■吉本興業への批判が吹き荒れている
「髙比良くるまさんの危機管理は100点満点なのにクビを切るなんて、吉本は恥を知れ!」
「週刊誌報道後にSNSで好き勝手に発信していた松本人志はかばって、くるまさんは契約解除っておかしすぎるだろ」
お笑いコンビ・令和ロマンの髙比良くるまさんと話し合いの末、マネジメント契約を解除したという吉本興業がボロカスに叩かれている。
令和ロマンの公式YouTubeで髙比良さん自身が明かしたところによれば、吉本の「すごい偉い人」から「謝罪動画」について「ちょっとやってほしくなかった」と苦言を呈され、「会社との信頼関係というのは、壊れてしまったから」と遠回しに契約解除を打診されたという(2025年4月28日公開「令和ロマンから皆さまへ。」)。
ここに登場する「謝罪動画」とは、2月15日に配信された同チャンネルで公開された動画のことだ。この前日の14日、毎日新聞が「【スクープ】令和ロマン・髙比良さん、とろサーモン・久保田さんを任意聴取 オンラインカジノ疑惑」という記事を配信したことを受けて、髙比良さんがYouTubeで「報道は事実」と認めて謝罪した(「オンラインカジノ報道について」)。
■迅速に自らの言葉で説明して誠意を見せた
髙比良さんによれば、吉本の「偉い人」はこの行動を問題視して、契約解除を持ち出してきたという。つまり、あの動画を出したのは髙比良さんの自己判断だったというわけだ。
そう聞くと、「吉本の上層部って頭おかしいんじゃねえの? どう考えてもくるまの対応がベストだろ」と呆れる人も多いだろう。週刊誌に不倫疑惑を報道された女優の永野芽郁さんがラジオで「本当にごめんなさい」と口走っただけで「それが25歳の社会人の謝罪かよ、小学生じゃあるまいし」などとボロカスに叩かれたことからもわかるように、芸能人の不祥事対応は「誠意」が重要だ。
報道の翌日に、自らの言葉で説明して、真摯に頭を下げた髙比良さんは「誠意」という点では申し分ない。
■危機管理の観点からは「最悪」の行動だった
ただ、企業の危機管理を仕事としている者からすると、ちょっと見方が違う。たしかに、髙比良くるまさんという「個人」としては今回のような対応は悪くないだろう。疑惑も払拭できたし、好感度も上がった。
しかし、吉本興業株式会社という「組織」の立場になれば、タレントにあのタイミングであのような形で情報発信されてしまうのは「最悪」だ。筆者が危機管理の担当者だったらやはり「やってほしくなかった」と思う。
その理由を説明する前に、まずそもそもの大前提として今回の「毎日新聞スクープ」というものについての正しいリスク評価をしておく必要がある。これは危機管理の基本中の基本で、現在発生している問題が、会社の存続に関わるものか、社長の謝罪会見が必要なのか、それとも関係者の処分で済む話なのかなど、どの程度のレベルの危機であるかを判断するのだ。
では、「毎日新聞スクープ」はどういう評価になるのかというと、一般的な危機管理の知識・経験のある人ならば、「大騒ぎする話ではない」と判断するはずだ。
■本来は活動自粛に追い込まれるような話ではない
髙比良さん本人も説明しているように、オンラインカジノに手を出したのは5年前の話で、刑事時効が切れている。久保田さんにいたっては全面否定で、聴取も非常に短時間に終わったという。その後4月3日に書類送検された6人の芸人とまったく違う話だ。
もっといえば、今回の件で任意聴取の対象になった人は、プロ野球関係者やお笑い芸人など山ほど存在する。たまたま警視庁内で毎日新聞記者とズブズブの人が捜査情報を漏洩したのが髙比良さんと久保田さんに関してだったというだけで、芸能活動自粛に追い込まれるような話ではない。実際、元東京地検特捜部の若狭勝弁護士も、「任意で取り調べを受けただけで活動自粛に追い込むような社会風潮は行き過ぎだ」と警鐘を鳴らしている(YouTube「若狭勝 ニュース善悪のジャッジ」2025年2月21日公開「【髙比良くるま賭博】活動を自粛させる風潮は行き過ぎ、反対」)。
■目指すべきゴールからかけ離れた「失敗」の対応
さて、こういう現状分析をすれば、吉本興業が今回の危機管理対応で目指すべきゴールは以下のようになるはずだ。
「取引先やスポンサー企業に対して、髙比良さんと久保田さんの任意聴取は『まったく問題ないですよ』と安心してもらい、仕事に穴をあけず、世間にも『誤解しないでほしい』と伝えていく」
しかし、たどり着いたゴールはひどいものだ。
髙比良さんはYouTubeでの謝罪が「危機管理の鑑!」と称賛されながらも結局、2月19日に活動自粛を発表。2カ月にわたってコンビのYouTubeでは相方の松井ケムリさんが孤軍奮闘した。久保田さんにいたってはさらに気の毒で、「まったく関わりがない」と全否定していたにもかかわらず、2月17日、レギュラー番組「耳の穴かっぽじって聞け!」を放送するテレビ朝日が出演見合わせを発表。その後テレビ仕事がなくなり、4月28日に復帰するまで2カ月以上も強制休業させられた。
