接待を成功させるにはどうすればいいのか。ノンフィクション作家・野地秩嘉さんの連載「一流の接待」。
■接待し、接待され、接待の場を提供するプロの視点
最初に接待についての知恵を授けてくれる達人は熊谷誠氏だ。神楽坂一帯の土地建物を管理する会社を経営し、都内50箇所のウェディング会場のプロデュースも手掛けている。さらにフランス料理店「ラリアンス」を始めとする飲食店を数軒、持っている。ラリアンスはミシュランの星を持っていた店であり、日本航空のファーストクラスの機内食を手がけていたこともある。また、不動産開発者としては神楽坂一帯の再開発も手掛けている。地域のために仕事をしている人だ。
熊谷氏が接待の達人として適任なのは、まず彼は接待をする側としての経験がある。また、される側でもある。かつ飲食店経営者だから接待の場を提供している。接待する人とされる人を観察する立場でもあり、接待に関わる3者の視点を持っている達人だ。
食材、ワイン、日本酒にも詳しい。
■「いきなりひっぱたかれた」新卒時代の大失敗
熊谷氏は「もう30年以上も前のことですが、初めて接待の場に出た時、大失敗をしました」と言った。
「大学を出て、一部上場食品メーカーに入社しました。すぐに接待する側として接待の場に連れて行ってもらったんです。料亭で食事をして、もう食べたことのない高級な料理が出てきました。その後、2次会で先方と当時の上司だった課長と一緒に生まれて初めて銀座の高級クラブに行ったわけです。
なにしろ22歳でしたから、隣にきれいな女性が座ってくださって、ブランデーを勧められるなんて初めての経験でした。もう嬉しくなっちゃって、取引先の方のことなどすっかり忘れて、きれいなホステスさんと夢中でしゃべっていたんです。
そうしたら連れてってくださった上司がニコッと笑って言いました。
『あー、熊谷くん、ちょっとトイレ。一緒に行こうか』
トイレに入ったらいきなりひっぱたかれました。
『今日はお前を接待してるんじゃねーぞ』と言われ、いいか、よく聞け、この後3次会でカラオケスナックへ行く。
はい、その後、3次会の会場では課長の言いつけを守り、私は手が真っ赤っかになるまで手拍子をしました。ほんとに血が出ました」
■接待とは、仕事を取るための場ではない
「あの時、課長が言ったことは私の人生にとって大きな学びでした。接待では誰が主役かをちゃんとわきまえておかなくてはならない。接待は自分が高級な料理を食べるために行うことではありません。きれいな女性としゃべるために行くわけでもありません。お客さまに楽しんでいただくためにやることです。もっと言えば仕事を取るために食事をするわけではありません。相手を知ること、そして、こちらのことも知っていただくためにやるのです」
熊谷青年をひっぱたいた課長は後に食品メーカーの経営幹部になり、グループ会社の社長になった。部下を成長させることが上手な人だった。
さて、熊谷青年が陥ったような状況は初めての接待ではよくあることだ。なんといっても大切なのは接待する側は主役ではないとわかっておくことだ。
■会食を経験していないコロナ世代が社会に出た
熊谷青年が失敗したのは自分が率先して楽しんでしまったことにある。これに類する失敗を防ぐためには接待の目的は何かを上司、あるいは先輩が後輩に話しておくことだろう。
「そんなこと常識じゃないか」と考える人はいる。おそらく年齢が上の人たちだ。だが、コロナ禍があったことを忘れてはいけない。入社したばかりの新人は4年間、ビジネスパーソンであればやったことがあるはずの接待を経験していない。それどころかコロナ禍が終わったばかりの時期に入ってきた人間は大学生だった4年間、パーティーや会食を経験していないのである。
そういう人が高級フランス料理店、料亭、銀座の高級クラブに入ってしまったとすれば舞い上がるのは当たり前だ。飲食や酒席が伴う接待とはあくまで懇親が目的だと伝えておかなくてはならない。相手を知る場であり、こちらという人間を見せる場だと懇切丁寧に話しておく。
