーを活用して、金融資産の保有状況も勘案し、負担能力を判定する」とあります。
これを見る限り、一定以上の金融資産を持つ人については、保険料を上げる方向で議論されているようです。
では具体的にどの程度の資産があると保険料が上がるのでしょうか。
新NISAの上限が1800万円、政府資料の分け方でも「2000万円」が多いので、大体1800万~2000万円くらいが基準となりそうです。
それ以上の金融資産を持っている人は、今後保険料が上がり、課税が強化される可能性に注意したほうがいいでしょう。
■「マイクロ法人」への規制も検討
ではFIREした人たちはどうすればいいのでしょうか。
すぐ思いつくのは、「マイクロ法人」を使った節税です。マイクロ法人を作り、資産を法人に移し、しかも会社の社会保険に入れば、今議論されている課税からは逃れられそうです。
ただ、こうした抜け道は政府も当然把握していると思われます。実際、マイクロ法人への規制も検討されているという話もあり、抜け道がふさがれる可能性もあると思ったほうがいいでしょう。
もともと、FIREの利点として「社会保険料や税金は所得にかかるので、労働所得がないFIREにすると得」と言われていました。
ただ、今後はFIREした人、一定以上の金融資産を持った人への課税が強化されていく方向であるのはほぼ間違いないでしょう。

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山田 真哉(やまだ・しんや)

公認会計士・税理士・作家

公認会計士・税理士、芸能文化税理士法人 会長。著書『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』(光文社)はベストセラーに。YouTube「オタク会計士ch」は登録者数80万人を超える。

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(公認会計士・税理士・作家 山田 真哉)