「子育て中の女性のスキルアップを後押しするため、必要な施策を検討していく」と4月13日に発言した石破首相。女性のために、子育てと仕事を両立しやすい環境を作ることを強調したが、Xでプチ炎上した。首相の発言に対し、「男性育児のほうが先では?」「子育て支援を増やせば?」などの批判が飛び交った。
筆者も、「子育て中のスキルアップ」発言にイラっとした一人である。そう言えば、昨年9月にも、首相が放った「少子化の本質は母親が少なくなる『少母化』であり、結婚したくてもできないほうに光を当て、望む人が結婚できるように、人口減少に必ず歯止めをかける日本をつくっていく」にもモヤモヤを覚えた。いずれの発言も本人はよかれと思って言ったのかもしれないが、逆効果だった。多くの女性が首相の言葉に強烈な違和感を覚えたのはなぜか。
■「少母化」は政府と企業が引き起こした社会構造の結果
まず、「少子化の本質は母親が少なくなる『少母化』」という言葉を見てみよう。
確かに、1970年代から1980年代前半生まれの「団塊ジュニア世代」(第2次ベビーブーム世代)を含む「ロストジェネレーション」が未婚化・晩婚化し、少子化が進んだため、1990年代後半から2000年代に第3次ベビーブームが起きてもよかったが、発生しなかった。石破首相が言ったように、現在、出産可能年齢である20代から30代の女性人口が確実に減少しているのは事実だ。
しかし、出産可能女性の人口減少という現象は、人口動態の結果であり、少子化の根本“原因”ではない。
ロストジェネレーションは、バブル崩壊後の就職氷河期、アジア通貨危機やリーマンショックに直面した。政府は彼らを救うどころか、派遣労働を解禁して非正規雇用を一気に増加させた。企業と政府による雇用制度や経済政策が大きな要因で未婚化と晩婚化、その延長線上で出生率の低下が進んだのは明らかだ。それにもかかわらず、少子化を「少母化」と、結婚を選ばなかった「女性の選択」が主因であるようににおわせ、少子化の「本質」(石破首相の言葉)である政府や企業の責任から目をそらせようとしていると受け取られてもおかしくない。
■「少子化は女性の社会進出のせい」は誤りである
ただ、少子化を「女性の選択」と捉えるのは、日本人だけではないようだ。先日、アメリカのTV番組「60 minuets」では「Japan's population shrinking as marriage and birth rates plummet (日本の人口は、結婚率と出生率が急落する中で縮小している)」という特番が放送され、番組では「日本人女性の社会進出により、未婚化が進み……」と少子化の原因を女性に帰する見方が示された。
「少子化は女性の社会進出のせいなのか?」
答えは、先進国においては「否」である。
アジア経済研究所の牧野百恵博士によれば、北欧諸国のように女性の社会進出が進んでいる国ほど少子化現象が緩和され、逆に東アジアや南欧諸国など伝統的性別役割分業が強い国でより深刻だという。
参照:「第56回 女性の学歴と結婚」アジア経済研究所「IDEスクエア」、Reporting Gender Pay Gaps in OECD Countries
特に注目すべきは家庭内の無償労働分担だ。少子化が深刻な日本と韓国では、妻の家庭内無償労働時間は夫の4~5倍以上にのぼる。台湾でも同様の傾向が見られ、夫婦共にフルタイム勤務でも、妻の家事・育児時間は夫の1.6倍だという。
参照:総務省統計局 労働力人口統計室 資料3 令和3年社会生活基本調査 結果の概要
つまり、少子化の原因は「女性の社会進出」よりも、仕事と家庭における男女格差にこそあるのだ。この文脈で「出産できる女性の数が減った(=少母化)のが少子化の本質」と主張することは、少子化における男性の存在や、少子化を引き起こす社会・経済構造をほとんど無視しており、「母になること=女性の役割」という部分に着目させる極めて偏った視点だ。
■「育児中のスキルアップ」の本質的な問題点