なかには懇親とは言いながらビジネスの話をまとめたり、契約交渉を詰めたりする人もいるかもしれない。しかし、それは本来の目的ではない。それは飲食や酒席の饗応で仕事が取れるようなことはないからだ。ビジネスとはそれほど甘いものではない。接待の場で必死になってアピールするような相手を認めるビジネスパーソンはまずいない。大きな仕事をまかせようとは思わないだろう。
■接待を極めればディール以上の結果が生まれる
かつて失敗したが、その後、接待の達人となった熊谷社長はこう言っている。
「接待でビジネス交渉する人もいらっしゃいます。でも、契約を結ぶか結ばないか、商品の値段を決めるだけであれば何も食事する必要はないんです。トランプ大統領が言うところのディールのように、、書類や見積もりを送って、やるかやらないかを決める。それでいいんです。
接待の神髄はやっぱり心を通じ通わせることです。
熊谷氏が言うように、接待は契約が済んで祝杯を挙げる、あるいは共同プロジェクトのスタートに際して懇親を深めるための会合だ。それが本来の接待なのである。
がつがつと「仕事ください」「契約書を持ってきました」「サインをお願いします」という場ではないことをちゃんと参加者に伝えておかなくてはならない。コロナ禍以後の接待では何よりもそれが重要だ。
では、ここからはわたしが見たり聞いたりした接待の失敗について挙げていく。そして、失敗にならない対処はどうすればいいかも付記しておく。ここに挙げた失敗は誰もがやったことのある失敗だ。該当したからといって寝ずに朝まで悩むことはない。しかし、やったことのある人は反省して、二度はやらないようにすることだ。
■「テーブルの下」は意外と見られている
1.接待で会食している時、スマホを「チラ見」すること
これは熊谷氏の指摘だ。彼は自身が経営するフランス料理店「ラリアンス」の個室へ行き、客に挨拶することがある。
「若い方のなかには食事中にテーブルの下でスマホやスマートウォッチをチラ見する人がいます。たぶん、自宅でもスマホをいじりながら食事をしているのでしょう。この場合、相手は見て見ぬふりをします。でも、やってることは見抜いています。
相手は愉快ではありません。マナーに反することです。本人は末席にいる自分は関係ないと思ってるかもしれませんけれど、絶対、わかります。好意的に解釈したら、相手が話題に出したワードを検索しているのかもしれません。しかし、たとえ調べているのであっても、その場合は席を外して調べるべきではないでしょうか」
会社で会議をやっている時でもスマホをそっと見ている人はいるだろう。もしくはパソコンを置いて打ち合わせをするから、わからないワードがあれば検索することが習性になっているかもしれない。それでも、接待の席ではやってはいけない。食事中はもちろん、デザートの時でもダメだ。緊急の知らせがあった場合も席を外してスマホに出る。席に戻ったら、要件によっては「これこれこういうわけでした」と相手にも知らせて退室すること。それくらいの気遣いができなくてはいけない。
■もてなすつもりが失敗しやすい「席選び」
2.店を予約する時、「今日は接待なのでいい席にして」と頼むこと(ホスト側)
これも熊谷氏から聞いた話だ。
「電話で予約される場合、接待ですと言ってくださるのはありがたいです。『いい席にしてくれ』は言わないほうがいいでしょう。まず、何がいい席かは、店とすれば判断ができません。どの席がいいと感じるかはお客さまの考え次第だからです。個室がいい方もいれば、広い中央の席が好きという人もいます。また、電話をかけてきたのは接待する側の方ですけれど、接待される方の意向が反映されているわけでもない。すると、店に来て、『個室より普通の席がいい』とおっしゃることもあるのです」
会食の席は接待の内容にもよるものだ。現場の人間同士の懇親であれば個室より、半個室、もしくは普通の席のほうがざっくばらんでいい。経営幹部の会食であれば個室にしておくへきだ。
■面倒でも下見は必ずやる
