投資先を決めるとき、何を基準にすればいいのか。マーケットアナリストの田口れん太さんは「PBR(株価純資産倍率)は投資の判断をする際の指標の1つだ。
これを知っていると、日本株投資がいかに割安で、米国株よりも有望であるかが分かる」という――。(第3回/全3回)
※本稿は、田口れん太『投資の超プロが教える! カブ先生の「銘柄選び」の法則』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。
■波平さんとマスオさんの年収は計1464万円
PBR(株価純資産倍率)を説明する際、私はサザエさん一家の事例を用いています。
マンガやアニメのエピソードから、一家が保有する資産を詳細に洗い出し、そこから純資産(資産から負債を差し引いた額)を計算してみましょう。
まず不動産価値から見ていきます。サザエさんは世田谷区桜新町に66坪の平屋を所有しています。坪単価を250万円と見積もると、不動産価値は1億6500万円となります。
次に金融資産ですが、これは家計収入から推計する必要があります。アニメによると、波平さんの月給は74万円、マスオさんは48万円で、合計月収122万円、年収換算で1464万円です。
世田谷区の世帯平均年収が650万円程度であることを考えると、かなりの高所得世帯といえます。この年収水準から推計すると、預貯金などの金融資産は3000万円程度と見積もれます。
■サザエさん一家はセレブ家庭だった
その他の資産としては、波平さんの骨董品コレクション(100万円)、ワカメちゃんのピアノ(30万円)、カツオ君の天体望遠鏡(5万円)などがあります。

これらを合計すると、総資産は1億9635万円となります。「お魚くわえた野良猫を追いかけてはだしでかけていく陽気なサザエさん」は庶民的なイメージがありますが、実態は1.6億円の家に住み、世帯年収1450万円、金融資産3000万円を有するセレブ家庭だったのです。
サザエさん一家には住宅ローンなどの借入金がないため、純資産は資産総額と同じ1億9635万円となります。仮に1億円の住宅ローン残高があった場合、純資産は9635万円となりますが、実際には無借金のようです。
■日本にはPBRが1倍を下回る企業が多い
サザエさん一家の例でPBR(株価純資産倍率)の計算を見てみましょう。
仮にサザエさん株が存在し、1株3億円だとすると、PBRは株価÷1株当たりの純資産なので、3億円÷1億9635万円で1.5倍となります。同様に、株価が2億円ならPBRは1倍、1億円なら0.5倍です。サザエさん一家は不動産や金融資産が豊富なため、通常であれば株価が純資産価値を下回ることは考えにくいでしょう。
しかし、現実の日本の株式市場では、株価が純資産価値を下回る企業が数多く存在します。日本製紙、かんぽ生命、コニカミノルタ、野村ホールディングス(野村證券)、中部電力、パナソニック、ホンダなど、著名企業でもPBRが1倍を下回っているケースが少なくありません(2025年3月現在)。また、多くの地方銀行もPBRが1倍を割り込んでいます。
かつては日本市場全体の半数の企業がPBR1倍以下でした。
現在でも東証上場銘柄の約4割がPBR1倍を下回る状態が続いています。
■証券最大手の野村HDすら…
日本を代表する証券会社である野村ホールディングスのPBRは1倍を下回っています。証券界を率先する立場でありながら皮肉な状況です。興味深い事例ですので、野村ホールディングスのPBRを見てみましょう。
「野村ホールディングス PBR」でググってみると、PBRが0.80倍と表示されました(図表2)。
楽天証券で調べてみましょう。「指標」欄を見ると図表3のように0.87倍と表示されます。
やはりPBRが大きく1倍を下回っていることが分かります。
■会社を解散した時に株主が得るもの
PBRの理解をさらに深めていただくために、「解散価値」という概念を説明します。純資産価値は「会社の解散価値」とも呼ばれています。そして株主総会で株主の3分の2以上の賛成があれば会社を解散できます。解散時には、株主に総資産から負債を差し引いた純資産額が返還されます。

