■首相は揺れながらも減税否定に傾く
7月の参院選を前に「減税ポピュリズム」が永田町を席巻している。立憲民主党、日本維新の会、国民民主党、れいわ新選組、共産党の野党各党が、物価高やドナルド・トランプ米大統領が発動した相互関税への対応策として、財源を明示しないまま、消費税の廃止や税率引き下げを訴える。

公明党は、減税の前提として現金給付も公約に掲げ、消費税減税に慎重な自民党に圧力を加えている。ばらまけば、有権者がなびいてくれるとでも思っているのか。参院自民党でも、改選組を中心に消費税減税を求める声が高まっている。石破茂首相は、判断が揺れながらも減税否定に傾いているが、与党内調整を含め、予断を許さない政局が続く。
■年間1人3.5~4万円の実質減収になる
政権浮揚策の一環としての経済対策をめぐって、与党内にまず浮上したのは、所得制限を設けない一律現金給付案だった。4月9日の読売新聞が「与党内に国民向けに一律3万円以上の給付を行う案が浮上している」と初めに報じたもので、自民党からは1人当たり3~5万円、公明党からは10万円という声も上がった。トランプ大統領による関税措置のあおりで、4月7日に東京株式市場が暴落し、参院選対策だけでなく、日本経済悪化への懸念が広がったためだ、と説明された。
自民党の森山裕幹事長は8日夜、首相公邸で石破首相や木原誠二選挙対策委員長と経済対策を協議した際、物価高もあって年間1人3.5~4万円の実質減収になるとの独自試算を基に一律3~5万円の現金給付を提案する。「スピーディーにやるには給付しかない」と。その財源(1人5万円なら6兆円)を確保するため、2025年度補正予算案を編成する必要があると指摘したことが後日、報じられた。
公明党の斉藤鉄夫代表は、10日の党中央幹事会で「政府に対し、減税を柱とした包括的かつ効果的な経済対策を早急に取りまとめるよう強く求めていく」と強調した。消費税を念頭に減税を実現するまでのつなぎ措置として現金給付するよう求めるとしている。

少数与党が一律現金給付を実施するには、ハードルも高い。「選挙対策のばらまきだ」との批判を浴びかねないだけでなく、後半国会で補正予算案を成立させるには、野党の一部の賛成を取り付ける必要があるからだ。
■「給付金でまくなら最初から取るな」
この点、国民民主党の榛葉賀津也幹事長は10日の記者会見で、与党の現金給付案について「集めた税金を給付金でまくんだったら、最初から取るなという話だ」と一蹴し、それよりも消費税減税を求めた。与党に対しては「『103万円の壁』を178万円に上げる7~8兆円の財源がないと言ったが、できるじゃないか。何で国民民主党が減税をやろうと言うと財源がないと言い、(参院)選挙の前に給付金を10万円まくと言ったら、できると言うのか」と皮肉たっぷりに反論した。
日本維新の会の前原誠司共同代表も10日のBS11番組で、「ばらまきだ。使われるのは3割程度で7割は預金に回る。経済政策としてはあまり効果がない」「食品に限って消費税を期間限定でゼロにする方が効果的だ」と述べ、現金給付に否定的な考えを示した。
野党の賛成が望めない以上、政府・与党は一律給付の方針を転換せざるを得ない。石破首相は11日夜、首相公邸で森山氏や林芳正官房長官、小野寺五典政調会長と協議し、一律給付案の可否について一任を取り付け、消費税減税についても意見交換したという。
決定的だったのは、世論の動向だった。4月14日の読売新聞世論調査(11~13日)で、米国の関税措置や物価高への対策として政府が一律に現金給付することについて、効果的だと「思わない」が76%に上り、「思う」は19%にとどまった。
共同通信世論調査(12~13日)でも、現金給付案に「賛成」の37.5%を「反対」の55.3%が上回った。この報道を受け、一律現金給付案は一気に勢いを失って行く。
■「食料品の税率を抑えている国もある」
政府・与党は4月16日、国民一律の現金給付案を断念した。森山氏の提案からわずか8日後だった。今後は補正予算を組まず、25年度予算の予備費などを活用するという。林官房長官は同日の記者会見で「24年度補正予算や25年度予算に盛り込んだあらゆる政策を総動員し、物価高対策に取り組む」と強調した。
一方で、与党内には、参院選対策として、消費税減税を掲げるべきだとの声も根強い。減税を実現させるには、年末の税制協議で結論を得て、26年の通常国会で法改正する必要があるが、その方針だけでも示すべきだとの考えからだ。
自らも参院選改選を迎える松山政司自民党参院幹事長は4月8日の記者会見で、トランプ関税への対応について「給付や減税も含め、あらゆる選択肢を排除せずに対応することが重要だ」と述べ、消費税減税に言及した。
石破首相の発言も、微妙に揺れ動く。3月28日の参院予算委員会で、立憲民主党の川田龍平氏が物価高対策をめぐって「消費税の減税も考えてはどうか。海外では食料品については税率を抑えている国もある。
ほかの国でもやっていることを、ぜひやってほしい」と求めたのに対し、「いかなる効果があるのか、一概に否定する気は全くないが、検証を少しやらせていただきたい。税率、期間、対象の品目がどうなのか、四の五の言ってやらないと言っているわけでは全くない」と答弁し、食料品の軽減税率引き下げに前向きな姿勢を示した、と受け止められた。
■「参院選で負けて野党になるよりは安い」
首相は、4月1日の記者会見では、食料品を対象とした消費税減税の可能性について「全世代型の社会保障を支える重要な財源だ。税率を引き下げることは適当ではないと考えている」と述べ、事実上、前言を撤回した。
消費税減税に否定的な森山、林両氏、鈴木俊一総務会長(前財務相)らの進言もあったのだろう。財務省によると、食料品にかかる8%の消費税率をゼロにすると年間5兆円の税収減になり、消費税率を一律5%にすると年間15兆円の減収となる。
首相は、菅義偉政権当時の2021年3月、デイリー新潮(石破茂著『異論正論』新潮新書所収)にこう記している。
「消費税を最初に導入したのは、まだ経済成長期であり、『一億総中流』と言われていた時代だった」