また、個室でもそのありようはさまざまだ。たとえば、ラリアンスにはトイレ付きの個室がある。どういう人たちが使うのか。使うのは一部の政治家、芸能人、スポーツ選手といった顔と名前が知られている人たちである。そういう人たちはトイレのために外に出ると写真を撮られてSNSにあげられてしまうおそれがある。そもそも会うこと自体が秘密だった場合、会食している事実を暴露されては困るのである。
そこで、理由のある人たちはトイレ付個室を使う。個室への出入りも裏口を使ったりする。SNSでプライベートがさらされる時代、こうした個室を用意する店は増えていくのではないか。
さて、では、「いい席が欲しい」と思う接待側の人がするべきことは何か。相手がどういう席を望んでいるかを聞き、さらに、実際に使う店まで下見に行くことだ。もっとも「行ったことのない店を接待に使う」ことはあり得ないから、何度も行って、よく知っている店の場合は下見はいらない。
■「初めて行く店」はリスクだらけ
3.初めての店を接待に使う
これは意外と多い。これはやってはいけない。
わたし自身、「僕は行ったことのない店ですが、なかなか予約が取れない店なので、そこを取りました」と言われ、招待されたことがある。
高級店だったから、サービスは悪くなかった。しかし、店側もまた困惑している様子だった。出席者が全員、初めて行った店の場合、サービスする側は神経質になっていて、用もないのに何度も確かめにくるのである。たとえばワイン選びだ。ワインの値段はフランス料理店だと1本4000円から、上は10万円以上までさまざまある。
ソムリエは初めての客にはいくらくらいのワインを勧めていいのかわからない。ホストもソムリエが「この料理でしたら、これくらいのワインがいいです」と言われたら、「もっと安いのはないか」とは言いづらい。結局、何本も候補を挙げて、値段を探ることになるから食事の時間が非常に長くなってしまう。
■接待はホストの仕事であって、店ではない
店選びでやってはいけないことの筆頭はホストが行ったことのない店にゲストを招くことだ。これは正式な接待でなくとも、仲間内の会食やデートであっても、行ったことのない店を利用するのはリスクが大きすぎる。行ったことのない店でデートした場合、女性は連れて行った男性に対して不信感を抱くだろう。
接待する時、一度も使ったことのない店を指定するホストがいる。そのホストは勘違いをしている。彼は「接待するのは店のサービス係だ。ホストである自分は食事の代金を払えばいいだけ」と思い込んでいる。ここが最大の問題である。この考え方を改めない限り接待の達人にはなれない。
接待でも会食でも、ゲストをもてなすのは主人だ。店ではない。たとえばイギリスのチャールズ国王が天皇陛下、皇后陛下をもてなそうとおもったら、ロンドン市内の店でローストビーフを食べさせようなんて思うはずがない。バッキンガム宮殿に招いて、玄関まで迎えに出てきて、食堂も自分で案内して、皇后陛下が座ろうとしたら、椅子を引くだろう。自らワインを選び、一杯くらいは自らグラスに注ぐかもしれない。ひょっとしたら、ローストビーフの肉塊もチャールズ国王が切り分けてくれるかもしれない。
ゲストをもてなすのはあくまで主人なのである。ビジネスパーソンの場合でももてなしの采配をするのは幹事ではない。接待をする側のトップだ。相手側の椅子を引くのも幹事ではなくトップが自らやること。
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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「巨匠の名画を訪ねて」を連載中。
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)
第1回は神楽坂のレストラン「ラリアンス」熊谷誠社長が語る「会食で必ず守るべきルール」――。
■接待し、接待され、接待の場を提供するプロの視点
