この先日本の医療はどうなるのか。京浜病院院長の熊谷賴佳さんは「2030年以降2040年までに医療・介護が必要な状態の人には悲惨な未来が待っている。
団塊ジュニアは満足に医療・介護が受けられない地獄絵を目の当たりにすることになるだろう」という――。
※本稿は、熊谷賴佳『2030-2040年医療の真実 下町病院長だから見える医療の末路』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■団塊ジュニアが目の当たりにする地獄絵
2040年は、高齢者人口が大幅に増え全国的にピークに達する年だ。団塊ジュニアは全員65歳以上になり、団塊の世代は生き残っていれば90代になっている。恐らく、2030年以降2040年までに医療・介護が必要な状態の人には悲惨な未来が待っている。団塊世代はその前に亡くなる人が多いのでギリギリ逃げ切れる可能性が高いが、団塊ジュニアは満足に医療・介護が受けられない地獄絵を目の当たりにすることになるだろう。
「15年も先なんて、自分は死んでいるから関係ない」という人はむしろラッキーかもしれない。なぜなら、2040年には、今のように、119番に電話をすればすぐに救急車が来てくれて、何軒かの病院に受け入れを断られ、たらい回しになったとしてもどこかの病院で治療が受けられるなどということが望めないからだ。アプリか何かで救急車を呼んでもなかなかつながらず、痛みや息苦しさで身もだえしながら、息絶えてしまう人もいるだろう。運よくコールセンターにつながっても、「50人待ちです」「75歳以上は搬送できません」などと門前払いをくらう恐れがある。
■2040年には「戦前」に逆戻りする
脳梗塞の後遺症や認知症などで介護が必要な状態になったとしたら、一人暮らしの自宅で満足な介護も受けられず寝たきりにさせられる。介護ベッドに横たわったまま自宅の天井を見て過ごし、1日に1度、ヘルパーがオムツの交換と食事の差し入れに来てくれるのを待っているだけで、今日が何月何日何曜日かもわからなくなり、「早く息を引き取りたい。
長生きなんてするんじゃなかった」と後悔するのは、あなたかもしれない。
介護施設に入れたとしても、介護職員が足りず放っておかれ、歩けなくなり数日ベッドに横たわったままでいるうちに、寝たきりになってしまう人が続出するだろう。要するに、2040年には、戦前のように、医療・介護体制が整っておらず、病気になっても適切な治療を受けられずに重症化して手遅れになり苦しむ人が多かった時代へ逆戻りする。
■1947年の平均寿命は女性53.96歳、男性50.06歳
日本では第一次世界大戦後の1922(大正11)年に健康保険法が制定され、まずは炭鉱などの労働者を対象にした健康保険ができた。1938(昭和13)年には旧国民健康法が制定されたが、今のような皆保険制度ではなく、戦後の1956(昭和31)年2月末時点でも、小さい企業の労働者や自営業者、農林水産業従事者など、総人口の約3割は健康保険に未加入で、なかなか医者にかかれなかった。
結核やコレラなどの感染症で死ぬ人も多く、戦後すぐの1947年の平均寿命は女性53.96歳、男性50.06歳だった。ちなみに、2023年の平均寿命は、女性87.14歳、男性81.09歳だが、医療にアクセスできない人が増えれば、平均寿命も短くなるだろう。
何しろ、東京都内、大阪市、名古屋市、福岡市などの大都市部では高齢人口が増える一方で、医療・介護の担い手である生産年齢人口(15~64歳)が全国的に大幅に減少する。
■国民皆保険制度や介護保険制度も破綻の方向へ
2023年10月1日現在の総人口は1億2435万人で、そのうち65歳以上は3623万人で高齢化率は29.1%だが、2040年には、総人口が約1億1284万人で高齢化率は35.3%になると推計されている。6%増えるぐらい大したことないと思う人もいるかもしれない。しかし、問題なのは、高齢者ばかり増えて若年人口は大幅に減り、15~64歳の人口1.5人で、1人の高齢者を支えるようになることだ。
公園で走り回る子どもは珍しくなり、公園やコンビニにたむろするのは昼も夜も高齢者ばかりになるだろう。
もっとも、満足な年金額をもらえず働かないと生きていけないので、元気な高齢者はコンビニの周りをウロウロしている暇もなく、馬車馬のように働く運命かもしれない。