「しかし、現在の経済格差を前提としたとき、当時のままの考え方でいいのだろうか、という疑問が生じるようになった。格差が大きいと、消費税はその逆進性が顕在化する」

「消費税を撤廃、あるいは減免した場合にどういう影響があるのか、どれくらい消費を押し上げ、GDPを上げるのか。他の政策、たとえば所得が多くない人への直接給付と比べてどうなのか。消費減税を訴える人には『こうしたことについて、ぜひ教えてください』とお願いしているところだ」
石破首相にはこうした持論があって、時に口をついて出る。首相が「食料品にかかる軽減税率を引き下げるのはありだ。
自民党が参院選で負けて政権を失うことを考えたら安いものだ」と言った、とジャーナリストの青山和弘氏が3月30日のABEMA TIMESなどで報じたのもその一つだろう。永田町には「首相は、実は消費税減税をやろうとしている」という情報がなお出回ることになる。
■「『森山派』なのか『高市派』なのか」
自民党内では、消費税減税への賛否が分かれている。財政規律派の森山氏は13日に鹿児島市内での講演で、2022年に英国のトラス首相(当時)が大型減税を打ち出し、通貨と国債、株が同時に売られるなどの「トラスショック」を招いて短命政権に終わった事例を挙げ、「財源の裏付けのない減税は国際的な信用を失う」と述べ、党内の減税論を牽制した。
鈴木氏も8日の記者会見で、消費税減税について「実施すべきものではない」「一度下げると、元に戻すことも相当な政治的エネルギーがないとできない」と警告している。
これに対し、高市早苗前経済安全保障相は14日、自身のX(旧ツイッター)で、政府・与党が検討する経済対策をめぐって「財政拡大は景気を押し上げ、むしろ税収は増収になる」と指摘し、減税や積極財政の必要性を訴える。森山氏に反論する形で、日本の国際経常収支は黒字だとし、「当時の英国は、国際経常収支が赤字だった。今の日本でトラスショックは起きない」とも書き込んだ。
14日の参院決算委員会では、日本維新の会の柳ヶ瀬裕文氏が、加藤勝信財務相に「両極端だが、『森山派』なのか『高市派』なのか」と質し、加藤氏が「恒常的な支出につながるものに対しては、安定的な財源の確保が必要ということはこれまで申し上げている」とかわす場面もあった。柳ヶ瀬氏は「私は『高市派』の立場だ」とし、期間限定で食料品の消費税率ゼロとするよう求めていた。
自民党内では24日、松山氏が党本部で森山氏に参院選公約に関して参院議員に行ったアンケート結果を報告し、消費税減税を求める声が8割に上り、そのうち7割が食料品の税率引き下げを求めていることを明らかにした。森山氏は聞き置くにとどめたという。