最初に接待についての知恵を授けてくれる達人は熊谷誠氏だ。神楽坂一帯の土地建物を管理する会社を経営し、都内50箇所のウェディング会場のプロデュースも手掛けている。さらにフランス料理店「ラリアンス」を始めとする飲食店を数軒、持っている。ラリアンスはミシュランの星を持っていた店であり、日本航空のファーストクラスの機内食を手がけていたこともある。また、不動産開発者としては神楽坂一帯の再開発も手掛けている。地域のために仕事をしている人だ。
熊谷氏が接待の達人として適任なのは、まず彼は接待をする側としての経験がある。また、される側でもある。かつ飲食店経営者だから接待の場を提供している。接待する人とされる人を観察する立場でもあり、接待に関わる3者の視点を持っている達人だ。
食材、ワイン、日本酒にも詳しい。
手土産となるスイーツを製造販売もしている。
■「いきなりひっぱたかれた」新卒時代の大失敗
熊谷氏は「もう30年以上も前のことですが、初めて接待の場に出た時、大失敗をしました」と言った。
「大学を出て、一部上場食品メーカーに入社しました。すぐに接待する側として接待の場に連れて行ってもらったんです。料亭で食事をして、もう食べたことのない高級な料理が出てきました。その後、2次会で先方と当時の上司だった課長と一緒に生まれて初めて銀座の高級クラブに行ったわけです。
なにしろ22歳でしたから、隣にきれいな女性が座ってくださって、ブランデーを勧められるなんて初めての経験でした。もう嬉しくなっちゃって、取引先の方のことなどすっかり忘れて、きれいなホステスさんと夢中でしゃべっていたんです。
そうしたら連れてってくださった上司がニコッと笑って言いました。
『あー、熊谷くん、ちょっとトイレ。一緒に行こうか』
トイレに入ったらいきなりひっぱたかれました。
『今日はお前を接待してるんじゃねーぞ』と言われ、いいか、よく聞け、この後3次会でカラオケスナックへ行く。
取引先の方々は歌を歌う。そこにもホステスさんがいるが、お前はひとことも口をきくな。手から血を流すまで本気で手拍子をしていろ。
はい、その後、3次会の会場では課長の言いつけを守り、私は手が真っ赤っかになるまで手拍子をしました。ほんとに血が出ました」
■接待とは、仕事を取るための場ではない
「あの時、課長が言ったことは私の人生にとって大きな学びでした。接待では誰が主役かをちゃんとわきまえておかなくてはならない。接待は自分が高級な料理を食べるために行うことではありません。きれいな女性としゃべるために行くわけでもありません。お客さまに楽しんでいただくためにやることです。もっと言えば仕事を取るために食事をするわけではありません。相手を知ること、そして、こちらのことも知っていただくためにやるのです」
熊谷青年をひっぱたいた課長は後に食品メーカーの経営幹部になり、グループ会社の社長になった。部下を成長させることが上手な人だった。
さて、熊谷青年が陥ったような状況は初めての接待ではよくあることだ。なんといっても大切なのは接待する側は主役ではないとわかっておくことだ。
■会食を経験していないコロナ世代が社会に出た
熊谷青年が失敗したのは自分が率先して楽しんでしまったことにある。これに類する失敗を防ぐためには接待の目的は何かを上司、あるいは先輩が後輩に話しておくことだろう。
「そんなこと常識じゃないか」と考える人はいる。おそらく年齢が上の人たちだ。だが、コロナ禍があったことを忘れてはいけない。入社したばかりの新人は4年間、ビジネスパーソンであればやったことがあるはずの接待を経験していない。それどころかコロナ禍が終わったばかりの時期に入ってきた人間は大学生だった4年間、パーティーや会食を経験していないのである。
そういう人が高級フランス料理店、料亭、銀座の高級クラブに入ってしまったとすれば舞い上がるのは当たり前だ。飲食や酒席が伴う接待とはあくまで懇親が目的だと伝えておかなくてはならない。相手を知る場であり、こちらという人間を見せる場だと懇切丁寧に話しておく。
