立憲民主党が今夏の参院選の公約に「1年間の食料品消費税ゼロ」を掲げた。ジャーナリストの尾中香尚里さんは「立憲の価値観と相反する、コア支持層も一気に逃げ出す政策だ。
得られる支持よりも失う支持のほうが格段に大きいだろう」という――。
■「食料品の消費税ゼロ」を打ち出してしまった立憲
予想通りとはいえ、懸念が現実になったのは残念だ。立憲民主党が参院選の公約に「食料品消費税ゼロ」を掲げたことである。筆者は3月25日公開の記事(「減税を謳っても選挙に勝てない」は歴史が証明している…立憲幹部が頭を痛める「減税議員」の残念な思考回路)で「消費減税の公約化」への誘惑に揺れる同党への懸念を記したが、焼け石に水だったようだ。
立憲民主党を含む旧民主党勢力の「党内の酷いごたごた」を30年近く見てきた立場から見れば、今回の立憲の「ごたごた」(?)には、正直驚きも失望もない。
同党が結党以来の理念や基本政策を全否定して真逆の価値観の政党に変質した、とまでは思わないし、野田佳彦代表率いる執行部が倒れ、党内の権力構造が変化する可能性も、ほぼ皆無だろう。立憲の党内政局の可能性に色めき立っていたマスコミも、すでにこの問題に飽きている。
■「減税議員」を制御できない執行部のグダグダ
だが、今回の一件が同党に与えるダメージは、2017年の旧立憲結党以来、最も大きくなる可能性がある。選挙が近づいただけで右往左往し、党の理念や「目指す社会像」に目もくれず、一見国民受けしそうな「消費減税」に飛びつく所属議員。それを制御できない執行部。そんな姿を目の当たりにした支持者が、過去になかったほどの大きな失望を覚えている。
「たかが参院選の物価高対策」と軽く考えてはいけない。
立憲は今回の一件が「政権の選択肢」としての自らの価値を大きく毀損し、党の理念に共感していたコア支持層も、「自民党に代わる責任政党」を求めている無党派層も、ともに失いかねないことを自覚すべきだ。
■記者会見で見えた野田代表の「かすかな抵抗」
野田氏が「食料品消費税ゼロ」に言及した4月25日の記者会見は、なかなか趣深かった。あれほど「見出しどころの価値」を下げにかかった会見を、筆者はあまり見たことがない。
野田氏は「食料品消費税ゼロ」を前面に押し出そうとはしなかった。消費税の逆進性を抑え、中低所得者の生活を支える政策として、昨秋の衆院選で同党が掲げた「給付付き税額控除」(中低所得者が負担する消費税の半額相当を、控除や給付により実質的に還付する)が「われわれの目標であり、決して変えることはない」と繰り返し強調した。
その上で党の物価高対策について、①当面の「超短期的」な対策として「給付付き税額控除の理念に沿った何らかの給付措置」を行う、②準備が整い次第「食料品消費税ゼロ」を導入する。期間は1年、経済情勢により1回のみ延長可、③給付付き税額控除を導入する――という順で行う考えを示した。
②の「食料品消費税ゼロ」は、①の「超短期的な給付措置」から③の「給付付き税額控除」に移るまでの「経過措置」と位置づけたわけだ。
■「食料品消費税ゼロ」をなかったことにしたいように見えた
筆者は軽い疑問を抱いた。この順番は現実的なのか。
立憲が近い将来政権与党になっても、②の食料品の消費税率をゼロにする税法改正は、野党・自民党との合意形成に相当の時間がかかる(おそらく参院は「ねじれ国会」だろう)。一方、③の給付付き税額控除は、政権の判断で実現可能だ。
②よりも③のほうが、先に準備が整う可能性が高い。
野田氏は4月28日のBSフジの番組で、給付付き税額控除の制度設計について「(食料品の消費税)ゼロ税率をやっていても(期限の1年を待たずに)途中から切り替えられるほどのスピードアップをしていきたい」と述べた。
できるなら①から③へと一気に飛んで、②の食料品消費税ゼロを「なかったこと」にしたい――。野田氏のそんな「本音」がうっすら感じ取れる発言だった。
■「ポピュリズム政党」ではないアピールに躍起
さらに野田氏は、食料品消費税ゼロの財源について「赤字国債に頼ることなく」と述べ、説得力ある財源を提示するよう、政調の現場に釘を刺した。減税の公約化を決めた以上、財源についても野田氏自身が語るべきだが、そうしなかった。唯一触れたのが、政府の基金の「積み過ぎ」分を財源とする可能性だが、これは恒久財源たり得ない。
「無責任」と批判されるのを承知で野田氏が財源を語らなかったのは、それまでに党内の「減税派」から出されていた財源案を認めない姿勢を示したかったのではないか。
消費減税については、それを強く求める層がいる一方で「代替財源を示さない(あるいは国債発行で将来にツケを回す)のはポピュリズム政策だ」との認識も高まっている。それを意識してか、立憲の減税派も「外国為替資金特別会計(外為特会)の活用」などさまざまな財源案に言及して「ポピュリズムではない」アピールに躍起になった。
野田氏はこれらを評価しなかった。だから、党内議論で最多だった「食料品消費税ゼロ」を参院選の公約に加えることまでは認めても、財源については現場に再考を迫った。
さらに言えば、野田氏は有権者の納得が得られる恒久財源は見つからないことを見越し、ワンショットの財源でも対応可能なように、減税期間を「1年限り」と期限を切った。筆者はそんなふうにみている。
■明らかに「消費減税」だけが政策として浮いている
こう考えると、立憲の「食料品消費税ゼロ」は、どう見ても党の政策として浮いている。
物価高対策の順番という観点からは「超短期的な給付措置」(①)から本来の給付付き税額控除(③)に移行する方が合理的で、実現の可能性も高い。食料品消費税ゼロ(②)は、必要もないのにその狭間に無理やり突っ込まれたような位置づけだ。財源の観点でも「1年しか実施できない」点が、むしろクローズアップされている。
野田氏が発言すればするほど、立憲の「食料品消費税ゼロ」が、党の政策としていかにいびつであるかを可視化する結果を生んだ、と思えてならない。
野田氏の発言を待つまでもなく、消費減税は立憲民主党の「目指す社会像」とは相容れない政策だ。それでも、多くの同党議員が、選挙を前に消費減税を公約にすることを求めた。選挙のためなら、自らの党の基本理念や「目指す社会像」をないがしろにできる、ということだ。筆者はそのことに深く失望している。
■「消費減税」は「芯のない政治家」をあぶりだした
詳細は3月25日の記事をお読みいただきたいが、「給付付き税額控除」と「消費減税」では「目指すべき社会像」がほぼ真逆である。

