婚活支援事業に乗り出す地方銀行が増えている。何が起きているのか。
金融アナリストの高橋克英さんは「背景には地元における人口減少と少子高齢化、取引先企業の後継者問題がある」という――。
■七十七銀行が展開する結婚相談所
人口減少と少子化が急速に進むなか、全国各地で地方銀行が婚活支援事業に参入している。「地方銀行」と「婚活支援」。意外な組み合わせにみえるが、なぜ、地銀が婚活支援に乗り出しているのだろうか。
東北地方の宮城県を本拠地とする七十七銀行は、人材紹介業を手掛ける100%子会社の七十七ヒューマンデザインを通じて、2024年4月、結婚相談所「77結び(ななむすび)」を開業した。
結婚を前提とした出会いの提供と入会から婚約に至るまでのコンシェルジュによる伴走サポート、婚約後のライフステージに応じた各種金融商品やサービスの案内を掲げている。
その営業形態は、コンシェルジュによりお見合い相手を紹介する「仲介型」と、会員本人が、データベース上で気になる相手を直接探す「データマッチング型」の2つの形態を取り扱う。大手婚活サービス会社であるIBJ、マリッジ等の地域のIBJ加盟企業との連携により、IBJの会員システムを利用できるのが強みだ。また、七十七銀行では、独自のマッチングアプリの運営をする検討も進めている。
七十七銀行では、地元での人口減少と少子化や地域からの若年層の流出、事業承継問題などが地域課題として表面化している状況に鑑み、地域内の出会いの機会創出につながる婚活支援事業に取り組むことで、人口の定着や女性が働き続けられる環境の創出など、地域社会の活性化と持続的な成長支援を目指すという。
「77結び(ななむすび)」を含めた七十七ヒューマンデザインの当期純利益は、2025年度で1500万円、2030年度には、2億3500万円を目指している。
■名古屋銀行も婚活支援事業を展開
名古屋銀行では、取引先企業の経営者や後継者、従業員などを対象に結婚相談所や婚活パーティーなどの婚活支援事業を展開している。
名古屋市中区にある同行グループのホテル「東京第一ホテル錦」に結婚相談所「marriage結―yui―」を設置し、同行OBを含む専任アドバイザーが、支店などから寄せられるニーズに対応している。また、同行と結婚相談所の共催による婚活パーティーも定期的に開催している。
名古屋銀行は、大手婚活サービス会社であるIBJと2018年5月に業務提携契約を締結。主に取引先企業の後継者に対する婚活支援や、取引先企業における新規事業としての結婚相談所開業支援を行ってきた。2019年4月からは、名古屋銀行とIBJは、名古屋銀行の独身社員および2親等以内の親族に対する婚活支援となる「福利厚生プログラム」も開始している。
■大手婚活サービス会社IBJとの業務提携
その他では、三重県を本拠地とする三十三銀行は、2021年にIBJと業務提携し、2023年1月からは三十三銀行が出資する地域商社「三十三地域創生」が運営する結婚相談所「三十三マリッジプラザ」にて、取引先企業の経営者や後継者、従業員などを対象とした婚活支援を展開している。
結婚相談所「三十三マリッジプラザ」は、IBJの正規加盟店として三十三銀行の支店と連携して会員獲得を図っており、年間100人の会員登録を目指すという。「三十三マリッジプラザ」では、IBJの研修を受けた銀行出身のカウンセラーが相談にあたり、IBJの会員システムを利用する。料金体系は、入会金は11万円、月会費1万1000円、成婚料22万円となる。
こうした地銀による婚活支援事業を支えるのが、大手婚活サービス会社のIBJだ。交際や結婚に繋がる出会いの場が、会社や学校といった場所から、マッチングアプリや結婚相談所、婚活パーティーなどに移りつつあるなか、IBJは、結婚相談所プラットフォーム事業に加え、直営の結婚相談所、婚活アプリや婚活イベントなどを手掛ける。2025年3月時点で、全国に4541の加盟店を持ち、その会員数は9万6449名と業界最大級の規模を誇る。

