■朝食を抜いてしまう理由とは…
新生活が始まり、通勤や通学のリズムに慣れないうちは「朝はバタバタしていて、朝食を抜いてしまう」という方も多いのではないでしょうか。
農林水産省の調査によると、20~39歳の男性の約28%、女性の約15%が朝食を「ほどんど食べない」と報告されています。「週に2~3日食べる」を含めると、男性で約36%、女性で約25%に上ります。
カルビーが行った調査では、朝食を食べない理由として「元々朝食を食べる習慣がないから」「少しでも長く寝ていたいから」「朝食を食べる時間がないから」が上位に並びます。
しかし、朝食を抜くことは、単に空腹時間が延びるというだけではありません。健康、仕事のパフォーマンス、さらには将来の疾患リスクにも影響する深刻な生活習慣の問題なのです。
■脳が切り替わらず「省エネモード」
脳の主なエネルギー源はブドウ糖(グルコース)です。朝食を抜くと、睡眠中に低下した血糖値が回復しないまま朝を迎えるため、脳内の神経伝達物質の生成が滞り、認知機能や注意力が著しく低下します。
特にドーパミンやアセチルコリンといった神経伝達物質は、食事由来のアミノ酸やビタミンB群を材料に合成されます。これらの栄養素が不足した状態では、脳の「情報処理速度」や「判断力」が落ち、仕事や学習の効率に直結します。
さらに、朝食を抜いた状態ではコルチゾール(ストレスホルモン)が過剰分泌されるため、脳疲労やメンタルの不安定さにもつながります。
※Breakfast and mental health. Smith AP. Breakfast and mental health. Int J Food Sci Nutr. 1998 Sep;49(5):397-402.
私たちの身体は、朝の食事をきっかけに1日の交感神経優位な活動モードにスイッチします。朝食を抜くとこの切り替えが起こらず、副交感神経優位の省エネモードが続いてしまいます。
また、エネルギー不足が慢性化すると、身体は「筋肉を分解してエネルギーを作る(糖新生)」という選択をするため、筋肉量が低下し基礎代謝が落ちるという負の連鎖に陥ります。
■食欲ホルモンが暴走し、ずっと空腹状態
朝食の欠食は、エネルギーや栄養素の不足にとどまらず、食欲を調整するホルモン「レプチン」と「グレリン」の分泌にも影響を与え、バランスを乱します。
体は、空腹時間が長いとエネルギーが不足していると判断します。すると、空腹ホルモン「グレリン」の分泌が増え、空腹感が強まるだけでなく、高脂肪・高糖質食品への欲求も高まります。
一方、満腹を伝えるホルモン「レプチン」は欠食により分泌が減少。また、脳がレプチンに反応しにくくなる「レプチン抵抗性」が起こると、満腹感を得にくくなり、ドカ食いや過食を招きやすくなります。
その結果、内臓脂肪の蓄積や肥満リスクが高まることになります。
これらのホルモンは概日リズムに基づいて分泌されます。朝食は体内時計の「リセットスイッチ」の役割があり、欠食するとリズムが乱れ、1日中空腹ホルモンが優位になり、食欲のコントロールが難しくなるのです。
※Sleep curtailment in healthy young men is associated with decreased leptin levels, elevated ghrelin levels, and increased hunger and appetite. Spiegel K, Tasali E, et al. Ann Intern Med. 2004 Dec7;141(11):846–850.
※Effect of the perception of breakfast consumption on subsequent appetite and energy intake in healthy males. Tommy Slater et al. Eur J Neutr. 2022 Apr;61(3):1319–1330.
■内臓脂肪が蓄積した「ポッコリお腹」に
朝食は、体内のインスリン感受性が最も高い時間帯に摂る重要な食事です。
また、インスリンが過剰に分泌されることによって脂肪合成が促進され、特に内臓脂肪の蓄積が進みます。さらに、血中コルチゾールが上昇して筋肉分解と糖新生が進み、内臓脂肪細胞も増えやすくなります。
さらに、ミトコンドリア活性が低下し、エネルギー代謝が落ちるため、余剰エネルギーが脂肪として蓄積しやすくなり、肝臓や腸間膜に集中します。結果、メタボリックシンドロームのリスクを高める要因となります。
※Deleterious effects of omitting breakfast on insulin sensitivity and fasting lipid profiles in healthy lean women. Farshchi HR, Taylor MA, Macdonald IA. Am J Clin Nutr. 2005 Jul;82(2):388-96.
朝食欠食とメタボリックシンドロームの関係性については、名古屋大学准教授らの研究グループも指摘しています。
※名古屋大学 研究成果発信サイト「“お腹ポッコリ”の原因は朝食欠食+不活動にあり 生活習慣と食べ方の改善がメタボ予防につながる!」(2025年3月4日)
■集中力や作業能率を高めるブドウ糖
ここまで、朝食を抜くことのリスクをお伝えしてきました。それでは、一体何を食べれば仕事や勉強がはかどり、健康につながるのでしょうか。
まずは、朝に摂るべき重要な栄養素について解説します。
・集中力と作業能率を支える「糖質(ブドウ糖)」
脳の主要なエネルギー源はブドウ糖であり、朝食を通じて補給することが不可欠です。特に睡眠中はエネルギー摂取がないため、朝の時点で脳はエネルギー不足に陥りやすく、朝食によるブドウ糖の補充が集中力や作業能率の回復に直結します。
また、複合糖質(例:全粒穀物、オートミール)は血糖値の急上昇を防ぎ、安定したエネルギー供給に貢献します。
※Breakfast reduces declines in attention and memory over the morning in schoolchildren. Wesnes KA, Pincock C, Richardson D, Helm G, Hails S. Appetite. 2003 Dec;41(3):329–31.