もちろん、影響があったのはこの2人だけではない。芸能に限らず仕事というものは1人だけでできるものではない。髙比良さんと久保田さんという人気芸人の周囲にはさまざまなスタッフ、取引先、スポンサーなど関係者が無数にいて、その人たちが経済的、時間的、労力的に大きな迷惑を被った。
危機が発生した際に、こうした被害を最小限に抑えるということでいえば、今回の吉本興業の対応は明らかに「失敗」なのだ。
■組織と個人の言い分に矛盾が生じると不信感を招く
では、もともと「大騒ぎする話ではない」はずだった任意聴取が、なぜここまでひどい被害を招いてしまったのか。いろいろな理由が考えられるが、髙比良さんの2月15日のYouTubeの影響が大きかったことは間違いないだろう。
2月14日の毎日新聞報道から、吉本興業は関係各位に釈明や謝罪に追われたはずだ。「任意で話を聞かれただけで、髙比良さんも久保田さんも後ろめたいことは何もない」「こちらに報告しなかっただけで隠していたわけではありません」などなど、必死に説明したことだろう。そんな中で、YouTubeで髙比良さんが「報道は事実」として、5年前のこととはいえオンラインカジノに手を出したことを謝罪した。後ろめたいことをしたときに人は謝る、というのが世間一般の認識だ。
つまり、吉本がステークホルダーに対して必死に「これは大きな問題ではないです」と火消しをしている最中、タレント本人がそれと矛盾するようなことを全世界に向けて発信してしまったというわけだ。
こうなると、取引先に不信感が生まれてしまうことは言うまでもない。2月17日に2人の出演見合わせを発表した「バラバラ大作戦」(テレビ朝日)公式サイトが発表した文書がそれをすべて語っている。
「今回の事態に不明な部分があるので、所属事務所とも協議の上で、当面の間ご出演を見合わせて頂くこととなりました」
髙比良さんのYouTubeでの迅速な説明は、髙比良さん個人にとってはたしかに「危機管理の鑑」だ。しかし、吉本興業という組織からすると、語る内容を擦り合わせていない所属タレントの自由な発信は現場の混乱を招き、結果、ステークホルダーの不信感を招いてしまう。
■現場の勝手な対応で混乱するのは「危機管理あるある」
実はこれは危機に直面した組織では「お約束」ともいうべき定番のトラブルだ。たとえば、筆者が実際に経験したケースでいえば、ある企業で品質トラブルが起きた。マスコミが製造工場に殺到して「情報開示は企業の義務だ」と詰められた工場長は、よかれと思って囲み取材に応じ、現時点で自分がわかる範囲のことを語った。
非常に「誠意」のある対応として、マスコミ記者は大満足で帰ったが、それが大きな問題を引き起こす。会社側が調査をして取引先などに説明していた内容と、マスコミが報じたことが真っ向から食い違ってしまったのだ。この会社は取引先へ釈明や謝罪に追われ、マスコミからも「説明が二転三転した」などと批判された。
これは「危機管理あるある」といってもいいほど頻繁に起きる問題で、そのために危機管理に長けた組織は「ワン・ボイス」を徹底する。さまざまな憶測が飛び交うので、個人の独断で勝手に取材対応などせず、情報の発信元を一元化するのだ。
■見事な「ワン・ボイス」で乗り切ったアミューズと吉沢亮
芸能ビジネスにおいてこの「ワン・ボイス」で危機を乗り切ったのが、俳優・吉沢亮さんの泥酔不法侵入騒動における所属事務所アミューズの対応だ。
今年1月6日、吉沢さんがお酒で泥酔して隣家に勝手に入り、警察を呼ばれて任意で事情聴取をされたという衝撃的なニュースが流れた。髙比良さんや久保田さんと同じ任意聴取ではあるが、吉沢さんの場合、酩酊状態とはいえ不法侵入という明確な違法行為をしている。不起訴になる見込みではあったが、2人よりもかなり深刻なケースだ。
しかし、吉沢さんは活動自粛に追い込まれていない。なぜかというと、アミューズが「ワン・ボイス」を徹底しながら、関係各位への説明や謝罪に力を入れながら、ダメージコントロールに務めたからだ。
まず、情報発信をアミューズに集約させて、謝罪とともに、吉沢さん本人が隣家の住人に謝罪していることを報告。あわせて、すでに退去をしており、マンション住人らに迷惑がかかるので取材を控えるようお願いをした(1月6日公開「吉沢亮に関する報道についてのご報告」)。
では、吉沢さん自身による言葉での謝罪はいつかというと、そこから1週間後の1月14日。同社が発表した「吉沢亮に関するご報告」という文書の中に、「吉沢亮コメント」としてご本人の反省や謝罪が載っている。