■「減税ポピュリズムに走りたいなら」
野党は、与党の現金給付案を「ばらまきだ」と批判したが、消費税減税の旗は降ろさず、代わりの財源を検討しようとはしない。
立憲民主党は、4月25日の臨時執行役員会で、食料品にかかる8%の消費税率を1年間に限って0%とすることを参院選公約に盛り込むことを決めた。その後は、所得税の控除と給付を同時に行う「給付付き税額控除」へ移行するが、経済情勢に応じて減税をさらに1年延長する。減税が実現するまでの物価高対策として給付措置を実施するが、財源は赤字国債に頼らないとしているだけで、その確保策はこれから探るのだという。
野田佳彦代表は、財政規律派で、消費税減税に慎重だった。だが、11日の党会合で、江田憲司元代表代行らのグループが食料品の消費税0%を公約に盛り込むよう求めると、枝野幸男元代表が翌12日のさいたま市内での講演で、江田氏ら減税派の動きに対して「参院選目当てだ。減税ポピュリズムに走りたいなら、別の党をつくるべきだ」と牽制し、小沢一郎衆院議員が15日に「非常に傲慢な印象を与える」と反発するなど、党内抗争の様相を帯びていた。
野田氏は12年、民主党政権の首相時代に自民、公明両党とともに現在の消費税率10%に道筋を付けたが、小沢氏らが消費税増税に反対し、党分裂につながった苦い体験がある。今回は「再び党を割るわけに行かない」と、時限的な減税を打ち出さざるを得なかった。
■「財源をどうするのかがとても重要だ」
国民民主党は、時限的な経済対策として消費税一律5%を掲げ、代わりの財源は「赤字国債を堂々と発行してやったらいい」(玉木雄一郎代表)という立場だ。
連合の芳野友子会長は26日、立憲民主党が食料品の消費税率を1年間0%にする方針を決めたことに関し、都内で記者団に「今の段階では減税について連合は考えてない」「財源をどうするのかがとても重要だ」と述べ、参院選を前に立民、国民民主両党の減税ポピュリズムとは距離を置く考えを示した。
連合は、財政健全化や社会保障制度の充実を重視する立場から、消費税減税に慎重で、「給付付き税額控除」の導入を求めている。

日本維新の会は、2年限定で食料品の消費税率ゼロを主張し、減収分を賄うために「社会保障の構造改革が必要だ。税収の上振れ分も財源になる」(吉村洋文代表)としている。
共産党は、緊急に消費税を5%に減税することを要求し、代替財源は「行き過ぎた大企業への減税、大金持ち優遇、不公平税制をただせば確保できる」と主張している。
れいわ新選組は、消費税廃止をうたい、「行き過ぎた大企業優遇を是正するだけでも、廃止分の財源の大部分を確保できる」という。
■「低所得者が物価高に一番苦しんでいる」
財源を明示せずに減税を主張するという意味では、与党の公明党はより無責任ともいえるが、党勢回復を掛けた参院選を控え、出遅れを避けたかったのだろう。
公明党は4月25日、参院選公約で掲げる物価高対策として、減税とその実現までのつなぎ措置としての給付を明記した。減税対象は明示せず、「消費税減税も検討材料だ。財源は社会保障の充実と矛盾しないように検討する」(斉藤代表)としている。
石破首相はこうした減税をめぐる狂騒をよそに、一つの決断に踏み切る。4月30日、訪問先のマニラで、消費税減税について、記者団に「高所得者や高額消費も含めて負担が軽減される。低所得者が物価高に一番苦しんでいることから考えれば、どうなのか」と述べて、物価高対策としての効果に疑問を投げ、改めて否定的な考えを示したのだ。
戦闘モードに入るきっかけは、立民党の食料品0%案だった。首相は「事業者がごく短い間に2回のシステム変更が可能か、事務負担はどうなるのかという問題がある」と指摘し、場合によっては、参院選で差別化を図ることができるとも考えたのだという。
首相に近い筋は「自民党が責任政党として参院選を戦ううえで、消費税は持続可能な社会保障の財源だと訴える方が、むしろ健全な保守層が離れないことにつながる」と説く。
だが、与党内の消費税政局が今回の首相発言で決着を見るわけではない。政権基盤の弱さだけでなく、不確定要素もあるからだ。ガソリン減税やコメの価格抑制が実現するのか。トランプ関税をめぐる日米交渉がどう進捗するのか。参院選が近づけば、公明党や参院自民党が巻き返してくる可能性もある。
5月連休明けには、与党の経済対策をめぐって、自公の森山、西田実仁両党幹事長の協議が始まるが、参院選の共通公約が策定できるかどうかも焦点の一つになるだろう。

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小田 尚(おだ・たかし)

政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員

1951年新潟県生まれ。東大法学部卒。読売新聞東京本社政治部長、論説委員長、グループ本社取締役論説主幹などを経て現職。2018~2023年国家公安委員会委員。

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(政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員 小田 尚)
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