※本稿は、マイナビ健康運営のYouTubeチャンネル「Bring.」の動画「組織のサイロ化(タコツボ化)現象を考える。顧客への影響、効果的な対策、リーダーシップの在り方…」の内容を抜粋し、再編集したものです。
■企業の成長を阻害する「サイロ化現象」
【澤円】よく「タコツボ化」などと表現されますが、ビジネスや企業・組織における「サイロ化」についてのお考えをお聞かせください。
【荒木博行】サイロ化という言葉自体を知らない人は、案外多いかもしれません。そもそもサイロとは、穀物や飼料を貯蔵するための大型の貯蔵庫のことです。縦型の細いかたちをしていて、なかに入るとまわりの景色が見えなくなることから、ビジネスにおいて「縦割りの組織形態」を指していわれるようになりました。
【澤円】よくいえば部門間の独立性が保たれている。しかし、悪くいえば部門間の意思疎通がされていない状態ということですね。
■組織内で分業が進みすぎると…
【荒木博行】組織内のさまざまな領域にプロフェッショナルがいても、せっかくの知見が連係されておらず、それらを統合的に考えられる人やチームもない状態です。
その意味では、サイロ化は「分業」の必然的な側面ともいえます。
例えば、仮に椅子をつくる場合、自分ひとりの会社であれば、企画・制作から営業・マーケティングまで、すべてひとりで行います。でも、椅子が売れて生産量が増えていくと、「柄の部分はAさん」「背の部分はBさん」「戦略を立てるのはCさん」「売るのはDさん」というように分業が欠かせません。
すると、それは合理的ではあるものの、場合によって、最終的にどのような椅子をどのように売るのかを誰も把握していない状態が生じることがあるのです。
■他の組織を「奴ら」「あいつら」と呼びだしたら要注意
【澤円】組織内で分業や「仕組み化」を進めていけば、多かれ少なかれ、サイロ化現象に見舞われる可能性があるわけですね。そして、それが組織の意思決定の質やスピードを落とす要因になっていく。
【荒木博行】ですので、サイロ化には功罪があるのです。「功」の部分は、それぞれが専門性を高められること。外側(他部門)からのノイズがなくなることで、集中して能力を磨き、その道のプロになれます。よって、人を素早く育成するという意味では、理にかなっているといえるでしょう。しかし、いい側面の裏には、大きな副作用もあるということです。
【澤円】サイロの「罪」の部分の兆候としては、どんな現象がありますか?
【荒木博行】他の組織のことを、「奴ら」「あいつら」などと乱暴に表現するようになるのは、ひとつの大きな兆候といえるでしょうね……(苦笑)。固有名詞を意識しなくなり、「営業の奴ら」「研究開発のあいつら」などと、ひとくくりにして表現するようになるのです。
■組織全体を見渡せない「お山の大将」が生まれてしまう
横に連係することの大切さに気づくと、互いにコミュニケーションへの意欲が生じるものですが、その大切さに気づかなければ、自分たちの優位性ばかりを意識するお山の大将になりがちです。このように、それぞれの組織が、自分たち以外の組織を「どのように表現しているか」に注目することが、サイロ化の兆候に気づくポイントになります。
自分たちの敵ができると、組織・部門内の結束が高まります。「研究開発の奴らはダメだからうちら営業が頑張るぞ!」というノリになるわけですね。これは一見、仕事に対するモチベーションが上がっているように見えます。でも、いったんそのような思考回路になると、相手はずっとダメな存在のままでなければいけない状態になります。
【澤円】自分たちの存在意義のためにも、相手によくなってもらったら困るというわけですか。
【荒木博行】そうして、自分たちだけが「正しい」と考えるようになると、全体を俯瞰したりユーザーの利益を考えたりする、総合的な視点を見失っていきます。これがサイロ化の典型的な兆候といえるでしょう。
■サイロ化した企業の業績は上がらない
【澤円】組織がサイロ化すると、一時的に各部門のエンゲージメントレベルが上がり、場合によって業績も上がる可能性はあります。
【荒木博行】おっしゃる通りです。端的にいうと、組織全体の最終成果に対するコミットメントがない状態になるからです。例えば、「自分たちのKPIさえ達成できればいい」となると、仮に業績が落ちても他の部門のせいにできます。そうして最終成果に対する責任を多くの人が意識しなくなると、組織は非常に危険な状態に陥ります。
