■訪日外国人4000万人を超えそうな勢い
大型連休も観光地は外国人で大賑わいだった。京都など外国人観光客に人気の観光地では、あまりの外国人の多さに日本人観光客が宿泊を避けるという傾向も見え始めている。
日本政府観光局(JNTO)の推計によると、1月から3月までの訪日外国人は1053万人で、過去最速で1000万人を突破。昨年1年間の3687万人を上回り4000万人の大台に乗せそうな勢いだ。
訪日外国人4000万人というのは、2012年に立てられた、東京オリンピックが予定されていた2020年の目標だったが、コロナを越えて5年遅れで実現することになりそうだ。もちろん円安によって日本旅行が「割安」になっている面もあるが、日本食や日本文化などに惹かれて訪れる外国人が増えた空前の日本旅行ブームと言っていい。
人気観光地ではもはやオーバーツーリズム、観光公害だという声も上がるが、一方で外国人観光客が日本に落とすお金は8兆円にのぼるとみられるだけに、景気低迷に悩む日本経済にとっては、もはや無くてはならない収入源になっている。外国人観光客に今以上のお金を落としてもらいながら、オーバーツーリズムを回避する方法はないものか、という声が日増しに高まっている。
■ホテルの値段は大幅に引き上げられている
ひとつは、外国人が利用するものの価格を国際水準に引き上げることだ。過去に本欄でもホテル価格を一気に引き上げるべきだという主張を展開したが、観光地ばかりか、東京や大阪など都市部のホテルの客室料金は大幅に引き上げられ、決して「日本のホテルは安い」と言える状況ではなくなった。
シンガポール在住で世界各地を旅している田村耕太郎・一橋大学ビジネススクール客員教授は、フェイスブックで繰り返しに日本のモノやサービスが「安すぎ」だと書き続けてきた。ところが、この4月の投稿では、「日本はもう安くない」と書いていた。日本の老舗ホテルもサービスはなかなかだが、「宿泊代ももはや老舗でも世界の物価高大都市圏と比して安くはない」という。外国人観光客が宿泊者の大半を占める中で、あえて日本人価格にこだわる必要は無くなったということだろう。

もともとホテルは外資系が進出するなど、価格が国際相場に影響される傾向があった。それに日本のホテルも追随した格好だが、外国人にお金を落としてもらう、という意味では正しい戦略と言えるだろう。一方、その余波で、かつては1万円以下で泊まれた東京の狭いビジネスホテルが1部屋2万円以上といった価格になった。出張に出る日本人ビジネスマンは悲鳴を上げている。まあ、これも観光公害の一つとも言えるが、給料が中々上昇しない日本人にとってはたまらない。外国人からは儲けて、日本人には優しい価格というわけにはいかないのか。
■「ふるさと納税」を活用できるかもしれない
面白い取り組みで話題になったのが、世界遺産・姫路城の入場料金を、外国人観光客に限って4倍に値上げする、と姫路市が表明したことだ。昨年6月の話だが、市長が「外国の人は30ドル払ってもらい、市民は5ドルくらいにしたい」と発言したのがきっかけだった。外国人観光客から高い入場料を取る二重価格は欧米などでは見かけるが、日本ではほとんど例がない。結局、批判の声を受けて市は外国人料金の設定を断念した。外国人から多く取るのは差別だ、という声や、外国人かどうかの見極めが難しい、といった声が出たという。
そんな批判や問題点を突破できる方法はないのか。

考えられるのは、外国人を高くするのではなく、国民や県民、市民を大幅に安くする方法を取ることだろう。住民登録している人に無料券や割引券を配るのは簡単にできる。問題は県民や市民ではない日本人をどうするか。ひとつ使えるのはふるさと納税だろう。返礼品として無料券や割引券を発行する。ふるさと納税は基本的に日本の自治体に納税している人が多く利用するので、外国人観光客がこれを利用しようと思うと面倒だろう。
■観光立国スイスの「鉄道の年間フリーパス」
海外でも似たような工夫をしている国がある。観光立国のスイスでは、国民の多くはスイス国内全域で使える鉄道の年間フリーパスを購入している。外国人でも買えるが、よほど長期の旅行でなければ元が取れない。一方で、スイス在住者からすれば、かなり格安となる。外国人が多く利用するユングフラウヨッホに登る登山鉄道などは驚くほど高い料金になっていて、さすがにフリーパスも使えないが、スイス国民からすればそうした観光地には滅多に行かないので、痛痒を感じない。そんな割引の方法は工夫すればできるだろう。

長年の伝統で、海外のみで買えるジャパンレールパスは、JR各線を利用できる。価格はだいぶ引き上げられたとはいえ、7日間で5万円という破格値だ。東海道新幹線ののぞみ号に乗る時は追加料金を払って特別な切符を買う必要があるなど、価格を引き下げるために制限をかけている。
海外の方が豊かになって日本のモノが何でも「安い」と言われる時代には、むしろ、日本人から見れば割高だが、のぞみのグリーン車にも乗り放題のチケットを高い値段で発売する方が、外国人観光客のニーズにも合っているのではないか。日本人より外国人を安くしてあげる必要性は、ここまで円安水準が続いている現状では、まったくないのではないか。
■価格を「ドル建て」で考えるのがポイント
一般の小売店などで外国人観光客と日本人のお得意さんとの二重価格を実現することはできないか。一見さんの外国人には高い価格を請求すれば良いのだが、それを大っぴらにやるとぼったくられたと思うだろう。定価は何しろ高く設定する。その上で、お得意さんには大幅割引のチケットでも配ってはどうか。結果的に外国人観光客や日本人でも一見客からは相応の高い料金をいただくことができる。
そうやって、外国人観光客から儲けることを考える必要があるだろう。何せ、外国人から見れば、日本の食べ物もまだまだ安く見えているので、価格を引き上げても客足が遠のくことはないだろう。

ポイントは常に価格を「ドル建て」で考えることだ。あるいは、いっそのこと、店の価格表をドル表示にしてしまうのも手かもしれない。外国の旅行者が受け入れてくれる国際水準の価格で商売していけば、日本の生産性は劇的に改善するだろう。
■商売の王道は「いかに良いものを高く売るか」
「良いものを安く」というのが長年の日本の商慣行だった。だが、これは世の中が貧しく、モノが不足していた発展途上の時代の思考法だったと割り切るべきだ。いかに良いものを高く売るか、が商売の王道だ。稲盛和夫氏も「お客さんが喜んで買ってくれる最も高い価格を付けるのが経営だ」と著書に書いている。
良いものを安く売るのはデフレ時代の商売スタイルということもできる。だが、安く売れば、その原料費や人件費も抑えなければならず、給与は増えないから消費も低迷する。良いものを高く売れば、儲けも増えるから給与も増やすことができ、それが新たな消費を生んでいく。四半世紀にわたってデフレに慣れ親しんだ日本人は中々発想の転換ができないが、そんな折もおり、外国人観光客という日本にとって上顧客が向こうから押し寄せてくれている。このチャンスを逃す手はない。

長年、日本は貿易立国と言われたが、輸出をしてその代金が回収され、輸出メーカーの従業員の給与にはね返って、それが消費の増加につながり、小売店や飲食店を潤すには相当なタイムラグがある。ところが、観光立国の場合、向こうからやってきた観光客が直接、小売店や飲食店、旅館ホテルなどにお金を払ってくれる。大入袋などが店員に配られれば、即、それが収入増になる。観光業は経済に即効性がある業種なのだ。日本経済の復活のためにも、外国人観光客から儲ける算段を皆で考える時だろう。

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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)

経済ジャーナリスト

千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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