■話題となったアイリスオーヤマのニュースリリース
アミューズがこの1週間何をしていたのかといえば、まずは迷惑をかけたステークホルダーへの説明や謝罪回りだろう。実際に仕事や契約で利害関係があり、経済的な損失を与える関係各位へのケアを優先。そこで味方を増やしたところで満を持してタレント本人の謝罪コメントを世に出した。
わかりやすいのは、吉沢さんの謝罪と同じタイミングで公表されたアイリスオーヤマの「吉沢亮さんのタレント契約 継続決定のお知らせ」(アイリスオーヤマ ニュースリリース1月14日)である。
「今回の契約継続は、吉沢亮さんの今後の挑戦を応援し、共に頑張っていきたいという当社の決意を示すものです」という異例の声明は大きな話題となって、吉沢さんの泥酔行為への批判はすっかりとかき消された。
このような「ワン・ボイス」対応を受けて、吉沢さんはほぼ無傷で活動を継続できた。
もし報道直後、吉沢さんが独断で謝罪や説明をしていたらこうはならなかっただろう。ネットやSNSでは称賛されるだろうが、アイリスオーヤマなど取引先は「聞いてないよ」とアミューズへの不信感が募ってしまうからだ。
■松本人志のケースとはまったく事情が違う
今回の毎日新聞報道を受けて、吉本興業もこうした「ワン・ボイス」対応をしたかったはずだ。髙比良さんも久保田さんも任意聴取されただけで、送検の見込みもないわけだから、本来ならば吉沢さんの危機管理対応よりはるかにハードルは低かった。
しかし、髙比良さんの自主的な情報発信でそれがパアになった。もちろん、悪意があってやったことではないが、吉本側からすれば「なんでそんな勝手なことを?」という思いもあるのだろう。
ちなみに、今回の吉本の判断を、松本人志さんのケースと比較して「矛盾している」と批判する人が多いが、冷静にみれば特に大きな矛盾はない。
昨年1月8日、吉本興業は松本さんが『週刊文春』(文藝春秋)との訴訟に集中するために活動休止すると公表した。一方、松本さんは同日に自身のXで「事実無根なので闘いまーす。それも含めワイドナショー出まーす。」と投稿。これは吉本側の「芸能活動休止」の発表と食い違っており、髙比良さんが「勝手なことをした」から契約解除するなら松本さんにも同様に対応するべきだ――というのが批判の軸である。
ただ、2023年12月26日に『週刊文春』が松本さんの疑惑を報じた後、吉本は松本さんと対応を協議して翌27日に「今後、法的措置を検討していく予定です」という声明を出している。つまり、「文春と全面的に戦う」という両者の方針は一致しており、松本さんはその方針に基づいて、かつて自身が出演していた番組で語りたいと述べたが、フジテレビ側が認めなかったというだけだ。吉本がやりたかった「ワン・ボイス」と異なる行動をした髙比良さんとは根本的に違う。
■誰かを下げて自分を上げるやり方は好まれない
と、ここまで企業危機管理の視点でいろいろ語らせてもらったが、世の中的には「髙比良さんの対応が最高で、吉本の対応は最悪」というイメージが定着している。
活動自粛宣言の前日に『週刊ポスト』(小学館)から直撃を受けた不倫疑惑はすっかり忘れられ、芸人としての評価はうなぎ上りだ。そんな髙比良さんのセルフブランディングは、組織から独立したいビジネスパーソンなどにとっても大いに参考になるだろう。
しかし一方で、企業危機管理の世界では「誰かを下げて自分を上げる」というやり方はあまり推奨しない。人間は感情の生き物なので、社会的評価を下げられた側の「報復」があるからだ。
契約解除に至る話し合いをYouTubeでさらされた「吉本のすごく偉い人」も心中穏やかではないだろう。「好事魔多し」ということもある。髙比良さんには「危機管理の鑑」と称賛される今だからこそ、お気をつけいただきたい。
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窪田 順生(くぼた・まさき)
ノンフィクションライター
1974年生。テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者等を経て現職。報道対策アドバイザーとしても活動。数多くの広報コンサルティングや取材対応トレーニングを行っている。著書に『スピンドクター“モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)、『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)、『潜入旧統一教会 「解散命令請求」取材NG最深部の全貌』(徳間書店)など。
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(ノンフィクションライター 窪田 順生)