なかには懇親とは言いながらビジネスの話をまとめたり、契約交渉を詰めたりする人もいるかもしれない。しかし、それは本来の目的ではない。それは飲食や酒席の饗応で仕事が取れるようなことはないからだ。ビジネスとはそれほど甘いものではない。接待の場で必死になってアピールするような相手を認めるビジネスパーソンはまずいない。大きな仕事をまかせようとは思わないだろう。
■接待を極めればディール以上の結果が生まれる
かつて失敗したが、その後、接待の達人となった熊谷社長はこう言っている。
「接待でビジネス交渉する人もいらっしゃいます。でも、契約を結ぶか結ばないか、商品の値段を決めるだけであれば何も食事する必要はないんです。トランプ大統領が言うところのディールのように、、書類や見積もりを送って、やるかやらないかを決める。それでいいんです。
接待の神髄はやっぱり心を通じ通わせることです。
ああ、この人であればずっと仕事をしたいなと思わせるような振る舞いができれば単なるディール以上の結果が生まれてきます。ビジネス上、これは絶対儲かるとか、これは会社のためになると思う案件は接待ではなく、通常のビジネスとして交渉するべきではないでしょうか」
熊谷氏が言うように、接待は契約が済んで祝杯を挙げる、あるいは共同プロジェクトのスタートに際して懇親を深めるための会合だ。それが本来の接待なのである。
がつがつと「仕事ください」「契約書を持ってきました」「サインをお願いします」という場ではないことをちゃんと参加者に伝えておかなくてはならない。コロナ禍以後の接待では何よりもそれが重要だ。
では、ここからはわたしが見たり聞いたりした接待の失敗について挙げていく。そして、失敗にならない対処はどうすればいいかも付記しておく。ここに挙げた失敗は誰もがやったことのある失敗だ。該当したからといって寝ずに朝まで悩むことはない。しかし、やったことのある人は反省して、二度はやらないようにすることだ。
■「テーブルの下」は意外と見られている
1.接待で会食している時、スマホを「チラ見」すること
これは熊谷氏の指摘だ。彼は自身が経営するフランス料理店「ラリアンス」の個室へ行き、客に挨拶することがある。
そこで、必ず見かけるという。
「若い方のなかには食事中にテーブルの下でスマホやスマートウォッチをチラ見する人がいます。たぶん、自宅でもスマホをいじりながら食事をしているのでしょう。この場合、相手は見て見ぬふりをします。でも、やってることは見抜いています。
相手は愉快ではありません。マナーに反することです。本人は末席にいる自分は関係ないと思ってるかもしれませんけれど、絶対、わかります。好意的に解釈したら、相手が話題に出したワードを検索しているのかもしれません。しかし、たとえ調べているのであっても、その場合は席を外して調べるべきではないでしょうか」
会社で会議をやっている時でもスマホをそっと見ている人はいるだろう。もしくはパソコンを置いて打ち合わせをするから、わからないワードがあれば検索することが習性になっているかもしれない。それでも、接待の席ではやってはいけない。食事中はもちろん、デザートの時でもダメだ。緊急の知らせがあった場合も席を外してスマホに出る。席に戻ったら、要件によっては「これこれこういうわけでした」と相手にも知らせて退室すること。それくらいの気遣いができなくてはいけない。
■もてなすつもりが失敗しやすい「席選び」
2.店を予約する時、「今日は接待なのでいい席にして」と頼むこと(ホスト側)
これも熊谷氏から聞いた話だ。
「電話で予約される場合、接待ですと言ってくださるのはありがたいです。『いい席にしてくれ』は言わないほうがいいでしょう。まず、何がいい席かは、店とすれば判断ができません。どの席がいいと感じるかはお客さまの考え次第だからです。個室がいい方もいれば、広い中央の席が好きという人もいます。また、電話をかけてきたのは接待する側の方ですけれど、接待される方の意向が反映されているわけでもない。すると、店に来て、『個室より普通の席がいい』とおっしゃることもあるのです」
会食の席は接待の内容にもよるものだ。現場の人間同士の懇親であれば個室より、半個室、もしくは普通の席のほうがざっくばらんでいい。経営幹部の会食であれば個室にしておくへきだ。