わたしは仕事で時々、役員会議に同席させていただくことがあるのですが、このときも各役員の立ち位置をかなり重要視しています。出席する役員が、お山の大将になっていると、いかにして他の部門に主導権を握らせず、自分の部門が有利になるかばかりを気にしています。そうして建設的な対話ができなくなる状態になるのが、よくあるサイロ化のパターンだからです。
■「お山の大将」は出世はするが…
【澤円】そのような組織は少なからず存在していそうですね。
【荒木博行】実際には多いと感じています。そしてやっかいなことに……そんな人こそ出世しがちなのです。なぜなら、自分の部門のことだけを考えているため、部門の結果に対するコミットメントが高く、部下からの信頼も厚くて、組織内で強く支持されることが多いからです。
そうした人が、取締役にまでなると、組織全体にとって非常に危険な状態になります。自分が属していた組織の経験だけに基づく視野が狭い状態で、組織全体をまとめようとするからです。そうなると総合的な視点を持たない状態で、非合理的な経営をすることになりかねません。
サイロ化しても、各部門のなかにいる人たちからすると、いい組織(部門)なのです。でも、組織全体で見ると、思ったほど業績が上がらず、悪い場合にはどんどん下がっていくでしょう。すると、互いに「あの部門のせいだ」となって責任がスルーされていく。それゆえ、なかにいる人の多くがサイロ化の症状に気づかない状態になるのです。
そうなると本質的な問題解決に至りませんから、「誰も気づかない」という点が、サイロ化のもっとも怖い点だと考えています。
■「顧客視点」が抜け落ちる
【澤円】ここまで伺っていてふと気づいたのですが、「顧客」というワードがどこにも出てきませんよね。
【荒木博行】それは鋭いご指摘ですね。先の椅子のメタファーでいうと、サイロ化すると、脚だけはデザインや機能性が高いものであっても、背もたれがチープなような、ちぐはぐなプロダクトがつくられてしまうのです。
でも、それぞれの部門は「わたしたちは正しいことをしている」「他の部門のことはよくわからない」となるから、最終的に顧客にとって益がないものがどんどん生み出されていきます。
つまり、売り上げや営業成績だけでなく、顧客満足度のようなものをKPIとして優先的に指標に取り込まなければ、早晩、顧客から振り向いてもらえなくなるでしょう。
【澤円】自分たちは「なんのために仕事をしているのか」という顧客視点が、ほぼ抜け落ちた状態になるわけですね。そうならないためにも、やはり組織・部門同士が連係していくことが必要になりますね。
■特定の仕事だけでは経営センスは身に付かない
【荒木博行】わたしの知るとある食品会社では、30代までには、プロダクトの企画、営業、販売までのプロセスすべてを必ず経験している状態が、リーダーになるための重要ポイントにしているそうです。一連の職種をすべて経験することで、経営感覚が磨かれるという考え方です。
確かに、組織の一連のバリューチェーンをしっかり見る経験をすると、「こういうコンセプトをつくると営業先で苦労する」「この視点を開発に取り込むとうまく売れる」といった、全体的な視点や気づきを、自分のなかに蓄積することができます。この経験を1回踏んだうえで、個別の部分のプロになればいい。特定の仕事だけを何十年も担当しているだけでは、経営センスが持てなくなるのです。
【澤円】商流をひと通り体験することで、多面的な視点を得ることができ、結果的に会社を合理的に、いいかたちへと変えていけるということですね。ですが、それらの経験が何十年も前のままで、知識がアップデートされなければ、それはそれでリスクになりそうです。
【荒木博行】ここは難しいところですよね。
ただ、いまの時代は、顧客動向やテクノロジーの変化が速いため、以前の経験値や体感が、必ずしも正しいとはいえない状態があり得ます。その意味でも、サイロ化を脱し、ビジネスを俯瞰的に見る人が増える必要があるのです。
■「サイロ化」を抜け出すための目標設定
【澤円】では、サイロ化を解消するにあたり、「リーダーシップ」はどのような力を持ち得るとお考えですか?