前者は富裕層から多額の消費税を徴収し、それを財源に政府が公共サービスを充実させる(再分配)ことで所得格差の是正を図る。後者は低所得者からの徴税を控えて一時的に家計を救うかもしれないが、富裕層に対しより多くの減税を行うため、教育や医療、介護などの公共サービスは削減され、結果として低所得者層の自己負担は増える。長い目で見れば、格差は拡大する。
そんな真逆の政策を並べて「まず消費減税、次に給付付き税額控除」などと言われたら、立憲民主党がどんな社会を目指すのかが見えなくなる。そのことに疑問を感じないなら、それは自身に「目指す社会像」がない、政治家としての「芯がない」ことを白状しているに過ぎない。
給付付き税額控除を捨てて、消費減税による「自己責任の社会」を目指す政党に作り替えたいなんて思っていない。執行部に反旗を翻し、代表の首をすげ替えたいわけでもない。でも、有権者になじみの薄い給付付き税額控除を、粘り強く説明するのは面倒だ。せめて選挙の時だけでも、国民受けしそうな「減税」を叫ばせてほしい――。
そんな姿勢が透けて見えるから、立憲はいつまでも「政権を担うべき政党」としての信頼を勝ち取れないのだと思う。
■「目指す社会像」を共有できなかった立憲の弱さ
野田氏が今回の「食料品消費税ゼロ」について、本来の党のありようと整合性をつけるために苦悶したことは、一定程度理解する。だが、どんなに丁寧に説明しようと、野党の政策など減税と憲法くらいにしか興味がない多くのマスコミは、もはや「減税」にしか着目しない。