■面倒でも下見は必ずやる
また、個室でもそのありようはさまざまだ。たとえば、ラリアンスにはトイレ付きの個室がある。どういう人たちが使うのか。使うのは一部の政治家、芸能人、スポーツ選手といった顔と名前が知られている人たちである。そういう人たちはトイレのために外に出ると写真を撮られてSNSにあげられてしまうおそれがある。そもそも会うこと自体が秘密だった場合、会食している事実を暴露されては困るのである。
そこで、理由のある人たちはトイレ付個室を使う。個室への出入りも裏口を使ったりする。SNSでプライベートがさらされる時代、こうした個室を用意する店は増えていくのではないか。
さて、では、「いい席が欲しい」と思う接待側の人がするべきことは何か。相手がどういう席を望んでいるかを聞き、さらに、実際に使う店まで下見に行くことだ。もっとも「行ったことのない店を接待に使う」ことはあり得ないから、何度も行って、よく知っている店の場合は下見はいらない。
■「初めて行く店」はリスクだらけ
3.初めての店を接待に使う
これは意外と多い。これはやってはいけない。
わたし自身、「僕は行ったことのない店ですが、なかなか予約が取れない店なので、そこを取りました」と言われ、招待されたことがある。
高級店だったから、サービスは悪くなかった。しかし、店側もまた困惑している様子だった。出席者が全員、初めて行った店の場合、サービスする側は神経質になっていて、用もないのに何度も確かめにくるのである。たとえばワイン選びだ。ワインの値段はフランス料理店だと1本4000円から、上は10万円以上までさまざまある。
ソムリエは初めての客にはいくらくらいのワインを勧めていいのかわからない。ホストもソムリエが「この料理でしたら、これくらいのワインがいいです」と言われたら、「もっと安いのはないか」とは言いづらい。結局、何本も候補を挙げて、値段を探ることになるから食事の時間が非常に長くなってしまう。
■接待はホストの仕事であって、店ではない
店選びでやってはいけないことの筆頭はホストが行ったことのない店にゲストを招くことだ。これは正式な接待でなくとも、仲間内の会食やデートであっても、行ったことのない店を利用するのはリスクが大きすぎる。行ったことのない店でデートした場合、女性は連れて行った男性に対して不信感を抱くだろう。
接待する時、一度も使ったことのない店を指定するホストがいる。そのホストは勘違いをしている。彼は「接待するのは店のサービス係だ。ホストである自分は食事の代金を払えばいいだけ」と思い込んでいる。ここが最大の問題である。この考え方を改めない限り接待の達人にはなれない。
接待でも会食でも、ゲストをもてなすのは主人だ。店ではない。たとえばイギリスのチャールズ国王が天皇陛下、皇后陛下をもてなそうとおもったら、ロンドン市内の店でローストビーフを食べさせようなんて思うはずがない。バッキンガム宮殿に招いて、玄関まで迎えに出てきて、食堂も自分で案内して、皇后陛下が座ろうとしたら、椅子を引くだろう。自らワインを選び、一杯くらいは自らグラスに注ぐかもしれない。ひょっとしたら、ローストビーフの肉塊もチャールズ国王が切り分けてくれるかもしれない。
ゲストをもてなすのはあくまで主人なのである。ビジネスパーソンの場合でももてなしの采配をするのは幹事ではない。接待をする側のトップだ。相手側の椅子を引くのも幹事ではなくトップが自らやること。
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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「巨匠の名画を訪ねて」を連載中。
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)
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