たとえば、1株当たり純資産価値が2000円の会社の株価が2500円(PBR1.25倍)の場合、解散すると株主には2000円しか返還されず、500円の損失となります。逆に株価1500円(PBR0.75倍)で購入した場合、解散時には2000円が返還され、500円の利益が出ます。株価1000円(PBR0.5倍)なら1000円の利益となります。
野村ホールディングスの具体例で見てみると、1株当たりの純資産は1168円、株価は978円。最低取引単位100株で計算すると、9.78万円の投資で、解散時には11.68万円が返還され、1.9万円の差益が生じることになります。これは「残余財産分配請求権」という株主の権利の1つとして法的に保証されています。
■株主が持っている「3つの権利」
ここで株主の三大権利について整理しておきましょう。図表4をご覧ください。
① 残余財産分配請求権……会社解散時の財産請求権

② 利益配当分配請求権……会社の利益から配当を受ける権利

③ 株主総会における議決権……年次株主総会での投票権
特に③は重要で、「利益剰余金処分案」(配当金額の決定)や「役員選任議案」(経営陣の信任)について投票できます。株主は配当金が少なければ反対票を投じ、増配を求めることができます。その最大額は、一般的には1株当たり当期利益となります。
このように、配当利回りや益利回り、株価純資産倍率は単なる指標ではなく、株主の3つの権利に裏づけられた会社評価方法なのです。

PBRの考察に戻りましょう。会社が実際に解散し、純資産価値で資金が返還されるというのは理論上の話ではありますが、PBRが1倍を下回っているということは、その企業の株価が解散価値すら下回っているという、極めて割安な状態を示しています。
■日本の株式市場の「特殊性」
日本以外の先進国市場では、PBRが1倍を下回る企業はかなり稀です。もちろん、大規模な赤字を計上するなど、極端な業績不振に陥った企業の場合は1倍を割り込むことがあります。たとえば、最近では半導体大手のインテルがPBR1倍を下回る局面がありました。しかし、そのような企業は株式市場全体の1割程度にとどまります。
それに対して、なぜ日本の株式市場ではPBR1倍割れの企業が多数存在しているのでしょうか? この疑問は、日本の株式市場の特殊性を考えるうえで重要なポイントとなります。
日本の上場企業の多くは、大規模な赤字でも極度の業績不振でもなく、そこそこの黒字を計上しています。それにもかかわらず、なぜ解散価値を下回る株価なのでしょうか?
その秘密はROE(株主資本利益率)です。「オレのカネでどれだけ稼いでくれるのか」指標です。PBRが1倍を割り込んでいる会社のほぼすべてが低ROE、つまり「オレのカネ」でわずかしか稼いでくれない会社なのです。具体的には、PBR1倍割れの企業のほとんどがROE8%以下となっています。

