ゴールデンウィークが終わり、中学受験生は学校と塾の「二足のわらじ」生活に戻った。プロ家庭教師集団名門指導会代表の西村則康さんは「GW特訓を乗り切った後、少し経ってから体調を崩したり、勉強に対するモチベーションが著しく下がってしまったりする子が続出する。
私はこの状態を『新五月病』と呼んでいる」という――。
■GW後に調子が悪くなる「新五月病」
新年度など環境が大きく変わる4月は、新しい環境に慣れるまで気が張り、何かと疲れやすい。そこにゴールデンウィーク(以下、GW)という長期休みが入ることで、一気に緊張の糸が切れ、「体調がすぐれない」「何をするにも体が重い」「鬱状態になる」などの症状が現れることを、世間では五月病と呼ぶ。
しかし、中学受験に挑む4~6年生の小学生たちは、4月に環境が変わることは同じでも、GWに休む時間はない。むしろ、この期間に集中して受験勉強ができるようにと、塾では特別講習(以下、GW特訓)が用意されている。学校と塾の二足のわらじ生活を送っている中学受験生にとって、このような長期休みは受験勉強だけに集中できるという良い面はある。一方で、このGW特訓を乗り切った後、少し経ってから体調を崩したり、勉強に対するモチベーションが著しく下がってしまったりする子が続出する。私はこの状態を「新五月病」と呼んでいる。
■難問を前に自信を失う6年生
新五月病を招く要因は、学年によって違ってくる。最も深刻になりやすいのが、入試本番を9カ月後に控えた6年生だ。中学受験で必要とされる学習範囲は、塾によって多少の違いはあるけれど、5年生の2月で一通り終える。では、6年生は何をやるのかというと、これまで学習してきた内容の復習を兼ねた応用問題を解いていくことになる。
6年生の4月までは比較的簡単な問題を扱うが、GW特訓では内容が一気に難しくなり、入試問題に近い問題を取り組ませる。
なぜここで一気に難度を上げるのかというと、「入試はそんなに甘くないぞ」と子どもたちに危機感を持たせることを目的にしているためだ。遊びたい盛りの小学生に受験勉強にベクトルを向けさせるためには、何らかの強制力が必要になる。大人と違って小学生の子どもは先を見通すことができない。だから、このまま頑張り続けてもらうには、「志望校に合格するためには、このくらい難しい問題が解けるようにならなければいけない。そのためには、毎日勉強を頑張らなければいけない」という圧力が不可欠だと塾側が考えているからだ。
それらの問題を見て、子どもたちは焦る。なので、危機感を与えるという点では的を射ているとも言える。しかし、危機感を持ったのはいいけれど、「こんな難しい問題、解けるはずがない」「今から頑張っても無理だ」と、かえって多くの子は自信をなくしてしまう。
■焦るほど成績が落ち、気持ちが追い込まれていく
さらに追い打ちをかけるように、その後の授業も難しい問題の演習が続いていく。それに加えて6月末~7月初めにかけて、各塾では今後の志望校選びに直結する重要な模試が控えている。塾の先生や親からはこの模試の重要性を散々聞かされているので、頑張らなきゃいけないことは頭では分かっている。
しかし、現実は目の前の問題が解けない。その後に授業で解説を聞いてもさっぱり分からない。分からないのに、宿題は大量に出る、といったとてもつらい状況になっているのだ。
そして、ますます気持ちは焦り、塾や親から言われるがまま上辺だけのアタフタ勉強に走ってしまう。十分な理解を得ないまま、大量学習をしても、当然のことながら成果は出ない。それどころか、成績をどんどん落としていくことになる。本人なりには頑張っているのに、結果につながらない。こうして、だんだんと気持ちが追い込まれていき、体調不良、倦怠感、鬱といった五月病のような症状が現れるようになるのだ。
■4、5年生では「暗記で乗り越えてきた子たち」の成績が急降下
4、5年生の場合も、この時期に大きく自信を崩しやすい。受験勉強がスタートする3年生の2月からGW前までは、どの塾もそこまで難しいことはやらないので、成績が大きく落ちることは少ない。
例えばSAPIXでは4年生のGW前に、算数では公約数・公倍数を学習する。この時期の内容は計算処理を中心としたものに限定されているので解けてしまうが、GW以後の授業では、倍数判定法やペン図を利用したものなど複雑になってくる。
こうした場合、数の並びの感覚を持っているか否かが非常に重要になる。きちんと納得しながら理解してきた子は、この壁を乗り越えていけるが、単に暗記や公式に当てはめるだけのやり方でやって来た子は、まずこの壁でうろたえることになる。
同じように5年生も、これまでの勉強のやり方によって、伸びていく子と落ちていく子に二分化される。中学受験の勉強は5年生が一番大事とよく言われるが、なかでも重要になってくるのが、5年生の夏休みに学習する算数の比の問題だ。入試に比の問題が出ない学校はないと断言してもいいくらい、非常に重要な単元である。5年生の1学期では比はまだ学習しないが、その前段階として速さの単元で「旅人算」や「通過算」などを学習する。それだけではない。5年生は毎回の授業で、新しい単元の解き方を次々と学ぶ。そのスピードと量は相当なものだ。
■なかなか挽回できない「負のループ」
そこでついその場しのぎの暗記学習に走ってしまいがちだが、この暗記学習こそが成績不振の一番の要因なのだ。4年生のうちはなんとか暗記学習だけで乗り越えられた子も、5年生のGWあたりになると、とうとう力尽き、失速し始める。この負のループに陥ってしまうと、なかなか挽回ができない。