さらに看過できないのが4月の「育児中のスキルアップ」発言だ。政府や企業の父親育休支援は評価すべきで、育休取得率も年々上昇して現在では3割を超えている。しかし重要なのは数字の裏側だ。平均取得期間はわずか46.5日で、その4割が2週間未満にとどまる。背景には、日本の法定残業上限時間が他の先進国の2倍である一方、残業代は半分にとどまるという低い労働環境・待遇があるという。つまり、政府も企業も表面的な男性育休推進にとどまっているのだ。
参照:厚生労働省イクメンプロジェクトの「男性育休推進企業実態調査2023」
石破首相を筆頭に政府や企業が認識しなければいけないのは、女性活躍推進を育児中の女性個人の問題にすり替えるのではなく、男女賃金格差の解消こそ最重要課題だということだ。2024年の厚生労働省「賃金構造基本統計調査」によれば、男性の月額賃金を100とした場合、女性は75.8で、格差は24.2%に達している。これはOECD平均の11%の2倍以上だ。若年層では比較的小さい格差が30代以降に拡大し、50代後半で最大となる。
この格差の主要因に関して多くの識者が指摘しているのは以下の3点である。
1.コース別雇用管理制度:多くの企業で男性は昇進・転勤機会の多い総合職に、女性は補助的な一般職や専門職に配置される傾向が強い。2021年時点で係長職の女性割合は21%、部長職では8%にとどまる。
2.非正規雇用の偏り:2023年時点で女性の非正規雇用率は53.3%と、男性(22.2%)の2倍以上。賃金水準が低く、昇進機会も限られるため、全体の賃金格差を押し上げている。出産後に「男のように働く」ことができずに退職する女性がいるのが現状。第一子出産後に約3割以上が退職。
3.マミートラックの存在:女性は出産・育児を機にキャリア昇進コースから外され、希望しない補助的業務に配置されることが多い。
参照:厚生労働省「賃金構造基本統計調査」、お茶の⽔⼥⼦⼤学「⼥性管理職の増加には何が必要か」、山口一男「男女賃金格差の主な決定要因と格差是正の対策について」
■政府と企業に求められる行動
少子化の「本質」を「女性の選択の問題」に、また出産後の仕事継続を「女性の努力不足」に帰するのではなく、真に効果的な対策は構造的変革にある。取り組むべき具体的アクションは次のようなことが挙げられている。
1.透明な評価・昇進制度の確立:能力と成果に基づく透明な人事評価。
2.同一労働同一賃金の徹底:職種や雇用形態による不当な賃金格差の解消。
3.育休取得者のキャリア保証:育休明けの適切な職場復帰とキャリアパス維持。育児でキャリアブレイクした女性達を率先して雇用するリターンシッププログラムを実行する企業に政府が助成金を出す。
4.リモートワーク・フレックス・年俸制・ジョブ型雇用の拡充:性別を問わない柔軟な働き方の定着。時間にとらわれず、基本給を上げて年俸制にして残業慣習をつぶす。雇用時に業務内容を明確にする。
5.有給休暇以外に「有給病気休暇」を設ける:欧米諸国のように、有給の病気休養日を1年間に14日間設定。病気休暇取得の理由は特に報告しなくてもよい慣習にして、子どもの有無にかかわらず、誰もがつらい時は休める環境にする。
これらの施策は単なる社会貢献ではなく、多様な人材の活用による生産性向上、離職率低下、企業イメージ向上など、経営的メリットをもたらす。性別にかかわらず働きやすい環境整備と、家事・育児・労働の公平な分担を可能にする社会の実現こそが、企業の持続的成長と日本社会の未来を支える鍵となるだろう。
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池田 和加(いけだ・わか)
ジャーナリスト
社会・文化を取材し、日本語と英語で発信するジャーナリスト。ライアン・ゴズリングやヒュー・ジャックマンなどのハリウッドスターから、宇宙飛行士や芥川賞作家まで様々なジャンルの人々へのインタビューも手掛ける。
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(ジャーナリスト 池田 和加)