人口減少や少子化が急速に進むなかで、婚活パーティーの開催など婚活支援に取り組む地方自治体も増えるなか、IBJは、全国の地銀など地域金融機関や地方自治体と連携し、地域の婚活支援にも取り組んでいるわけだ。
■全国各地の地銀が動き出した
実際のところ、これまでにIBJと婚活支援で提携した地方銀行は、前述した2018年5月に提携した名古屋銀行(愛知県)を皮切りに、きらやか銀行(山形県)、仙台銀行(宮城県)、長野銀行(長野県)、池田泉州銀行(大阪府)、富山銀行(富山県)、北陸銀行(富山県)、佐賀銀行(佐賀県)、三十三銀行(三重県)、京都銀行(京都府)、大垣共立銀行(岐阜県)、島根銀行(島根県)、山梨中央銀行(山梨県)、東京きらぼしFG(きらぼしコンサルティング)(東京都)、東和銀行(群馬県)、南日本銀行(鹿児島県)、七十七銀行(七十七ヒューマンデザイン)(宮城県)、そして2024年7月に提携した八十二銀行(長野県)まで全国各地に拡大している。
■背景には「人口減少と少子高齢化」
「地方銀行」と「婚活支援」。意外な組み合わせにみえるが、なぜ、地銀が婚活支援事業に参入しているのだろうか。
参入の背景には、①地元における人口減少と少子高齢化②取引先企業の後継者問題が挙げられる。
総務省が公表した人口推計(2024年10月1日現在)によると、日本国内の総人口は、前年比55万人減少の1億2380万2000人と14年連続で減少。都道府県別では、東京都と埼玉県を除く45道府県で人口が減少している。
また、厚生労働省が公表した人口動態統計(速報値)では、2024年の年間出生数は前年比3万7643人減少の72万988人と、9年連続で過去最少を更新している。人口減少と少子化が急速に進んでいるのだ。
IBJによると、日本の婚姻組数と出生数は年々低下し、約20年間でそれぞれ30%以上減少する一方で(厚生労働省「人口動態統計速報(2023年12月分)」)、18歳~34歳における結婚意向は8割以上と依然高い数値を維持しているという[国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査(独身調査)」(2021年)]。「現代社会では『結婚したいが、結婚に至れない』の増加が進む」(IBJ)と指摘している(2024年12月期決算説明会資料)。
魅力ある職場などを求め、地方では都市圏に若者が流出することで、出会いの場が減り、未婚率が上昇することで、更なる人口流出や少子化を生み経済圏も縮小するという負のスパイラルが続いている。
地元の経済圏が縮小することは、地域に根差し業務を展開する地銀にとっても死活問題となるワケだ。
■地銀の信用力とブランド力を生かす
こうした危機的な状況下、地元において抜群の①信用力②発信力③ブランド力を持つ地銀自らが、婚活支援事業に乗り出すことで、地域で出会いの機会をつくり、地元の人口減少や少子化に歯止めをかけることで、地域経済の活性化を目指しているのだ。
婚活という個々人のプライベートに資するセンシティブなものであるからこそ、結婚を志す者にとっては、地元での就職先ランキングでは常にトップクラスを誇るなど、圧倒的な信頼感を持つ地銀のもと、より安心して婚活ができることにもなる。
結婚や出産により、結婚式、新居、教育関連などの需要が地域に生まれることになり、地銀にとっては、将来的に住宅ローンや教育ローン、投信積立など資産運用などのニーズにも繋がることにもなる。地銀が婚活支援事業に参入するのには、地元の取引先企業との関係を強化する意図もあるという。どういうことだろうか。
実は、以前から地方銀行の現場では、取引先企業の経営者などから「息子や娘が結婚しておらず先々の事業承継や相続が心配」「従業員の出会いの場がない」といった悩みや相談が多く寄せられているという。
すでに婚活支援に乗り出しているどの地銀も、こうした現場レベルでの要望が、婚活支援事業のきっかけになったと言及している。「跡取りや後継者がいない」という理由で事業を諦め、廃業したり事業を売却するケースも増えてきており、経営者やその子息子女への婚活支援は、事業承継支援にも繋がることになる。
■地銀の婚活支援には疑問の声もある
このように地銀の婚活支援事業は、マクロ的には、人口減少や少子化に歯止めをかけ、円滑な事業承継により地域経済活性化にも繋がる可能性がある。
しかしながら、婚活や結婚は当たり前だが、個々人の自由であり、強制するものではない。日本国憲法第24条1項には「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」することが規定されている。
婚姻するかどうか、いつ誰とするかを自分で決める権利(婚姻の自由)は憲法で保障されており、結婚の選択は、本人の自由な意思が尊重される、という大前提を忘れずに進める必要がある。
地銀は、ライフスタイルや多様性の尊重を高々と掲げている。「多様化の時代に婚活だけにフォーカスするのは如何なものか」や、事業承継のための婚活には、「事業承継のための婚活には巻き込まれたくない」との意見もあり、個々人の声にも寄り添った慎重な対応が求められることになる。
また、地銀は、情報システムのトラブルや個人情報の保護などには万全を期す必要もあろう。
■収益事業として成り立つのかも問われる
さらに地銀は、上場する株式企業としての婚活支援事業の収益貢献も問われることになる。実際のところ、取引先企業やその経営者とより親密な関係構築が期待できるものの、銀行の業績において、婚活支援事業そのもので大きな収益を期待できるわけではない。
収益貢献のため、婚活支援事業を通じて、住宅ローンや教育ローン、保険や金融商品販売の獲得につなげることや、若年層を対象とした婚活だけでなく、シニア向け婚活支援にも対応する、福利厚生の一環として地銀自身の行員向けや取引先企業の従業員向けのサービスの拡充などの検討も考えられよう。
2021年の銀行法改正を伴う規制緩和により、上位地銀を中心に、収益の多角化や「脱銀行」を目指す動きが進んでいる。地域商社や人材紹介子会社、コンサルティング子会社に加え、広告、観光、農業、電力などの分野でも子会社などが設立されている。婚活支援事業もその一つである。
この先、地銀は、地元での婚活支援だけでなく、終活、介護、就活・転職、起業・独立、子息子女の教育・留学、おひとり様、ひとり親、多拠点生活、移住、セカンドキャリアなど、個々人の多様なライフスタイルにおける支援を事業展開していくことが出来よう。

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高橋 克英(たかはし・かつひで)

株式会社マリブジャパン 代表取締役

金融アナリスト、事業構想大学院大学 特任教授。
三菱銀行、シティグループ証券、シティバンク等にて銀行クレジットアナリスト、富裕層向け資産運用アドバイザー等で活躍。2013年に金融コンサルティング会社マリブジャパンを設立。世界60カ国以上を訪問。バハマ、モルディブ、パラオ、マリブ、ロスカボス、ドバイ、ハワイ、ニセコ、京都、沖縄など国内外リゾート地にも詳しい。映画「スター・ウォーズ」の著名コレクターでもある。1993年慶應義塾大学経済学部卒。2000年青山学院大学大学院 国際政治経済学研究科経済学修士。日本金融学会員。著書に『銀行ゼロ時代』(朝日新聞出版)、『いまさら始める?個人不動産投資』(きんざい)、『なぜニセコだけが世界リゾートになったのか』(講談社)、『地銀消滅』(平凡社)など多数。

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(株式会社マリブジャパン 代表取締役 高橋 克英)
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