すでに日本は、世界中でどこの国も経験したことのない超高齢社会に入っている。まるで念仏のように繰り返し言われている事実なので、高齢者が多い状況にも慣れ切ってしまった人もいるだろう。しかし、2025年から40年までの15年間で、高齢者は7.5%増え、生産年齢人口は15%減少する。税金や保険料を払って公的医療保険や介護保険を支える側が大幅に減るのだから、現在の国民皆保険制度や介護保険制度も破綻の方向へ向かう。
■お金があっても老人ホームに入れない
ただし、これはあくまで全国の平均値に過ぎず、地域によって事情は大きく異なる。東京23区、横浜市、大阪市、名古屋市、札幌市、福岡市、川崎市、神戸市、京都市、さいたま市、広島市など人口100万人以上の大都市部は、2025年から40年までの15年間の生産年齢人口の減少率は11.9%にとどまるものの、高齢人口は17.2%も増える。高齢者が既に減り始めている地方都市とは異なり、こういった都市部の医療・介護は、今後は未曾有の危機に陥るのだ。
特に東京23区内の高齢者施設の不足は深刻で、介護が必要になったときには、現在でも特別養護老人ホームにはなかなか入れないが、さらに待ち期間が長期化するだろう。ある程度資産があったとしても、どこの有料老人ホームも満室でなかなか入れない状況になるかもしれない。試しに、東京都内の一等地にある高級有料老人ホームに「入居したいので見学させてほしい」と問い合わせてみたところ、「満室で入居者の募集はありません」と丁重に断られた。評判のよい介護付き有料老人ホームも空きのない状況だ。
現時点でも、自分が入りたい有料老人ホームに入れるとは限らないのが実情なのだ。
■倒産の危機に直面する病院や高齢者施設
この先は、東京・多摩地区の郊外か、千葉や埼玉の老人ホームへ行こうとしてもそこもいっぱいで入れない場合もあるだろう。群馬や茨城、栃木の老人ホームに家族が入れようとしても、今度は介護職員が不足しているという理由で受け入れを拒否される。
何しろ、人口20万人以上(または人口10万人以上で人口密度が200人/平方キロメートルの密集型都市)の地方都市では、高齢人口が2025年より2.4%しか増えないのに対し、生産年齢人口は19.1%も減る。すでに高齢人口が減少し始めている地域もあるくらいだ。地方都市の民間病院や高齢者施設では利用者も働くスタッフも減るのだから、人口が大幅に減って消滅の危機にある自治体では、2040年を迎える前に、多くの病院や高齢者施設が倒産の危機に直面し淘汰されてもおかしくない。
■負債額1000万円以上の医療機関の倒産は過去最高
帝国データバンクによると、病院、診療所、歯科医院を合わせた、負債額1000万円以上の医療機関の倒産は、2024年は64件と、2000年以降で最も多かった2009年(52件)を上回り、過去最高になった。休廃業・解散も、722件でやはり過去最高という。負債総額は病院が52億3000万円、診療所が166億9400万円、歯科医院が63億1800万円で、総額282億4200万円となった。
経営者の高齢化と後継者が見つからない、そもそも人口減少によって患者が減り事業継続が困難となる医療機関は今後増えるだろう。すでに高齢者の人口が減り始めている県もあり、病院は、全国的にみれば、現在の約半分の4000カ所くらいで足りるのではないかという見方もあるくらいだ。
人口が20万人(または人口10万人以上で人口密度が200人/平方キロメートルの密集型都市)に満たない「過疎地域」では、高齢人口は12.2%、生産年齢人口は28.4%減少する。
住民がほとんどいなくなって自治体として成り立たなくなる市町村も増える。そうなれば、公立の診療所さえ必要なくなる。過疎地域への移住を促して若い人を数人増やしてみたところで、日本全体の人口が減るのだから焼け石に水だ。

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熊谷 賴佳(くまがい・よりよし)

京浜病院院長

1952年生まれ。1977年慶應義塾大学医学部卒業後、東京大学医学部脳神経外科学教室入局。東京大学の関連病院などで臨床研究に携わったのち、1992年より京浜病院院長。祖父と父親とも医師という医師家系で育つ。オリジナリティー溢れる認知症ケアの発案のほか、地域が一丸となった医療サービスの実現をめざして院外活動にも積極的に参加。認知症や地域医療に関する著書多数。

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(京浜病院院長 熊谷 賴佳)
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