このように、間違った勉強のやり方をし続けて、成績不振から心身に大きなダメージを受け、新五月病になる子は少なくない。親から見ると、単にやる気がないように見えるため、「さらに発破をかけなくては」と、大量学習に走りやすい。しかし、このままでは成績が伸びないだけでなく、子どもを潰してしまいかねない。
■これまでの勉強のやり方を見直す絶好のチャンス
新五月病に対する処方箋は、これまでの勉強のやり方を見直すことだ。塾を中心とした中学受験の勉強は、毎回の授業で新しいことを次々と学ぶため、公式やテクニックの暗記学習に陥りやすい。しかし、そのやり方が通用するのは、せいぜい4年生までだ。5年生になると、いよいよ量が追いつかなくなり、いずれ失速することになる。そうならないためには、4年生のうちから、自ら「納得してから覚える」学習を心がけることだ。
「納得してから覚える」という状態はどういうことかというと、自分の言葉で人に説明できる状態をいう。そのためには、塾の授業が終わった後の振り返りが重要になる。この「振り返り」を宿題と思い込んでいる人がいるが、そうではない。まずは、家庭の会話の中で「今日はどんなことを習ったの?」「それってどうやって解くの?」「何でその公式を使うの?」と親が興味を持って聞いてみることだ。
そして、子どもに説明をしてもらう。そうすることで、その日の授業の内容を振り返ることができる。
このワンステップを経てから宿題に取り組み、知識を定着させるというのが、正しい勉強のやり方だ。それをやらずに、出された宿題を終わらせることだけに気が向いてしまうと、納得の理解がないまま、ただ公式に当てはめるだけの表面的な勉強になってしまう。
■今は焦る必要も嘆く必要もない
GW開けの5月中旬から6月にかけて、体調を崩しがちだったり、勉強のモチベーションが下がってきたりしたら、これまでの勉強のやり方を疑ってみてほしい。実は、新五月病はそれに気づかせてくれる良い機会でもある。受験勉強がスタートしたばかりの4年生なら、今ここで修正できれば、この先の受験勉強が安定するし、5年生ならこの先に待ち構えている大きな壁を乗り越えられるようになる。
6年生でつまずく場合は、基礎がまだ盤石ではないために応用問題に手が出ないという状況なので、基礎を徹底することが課題になる。間違いや弱点に気づくことができれば、それを改善していけばいい。6年生の今の段階でこんな状況だなんて……、と焦る必要も嘆く必要もない。入試本番まで、あと9カ月もあるのだ。2カ月ほど後には、夏休みという大きな山が待っている。
それまでにできるだけ早く軌道修正しておこう。

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西村 則康(にしむら・のりやす)

中学受験のプロ家庭教師「名門指導会」代表/中学受験情報局 主任相談員

40年以上難関中学受験指導をしてきたカリスマ家庭教師。これまで開成、麻布、桜蔭などの最難関中学に2500人以上を合格させてきた。新著『受験で勝てる子の育て方』(日経BP)。

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(中学受験のプロ家庭教師「名門指導会」代表/中学受験情報局 主任相談員 西村 則康 構成=石渡真由美)
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