8%という数字は重要な意味を持ちます。株主が会社とその経営者に期待する長期的なリターンの最低ラインが8%とされており、これを「株主資本コスト」と呼びます。つまり、PBRが1倍以下の企業は、ROEが株主資本コストを下回っており、株主の期待値以下の利益しか生み出せていないのです。
■ダメな日本株ではなく米国株がいい?
こうした企業の株価が長期的に評価されず、PBRが1倍を割り込んだまま放置されるのは自然な流れです。投資家にとって「期待以下の利益しか生み出さない会社に資金を投じる理由がない」ため、買いが集まらず、結果として低ROE=PBR1倍割れの企業群が形成されているというわけです。
こうした状況を踏まえると、次のような疑問が生じてきます。
「ダメ会社が多い日本株からは撤退して、高ROEの米国株にシフトすべきなのか?」
15年前にその質問を受けたなら、間違えなく「イエス」と答えたでしょう。しかし今なら私は「ノー」と答えます。
これからの日本株は米国株よりも有望だと私は考えています。実際、私は新NISAで日本株投信のウエートを多く積み立てています。今、日本株が米国株よりも有望であると考える理由は、以下の3つの大きな変化にあります。
■東証「PBR1倍割れを改善せよ」
①東京証券取引所(東証)の要請
2023年3月、東証は上場企業に対して「資本コストと株価を意識した経営の実現」を要請しました。
これは、PBR1倍割れ企業が多すぎる現状への危機意識から生まれた施策です。上場企業の多くが株主資本コスト8%を意識していない経営を行っているという問題に対し、東証は実質的に「株主資本コストを意識し、PBR1倍割れを改善せよ」という指示を出しました。
さらに東証は、対応策を開示した企業名を毎月公表しています。真面目な日本企業は、この要請に迅速に対応し、未対応は恥という意識から、発表予定を含めると7割以上の企業が対策を開示しました。その内容には株主還元の強化や事業ポートフォリオの見直しなど、企業の意思で実行可能な施策が含まれています。
②株主総会での議決権行使の強化
2014年のスチュワードシップコード導入以降、株主総会での投票(議決権行使)が大きく変化しました。それまでの「すべて賛成」という雑な投票から、ISS(米国の議決権行使助言会社)が2015年からROE基準を導入し、5年平均ROEが5%を下回る企業の経営陣への反対投票を推奨するようになりました。
2024年には、さらに画期的な変化が起きています。日系運用会社が厳しい議決権行使基準を導入し始めました。三菱UFJアセットは3期連続でROEが8%以下、PBR1倍以下の経営陣に反対票を投じ、ニッセイアセットはPBR1倍割れで株価を意識しない経営への反対を表明しています。
■経営者が低株価を放置するリスク
③同意なき買収(敵対的買収)の容認
「粉飾決算」を「不適切会計」に、「人員整理」を「事業構造の見直し」などと呼び換えるように、日本では印象をマイルドにするための名称変更がよく行われます。
「敵対的買収」も「同意なき買収」と言い換えられ、同時に、経済産業省は実質的にこれを容認する方針を示しました。
2023年8月発表の「企業買収における行動指針」により、株主利益を向上させる買収であれば、経営陣は合理的な理由なく拒否できなくなりました。これにより、低株価を放置する経営者は敵対的買収のリスクにさらされることになったのです。
具体的な事例も増えています。セブン&アイに対するクシュタール、牧野フライスに対するニデック、芝浦電子に対するヤゲオなど、「同意なき買収」の事例が頻発しているのです。
■「たった一つの選択肢」は株主に利する
整理しましょう。
東証の要請によって、上場企業の多くがPBR1倍割れの改善を迫られている。そして、その状態を放置すると、株主総会で大量の反対投票を受け、最悪の場合、社長解任につながる。さらに改善が見られない場合、敵対的な買収者が現れる――今の東京市場の上場企業は、そんな状況に置かれているのです。
このような状況下で、低PBR企業に残された選択肢はたったひとつ、上場をやめることです。自ら上場を廃止するのです。
東証の要請に従いたくない、経営陣の地位を失いたくない、敵対的買収も回避したい、そう考える企業は自主的に上場を取りやめることになるでしょう。この場合、通常はMBO(経営陣による自社株買収)という手法が用いられ、市場価格を上回る価格での株式買い取りが行われます。結果として、株主にとってプラスの展開となります。
こうした流れを踏まえると、日本の市場からPBR1倍割れ企業が姿を消すまでの間、これらの企業に注目して投資を行うことは有効であると考えられます。

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田口 れん太(たぐち・れんた)

日本証券アナリスト協会検定会員

機関投資家向け日本株営業担当として25年超の経験をもつ。1988年、早稲田大学卒業。1990年より大和証券ジュネーブ支店、UBS証券、メリルリンチ証券、バークレイズ証券等に所属し、機関投資家やヘッジファンドのファンドマネージャーから高い評価を得る。2006年、アジアマネー誌にて日本株ベストセールス1位となる。2015年よりみずほ証券に所属し、個人投資家向け株式講演、YouTubeチャンネル出演等に従事。わかりやすい講義が個人投資家より人気を集める。2023年、独立。現在は個人投資家向けに株式講演を行う。カブの被りものを被って講演するスタイルが人気を博している。2018年より日本証券新聞にて投資コラム「私の尻馬投資法」を連載している。

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(日本証券アナリスト協会検定会員 田口 れん太)
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