自民党が進めてきた「自己責任を強いる社会」を終わらせ、公助の充実によって国民の暮らしの不安を取り除く、そんな同党の社会像は、はるか後景に退いてしまう。
そんな状況を生んだのは、党が一丸となって「目指す社会像」の旗を掲げるという意識を共有させることができなかった、歴代執行部の責任も大きい。所属議員の認識の甘さに、すべての責任を押しつけてはいけない。
■失う支持は大きく、得られる支持は極めて少ない
結党時からのコアな支持層は、今回の展開に対し、過去にない強いダメージを受けている。「参院選に向けた応援を手控える」という声が、リアルでもネット上でも聞かれ始めた。自民党に代わる政権担当能力を持つ政党を求めていた無党派層も、消費減税に言及した立憲の政権担当能力に疑問符をつけるだろう。
それだけの支持を失っても、立憲は声の大きな「減税派」の支持を得ることに舵を切った。だが「減税派」の国民の支持は、従来それを主張してきた中小野党に向かう。失う支持は大きく、得られる支持は極めて少ない。
「減税を言えば野党がまとまる」という選挙対策的発想があったのなら、それも甘い。立憲が「多弱」の野党を抜け出し「2大政党の一翼」となるなか、他の中小野党は「いかに立憲との差別化を図るか」しか考えていない。今後は「立憲の減税策は中途半端」などと言い募り、同党を突き放すだろう。
なぜそれが見えないのか。
■大敗して頭を冷やしたほうがいい
昨秋の衆院選で立憲は消費減税を封印し、148議席と躍進を果たした。少数与党となった国会で、野党第1党として多くの成果を出したことは、有権者からも評価を受けた。そこから1年もしないうちに、立憲は自らその価値を毀損し、躍進の流れにブレーキをかけている。
いっそのこと、野田氏が一瞬本音をにじませたように、給付付き税額控除の制度設計を早めて「準備が整ったので『食料品消費税ゼロ』は不要になった」と訴えれば、支持者の怒りも少しは収まるかもしれない。だが、そうなれば今度は「減税の評判が悪いからぶれた」と揶揄されるのがオチだ。今から挽回を図るのは、かなり難しいだろう。
ここまで来たらあくせくせず、立憲は参院選で有権者の失望を引き受け、一敗地にまみれたほうが、立ち直りは早い気がする。救いは、今回の選挙が参院選であり、「政権選択選挙」の衆院選ではないことだ。高い「授業料」を払っても、次の衆院選までの立て直しは不可能ではない。
国政選挙は声の大きな支持者だけでなく、普段は見えにくい多くの有権者の生の声に触れる良い機会だ。立憲の議員は、自分たちは国民に何を期待され、何に失望されているのかに謙虚に耳を傾け、選挙後はいま一度、党の原点を再確認する時間を持ってほしい。
多様な政策を議論することは大切だ。だが、政党には「足して2で割ってはいけない」ものがある。党の基本理念とはそういうものだ。まずはその認識をしっかり持ってほしい。

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尾中 香尚里(おなか・かおり)

ジャーナリスト

福岡県生まれ。1988年に毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長などを経て、現在はフリーで活動している。著書に『安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ』(集英社新書)、『野党第1党 「保守2大政党」に抗した30年』(現代書館)。

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(ジャーナリスト 尾中 香尚里)
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