・集中力と意欲を支える神経伝達物質の材料「たんぱく質」
神経伝達物質(ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンなど)の材料となるアミノ酸を供給します。特にチロシンやトリプトファンといった必須アミノ酸は、気分の安定やモチベーション維持に不可欠です。
朝にたんぱく質を摂取することで、日中の神経伝達物質の合成がスムーズに進み、集中力・意欲の向上が期待されます。
■若い女性は「隠れ貧血」が多い
・エネルギー代謝と神経機能をサポートする「ビタミンB群」
ビタミンB1、B2、B6、B12などのビタミンB群は、糖質やアミノ酸、脂質の代謝に不可欠であり、“代謝の潤滑油”と称されます。特にビタミンB1はブドウ糖をエネルギーに変える際に必要で、B6は神経伝達物質の合成にも関与しています。
朝にB群をしっかり摂ることで、エネルギー産生効率が高まり、だるさや倦怠感の軽減につながります。
・酸素運搬と免疫を支える必須ミネラル「鉄・亜鉛」
鉄は赤血球内のヘモグロビンの主成分であり、全身に酸素を運ぶ役割を担っています。
特に月経のある若年女性は「隠れ貧血」(鉄欠乏性貧血予備軍)が多く、朝に鉄を含む食品(例:赤身肉、納豆、ほうれん草など)を摂ることは重要です。
亜鉛は細胞分裂・免疫・ホルモン代謝に必要で、粘膜保護や味覚・嗅覚の維持にも関与します。たんぱく質と一緒に摂取することで吸収効率が上がります。
最後に、こうした栄養素を効率的に摂れる朝食メニューを紹介します。
■たった5分で“完全栄養朝食”
朝食が重要だとわかっていても、忙しい朝はつい後回しになりがちです。
◆朝ギリギリ派
ワンハンドで食べられるタイパ朝食
① バナナ+ゆで卵+プロテインスムージー
バナナは即エネルギー源となる糖質とカリウムが豊富。ゆで卵で良質なたんぱく質を補給し、プロテインスムージー(無糖ヨーグルトや豆乳+プロテイン+果物)を組み合わせれば、わずか5分で“完全栄養朝食”が完成します。
冷凍バナナや前日夜に仕込んだスムージーを使えばさらに時短になります。
②ライ麦パン+チーズ+ナッツ入りサンド
食物繊維豊富なライ麦パンに、カルシウムとたんぱく質が摂れるチーズ、ビタミンEと亜鉛が豊富なナッツを挟むだけ。片手で持ち歩きながらでも栄養価の高い朝食になります。
◆ しっかり食べたい派
ボリューム満点でもヘルシーな意識高い系朝食
① 玄米おにぎり+味噌汁+卵焼き+納豆
和食の黄金バランス。玄米はビタミンB群や食物繊維が豊富。納豆と卵でたんぱく質を補い、味噌汁で水分と発酵食品を取り入れましょう。
前日夜におにぎりと卵焼きを作っておけば、朝は電子レンジで1分以内に完成。
② オートミール+ギリシャヨーグルト+ナッツ+ベリー
食物繊維とミネラル豊富なオートミールに、たんぱく質たっぷりのギリシャヨーグルト、抗酸化作用の高いベリー、脂質と亜鉛が摂れるナッツをトッピング。
電子レンジで1分加熱するだけで、カフェ並みに美味しく栄養バランス抜群の朝食になります。
■コンビニで揃う「王道の朝食」
◆ コンビニ・外食派
自炊派じゃなくても、出張先や営業車での移動中でもできる朝食
【コンビニ編】ゆで卵+おにぎり(鮭や昆布)+無糖ヨーグルト
最短1分で買える王道の朝食セット。糖質・たんぱく質・乳酸菌がバランスよく含まれており、1日のスタートに最適です。糖質は控えめにしたい方は、半分玄米のおにぎりを選ぶのも◎。
【外食編】モーニング定食(卵・ご飯・味噌汁付き)
カフェやファミレスの朝定食は、実は栄養バランスが整っています。ベーコンやウインナーよりも、納豆や焼き魚、温泉卵を選ぶと理想的。
外で食べることが気分転換にもなり、朝のルーティン形成にも効果的です。
朝食は単なる習慣ではなく、未来の自分を作る「最初の1食」です。
新生活が始まった今こそ、毎朝の食事を見直してみてください。1日をクリアにスタートできる朝食こそ、最高の自己管理術であり、最大の自己肯定感につながる最大の投資となる習慣です。
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梶 尚志(かじ・たかし)
梶の木内科医院院長
1964年生まれ、富山県出身。富山医科薬科大学(現富山大学)医学部医学科卒業。医学博士。
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(梶の木内科医院院長 梶 尚志)