【荒木博行】サイロ化の本質的な課題は、組織の内側で互いにいがみ合う状態になってしまうことです。それが結果的に、組織の外にいるもっとも大切な顧客に向き合わない姿勢につながっていくので、リーダーにはそんな状態からいかに脱却するかを考える重要な役目があります。
そのために、リーダーは個別の部門だけで解決できると考えてしまうような、狭い課題を設定しないことが重要です。現在は、パーパスが経営におけるキーワードになっていますが、そんな身の丈を超えた大きな目標にチャレンジしようとするならば、やはりみんなが仲間でなければ実現できません。
逆に、課題が小さくなればなるほど、「自分たちだけでできる」という思考につながり、他のものがノイズになります。だから、組織がサイロ化しやすくなってしまうのです。
【澤円】そのためには、「自分たちが本当に向き合わなければならないことはなにか」を、きちんと言語化することが必要ですね。
■「なぜ同じ会社で働くのか」を言語化する
【荒木博行】見栄えのいいパーパスではなく、「わたしたちは本当にこれを実現したい!」と思える、大きなチャレンジに踏み出せる目的・目標が必要なのです。そうしてはじめて、部門同士が情報や知見を交換する必要性が理解され、横連携ができる状態になっていきます。
大切なのは、「自分たちがなぜ同じ会社である必要があるのか」という点を言語化し、そのメリットを見えるかたちにすることです。
経営を多角化し、複数の事業部門を抱える会社は多いのですが、「なぜそれらが単体の会社ではないのか」という問いに明確に答えられる人は、実は多くないかもしれません。でも、本来は、ひとつの会社として集まっている意味があるはずなのです。
それは、例えばナレッジの活用や、ブランド力の形成や、流通の統合などいろいろな理由があると思います。でも、結局ひとつにまとまっている必然性をみんなが意識していなければ、やはり心理的にサイロ化に進んでいってしまうのです。
【澤円】その必然性を説明できる状態をつくるのがリーダーシップの役割だということですね。また、「社会に貢献する」ために参加する者として、たとえ新入社員であってもリーダーシップを発揮していいと思います。
【荒木博行】だから、「一人ひとり」という視点が大事なポイントですよね。「偉い人にいわれたからやらなければ」ではなく、「自分はどうありたいのか」「あなたはどう思うのか」という問いかけからはじまっていくのだと思います。
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荒木 博行(あらき・ひろゆき)
武蔵野大学アントレプレナーシップ学部教授、株式会社学びデザイン代表取締役
1975年生まれ、千葉県出身。株式会社学びデザイン代表取締役。住友商事、グロービス(経営大学院副研究科長)を経て、株式会社学びデザインを設立。株式会社フライヤーなどスタートアップのアドバイザーとして関わる他、武蔵野大学、金沢工業大学大学院、グロービス経営大学院などで教員活動も行う。北海道にある株式会社COASや一般社団法人十勝うらほろ樂舎にも関わり、学びの事業化を通じた地方創生にも関与する。著書に『裸眼思考』(かんき出版)、『独学の地図』(東洋経済新報社)、『自分の頭で考える読書』(日本実業出版社)、『藁を手に旅に出よう』(文藝春秋)、『見るだけでわかる! ビジネス書図鑑』シリーズ、『構造化思考のレッスン』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『世界「倒産」図鑑』『世界「失敗」製品図鑑』(日経BP)など多数。Voicy「荒木博行のbook cafe」、Podcast「超相対性理論」のパーソナリティでもある。
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澤 円(さわ・まどか)
圓窓 代表取締役
1969年生まれ、千葉県出身。株式会社圓窓代表取締役。立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT子会社を経て、1997年にマイクロソフト(現・日本マイクロソフト)に入社。情報コンサルタント、プリセールスSE、競合対策専門営業チームマネージャー、クラウドプラットフォーム営業本部長などを歴任し、2011年にマイクロソフトテクノロジーセンター長に就任。業務執行役員を経て、2020年に退社。2006年には、世界中のマイクロソフト社員のなかで卓越した社員にのみビル・ゲイツ氏が授与する「Chairman's Award」を受賞した。現在は、自身の法人の代表を務めながら、琉球大学客員教授、武蔵野大学専任教員の他にも、スタートアップ企業の顧問やNPOのメンター、またはセミナー・講演活動を行うなど幅広く活躍中。2020年3月より、日立製作所の「Lumada Innovation Evangelist」としての活動も開始。主な著書に『メタ思考』(大和書房)、『「やめる」という選択』(日経BP)、『「疑う」からはじめる。』(アスコム)、『個人力』(プレジデント社)、『メタ思考 「頭のいい人」の思考法を身につける』(大和書房)などがある。
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(武蔵野大学アントレプレナーシップ学部教授、株式会社学びデザイン代表取締役 荒木 博行、圓窓 代表取締役 澤 円 構成=岩川悟(合同会社スリップストリーム) 文=辻本圭介)